俺は、終わりたい
青年の夢はただ一つ。
高校に入学したその日、教室では自己紹介が行われた。担任の新田先生が一人ずつ自己紹介をするように生徒を促した。
最初に、自己紹介をすることになった健一は、堂々と言い切った。
「俺は公務員になりたい!」
周りの生徒がざわつく中、一人の生徒が健一の発言に笑いながら答えた。
「ハハハ、公務員だってよ」
健一は、笑った生徒の方に振り向いた。
「俺は、他人の夢を笑わない!お前たちは、俺の夢を笑うな」
入学初日で、完全に浮いた存在となった健一だったが、健一の発言で、例年とは違う現象が起こっていた。
例年なら『探索者』と、とりあえず言う生徒が多く居たが今年は、自分の夢を語る生徒が多く居た。
健一は、ダンジョン探索者として名を上げたいとは、思わない。一攫千金を狙いたいとも思わない。世界最強を目指したいとも思わない。
ただ、安定した仕事に就いて、平穏な人生を送りたい。それだけだった。
――そう。それだけのはずだった。
日本では義務教育が高校生までとなり、ダンジョン探索の授業が必須となった。学校では基礎的な戦闘訓練から、魔物に関する知識、ダンジョン内での生存方法まで教えられる。
そしてダンジョンが社会に定着したことで、新たな娯楽も生まれていた。
それが、RS――リアルストリーマーによるダンジョン配信だった。
探索者たちが実際にダンジョンへ潜り、魔物との戦闘や未知のアイテムを発見する様子をリアルタイムで配信する。人気探索者の配信ともなれば、何十万人、時には百万人を超える視聴者が集まることも珍しくない。
そんな時代だからこそ、数多くの民間探索組織が誕生していた。大企業が運営する巨大組織から、個人で活動する小さな探索チームまで様々だ。
その中でも、特に高い人気を誇るパーティが存在していた。
どこの組織にも所属さず、六人だけで活動するパーティ。その名は――『六星』。国内でも屈指の実力を持つパーティだった。
「昨日の六星のRS、見たか?」
「見た見た! 凄かったな!」
教室のあちこちから、昨日配信された六星の話題が聞こえてくる。
そんな中、一人だけ別のことに集中している生徒がいた。
石井健一。
健一は周囲の会話を気にすることなく、机に向かって教科書を読み進めている。
「……ここ、テストに出そうだな」
小さく呟き、教科書の一部分に線を引く。健一はRSを見ない。六星のメンバーも、名前を聞いたことがある程度だ。
ダンジョンに興味がないわけではない。授業で習う以上、必要な知識は覚えている。ただ、自分から探索者になろうとは思っていない。
健一には、すでに将来の目標が決まっている。公務員になり安定した仕事に就いて、普通に働く。それが、彼の目指している未来だった。
しかし、学校生活の中で健一にとって一つだけ苦痛な時間があった。
それが、ダンジョン探索授業だ。
座学ならまだいい。だが、実際にダンジョンへ入って魔物と戦うとなると話は別だった。
「早くレベル10になって終わりたい……」
健一はため息をつきながら呟いた。
レベル10に到達すると、ステータスに『これ以上レベルが上がることはありません』と表示されれば、ダンジョン探索授業は免除される。だから健一は、とにかく早くレベル10になりたかった。
「ケンは、本当にRSに興味がないんだね」
声を掛けられ振り向くと、幼馴染みの斎藤佳苗が立っていた。
「死ぬかもしれない探索者になりたい奴の気がしれないだけだ」
「でも、上手くいけば一攫千金だって夢じゃないんだよ」
「それで死んだら、ただのバカだけどな!」
「そんなバカが、俺は一番嫌いだ。カナエは、そんなバカになるなよ」
「うん、分かってる……」
「何度も言うが俺は、安定の公務員を目指す!」
「はいはい」
佳苗は苦笑する。そんな佳苗にも夢がある。両親が探索者の佳苗は両親と共にダンジョンに行く事だ。
探索者は健一が言うように安全ではない、組織に所属し適正レベルのダンジョンに潜ってもイレギュラーは、発生する。適正レベルを超えた魔物が極稀に現れるからだ。
自分の知らない所で両親が死ぬ。そんな恐怖を佳苗はいつも抱えていた。
高校生になってダンジョン探索授業が始まってから十ヶ月の月日が流れた。
「そろそろだな」
担任の新田先生が、ダンジョンへ向かう生徒たちを見ながら呟いた。
この時期になると、生徒たちが次々とレベル10へ到達する。健一のステータスには【レベル9】と表示されていた。
(いよいよ解放されるんだ……。どうか、今日で終わりますように……!)
まるで神に祈るような気持ちで、健一はダンジョン探索授業を開始した。




