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バーロック・ワームズの供述書  作者: ダム底タヌキ
通常業務編
10/14

☆刺突吸着スゴイカタイアイス

修正予定のお知らせ

作中に人間と鳩(荷物扱い)で座席を購入する描写がありますが、現実の鉄道規則では荷物専用に座席を購入することはできません。

こちらは知識不足による誤った表現でした。


創作物であっても、現実の制度を誤って伝えると「実際にできる」と思わせてしまう危険があります。

そのため、JRをご利用の方に誤った認識を広めないよう修正いたします。


座席は人が乗車するためのものであり、より多くの方が利用できるようにするための大切な取り決めです。

代替描写が整うまでの暫定対応として、前書きにて訂正を入れさせていただきます。

私は意気揚々と“みどりの窓口”と呼ばれる、切符の対面販売所へと向かいました。


券売機は既に経験しておりますので、噂の氷菓に挑む前の儀式として、ここは専門の職員と直接取引を行いたい気分だったのです。


「ごきげんよう、窓口の乙女

高松までの切符を、新幹線経由で手配していただけますかな?ええ、窓際の席を二枚、グリーン車で

私と、荷物置きの分です…普通手回り品切符もお願いします」


私はハトソンを入れた籠を指し示し、弾帯から日本の硬貨と紙幣をジャラジャラとカウンターに広げました。


窓口の女性スタッフは、スーツを着た鳩と、スマホをたすき掛けにした私の異様な風体に一瞬引きつった笑顔を見せましたが、そこはさすがのプロフェッショナル。

「…かしこまりました。乗車券と特急券、それぞれ二名様分ですね」と、ハトソンをカウントする思いやりを見せつつ、見事な手際で端末を弾き始めました。


移動のための乗車券と、速度と快適さを買うための特急券。二重の対価を要求するのは、いい心がけです。


ただの移動手段ではなく、時間と空間の短縮に明確な付加価値をつけて売り出している。実に理にかなった等価交換。

輸入品にちまちま値引き交渉する守銭奴の大臣にも、サービスに相応しい適切な支払いを行う明朗会計ぶりを見習わせたいものですね。


私は切符を大切に懐へしまい、自動改札を華麗にすり抜け、新幹線のホームへと降り立ちました。


熱を持ったスマホの示す通り、ホームに自販機を見つけ、購入し、スプーンも忘れずに回収する。


手のひらサイズのカップ、そこから放たれる冷気を楽しんでいると、やがて、滑るような流線型の真っ白な車体が、轟音を立ててホームに滑り込んできました。


「おお…なんという造形美。風の抵抗を物理的に切り裂くための、機能美の極致

あれの先端で轢かれれば、祖国の将軍とてただでは済まないでしょうね。素晴らしい殺傷力…もとい、機動力です」


指定された窓際の席に深く腰を沈め、私は息を整える。

列車が静かに、しかし恐るべき加速で走り出します。その揺れの少なさに感動する暇すら惜しく、私の神経はスゴイカタイアイスに全集中していました。


「…さあ。いざ尋常に、勝負」


私はスプーンを握りしめ、蓋を開け、純白のアイスの表面に渾身の力を込めて突き立てました。


――刺さったッ!


「…なっ!?」


しかし、抜けないッ。

何ということでしょう。先端が、持っていかれた。

取り返そうと動かすが、木製の柄が限界までしなり、今にも折れそうです!


「ふ、ふふ…私の鍛え抜かれた腕力は、確かにアイスの心臓部をぶち抜いた

だのに、使った得物を取り込まれるなんてねぇ…しくじりました、初動は浅く済ませるべきでしたか…!


なんという吸着力。

街頭に幼き日の皇帝がふざけて舌をつけて動けなくなり、救護班が出張る大惨事がございましたが…この私までもが、氷点下の脅威に打ちのめされるなんてね


なるほど、理解しましたよ

ネットに躍る『時間を置け』という警告は、この絶望的な硬度から私の武器とプライドを守る慈悲だった…!」


「プルルル…ボボッ」


籠のハトソンが『言わんこっちゃない』とでも言いたげに喉を鳴らします。

私は敗北を認め、アイスが自らの冷気を解き放ち、スプーンを返してくれるほどに軟化するまでの十数分間、窓の外を流れる圧倒的なスピードの景色と、目の前のカップを交互に睨みつけて過ごしました。


やがて、絶妙に溶け始めたそのアイスを口に運んだ瞬間、濃厚で滑らかなミルクの風味が脳髄を直撃し、私は席で一人、至福の吐息を漏らすことになったのです。


「…これも美味しいんですけど、ピスタチオ味にしとけばよかったですね」


隣の芝はいつでも青い、旨味が過ぎ去り、選ばなかった選択肢を悔やむ中で、岡山で快速列車に乗り換え、瀬戸大橋を渡って四国、香川の地へ上陸した私は、アイスで増進した食欲のまま、本場の炭水化物の暴力に挑みました。


「この白く太い麺…なんという弾力(コシ)!まるで生きているかのように歯を押し返してくる

しかも、この黄金色に輝くイリコ出汁のスープと、天ぷらが乗って、たったの数百円!?こんなものが自販機で売ってるだなんて、ただでさえ肩身の狭い宮廷料理人が知れば、原価崩壊のショックで首を吊るレベルの程パフォーマンスです!」


私は自販機と店売りをハシゴし、極上の麺と出汁を胃袋の限界まで流し込みました。

そして、放鳥したハトソンと共に香川の大満足の夜風を浴びた後。


私は、ふと奇妙な違和感に足を止めました。

弾帯に提げたスマホの一台で現在地のマップを開き、周辺の地形を確認していた時のことです。


「…ハトソン。この地域、妙に池が多いと思いませんか?」


画面上の地図には、まるで絨毯爆撃でも受けたかのように、大小無数の青い斑点が密集しています。


私は前後左右の通行人の動線と視線を素早く確認し、背後を取られないよう、レンガ造りの壁際にスッと身を寄せました。

いくらこの国が平和の極みにあるとはいえ、立ち止まって情報収集を行う際の安全確保は、調査の基本中の基本です。


「よし。広島で出会った若き賢者の真似をして、私もこの魔法の板でググってみましょうか」


私は弾帯から最も手に馴染む端末を引き抜き、検索窓にキーワードを打ち込む。


そうして表示された結果の数々を読み解き、私は深い感嘆の息を漏らしました。


「ほう…なるほど。この讃岐の地は、古来より降雨量が少なく、深刻な水不足に苦しめられてきた歴史があるのですね。だからこそ先人たちは、天からの恵みを一滴たりとも逃さぬよう、血の滲むような努力でこの無数のため池という貯水要塞を築き上げた、と」


私は夜の闇に沈む街並みに目を向け、見えざる先人たちの執念に深い敬意を抱きました。

水は命。それを維持するための創意工夫。素晴らしい生存戦略です。


…しかし。

私は画面をスクロールする指を、ピタリと止めました。

先ほどまで温かい出汁で満たされていた胃袋が、急速に鉛のように重くなっていくのを感じます。


「待ってください」


私は、肩でのんきに羽繕いをしている相棒に、震える声で語りかけました。


「水がそれほどまでに貴重な土地であるならば…なぜ彼らは、毎日毎日、あれほど大量の湯を沸かしてうどんを茹でまくっているのですか!?」


うどんを作るには、まず小麦を練るための水が必要です。

それを茹でるための、たっぷりの熱湯も必要です。

さらに、茹で上がった麺のヌメリを取り、あの驚異的なコシを生み出すために、大量の冷水で一気に“もみ洗い”しなければなりません。

極めつけに、黄金の出汁をとるための水!


「おかしい…明らかにおかしいですよ、ハトソン!

干ばつに怯え、水一滴を血の涙のように惜しむべき土地柄でありながら、彼らの食文化は水の大量消費を大前提としている!

生存に不可欠な防衛資源を、すべて“白く太い炭水化物の錬成”に全振りしているのです!!」


これはもう、矛盾などという生易しい言葉で片付けられるものではありません。


水がなければ、うどんを茹でればいいとでも?。

おかしい、この土地柄で何故、その発想が湧いて出る。


夜風が、急に生暖かく、そして不気味なものに感じられました。

「プゥー…ムゥ」と、ハトソンも私の緊張を察したのか、怯えたように喉を鳴らします。


「気を引き締めましょう、ハトソン。この地は、決してのどかな麺の国などではない

炭水化物のために自らの命の水を差し出す、白もちカルト教団の総本山…」


私はステッキ代わりの長傘を強く握り直し、スマホを弾帯に仕舞い込みました。


私は、静まり返る夜の路地裏でスマホの画面をタップし、緑色の連絡アプリを開きました。

“帝国先行調査部隊・香川支部”などという、上に報告しようか迷うほどにあからさまな名で登録し、他の地域の面子まで無節操に引きずり込んでいる同胞たちのグループチャットを覗き込みます。


そこには、彼らの日々の活動記録が刻まれていました。


『業務連絡:角亀の製麺設備の構造調査、完了。図面は暗号化してクラウドにアップ済み』

『了解。あと明日、燃えるゴミの日だから当番の奴は出し忘れんなよ。カラス除けネットの隙間からやられるから、端までしっかり石で押さえろ』

『明後日水道代の引き落とし日だから、各員口座の残高確認しとけ。先月ちょっと高かったぞ』

『すまん、うちのせいだ。夏場はどうしても冷やしうどんの締めに氷水を使うかんな。キュッと締まったあのコシを生み出すための必要経費として、本国に請求回せないか?42号どのー、見てますかー?ちょっと上と交渉してきてくださいよ』

『無理だろ。「うどんの締めで赤字です」とか通るか。自腹切れ』

『それより明日の朝、任務前にがもううどんに並ぶぞ。朝8時半開店だから8時集合な。あそこのあげ乗せうどんを胃に入れないと、もう情報収集のモチベーション保てん』

『了解。てか俺、この国に来てからマジでうどんしか食ってねーわ。最近、米の炊き方忘れたかも』

『皇帝陛下に献上するレポートのメインは釜玉一択だな、シンプルイズベスト。あの茹でたての麺に卵が絡む完全食のシステムは、帝国の兵站に革命を起こす』


私は、スマホのスクロールをそっと止めました。


我が帝国の精鋭たちは、この複雑怪奇な極東の島国の生活システムに適応し、善良な市民として擬態しています。その点については、高く評価できる。


「ですが…なんですか、このうどんへの過剰な傾倒は。もはや宣伝じゃないですか、まさか、そのために私まで勝手にグループ入りさせたんじゃないでしょうね…」


私は舌打ちをし、最も重症と思われる工作員の一人、“(そら)海里(かいり)”へと直接通話をかけました。

彼は我が帝国でも屈指の戦闘マシーン、恐れを知らぬ一番槍常連であり、どんな過酷な環境でも任務を遂行する、鋼同然の人間味のない男だったはずです。


数回のコール音の後、電話が繋がりました。


「もしもし。空、私です。第42号ワームズだ」


『ズルルルッ…お、お疲れ様です、42号殿。ちょうど夜食の…ズズッ、ぶっかけを啜っていたところでして

む、この出汁、少し寝かせたことで風味が一段と…いや失礼、用件は何でしょうか』


電話口から、下品な麺をすする音が響いてきます。私は眉間を揉みほぐしながら、冷徹な声で問い詰めました。


「夜食、ですか…空。貴方ほどの男が、任務の報告よりも先に麺のコシを語るとは、どういうことですか。それに、先ほど私が独自に調査したところによると、この土地は慢性的な水不足に悩まされているはず


だというのに、貴方たちは水道代を跳ね上げてまで、毎日毎日、致死量に近いほどの水を消費してうどんを錬成し続けている

これはおかしいですよ、何か裏があるはずだ。貴方は工作員として、この街の水に対する姿勢をどう分析しているのですか」


私の問いに対し、空は電話口で少しだけ沈黙しました。

そして、ゴキュンと出汁を飲み込む音をさせた後、ひどく真剣な声で答えました。


『…42号殿。貴方は、まだこの土地の真の恐ろしさをご存知ないのですね』

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