真実の目
「うーん……あの子は白でしょ。あの子は黄色……」
生徒たちが次々とダンジョンから出てくる。その様子を少し離れた場所から見つめながら、アヤメは一人ひとりを確認していた。
「ぱっとしないわね。よくて緑か……」
「緑なんていらないからな」
隣に立つアキラが、退屈そうに言い捨てる。
「分かってるわよ。私だって紫を探してるんだから」
アヤメはそう言いながら、生徒たちに目を凝らす。白、青、黄色、そして時折混じる緑。しかし、二人が求めている高貴な紫のオーラを持つ生徒は、一向に現れなかった。
「……いないわね」
「まだ全員出てきたわけじゃないだろ」
「そうね」
アヤメが再びダンジョンの出口へ視線を向けたその時、一人の女子生徒が姿を現した。
「……あ」
アヤメの目が、その少女を捉える。ダンジョンから出てきたのは、少し前を歩いていたカナエだった。
「次は……あの子ね」
じっと観察していたアヤメは、わずかに首を傾げる。
「惜しい……赤だったわ」
「赤か。まあ、紫じゃないなら仕方ないな」
「そうね。でも、赤なら将来的にはかなり伸びる可能性があるわ」
そう言いながらも、アヤメは次の生徒へと視線を移す。しかし、しばらく待っても紫のオーラを持つ者は現れない。
「……これで最後かしら?」
「みたいだな」
すると、出口の向こうから、最後の一人がゆっくりと姿を現した。
「……あの子は?」
アヤメが目を細める。歩いてきたのは、ケンだった。
「…………」
ケンの姿を捉えた瞬間、アヤメは息を呑んだ。
「……え?」
思わず零れた声に、隣のアキラが怪訝そうに振り返る。
「どうした?」
アヤメは答えない。ただ、ケンを見つめたまま、信じられないものを見るように目を凝らしていた。
「黒……?」
呟いたアヤメに、アキラが声を荒らげる。
「はあ? 黒なんてオーラねーだろ!」
「そうよ、私も知ってるわ! 白、青、黄色、緑、赤、そして紫……。黒なんて存在しないはずよ」
自分の目を疑い、アヤメは何度も見直した。それでも、視界に映る色彩は変わらない。
「でも……確かに、あれは黒なのよ……」
「見間違いじゃないのか?」
「違うわ!」
アヤメは即座に否定した。
「私の『真実の目』が、こんなものを見間違えるはずがない」
「じゃあ……なんなんだ、あいつは?」
アキラも怪訝な視線を向けるが、当のケンは二人の視線に気づくこともなく、クラスメイトたちの後ろをトボトボと歩いていた。
「……分からないわ」
初めて見る不気味な黒いオーラを前に、アヤメはこれまで感じたことのない動揺を隠せなかった。
「でも……あの子、普通じゃないわ」
全員がダンジョンから出ると、直ちに班分けの点呼が始まった。
「じゃあ、全員ステータスを見せてくれ!」
先生の指示に、生徒たちは次々と自身のステータス画面を空中に展開していく。
「お前は右。お前は左だ」
先生は一人ひとりのステータス画面を手際よく確認しながら、生徒たちを左右に分けていく。
「やった……!」
「これで、もうダンジョンに入らなくていいんだ……!」
安堵に顔を緩ませる者や、嬉し涙を流す者で一帯がざわめく中、ついにカナエの番が来た。
「お前は右だ」
「はい!」
カナエは晴れやかな顔で右側へ移動していく。
そして――最後に残ったのは、ケンだった。
(頼む……どうか見抜かれないでくれ……!)
ケンは冷や汗を拭いながら、祈るような気持ちで自分の番を待った。
「おい、そこの! 早くステータスを表示しろ!」
「あ、はい……っ!」
追い詰められたケンは、慌てて虚空に向けて手を突き出した。
「ステータスオープン……っ!」
パッと光を放ち、ステータス画面が展開される。その瞬間――。
「――ザザッ!」
画面が激しく明滅した。
一瞬どころではない。浮かび上がった文字がぐちゃぐちゃに崩れ、視界のすべてを覆うように黒いノイズが走り抜ける。
「ザザザザザッ――!」
まるでステータスそのものが、何かを拒絶し、あるいは隠蔽するかのように激しく暴れた。
「な、なんだこれ……!?」
ケン自身が青ざめて目を見開く。
しかし次の瞬間――。
「…………」
嘘のように、すべてのノイズがピタリと止まった。
乱れが嘘だったかのように消え失せ、そこには何事もなかったかのような「正常な」ステータス画面だけがぽつんと残されていた。
「……は?」
ケンが呆然と瞬きをする。
そして、少し離れた場所からその一部始終を見ていたアヤメもまた、激しく息を詰まらせていた。
(……今の……何……?)
アヤメの『真実の目』には、ケンのステータス画面を覗き込もうとした瞬間、まるで視界そのものを塗り潰すような、凄まじいエラーノイズが飛び込んできたのだ。
(私の『真実の目』が……弾かれた……?)
そんな異常事態は、生まれてこのかた一度たりとも起きたことがない。
動揺を抑え込みながら、アヤメはもう一度ケンのほうへ目を凝らした。しかし、今度は何事も起きていないかのように平穏だった。
「…………」
そこに表示されていたのは、ただの「レベル10」。
そして、見慣れた文字。
『これ以上レベルが上がることは無い』
「……どういうことよ、一体……」
アヤメは複雑怪奇なものを見る目で、表情を凍りつかせた。
「どうなんだ!?」
隣でアキラが苛立ったように声を上げるが、アヤメはそれに答えられない。
その間に、先生は目の前のケンへ淡々と告げた。
「お前は左だ」
「…………!」
一瞬、思考がフリーズしたケンだったが、次の瞬間、脳内で何かが爆発した。
「……よっしゃあああああっ!!」
思わず力強く、ガッツポーズの拳を握りしめる。
左側。そこは、レベル上限に到達し、これ以上の探索授業を免除された者たちが集う場所だった。
「はあ?」
アキラが不審そうに眉をひそめる。
「おいおい、あいつ、レベル10で打ち止めじゃねーかよ」
「そう、ね……」
アヤメはケンを見つめたまま、うわ言のように呟いた。
「確かに、ステータスには『これ以上レベルが上がることは無い』って書いてあるのよ……」
「じゃあ、黒いオーラはなんなんだよ?」
「…………」
アヤメはもはや言葉を発しなかった。
ありえないはずの黒いオーラ。そして、自分の固有スキルすら一瞬で弾き飛ばしたあの異常な拒絶反応。
「……分からないわ」
アヤメは静かに首を振ると、嬉しそうに列を抜けるケンの背中から、どうしても目を離すことができなかった。




