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バーロック・ワームズの供述書  作者: ダム底タヌキ
通常業務編
11/12

☆うどんカルトの水消費量

「ほう、言ってみなさい」


『水が足りない。だからどうした、と言うのですよ。彼らにとって、水とは“そのまま飲むもの”ではないのです。“うどんを作るための素材”であり、水という液体は、うどんに吸収させて初めて完全なるエネルギーへと昇華される』


「…はい?」


『私も最初は思いました、狂っていると。しかし、彼らのうどん作りを見ていると、理解できてしまうのです。

降雨量が少ない?ため池の水が枯れそう?

だからこそうどんを捏ねるのです!!そして、限られた命の水は、最高の一杯のために惜しみなく使う!

小麦の香りを引き立てるための、正確な加水率!

麺を鍛え上げるための、惜しみない冷水での揉み洗い!

そして、イリコの風味を限界まで濃縮した、黄金の出汁…!』


電話越しの空の声は、かつて敵の首を刎ねる時に見せていた冷酷な殺気ではなく、何か別の宗教的な熱を帯びていました。


『42号殿。水不足だからといって、うどんの質を妥協するなんてのは、この土地の人間には絶対に許されない重罪(タブー)なのです

彼らは、歴史規模で極上のコシと出汁を追求している。我らが前線にてクソまずくてレンガより硬いパンを常食してきたのが恥ずかしくなってきますよ!』


「何かを上げるために、他を下げる行為はおよしなさいな

一応聞きますが、それは祖国への中傷行為と受け取ってよろしいのですか?」


『すみませんでした、パンの下りはオフレコでお願いします』


「承知しました…で、話は戻りますがね、馬鹿なことを言わないでください!生存本能なんかはどこにいったんですか?まずは飲み水を確保するのが道理でしょう!そんな非合理な文明があるはずが…!」


『ズルルルッ…ああ、聞き間違いでしょうか、麺の福音が通話を妨げているのかも

このエッジの立った麺線、喉に吸い込まれるような滑らかさ…音を捻じ曲げるのも納得です


それで42号殿、貴方は情報収集の基本を忘れておられるようだ。表層的な渇水報道だけで、この地の水利システムを甘く見積もっていますね』


「…何?」


『この県で慢性的に不足するのは、あくまで農業用の地表水や一部の水道用水。大地を深く潤す地下水脈までが容易く枯渇するわけではありません


店舗によっては水道水に頼ることもありますが、真に実力を備えた名店や製麺所の多くは、自前の井戸で豊かな地下水を直接汲み上げている。つまり、日照りが続こうとも、彼らの生命線である麺打ちと出汁取りの工程が止まることはないのです』


「せっかく地下水を汲み上げたのに、うどん…労力おかしくないですか?」


『そこなんですが、なぜこれほどまでに固執するのか、歴史を紐解けば自明の理です

稲作には大量の水を必要としますが、うどんの原料たる小麦ははるかに少ない水で育つ

降雨量の少ないこの過酷な風土で命を繋ぐため、先人たちは生存の最適解として小麦栽培を選び取った


そして、その乏しい水源すらも完全に掌握するため、あの満濃池をはじめとする無数のため池を全土に配置し、徹底した水資源管理機構を築き上げた…分かりますか?水が少ないのにうどんを作っているのではない。水が少ない土地だからこそ、彼らはうどんという最適解に辿り着いたのです。米の高騰が続く今、うどんは次の主食候補と言っても遜色ない』


私は、何を聞かされているのでしょう。

なぜ空は、彼らが毎日大量の湯を沸かしてうどんを茹でられるのかという疑問を正当化し、目の前の麺を称賛するためだけにその頭をフル稼働させているんだ。


『ズズッ…噛むほどに小麦の甘みが…いりこの風味が鼻腔を抜ける…

42号殿、私はこの恐るべき炭水化物の錬成技術を、なんとしても帝国に持ち帰るつもりです。この安価で超満足感のある完全食が帝国の兵站に導入されれば、我が軍は無敵


…そのためには、あと3年は丸亀製麺で修行を積み、そこで産まれた資金で名店を巡って製麺の修行を積まねばなりません

出汁の配合には、季節ごとの微細な調整が必要。そして、この技術は一人でも多くの民に広めるべきなのです。陛下には、香川エリアの増員を是非ともご具申ください』


「空、貴様、完全に脳が小麦粉に侵されて…!」


『申し訳ありません、42号殿。明日は早朝からシフトが入ってまして、その後おか泉に並ぶためにも体力を温存せねばならないのでそろそろ失礼します

よければ一緒に並びますか?あそこの手打ち麺とおでんは、生きててよかったと実感させてくれる味覚の極楽浄土ですよ』


「あー…それは、魅力的なお誘いですが…勢いが怖いので、今度にしますね」


『左様でございますか、それではまたの機会に…ズルルっ…帝国に栄光あれ』


ジュぅルルるるるるッ!


空のながら通話は、うどんのように太く、短く、ぶった切られた。


画面の向こうでは、まだ『レンタカー予約しといたぞ、休日はうどん屋ハシゴしような』というチャットが更新されている。


水不足に悩んだくせに、うどんへの大量消費をやめない人々。

そして、そのビッグウェーブに当てられ、祖国への忠誠心をうどんの濁流に呑まれてしまった同胞。


「ハトソン。私としたことが、完全に見誤っていました


この国は、日出る国などではない。

炭水化物に脳を置き換え、脳漿代わりの出汁で頭がタプタプのうどん人に支配された魔境を備えた、文明汚染地帯だったのです」


私は身震いし、ぎゃっとスマホを握り締めました。


「これより、うどん県から脱出します

これ以上この地に留まれば、私もまた、あの白い麺の虜となり、帝国の誇りを忘れて出汁の配合に人生を捧げてしまうかもしれない



いや、良いんですけどね?興味深い話だったんですがね?私は勢いでやらかす人種なのです、今撤退しなければ就職してしまう」


夜風に乗って微かに漂ってくる出汁の香りが、今は悪魔の囁きのように感じられる。

瀬戸内行脚も、ひとまずはこれでおしまいです。


「【素晴らしき成果を持ち帰りま(アイドラザビー)しょう()陛下がレポートごと、私の首(エクスキュース)をお刎()あそばされることを祈(ペーパーワーク)って】」


私がワームホールの奥へと足を踏み入れると、うどんの匂いは一瞬で消え去り、むせ返るような鉄とオイルの臭いが鼻を突きました。


薄暗く、無機質な石造りの通路。

我が祖国、帝国の検疫ゲートです。


「おや。そちらは第42号のワームズ殿。無事の生還、何よりですね」

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