スキルの検証
佳苗の家に着くと、健一はそこで足を止めた。
「じゃあ、カナエ。また後でな」
「うん。今日も行くんでしょ?」
「ああ、日課だからな」
「分かった」
佳苗は軽く手を振ると、そのまま自分の家へと入っていった。
健一の家は、佳苗の家のすぐ隣にある、自宅の敷地に入り、そのまままっすぐ庭へと回った。
そこには、一匹のウサギが飼われている。
「クゥ、ただいま」
「クゥ!」
声をかけると、ウサギは嬉しそうにピョンと跳ねて駆け寄ってきた。
クゥは、健一がまだ幼い頃に家の庭へ迷い込んできたウサギだった。それ以来、ずっと健一に懐いている、大切な家族のような存在だ。
「お前は、いつまでも変わらないな」
足元を楽しそうに走り回るクゥを見ながら、健一は縁側に腰を下ろした。
そして、今日一日の混乱の元凶であるステータス画面を、そっと目の前に呼び出す。
「ステータスオープン……」
画面に浮かぶ文字をぼんやり眺めながら、健一はふと疑問に思った。
「そういえば……さっき発動した『ステータス改ざん』って、どうやって解除するんだろ」
独り言のつもりで呟いたその瞬間だった。
『ステータス改ざんを解除しますか?』
「え……?」
突然、目の前の画面に表示されたポップアップメッセージに、健一は思わず目を丸くした。
「声に出して言っただけで、反応したのか……?」
しばらく画面と睨めっこをした後、健一は恐る恐る小さく頷いてみた。
「やってみるか、解除」
『ステータス改ざんが解除されました』
「――は?」
健一は完全に固まった。
「声に出しただけで、本当に解除されたぞ……」
震える手で、自分の本当のステータス画面を見つめ直す。
「普通のステータス画面に、こんな音声認識の神機能がついてるかよーっ!」
思わず庭で盛大に叫んでしまう。
その声に驚いたのか、足元で遊んでいたクゥがピタッと動きを止め、首をかしげて健一を見上げた。
「クゥ?」
「あ……ごめん、驚かせたよな」
大きく息を吐き出して気を取り直し、健一は改めて現実のステータス画面と向き合った。
「はぁ……」
そこにハッキリと表示されている「ジョブ」の文字を見て、再び大きな溜息が漏れる。
「ジョブは……さすがに、消えてくれないよな……」
できれば、今日の出来事のすべてが夢か見間違いであってほしかった。しかし、何度瞬きをしても、何度見直しても、その文字が消えることはない。
「…………」
健一は力なく肩を落とした。
「とりあえず……現実逃避しても仕方ない。現状をしっかり確認するか」
そう呟くと、健一は覚悟を決めて、自分のステータス画面をじっと凝視し始めた。
「うーん……リミットブレイカーは、よく分からないな」
健一は目の前に浮かぶステータス画面を眺めながら、首を傾げた。
とりあえず試してみようと意識を集中させ、口に出して言ってみる。
「リミットブレイカー!」
すると、ステータス画面に冷たい文字が浮かび上がった。
『ポイントが不足しているので使用出来ません』
「ポイントって、なんだ……?」
健一はステータスをくまなく確認する。
「……もしかして、レベルの横にある数字がポイントってことか?」
レベル10の横に表示された「+0」という見慣れない文字。
「増やし方すら分からないな……」
健一は頭を掻きむしった。
「まあ、使えないなら、ほっとくか」
気を取り直して、次のスキルへと意識を向ける。
「次は隠密だな」
健一はネットの情報を思い出しながら呟いた。
「隠密はたしか……気配を消して、姿が認識されにくくなるんだよな」
「隠密!」
その瞬間――スーッと、健一の存在が周囲に溶け込むように消え去った。
「…………」
自分自身では何が変わったのか全く分からない。だが――。
「クゥ?」
さっきまで目の前にいたはずの健一が突然消えたため、クゥは不思議そうに辺りをきょろきょろと見回し始めた。
「クゥ……?」
健一を探すように、庭をチョコチョコと走り回るクゥ。
「ク、クゥ……?」
その必死な様子を見ているうちに、健一は少し申し訳なくなってきた。
「……ごめんごめん、クゥ」
健一はすぐにスキルを解除する。
「隠密、解除……」
次の瞬間――。
「クゥ!」
目の前に突如現れた健一を見つけたクゥが、一目散に駆け寄って健一に飛び込んできた。
「おっと、危ないぞクゥ!」
勢いよく飛び込んできたクゥを受け止め、健一の胸にすっぽりと収まる。
「クゥ!」
「よしよし、びっくりさせたよな」
健一がクゥの体を優しく撫でた、その時だった。
視界の端で、ステータス画面に新たな文字が浮かび上がる。
『信頼度100%のテイム可能対象が居ます。テイムしますか?』
「ん?」
健一は画面を凝視した。
「テイム対象……?」
怪訝に思って周囲を見渡してみるが、庭にはクゥ以外に生き物の姿はない。
「魔物なんていないけどな……」
首を傾げながらもう一度ステータス画面を確認し、それから自分の胸の中にいるクゥへ視線を落とした。
「……まさか、魔物じゃなくてもいいのか?」
「クゥ?」
クゥは何も分かっていない様子で、きょとんとした顔で健一を見上げている。
「もしかして……クゥのことか?」
その時だった。
「ケン、何やってるの? 行くよ」
自宅の庭に、佳苗の声が響いた。
「カナエ?」
健一が振り返る。佳苗の声に反応したクゥが、佳苗の姿を見つけて跳ねた。
「クゥ!」
次の瞬間――!
「うわっ!?」
クゥは健一の胸を後ろ足で思い切り蹴り飛ばした。
「え?」
不意を突かれた健一は、蹴られた反動で両手を大きく上げながら、そのまま後ろへと仰け反る。
そのバランスを崩した拍子に、健一の指が空中のステータス画面へと伸びてしまい――。
『はい』という文字に、指先が触れてしまった。
『ラビットをテイムしました』
「え……?」
健一が目を丸くする間もなく、ステータス画面がさらに切り替わる。
『名前をつけてください』
「名前……?」
思考が追いつかない健一だったが、それより先に言葉を発した。
「クゥ、危ないだろ!」
佳苗の方へトコトコと走っていくクゥに向かって、健一が慌てて声をかけた。
その瞬間――。
『名前がクゥに固定されました』
「…………」
健一の動きがピタリと止まる。
「え……?」
容赦なく続くシステムメッセージ。
『クゥのステータスが見れるようになりました』
「…………」
言葉を失った健一が、ゆっくりと視線を戻すと、クゥは何事もなかったかのように佳苗の足元を嬉しそうに走り回っていた。
佳苗が不思議そうに首をかしげながら、こちらを振り返る。
「どうしたのケン?」
「なぜかクゥをテイムしちゃった……」
健一はその場で力なく頭を抱え込んだ。
「俺、クゥをテイムする気なんて全くなかったのに……」
「でも、クゥはすごく嬉しそうだよ?」
「クゥー!」
主の苦悩を他所に、クゥが元気よく鳴き声をあげた。
「はぁ……まあ、いっか……」
諦めを含んだ大きな溜息をつきながら、健一は、佳苗の足元で嬉しそうに跳ねるクゥを見つめるのだった。




