予期せぬ事態
生徒たちがダンジョンに潜っている頃、ダンジョンの外には普段とは違う光景が広がっていた。
複数の民間探索組織や企業の関係者が集まり、ダンジョンから出てくる生徒たちを待っている。目的は将来有望な探索者のスカウトだ。
そんなスカウト陣の中に、ひときわ目立つ二人の姿があった。
『六星』のメンバー、アキラこと柳木晃と、アヤメこと時任彩芽である。
「かったりーな」
アキラが退屈そうに呟く。
「しょうがないでしょ。私たちも、いつレベルが止まるか分からないんだから」
アヤメが静かに答える。六星のメンバーである『白魔導士』の近藤望結がレベル70に到達し、これ以上レベルが上がらない上限を迎えたのだ。
いつ自分たちのレベルが止まるか分からないからこそ、今のうちに新しい人員を補充する必要があった。
「でも、どうやって判断する?」
「私の特殊スキルを使うのよ」
アヤメの特殊スキル――『真実の目』。
それは対象の持つオーラの色(白から紫へ向かうほど高くなる)を見ることで、その人物がどの程度まで成長できるのか、おおよその上限レベルを予測できる能力だった。
六星のメンバーは全員が「紫」だった。それゆえに、次に入れる仲間も慎重に選ばなければならない。
「私の真実の目で分かるのは、あくまで大まかな目安。だから、余裕があるうちに準備しておく必要があるの」
「……そうだな」
アキラは腕を組み、ダンジョンの入口へと視線を向けた。
ダンジョンの中では、健一が必死に魔物と戦っていた。
(あと一つ……! 頼むから、今日でレベル10になってくれ……!)
健一にとって、これは人生を左右するほど重要な戦いだった。ただし、その理由は六星の二人が考えているものとはまったく違っていた。
レベル10までに必要な経験値は全員同じなため、最後の戦闘を終えると、生徒たちは次々とレベル10へと到達していった。
「やった! レベル10になった!」
「俺もだ!」
「ジョブが出た!」
「うそ……私、レベル止まった……」
歓喜する者、喜び叫ぶ者、そしてステータスの表示に泣き崩れる者。
そんな中、健一は目を閉じ、両手を強く握りしめていた。
(頼む……!)
十ヶ月間、この瞬間を待ち続けてきた。
「ステータスオープン……っ!」
恐る恐る目を開く。目の前に表示されたステータスには、こう書かれていた。
『これ以上レベルが上がることはありません』
一瞬、健一は固まった。何度も確認する。見間違いではない。確かに書いてある。
次の瞬間――。
「うぉー! やったーーーっ!」
健一は両手を突き上げ、大声で叫んだ。周囲の生徒たちが一斉に振り返る。
「石井は止まったのか」
「念願が叶ったみたいだな」
そんな言葉が周りから聞こえて来た。
これで終わった。これで、ダンジョン探索授業から解放される。これからは勉強に集中できる。そして念願の公務員を目指せる。
「ケン、レベルが止まったんだね……!」
佳苗が近づいてきて声をかけた。
「うん! 止まった! これで勉強に専念できるよ!」
「そっか……。私はね、ジョブが表示されたよ」
佳苗が自分のステータスを見せる。そこにはたった一つのジョブが表示されていた。
『ジョブを選択してください』
【剣士】
「ん?ジョブ一つしか無いんだけど?」
「うん……普通なら六つのジョブが表示されるはずなんだけど……」
「そっか……それでも探索者になるのか?」
「うん。お父さんとお母さんと一緒に探索したいしね」
「そっか。頑張れよ」
「うん……!」
(確か、カナエの母の小春さんは、白魔道士だったよな……父の成海さんは、黒魔道士……そしてカナエは剣士って……母と父の前で戦う娘……想像しただけで無理だな)
佳苗は笑顔を見せた。同じ日にレベル10へ到達した二人だったが、それぞれの前にはまったく違う道が広がろうとしていた。
――そのはずだった。
「さて、俺は終わりだな……」
健一は改めて自分のステータスを確認すると一瞬、ステータス画面にノイズが走った。
「……ん?何だったんだろ?」
気を取り直してステータス画面を見た健一は、首を傾げる。
「うーん……気のせいだな……」
もう一度凝視する。見間違いかと思い、目を擦る。だが、表示は消えない。
「なんで俺のステータスにジョブ選択が表示されるんだ……?」
『ジョブを選択してください』
【テイマー】
「テイマーって……は?」
健一は思わず声を漏らす。レベルが止まった者にはジョブは表示されないはずだ。さらに下へ視線を移すと、そこには信じられない文字があった。
【特殊スキル:リミットブレイカー】
【レベル:10(+0)】
「おいおい……なんだよ、これ……」
健一の顔から血の気が引いていく。
「公務員になる」という彼の平穏な計画は、本人の知らないところで、すでに音を立てて狂い始めていた。
「これって……隠せないかな……」
健一はステータス画面を凝視していた。
「ジョブも選ばないとまずいのかな……」
嫌な汗が背中を伝う。
レベルが止まった。
これで終わったと思った。
ようやくダンジョン探索授業から解放されて、これからは勉強だけに集中できる。
公務員になれる。
そう思っていた。
なのに……
「……まずい」
健一の顔から血の気が引いていく。
「これ、絶対にまずいやつだ……」
「そんなに?」
「そんなにだよ!」
健一は頭を抱えた。
「どうすんだよ……! ジョブなんて選びたくないし、特殊スキルなんて知られたら絶対に面倒なことになる!」
「でも、まだ誰にも見られてないんじゃない?」
「今はな!」
健一は周囲を見回した。
幸い、他の生徒たちは自分たちのステータスやジョブの確認に夢中になっている。
「でも、先生から学校に報告されたら? 探索者協会に知られたら? そもそも俺、レベル10で終わったって思われてるんだぞ!」
「落ち着いて、ケン」
「落ち着いていられるか!」
健一は頭を抱えたまま、その場でしゃがみ込んだ。
「俺は公務員になりたいだけなのに……!」
「……」
「普通に勉強して、普通に試験受けて、普通に公務員になって……それで終わりたかったのに!」
「ケン……」
「なんで俺なんだよ……!」
健一が天を仰ぐ。
「だー! いやだー!」
その姿を見て、佳苗は思わずクスクスと、笑いながら安堵した表情を浮かべた。
「もう……ケンったら」
「笑うなよ!」
「ごめん、ごめん」
佳苗は笑いを堪えながら、健一のステータス画面を眺める。
「でも、隠せたらいいんじゃない?」
「どうやってだよ……」
「うーん……」
佳苗は少し考える。
そして――。
「えぃ!」
佳苗がふざけて健一のステータス画面に指を伸ばす。本来なら他人のステータスに触れることなどできるはずがない。しかし――。
ぷにっ。
「……触れた?」
「……触れたね」
佳苗の指は、確かに健一のステータス画面を捉えていた。その瞬間――。
『テイマーが選択されました』
『特殊スキル《ステータス改ざん》が使用可能になりました』
『特殊スキル《隠蔽》が使用可能になりました』
『特殊スキル《隠密》が使用可能になりました』
『スキル《テイム》が使用可能になりました』
「ちょっと待てぇぇぇぇい!」
健一の絶叫が、ダンジョンの中に響き渡った。
「おーい! そろそろ外に出るぞ! 外に出たら全員ステータスを確認するからな!」
新田先生の声が響く。
(クソッ、どうする……!)
外に出れば先生にステータスを確認される。ジョブや特殊スキルが見つかったら確実に面倒なことになる。
だが、健一は自分のステータス項目にある文字を見てハッとした。
【特殊スキル:ステータス改ざん】
(これがあるじゃないか……!)
健一は歩きながら必死に指を動かし、ステータスを操作し始めた。
ジョブを消し、特殊スキルを消し、レベルはただの「10」に書き換える。
「ケン、早く行くよ」
「えっ? あ、ああ!」
先を歩く佳苗に追いつきながら、健一は最後の項目を変更する。
「……よし」
もう一度自分のステータスを確認する。外から見れば、それはどこにでもある、ただレベルが止まっただけの普通の生徒のステータスだった。
健一はようやく深く息を吐き、胸を撫で下ろした。
だが――。
自分が改ざんしたステータスの裏側で、一体何が起きているのか。
この時の健一には、知る由もなかった。




