それぞれの思い
全員のステータスの確認が終わると、生徒たちはそれぞれの班に分かれ、待機していたバスへと乗り込んでいった。
やがて、すべての生徒が乗り込むと、バスは学校へ向かって走り出した。
その場に残ったアヤメは、しばらくケンが乗り込んだバスを見つめていた。
「……何だったのかしら……」
黒いオーラ。
そして、あの激しいノイズ。
『真実の目』を使ってきたアヤメにとって、今まで一度も経験したことのない現象だった。
「でも、あいつのレベルは止まってたんだろ?」
隣にいたアキラが尋ねる。
「ええ……それは確かよ……」
アヤメは小さく頷く。
「なら、考えてもしょうがねーだろ。帰るぞ」
「……そうね」
アヤメはもう一度だけ、遠ざかっていくバスを見る。
「…………」
何かがおかしい。
そんな感覚だけが、どうしても頭から離れなかった。
「アヤメ、置いてくぞ」
「今行くわ」
アヤメは、ケンの乗ったバスが見えなくなるまで見つめた後、アキラの後を追って歩き出した。
一方で、バスに揺られて学校へと戻る車内。
健一は窓の外を流れる景色を眺めながら、心の中で盛大に胸をなで下ろしていた。
(ふぅ……危なかった……!)
外でのステータス確認の際、視界が激しくノイズまみれになった時は本気で冷や汗が流れた。心臓が止まるかと思ったほどだ。
しかし、結果として先生に見せただまし絵のステータスは完璧に機能し、無事に「レベル10・上限到達」として左側(授業免除組)へ振り分けられた。
(これで、面倒なダンジョン探索授業とはおさらいだ……!)
これからは平穏に学校の授業を受け、放課後は勉強に励むことができる。
将来の夢である「安定した公務員」への道が、ようやくしっかりと足元に見えてきた気がした。
(よし、家に帰ったら早速、公務員試験の過去問でも解くか……!)
健一はこれからのバラ色の(地味で平穏な)未来を想像し、口元に思わず笑みを浮かべた。
自分が裏で「テイマー」のジョブを獲得し、怪しげな特殊スキルをいくつも抱え込んでいることなど、この時の健一はすっかり忘れていた――いや、忘れようと必死に脳内から排除していた。
その頃、同じバスの少し離れた席では、斎藤佳苗が自分のステータス画面をそっと開いていた。
(剣士……か……)
表示されたジョブを見つめながら、佳苗は複雑な表情を浮かべる。
両親と同じように、自分も探索者として生きていく。それは幼い頃からの夢だったし、誇らしいことでもあるはずだった。
だけど……
(ケンは、あんなに嬉しそうだったな……)
ダンジョンから解放されて、勉強に専念できると心底喜んでいた幼馴染みの姿を思い出す。
自分とは全く違う道。
一人はさらなる危険と強さを求める探索者へ。もう一人は平穏と安定を求めて公務員へ。
バスの窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、佳苗は小さく息を吐いた。
「……私も、頑張らないと」
小さな決意を胸に、佳苗はステータス画面をそっと閉じた。
それぞれの思いを乗せたバスは、夕暮れに染まり始める街を走り抜け、静かに学校へと近づいていくのだった。
バスが学校に到着すると、校門前には多くの保護者が待っていた。
自分の子供がレベル10に到達したと連絡を受け、迎えに来たのだ。
保護者たちは、子供の成長を喜ぶ気持ちと、これから先のことを考える不安を抱えながら、バスを待っていた。
やがてバスの扉が開き、生徒たちが次々と降りてくる。
「お父さん!」
「お母さん!」
生徒たちは、それぞれの親元へ駆け寄っていった。
「レベル10超えたよ!」
「うわーん、レベル止まったちゃった」
興奮した様子で話す子もいれば、親の顔を見た途端に泣き出す子もいる。
そんな子供たちの話を聞きながら、保護者たちは嬉しそうに頷いたり、安堵したように息を吐いたりしていた。
その中には、佳苗の両親――成海と小春もいた。
「カナエ、どうだった?」
小春が声をかける。
「うん、レベル10超えたよ」
佳苗は晴れやかな笑みを浮かべた。
「そう……よかったね……」
小春も笑顔を返す。
無事にレベル10へ到達したことへの安堵、しかし、その笑顔の奥には、これから娘が進む道への心配もあった。
成海も佳苗の姿を見ながら、少しだけ表情を曇らせる。
「それで……ジョブは何にしたんだ?」
「……それがね、『剣士』」
佳苗がそう答えた瞬間、父親の成海と母親の小春は、ピタリと動きを止めた。
「……え?」
成海は硬直し、小春は言葉を失って娘の顔を見つめる。二人が浮かべたのは、安堵でも誇らしさでもなく、底知れない困惑の色だった。
それも無理はない。
成海も小春も、ダンジョンでは後衛を専門とする探索者だ。前線で魔物と直接斬り結ぶような役割ではなく、後方から支援や攻撃を行うタイプだった。だからこそ、二人は我が子が自分たちとは違う安全な道を歩むか、あるいは同じ後衛の道を選ぶだろうと心のどこかで思っていたのだ。
「バカお前っ! 何考えてんだ!」
成海は思わず声を荒らげた。
「俺たちが後衛だからこそ分かるんだぞ! 前衛がどれだけ危険で、どれだけかすり傷一つが命取りになるか……!」
「そうよ、カナエ! なんでよりによって前衛なんて……。せめて後衛の魔法使いとか、サポート系のジョブならまだしも……」
小春も青ざめた顔で佳苗の肩を掴む。
親としては、自分の背中を見て育ってくれるのは嬉しい反面、命の危険が最も高い前衛職を選んでしまった我が子の無謀さに、血の気が引く思いだった。
「剣士しか選べなかったから……」
「え?どういう事だ?六つのジョブから選べただろ?」
「うーうん……」
佳苗は首を横に振る。
「剣士しか選択肢がなかったの……」
「…………」
成海と小春は顔を見合わせ言葉を失った。『選択ジョブが一つ』聞いたことのない出来事が娘に起きてしまったからだ。
佳苗は、両親に笑顔を向けた。
「これで、お父さんとお母さんと同じ探索者だね」
「バカが……」
成海は佳苗の頭を鷲掴みするとワシャワシャと髪をイジった。
「もう、お父さんやめてよ!」
「ハハハ……決めたからには、生半可な覚悟じゃ許さないからな!」
「うん! ありがとう、お父さん、お母さん!」
佳苗がパッと満面の笑みを咲かせると、小春も観念したように優しく微笑み、娘を強く抱きしめたのだった。
(そりゃ複雑だよな……娘が前で戦う姿なんて、親としては見たくないだろう)
少し離れた場所で一人佇みながら、健一はそんなことを考えていた。佳苗の両親が浮かべた困惑や心配の色は、痛いほどよく分かる。
ふと、校門の先へと視線を向けた。健一の両親は考古学者で、世界中を飛び回っているため、家に帰ってくることはほとんどない。
(俺は、親に電話で報告して終わりだな……)
レベル10に到達したこと。そして、これ以上レベルが上がらないこと。それだけを伝えれば、両親もきっと安心して喜んでくれるだろう。
だが――。
(問題は……勝手にジョブが発生したことだよな)
健一は自身の右手をじっと見つめた。
レベルは止まった。それなのに、テイマーのジョブが選ばれ、自分でもよく分からない特殊スキルまで勝手に発動している。
(俺……これからどうなっちまうんだろ……)
言い知れない不安を抱えたまま、健一は夕焼けに染まる空を見上げた。
しばらくすると、新田先生が大きな声で生徒たちに告げる。
「よし、今日はもう解散だ! 今後の説明や手続きは明日行うからな、今日はしっかり休め!」
その言葉を聞いた瞬間、健一は重かった気持ちを無理やり切り替えた。
「よし! 帰って一汗流したら、さっそく勉強だな」
健一が歩き出す。
「おい、カナエ。先に帰るぞ」
「あ、待ってよケン! 私も一緒に帰る!」
佳苗が両親の元を離れ、慌てて小走りで追いかけてくる。
「いいのか? 小春さんたちは」
「うん。先生と少し話すことがあるらしくて、先に戻ってていいって」
「そっか」
夕暮れの道を、二人は並んで歩き出す。
家路につくまでの間、自然と話題は今日起きた信じられない出来事へと移っていった。
「ねえ、ケンはこれからどうするの?」
隣を歩く佳苗が、心配そうに覗き込んでくる。
「決まってるだろ。徹底的に隠す! そして、絶対に公務員になる!」
迷いのない即答だった。
「本当にブレないね、ケンは……」
「当たり前だろ! 俺は絶対に探索者になんてならないんだからな!」
健一は力強く言い切る。
「それに俺のレベルはもう10から上がらないんだぞ? そんな状態でダンジョンになんて入ったら、一瞬でモンスターの餌食になって死ぬわ!」
「まあ……それは、そうかもしれないけど……」
健一のレベルは上がらない。それは、他でもない本人のステータスが証明している事実だ。
どれほど強力な魔物を倒したところで、レベル10の壁から先へ進むことはできない。
「レベルが上がらないのに、訳のわからないジョブだけ持たされても困るよな」
「そうだね……」
「だろ? だから俺は、隠し通して安定の公務員を目指すんだ!」
「はいはい」
佳苗は苦笑しながらも、どこか呆れたように頷いた。
だが、ふと足取りが重くなる。
「でもさ……私、ちょっと気になってるんだよね」
「ん? 何が?」
「今日、私に表示されたジョブのことだよ。普通は六つの中から選べるはずなのに、私には『剣士』しか出なかったでしょ? あれって、やっぱり少し異常だったのかなって……」
「……」
二人はしばらくの間、言葉を失って並んで歩いた。
今日、自分たちの身に起きた数々の出来事。あれはただの偶然なのか、それとも何か別の理由があるのか。答えなど出るはずもなく、静かな夕闇だけが二人を包み込んでいた。




