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公務員になりたいだけなのに!~ダンジョンのある世界で普通に生きたい~  作者: のほほん


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3/10

予期せぬ事態

生徒たちがダンジョンに潜っている頃、ダンジョンの外には普段とは違う光景が広がっていた。


 複数の民間探索組織や企業の関係者が集まり、ダンジョンから出てくる生徒たちを待っている。目的は将来有望な探索者のスカウトだ。


 そんなスカウト陣の中に、ひときわ目立つ二人の姿があった。


 『六星』のメンバー、アキラこと柳木晃と、アヤメこと時任彩芽である。


「かったりーな」


 アキラが退屈そうに呟く。


「しょうがないでしょ。私たちも、いつレベルが止まるか分からないんだから」


 アヤメが静かに答える。六星のメンバーである『白魔導士』の近藤望結(みゆ)がレベル70に到達し、これ以上レベルが上がらない上限を迎えたのだ。


 いつ自分たちのレベルが止まるか分からないからこそ、今のうちに新しい人員を補充する必要があった。


「でも、どうやって判断する?」


「私の特殊スキルを使うのよ」


 アヤメの特殊スキル――『真実の目』。


 それは対象の持つオーラの色(白から紫へ向かうほど高くなる)を見ることで、その人物がどの程度まで成長できるのか、おおよその上限レベルを予測できる能力だった。


 六星のメンバーは全員が「紫」だった。それゆえに、次に入れる仲間も慎重に選ばなければならない。


「私の真実の目で分かるのは、あくまで大まかな目安。だから、余裕があるうちに準備しておく必要があるの」


「……そうだな」


 アキラは腕を組み、ダンジョンの入口へと視線を向けた。


 ダンジョンの中では、健一が必死に魔物と戦っていた。


(あと一つ……! 頼むから、今日でレベル10になってくれ……!)


 健一にとって、これは人生を左右するほど重要な戦いだった。ただし、その理由は六星の二人が考えているものとはまったく違っていた。


 レベル10までに必要な経験値は全員同じなため、最後の戦闘を終えると、生徒たちは次々とレベル10へと到達していった。


「やった! レベル10になった!」


「俺もだ!」


「ジョブが出た!」


「うそ……私、レベル止まった……」


 歓喜する者、喜び叫ぶ者、そしてステータスの表示に泣き崩れる者。


 そんな中、健一は目を閉じ、両手を強く握りしめていた。


(頼む……!)


 十ヶ月間、この瞬間を待ち続けてきた。


「ステータスオープン……っ!」


 恐る恐る目を開く。目の前に表示されたステータスには、こう書かれていた。


『これ以上レベルが上がることはありません』


 一瞬、健一は固まった。何度も確認する。見間違いではない。確かに書いてある。


 次の瞬間――。


「うぉー! やったーーーっ!」


 健一は両手を突き上げ、大声で叫んだ。周囲の生徒たちが一斉に振り返る。


「石井は止まったのか」


「念願が叶ったみたいだな」


そんな言葉が周りから聞こえて来た。


 これで終わった。これで、ダンジョン探索授業から解放される。これからは勉強に集中できる。そして念願の公務員を目指せる。


「ケン、レベルが止まったんだね……!」


 佳苗が近づいてきて声をかけた。


「うん! 止まった! これで勉強に専念できるよ!」


「そっか……。私はね、ジョブが表示されたよ」


 佳苗が自分のステータスを見せる。そこにはたった一つのジョブが表示されていた。


『ジョブを選択してください』

【剣士】


「ん?ジョブ一つしか無いんだけど?」


「うん……普通なら六つのジョブが表示されるはずなんだけど……」


「そっか……それでも探索者になるのか?」


「うん。お父さんとお母さんと一緒に探索したいしね」


「そっか。頑張れよ」


「うん……!」


(確か、カナエの母の小春さんは、白魔道士だったよな……父の成海さんは、黒魔道士……そしてカナエは剣士って……母と父の前で戦う娘……想像しただけで無理だな)


 佳苗は笑顔を見せた。同じ日にレベル10へ到達した二人だったが、それぞれの前にはまったく違う道が広がろうとしていた。


 ――そのはずだった。


「さて、俺は終わりだな……」


 健一は改めて自分のステータスを確認すると一瞬、ステータス画面にノイズが走った。


「……ん?何だったんだろ?」


 気を取り直してステータス画面を見た健一は、首を傾げる。


「うーん……気のせいだな……」


 もう一度凝視する。見間違いかと思い、目を擦る。だが、表示は消えない。


「なんで俺のステータスにジョブ選択が表示されるんだ……?」


『ジョブを選択してください』

【テイマー】


「テイマーって……は?」


 健一は思わず声を漏らす。レベルが止まった者にはジョブは表示されないはずだ。さらに下へ視線を移すと、そこには信じられない文字があった。


【特殊スキル:リミットブレイカー】


【レベル:10(+0)】


「おいおい……なんだよ、これ……」


 健一の顔から血の気が引いていく。


 「公務員になる」という彼の平穏な計画は、本人の知らないところで、すでに音を立てて狂い始めていた。


「これって……隠せないかな……」


 健一はステータス画面を凝視していた。


「ジョブも選ばないとまずいのかな……」


 嫌な汗が背中を伝う。


 レベルが止まった。


 これで終わったと思った。


 ようやくダンジョン探索授業から解放されて、これからは勉強だけに集中できる。


 公務員になれる。


 そう思っていた。


 なのに……


「……まずい」


 健一の顔から血の気が引いていく。


「これ、絶対にまずいやつだ……」


「そんなに?」


「そんなにだよ!」


 健一は頭を抱えた。


「どうすんだよ……! ジョブなんて選びたくないし、特殊スキルなんて知られたら絶対に面倒なことになる!」


「でも、まだ誰にも見られてないんじゃない?」


「今はな!」


 健一は周囲を見回した。


 幸い、他の生徒たちは自分たちのステータスやジョブの確認に夢中になっている。


「でも、先生から学校に報告されたら? 探索者協会に知られたら? そもそも俺、レベル10で終わったって思われてるんだぞ!」


「落ち着いて、ケン」


「落ち着いていられるか!」


 健一は頭を抱えたまま、その場でしゃがみ込んだ。


「俺は公務員になりたいだけなのに……!」


「……」


「普通に勉強して、普通に試験受けて、普通に公務員になって……それで終わりたかったのに!」


「ケン……」


「なんで俺なんだよ……!」


 健一が天を仰ぐ。


「だー! いやだー!」


 その姿を見て、佳苗は思わずクスクスと、笑いながら安堵した表情を浮かべた。


「もう……ケンったら」


「笑うなよ!」


「ごめん、ごめん」


 佳苗は笑いを堪えながら、健一のステータス画面を眺める。


「でも、隠せたらいいんじゃない?」


「どうやってだよ……」


「うーん……」


 佳苗は少し考える。


 そして――。


「えぃ!」


 佳苗がふざけて健一のステータス画面に指を伸ばす。本来なら他人のステータスに触れることなどできるはずがない。しかし――。


 ぷにっ。


「……触れた?」


「……触れたね」


 佳苗の指は、確かに健一のステータス画面を捉えていた。その瞬間――。


『テイマーが選択されました』


『特殊スキル《ステータス改ざん》が使用可能になりました』

『特殊スキル《隠蔽》が使用可能になりました』

『特殊スキル《隠密》が使用可能になりました』

『スキル《テイム》が使用可能になりました』


「ちょっと待てぇぇぇぇい!」


 健一の絶叫が、ダンジョンの中に響き渡った。


「おーい! そろそろ外に出るぞ! 外に出たら全員ステータスを確認するからな!」


 新田先生の声が響く。


(クソッ、どうする……!)


 外に出れば先生にステータスを確認される。ジョブや特殊スキルが見つかったら確実に面倒なことになる。


 だが、健一は自分のステータス項目にある文字を見てハッとした。


【特殊スキル:ステータス改ざん】


(これがあるじゃないか……!)


 健一は歩きながら必死に指を動かし、ステータスを操作し始めた。


 ジョブを消し、特殊スキルを消し、レベルはただの「10」に書き換える。


「ケン、早く行くよ」


「えっ? あ、ああ!」


 先を歩く佳苗に追いつきながら、健一は最後の項目を変更する。


「……よし」


 もう一度自分のステータスを確認する。外から見れば、それはどこにでもある、ただレベルが止まっただけの普通の生徒のステータスだった。


 健一はようやく深く息を吐き、胸を撫で下ろした。


 だが――。


 自分が改ざんしたステータスの裏側で、一体何が起きているのか。


 この時の健一には、知る由もなかった。

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