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バーロック・ワームズの供述書  作者: ダム底タヌキ
通常業務編
13/15

☆時給千円の滅私奉公

背後から、無機質なモーターの駆動音と、金属が擦れるような硬質な声が響きました。

振り返らなくともわかります。帝国の錬金術師筆頭にして、全身を無骨かつスタイリッシュな機械に置換した改造人間――ソラです。生身の女を捨て、ギアとシリンダーで構成されたその体躯は、さながら実寸大のモビルスーツ。


来ると思っていましたよ…本当に鬱陶しいですが、皇帝陛下との謁見中じゃなかっただけ幸運と思いましょう


「おや、ソラ殿。研究室の主がこのような通路まで出張ってくるとは、珍しいですね」


「質問に答えてよ、42号

日本だっけ?あんたが行ってきたの


聞いたよ?洗剤を『混ぜるな危険』って書いてあるのに平気で混ぜて有毒ガス出しちゃう馬鹿ばっかりなんでしょ?

それに、凍ったままの鶏肉を高温の油に投げ入れて火柱上げたり、農作物を一口ずつ齧る害獣を駆除もせずに『可哀想だから』って放置してるような、お花畑の弱小国だってね


どうだった?最低でしょ?あいつ…あのオールドと同じ、気味の悪い黒髪だらけの国とか、絶対クソだよね」


変わりませんね。

黒髪という身体的特徴へのヘイトはいい加減にしろと、皇帝陛下より何度も勧告を受けているのに。


「誤解が過ぎますよ

まず、洗剤の注意書きを正しく理解し、安全に使用できる者はあの国にも沢山います

以降の冷凍チキン爆弾などは、完全に他所の国との混同ですよ」


私はステッキ代わりの長傘を軽く突き、事実を訂正してやりました。


「それに、一口ずつ齧る害獣に至っては、“キバノロ”のことでよろしいのですよね?多分。あれは日本ではなく韓国の事案だったかと。あちらの現地人も必死で対処しており、彼らに非はありません。

そもそもあれは、絶滅危惧種でありながら害獣であり、絶妙に可愛くない不快な見た目、使えない皮、美味しくない肉、そして存在価値のわからない牙を兼ね備えた、理不尽極まりない厄災ですからね。放置しているわけではないのですよ」


私の擁護に対し、ソラはチッと金属的な舌打ちを鳴らしました。


「あー、そう。どっちでもいいけどさ。で、あんたいつ死ぬの?」


ソラのカメラアイが、私をゴミでも見るように値踏みします。


「あんたたちクローンなんてさ、私の研究所ならいつでも量産して交代要員を作れるんだよ?あいつと同じ顔、同じ声…あぁ、思い出すだけで腹が立つ。でも、あんたたちが任務でボロボロに消費されて死んでいくレポートを見るのは、結構楽しいんだけどね」


自身の才能と技術を、単なる八つ当たりと悪趣味な娯楽のために浪費する。これだからこの偏執的な錬金術師の相手は疲れるのです。


私は適当に聞き流していましたが、カチャカチャと鳴る彼女の駆動音と、ネチネチとしたうざ絡みがいよいよ鬱陶しくなってきました。

頃合いですね。私は、この手の“面倒な技術オタク”を黙らせるために、あちらの国で周到に仕入れてきた対抗策をワームホールから取り出しました。


「ソラ殿。私の死期よりも、こちらの未知の機構にご興味はありませんか?」


私が差し出したのは、精巧なプラスチックモデル――あちらの国が誇るガンプラと、一見して玩具然としたキーボッツのパッケージです。


「なにこれ」


「あちらの世界の技術の結晶です。どうぞ」


ソラは訝しげに箱を受け取り、ガンプラの中身を開けました。ランナーに繋がった無数の精密なパーツを、彼女の機械の指が高速でスキャンするように撫でていきます。


「中身の機構は?動力源もない?ただのガワの組み立てだけ?なんだ、パケ釣りの子供騙しか…いや、待って

この各パーツの金型の精度と、接着剤なしで完璧に嵌合するスナップフィット技術…動力がないのに、この関節の可動域と装甲の連動スライド…この造形、めちゃくちゃ良いな…」


ブツブツと呟きながら、すでに彼女の意識の半分はプラスチックの成形技術に持っていかれています。私はすかさず、もう一つのキーボッツの箱を彼女の視界にねじ込みました。


「じゃあ、こっちのずんぐりした方は何?なんか頭身低くない?こっちはただのブロック玩具?」


「おやおや、その真価を見抜けないとは。錬金術師筆頭の肩書きが泣きますよ。貸してください」


私は箱から取り出したキーボッツの背中のコアに、専用の鍵(ブ・キー)を差し込みました。


「よく見ていてくださいね」


ガチャリ。私が鍵を回した瞬間。

バチンッ!と小気味良い音を立てて、キーボッツの頭、両腕、両脚のロックが一斉に解錠(ロックブレイク)され、バラバラのパーツとなって私の手の中に崩れ落ちました。


「…っ!?」


ソラのカメラアイが、限界まで見開かれました。


「鍵を回すという一つのアクションで、全身のジョイントのロック機構が同時にブレイクする…そして、この共通規格のジョイント。これさえあれば、別の機体のパーツを無限に組み合わせ、自由な形にキメラ錬成できるというのか…!」


「ご名答。単純な物理機構でありながら、拡張性と遊び心を完璧に両立させた奇跡のプロダクトです。ソラ殿の機械工学のインスピレーションを刺激するのに、これ以上の教材はないでしょう?」


ソラは無言で私からキーボッツのパーツと鍵をひったくりました。

先ほどまでの私への殺意や憎悪はどこへやら。彼女の脳内はすでに“このロック機構をどうやって軍事兵器のパージシステムに転用するか”という計算で埋め尽くされているのが、その異常なまでの駆動音の回転数から丸わかりです。


「…ふん。今回だけは、ちょっとだけ有意義なゴミを持ち帰ってきたみたいだね。次行く時も、こういう構造のやつ、全部買ってきなさいよ!」


捨て台詞を吐きながら、ソラは両腕にガンプラとキーボッツを抱え込み、全速力で自身の研究所へと引き返していきました。


「ええ、私の経費が落ちるのなら喜んで」


私は遠ざかるモーター音を見送りながら、深く息を吐きました。

扱いの難しいバケモノであっても、オタク特有の好奇心を突けばチョロいものです。


「さてハトソン、陛下から“納税しろ”との勅命も下りました

早速、ふるさと納税のめぼしい地区を調べるとしましょうか。もちろん、調査のお供に瀬戸内の柑橘…はありませんが、帝国名産のフルーツティーの用意を忘れずにね」


「クルックー!」


あの快適な冷暖房、定刻通りに動く鉄の箱、そして無限に広がる美食の数々。


そんな極上のバカンス先を、軍の連中や教会の狂信者どもに踏み荒らされてたまるものですか。あそこは、私とハトソンのための、最高のリゾートなのですから。


「…ところで、今、景観がいい感じっぽいスポット求人の通知が来てしまいました…!

待機を命じられたとはいえ、ちょろっと出ていくだけならバレませんよね!」


私は、たすき掛けにしたスマホの一台――格安SIMを差した実務用端末を握りしめ、通知の一つをタップする。


起動されたのは黄色い背景を、黒い文字が飾るアプリ。

刻まれたその名は、“Timeeタイミー”。


「労働とは誠に面倒なものですが、この島国の裏側を覗くには、自ら歯車の一部になるのが一番です

いやぁ、仕事熱心で我ながら惚れ惚れしますね」


神戸のウォーターフロント・ホテルの客室清掃。時給は千円少し、まぁ普通ですね。

私は慣れた手つきで「申し込む」をタップしました。


既に何度もこの即席労働に身を投じている私にとって、プロフィール欄の評価百%は紳士としての当然の嗜み。

私は私室にハトソンを待機させると、ワームホールを展開して現場へ急行。

貸与された地味な清掃員用のポロシャツに着替えました。


「…ハァ。やはり、この作業は私の高い知性を浪費している気がしてなりませんね」


私はインバネスコートを脱ぎ捨て、ゴム手袋をはめ、バスルームの鏡を磨き上げました。あちらの世界では、王族の寝室ですらこれほど磨き上げることはありません。


シーツの皺を数ミリ単位で伸ばし、枕の向きを正確な角度で整える。落ちている髪の毛一本すら許さない、完璧な“無”の空間の再現。


「この島国は確かに素晴らしい、奇跡のようなインフラと美食の楽園です…が、たかだか一晩眠るためだけの空間に、これほどまでの精度と滅私奉公の精神を要求するのは、度が過ぎている。狂気の沙汰と言ってもいい」


私は腰を叩きながら、次々と部屋をこなしていきました。

この国では、単なる掃除ですら、職人の域に達していなければ仕事として認められない。


提供されるサービスのレベルが高いということは、即ち、労働者に求められるレベルも異常に高いということに他なりません。


「このクイックルワイパーとかいう道具、便利ですがね、これを操る私のフォームにまで、チーフのオバサマが“角度が甘い”と難癖をつけてくる

…ああ、今すぐ彼女の心臓もクイックルして差し上げたい気分ですよ」


ようやく業務終了の時刻を迎え、私はスマホで退勤を報告しました。

早々に仕事を終えて、退勤を許されても、決して乗せられてはいけません。一度報告すれば時間分の報酬が削られる、その仕様は、現場も把握していないことも多いのですから。


画面に反映された報酬の数字は、満額。このスピード感だけは、帝国の官僚機構も見習うべきでしょう。


「疲れました…帝国での暗殺任務や魔獣狩りの方が、よほど精神衛生上よろしいかもしれない。この島国の人々が、あんなに死んだ魚のような目で通勤電車に揺られている理由が、身に染みて理解できますよ」


私は着替えを済ませ、再び帝国紳士のシルエットを取り戻しました。


ワームホールを潜った先、私室で待っていたハトソンも、心なしか私の塩素の匂いに辟易しているようです。


「さあハトソン。汗と屈辱で稼いだこの資金で、待機明けには最高級のおでんでも突きましょうか

労働の結晶たる買い食いの味は、晩餐会よりも心に沁みるはずですからね」


私はたすき掛けにしたスマホをジャラリと鳴らし、破滅まっしぐらのこれらを交換すべく、今度こそ技術班の区域へと足を進めるのでした。


…そうして、私が纏めた、これらすべての調査報告は、「誰が小説を書いてこいと言った」という皇帝によってすげなく差し戻されました。


だからといってすべて処分してしまうのは、味気ない。

よって私は本音と脚色を大いに書き足し、並行世界の日本にて、“じゆうに文庫小説大賞”という名の公的なコンテストへ提出することにしました。


所謂、大会荒らしというやつです。


ただでさえ多数応募される作品群の中で、このように有り触れた物語がひとつ増えても、大した影響はない。


ですが、どのようなものであれ…公に晒した以上は、誰かしら手を伸ばす可能性がある。

例えば、今ちょうど画面をスクロールしているであろう貴方とか。


私は帝国紳士ですので、とことん奪う側の野蛮な性状を抱えております。

よって一分一秒掛け替えのない、ひと様の時間を奪うことが、何より気持ちいい!!

露出狂疑惑を掛けてきたお子様は慧眼でした、手段が異なるだけで、あの子は大正解を踏み抜いている。


本当にありがとうございました、私の怪文書に時間を割いてくださって。

かく言う私は、物語を書き終えても、七面倒臭い日常から抜け出せない。

こうして踏み入れた貴方のpvを、懇切丁寧にしゃぶり尽くして、現実に向き合う気力としましょうか。


それでは此方の人類の皆様、ごきげんよう。ご精読ありがとうございました。


と、言いたいところですが、話はもう少し続き、審査員の皆々様の好みからは更に外れていくことでしょう。


締切日当日に深夜投稿をしていた最中、此処に書き留めたくなりそうな、新たなトラブルが発生したからです。


それではサヨナラ、JR西じゆうに大賞1。

未練こそ残りますが、私は衝動に抗えない。

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