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バーロック・ワームズの供述書  作者: ダム底タヌキ
通常業務編
9/12

☆騎士団の志に感動する前に首の穴を消せ

振り返ると、そこには整然と同じデザインの、機能美を感じさせる作業着――いや、制服に身を包んだ若者たちの集団が、こちらに駆け寄ってくるところでした。


「えっ、鳩がスーツ?なにこれ…」


彼らは戸惑いと正義感の入り混じった表情で、私と、私の首筋に嘴をめり込ませているスーツを着た鳩を交互に見つめています。


「…おや。これはお見苦しいところを」


私は優雅にハトソンの胴体を掴み、無理やり引き剥がすと、何事もなかったかのように襟元を整えました。


「ご心配なく。これは親愛の情の裏返し…あるいは、私の軽率な発言に対する、この小さな相棒なりの“教育”というやつですよ

不潔な猛禽の襲撃ではありませんので、剣を…失礼、拳を収めていただけますか」


ハトソンが忌々しそうに「クルルッ」と喉を鳴らしました。

駆け寄ってきた学生たちは、私の様子に、毒気を抜かれたように立ち尽くしました。


「あ…ペット、なんですか?その、服着た鳩…」


「ええ、私の優秀な助手です。少々、短気なのが玉に(きず)ですがね」


私は彼らを観察しました。一様に若く、規律を感じさせる身のこなし。そして何より、その統制された服装。


「血、出てますけど…病院!病院行きましょう!マジやべぇって!」


「大丈夫です、ほら」


「えっ、首、めくれて」


私はベリベリベリと、いくらか表皮を剥き、傷のない層に行き着いたのを指で確かめる。


「特殊メイクでね、ちょっとしたドッキリ動画を撮っていたのです

見知らぬ人が襲われていたら、多少不審でも助けてくれるのか?というお題でね」


「あっ、そうなんですか。えっ、カメラあるんですか?ちょっと、ごめんなさい。自分たちのは使わないでもらえますか?制服着てるし、今どきネットに顔が出回るとか怖いんで…」


「承知いたしました。此方こそ、心臓に悪いことをしてごめんなさいね…ところで皆さん。失礼ながら一点、伺ってもよろしいですか?」


「よかった。はい、わかることなら別に…」


「随分と丈夫そうな装備をしてらっしゃる

そのように皆で同じ意匠の衣を纏うのは、どこかの組織に属する人間だと思うのですが…もしや、自衛隊の方なのですか?」


私の問いに、学生たちは顔を見合わせ、それから少し照れくさそうに笑いました。


「自衛隊!?いやいや、違いますよ。僕ら、あそこにあるトヨタ神戸自動車大学校の学生なんです」


トヨタコウベ・ジドウシャ・ダイガッコウ。私は脳内の検索エンジンをフル回転させました…ヒットしません。


しかし、紳士たるもの、親切な案内板…もとい、通行人の顔を潰すような無粋な真似はいたしませんよ。


「…ああ!なるほど、あの有名な。ええ、聞き及んでおりますよ!

あちらの…北の国の方でも、その名は轟いております…もっとも、私は少々専門外なもので、具体的な“教義”については詳しくないのですがね。そちらでは一体、どのような研鑽を積まれているのです?」


私が興味深げに…そして、ぶっちゃけこの世界の教育機関についてあまり知らない事を隠しつつ尋ねると、先ほどの緊急時にも先陣切って駆け付けていた、リーダー格らしき青年が誇らしげに胸を張りました。


「教義っていうか、技術ですね!

ここは“世界をリードする”トヨタの直系で、俺らみたいなシロウトをプロにする、最短ルートの学校なんです

一級整備士の資格を持った先生が三十九人いて、設備もぜーんぶ現場と同じ、最新のトヨタ仕様なんですよ!」


「プロにする、最短ルート…フム。つまり、魔導具…失礼、自動車を作り、修理するための、最高位のエンジニアを育成する教育機関というわけですか。しかも教員が三十九名も?なんという手厚さでしょう」


「最高位ってのは大げさですけど、凄いでしょ!三十九でミクって語呂合わせで覚えてくれてもいいですよ!今後ずれるかもしんないけど!数だけじゃなくて、人柄だって出来た人たちなんです!

そんで自分たちは、まぁ、高度自動車科とかエキスパートエンジニア科とかに分かれて、最先端のICT教育も受けてて…将来はメーカや販売会社で、ワークもライフもキャリアだって充実させるのが目標で!」


彼らが語るその言葉の端々には、迷いのない未来への展望が溢れていました。

祖国の若者が、明日の食料を求めて徴兵に志願するのとは目の輝きが違いますね。


「素晴らしい。最初は誰もが未熟でありながら、高度な教育をもって、世界の屋台骨を支えるエキスパートへ至る…実に高潔な志だ」


「でしょ!最初はみんな、シロウトだったってのがうちの謳い文句なんです!

入学してみて、それが嘘じゃないってわかった時はホッとしましたよ」


私は彼らの制服に刻まれたロゴを見つめ、深く頷きました。


「なるほど、そちらの制服は、その道を志す有志の証明というわけですね

自衛隊ではないと言われましたが、私から見れば戦い方が異なるだけです。貴方がたも変わらず、この国の平和と物流を守る、現代の騎士団に見えますよ」


「ははっ、騎士団か!悪くないな、それ」


学生たちは満足げに笑い、「変な人だけど、悪い奴じゃなさそうだな」なんてノンデリ発言をかました者がしばかれつつも、軽く手を振って校舎に向かっていこうとしました。


「で、す、が」


私はステッキ代わりの長傘を石畳にカンカンと突き、彼らの背中に向かって、あえて冷や水を浴びせるような言葉を投げかける。


「しかし、そこまで作り込まれた、優秀な教育機関であるならば…教養の下地さえあれば、誰でも同じように育て上げられるのでしょうね


突き詰めてしまえば、貴方達は量産品

“まだ機械で対応しきれない細かな穴埋めをするだけの、代えの効く労働力”というわけですか」


私の口から滑り出たその言葉に、先ほどまでの和やかな空気は一瞬にして凍りつきました。

学生たちの足が止まり、振り返った彼らの顔に、明らかな戸惑いと反発の色が浮かびます。


あーあ。

いくら私が“量産された代替品”としてのトラウマを刺激されたからといって、未来ある若者に八つ当たりをするのは紳士の振る舞いではありませんね。


内心で少し反省しつつも、私は彼らがどう反応するのか、黙って観察することにして、それも長くは続きませんでした。

重い沈黙を破ったのは、先ほどのリーダー格の青年でした。


「確かに、言う通りかもしれない」


彼は一歩前へ出ると、真っ直ぐに私の目を見据えた。


「同じカリキュラムで学んでるんだから、同じ知識や技術を身につけられる人はたくさんいる。代わりなんて、いくらでもいるかもしれない

…けどさ、その身につけた技術を“どう使うか”は、人によって全然違うんだよ」


青年は、隣に立つ友人たちの肩をバンバンと叩きながら、誇らしげに語り始めました。


「俺は卒業したら、まっすぐメーカーの技術者の道に進むつもり

でも、こいつは違う。一度ディーラーに入社して経験を積んだら、将来は独立して、個人で車の修理工場を出すって決めてるんだ」


指を差された学生が、「お、おう!」と活力を取り戻し、力強く頷きます。


「で、こっちの奴はもっと変り種でさ

本当は別にやりたい夢があるんだけど、まずはここで車の道に進んで、しっかり金ためつつ下積みを重ねて、それから自分の夢にチャレンジするんだってさ」


「おい、バラすなよ!」と照れくさそうに頭を掻く、もう一人の学生。


「学ぶ場所も、身につける技術も一緒の量産型でも、その先にある目的はみんな違うんだ


だから、俺たちはただの穴埋め用の部品なんかじゃない」


青年の言葉に、凍りついていた残りの学生たちも一気に勢いを取り戻しました。


「そうそう!ぶっちゃけ俺なんか、最初は車そのものに深い興味があったわけじゃなくてさ」


後ろの方にいた少しチャラい雰囲気の学生が、ニヤリと笑って自己申告をぶちかましました。


「自分でピカピカに整備したスポーツカーに乗って、『俺カッケー!』ってしてモテたいだけの下心で入ったからね!もちろん、学んだ技術は将来プロとして、バッチリ活かすけどさ!」


「お前、それ初日に先生の前で言って怒られてただろ!」

「いやいや、動機としては不純だけどモチベーションとしては良いじゃんか!いーじゃん!モテモテ整備員!彼女ができたら、その子の車も見てやんの」

「子供のも見んの?」

「当然だろ!てか、子供って、気がはえーよ!」


若者たちの間に、再びドッと明るい笑い声が弾けました。


私は、彼らのその屈託のない笑顔と、確固たる“個の意思”を前に、静かに目を細めました。


目的や欲望、ちょっとした下心が、彼らを唯一無二の存在たらしめているのですか。


それは、私にも実現できますかね?

ベースが同じでも、生きる目的が違えば、それはもう決して“代わりの効く部品”ではないと言い切れるので?


「…これは、完敗ですね」


「敗けですらありませんよ、戦ってねーし

あんた、いろいろと考えすぎなんじゃない?」


「その通り、意味を持たせないと、居ても立ってもいられないもので」


私は長傘を掲げ、今度こそ心からの敬意を込めて、深く頭を下げました。


「失礼な発言をお許しください

貴方たちの学び舎は、知識を画一的に詰め込むだけの工場ではなく、皆様のその多様な野望を育む揺り籠であると…やっと、実感が持てました。素晴らしい教育機関ですね」


「だろ?まぁ、あんたも変なこと言ってないで、気を付けて観光しなよ!」


「ええ。皆様の未来のカッケー姿が、この国の道を彩らんことを祈っておりますよ」


私が敬礼すると、彼らは真似して返しつつも、今度こそ背を向け、意気揚々と去っていきました。


「ハトソン、聞きましたか。ここはただの観光地ではない

若者たちが将来を見据えて選んだ道、それを支える受け皿も存在したようです


…おや、どうしました?そんなに見つめて」


ハトソンが、学生たちの背中をじっと見つめていました


「…まさか。 貴方、エンジニア…は羽根じゃ無理ですが、ショールームスタッフ科にでも編入して、接客スキルを磨きたいとでも?


貴方は見た目だけは百点ですが、その暴力性だと、トヨタの看板に泥を塗ることになりますよ」


「ンンン…ッ!?クルルぅー!」


再び繰り出されたハトソンの嘴攻撃を、スウェーでどうにか回避する。

タマネギが剥いたら虚無になるように、私も無限にベリベリするわけにはいきませんからね。


「さてハトソン。次は瀬戸の海を渡り、“香川”を目指しましょうか

事前の調査によれば、あちらの地には“ウドン”と呼ばれる白く太い麺を、朝から晩まで啜り続ける独自の食文化が根付いているとか…


この国の食へのこだわりを考えれば、いらぬ心配でしょうけど、その中身が祖国の下層民に配給される不衛生なナポリタンでないことを祈りましょう」


私はステッキ代わりに長傘を軽く回し、次なる目的地へと向かうべく、神戸の駅を目指しました。


予定では、在来線という名の鈍行列車に揺られながら、のんびりと海沿いを西へ向かうつもりでした。

そう、ウェブ上であの表示を見つけるまでは。


「…おや?」


私の足が、ピタリと止まる。

小さな画面に記された文字とローマ字のルビを、私は三度見しました。


「新幹線…“SHINKANSEN”…ハトソン、見ましたか!」


「クルックー?」


「あの文字列です!もしやあれは、私がインターネットの深海を潜って探し求め、この国の電車に幾度乗れども巡り会えなかった伝説の氷菓…“シンカンセンスゴイカタイアイス”の所在地を指しているのでは!?」


「ペッ…」


『今更何言ってんだお前』と言わんばかりの、侮蔑のペリット発射。

ベチャベチャでフンと見分けのつかないそれが目前に落ちた。


「ハトソン。公共の場で唾を吐く行為は、軽犯罪にあたりますよ…」


ポケットからウェットティッシュを取って、拭く。

惨めな姿勢が私の脳細胞を活性化させ、点と線が、見事に繋がり、捻じ曲げていた脳内から真相を導き出しました。


名前の冠に“シンカンセン”とついているのですから、その名の通り“新幹線”という名の最高位の鉄蛇のやってくるホームにしか存在しない、固有ドロップアイテムだった、多分これまでにも居合わせていて、見逃していたという単純極まりない事実を。


なんという安直さ。私のひねた性格はそのストレート回答を拒み、今治と同様に捻じ曲げて記憶していたようですね。


「急遽、予定変更です!

アイスの回収ついでに、香川へ向かうルートにおいては、新幹線移動に切り替えますよ!」


「プゥルルルル、ペッ」


「ハトソン!!!!!!」

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