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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
最終章 アーマオンの怪物
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ユーヴェの落胆

 開け放たれた下水道整備用出入口には雨が降り注いでいた。雨粒が肩幅ほどの通路にぶつかり、湿った音が下水道を木霊する。

「閉めて下さい。」

既に地下に降りていたユーヴェの声に僅かに見えたアコステス顔が頷いて重い蓋が閉められた。辺りにはくぐもった雨音と汚水の流れる音のみである。ユーヴェは片手に射出機を掴んで腰にぶら下げたランタンの明かりを頼りに半身で進み、空いた手でポーチから瓶を一本取り出して器用に蓋を開け中身を飲み干した。空になった瓶をポーチへ戻したユーヴェはマスクを装着した。湿った足音が交互に鳴る。腐敗による熱がユーヴェを暖め、彼は僅かに汗ばんだ。石英がランタンの明かりを反射する。辻を見渡したユーヴェはもう一丁の射出機も引き抜いた。二丁の武器を構えたユーヴェの陰が無人の徐々にユーヴェが赤く染められた地点に近づくと噴き上がる熱が僅かに強まり赤毛が水路の汚泥に絡みついている。ユーヴェの足が通路の大きな水溜まりを踏んだ途端更に地下から苦痛に呻く獣の声と笑い声が響いてきた。ユーヴェは足を止めて息を殺す。

「烏が街の上に舞った時、強い死臭がした。お前を殺したら俺の命の価値はもっと高くなるかな?魔術師ユーヴェ。」

覇気と溌剌さを持った男の声はユーヴェの足下の水にくっきりと波紋を作る。ランタンの空気穴を小指で塞いで明かりを消し、ユーヴェはじっと暗闇を見詰める。程なくし石が水に落下する音が鳴り、荒い吐息がユーヴェの前方から近づいてきた。

「先ずはお前の価値を高めろ。それだけで獲物との楽しい会話が弾む。」

男の上機嫌な声が足下を揺らす。ユーヴェは辻から身を乗り出して射出機の引き金を引いた。無音で飛んだ爆弾は石の壁で炸裂した。身を引いたユーヴェは爆弾を撃ち終えた射出機を腰へ静かに取り付けて肩に掛けてある空気銃を手に持つ。蓄気された空気銃の先端には刃先が濡れた返し付きの鏃が取り付けられている。息を殺して集中すると徐々に周囲が粘性を持った空気に変わった。鋭敏になったユーヴェは心臓の動きが止まり、羽ばたくハエの羽すら見分けられるようになる。彼のこめかみや額に青い血管が浮き上がって自発的に蠕動し、石英レンズの奥は血走った。空気銃を構えて待ち構えていると片腕に大きな金球をこすって巨人が現れた。ユーヴェは空気銃の引き金を引いた。暗闇を鏃が飛び、鋭い切っ先は怪物のかさぶた塗れの腹部に食い込んだ。腹筋に押された鏃の返しが皮膚を突き破る。怪物はよろけたが長い腕を両側の壁へ伸ばして立ち直り、嘔吐しながらユーヴェに突進した。ユーヴェは空気銃を肩に担いで辻の角に飛び込んで突進を避けた。地面を揺らして四つ足に走る怪物は石壁を崩し、金属球をユーヴェに振り抜いた。空を切って振るわれた鉄塊をユーヴェの目は捉え、彼は怪物の懐に飛び込んで射出機を怪物の頭へ向けた。撃ち出された投射物は怪物の右胸に突き刺さった。突き刺さった場所から湯気が立ち上り皮膚がめくれ上がって異臭が辺りを埋め尽くした。小刻みに怪物が震え出す。慣性によって鉄球はユーヴェの背後に打ち当たり、粉砕されて飛び散った壁によって彼は対岸に吹き飛ばされ、背中を壁へ打ち付けた。背中から怪物は汚水へ倒れ込み大きな水しぶきが上がる。射出機を投げ捨てたユーヴェは腰からロングソードを引き抜いた。水しぶきを割って怪物の手がユーヴェの左足に伸びる。ユーヴェは足を引きながら腰をひねり両手で握りしめたロングソードを振り抜いた。刃は怪物の人差し指を切り離した、跳ね上げられた指は天井にぶつかった。平然と起き上がった怪物は射出機を抱えて小走りに走っているユーヴェを一瞥すると、彼を置いて一目散に走り出した。何度も下水道が揺れて天井のコウモリの糞や埃等のゴミが降ってくる。ユーヴェは腰のランタンに明かりをつけ、ポーチから一枚の鏡を取り出した。鏡には街を見下ろした視点が映り、その中にはくっきりと走る怪物の輪郭が浮き出ている。輪郭は下水道の出入口に一直線に向かっている。ユーヴェは武器を納めて暗闇の中を走った。揺れる視界の中、空気銃の先端を綱が取り付けられた鉤をはめ込んだ。


 ユーヴェが出口にたどり着くと金属の蓋は跳ね飛ばされたのか雨粒が降り注いでいた。昇降用の梯子は折れ曲がり汚水に浸かっていた。レバーを何度も引いた後空気銃を縁に構え、ユーヴェは狙いを定めて引き金を引いた。放物線を描いて鉤は飛び金属にぶつかる音が聞こえた。ユーヴェは綱を二度強く引っ張り引っかかりを確かめた後、胸の魔術具に取り付けられたシリンダー状の薬室を押し込んだ。滑車が駆動しユーヴェは地上へ持ち上げられた。地上の様子は酷く憲兵達はまともに反撃できずに胸や頭を叩き潰されていた。その中にはアコステスも居た。彼を示す証拠は拉げた勲章だけだった。傍らに転がった目玉は無感情にランタンの明かりを反射する。最早鏡を見る必要もない。響き渡る街の悲鳴が怪物の場所を示していた。 白い縁に刺さった鉤を拾い上げたユーヴェは行政地区の職員用集合住宅十五階の屋上に居た。怪物は街中を走り回っては憲兵を狙って殺し、物乞いを掴み上げては貪り食いながら走っていた。鏡を片手にユーヴェは屋根を走っては次々と建物を飛び移る。劇場前の郵便局屋上で射出機へ新しい爆弾を装填しもう一度鏡を確認した。頃合いを見計らって爆弾を打ち出す。放物線を描いた爆弾は建物を長い腕で劇場目がけて飛び移る怪物を捉えた。空中で爆弾は炸裂した。臓物の雨と片足が路上へ撒き散らされて怪物は劇場三階の壁を突き破って中に転がり落ちた。血まみれの怪物が転がったのは街長スラマイオスの披露宴の会場だった。身を起こした怪物は理性的な目で会場内を見渡した。会場には男女問わず絶叫が響き渡る。力の強い男は両腕を振り子のように振るって周囲を蹴散らし、女は壁によって憲兵を呼ぶか泣いて親指を握りしめていた。混乱によって蝋燭の火は消え、スラマイオスは憲兵だったときの癖で腰に手を当ててロングソードを探す。舐めるように動いた怪物の目は杏色の肌の女に庇われているテナレウスで止まる。鉄球が敷物を削って鈍い音を立てていると倒壊した壁の縁にユーヴェの手がかかった。壁の穴をよじ登って会場に降り立ったユーヴェはロングソードを抜き放った。夜の光が彼の背を覆い、大きな陰が会場内に落ちた。怪物の痩せこけていた体は怯えるように萎み、もぎ取れていた片足が生える。ユーヴェは空気銃を怪物へ撃ち込こんだ。怪物の鉄球が取り付けられた腕から一本の綱が伸び、ユーヴェは怪物目がけて走り出した。腕の重さで猫背になった怪物は近づいてきたユーヴェへ鉄球を横に振り抜く。ユーヴェは胸の薬室を押し込む。空気銃の滑車が巻き取りを始め、怪物は目のめりにたたらを踏んだ。鉄球は豪華な食材が積まれた机を粉砕し、ユーヴェの背後に叩き付けられた。ユーヴェは空気銃を手放して怪物の腕を肩から切断した。鉄球を失った怪物は後ずさる。それへ追いすがるように血に塗れたロングソードが振り上げられた。白刃は空に残像を残し怪物の腹部を切り裂いた。怪物は零れる自身の内臓等は気にとめず残った手でテナレウスを掴んで一目散に走り出した。ユーヴェは空気銃を肩に担ぎ、腰から射出機を構えてその背中を狙う。

「撃つな!」

髪を振り乱したスラマイオスがユーヴェの腕に掴みかかった。ユーヴェは射出機を腰に納めた。尚もしがみつくスラマイオスをユーヴェは何とか引き剥がそうとするもしつこい手はなかなか離れない。

「危険です。離れてください。」

「殺人者め、息子を殺そうとしたな!魔術師って奴はいつもそうだ。」

手助けに来たグリユニスと恰幅の良い紳士が狂乱したスラマイオスの両腕を抱えてユーヴェから引き剥がした。ユーヴェは礼も言わず直ちに身を翻して怪物を追う。


 鏡に浮かび上がった怪物は既に街から出ていた。何とか怯えていない軍馬を見つけたユーヴェは急いで後を追う。軍馬は血の匂いに怯えず崩壊した街の入り串を抜けて森へ入った。背が高く真っ白な木と暗い地面が続くうっそうとした森の中を徐行して進む。既に雨はあがっており、湿り気のある空気は凍り付いた地面によって一段と冷気を帯びていた。マスクの空気穴から白い息が漏れる。

「あれか。」

ユーヴェの視線の先には横たわった怪物の姿がある。馬から飛び降りたユーヴェは怪物を確認した。怪物は息絶えていたがテナレウスはどこにも居ない。そこで、ユーヴェは何かを聞いた。やや高い声、うめくような声だ。ユーヴェは駆け出した。徐々にその声は弱まった。彼がその音に辿り着いたその場所は凍り付いた湖畔だった。夜明け前の空は紫色であり、ユーヴェの目の前で倒れているテナレウスの様子は全く見えない。彼は横たわったテナレウスへ二歩近づくと撃鉄が二段起こる音が左斜め後ろから聞こえてきた。

「百枚の金貨はお前の命に釣り合うのか?」

ユーヴェは背後の人気に声をかけた。背後の足音が行ったり来たりと移動していた。

「あえて言おう。今あんたは銃を向けられている。引き金を引くだけで弾は発射され、雨は降っていない。これを最後の狩りにしたくないだろ。」

尖った声が揺れて聞こえた。

「オイファス、貴方は彼女を愛していたのですか?」

ユーヴェはもぐり魔術師オイファスへ問いかけた。

「お前はティメイネの何だ。あの変態じじいの依頼を受けただけじゃ無いのか?」

「彼女を怪物から守って欲しいと言われました。貴方は?」

「あの可憐な彼女はきっと、もう居ない。」

更に落ち着きが無くなる。眉をひそめたユーヴェは振り返って口を開いた。

「人を殺しても肉体的価値は上がりません。我々は命を取り込む生物では無いのです。」

オイファスの目はユーヴェを見つめ、銃口は震えていた。

「俺には思い出があるはずだ。穢される訳にはいかない。」

「例えば何です?」

沈黙したオイファスの黒目が小刻みに揺れ、ちらちらと空を見上げる。それから思い詰めたように彼は口を開いた。

「俺を怪物だと思うか。」

「貴方は人間に見えます。今回の仕事の対象ではありません。」

ユーヴェの返答にぶつぶつと呟いたオイファスは急に怒鳴り始めた。

「俺の何がわかる!俺はつまらねえ男じゃ無い、個性があって面白いんだ!」

銃口をユーヴェに向けたままオイファスは後ろの森へ下がっていった。溜息をついたユーヴェは振り返ってテナレウスに駆け寄ると。

「うっ・・これは」

彼の顔は溶けて癒着し、僅かに残った目は明け方の空を移していた。更には顔の皮膚は青く窒息しているようだった。ユーヴェはポーチから瓶に入った中和剤を取り出してテナレウスの崩壊した顔面へ振りかけた。溢れ出た液は包帯で拭い、癒着した皮膚を切り離した。

「テナレウス。」

ユーヴェは耳を近づけて呼び掛けた。テナレウスからは全く反応が無い。呼吸もしていないようだった。胸に手を当てると異様に柔らかく肋骨や胸骨等の骨が簡単に動く。服を捲ると上から殴打されたような赤黒い痣が大量に残され、背中の中心は黒く染まっていた。

「呼吸器は馬車だ・・」

肩を落としたユーヴェの傍らで、見開かれたテナレウスの瞼には死斑が浮かび始めていた。

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