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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
最終章 アーマオンの怪物
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街長の館

 一羽の烏が降る雪を跳ね飛ばしてアーマオン大学の初等部の空を舞った。烏はやがて詰め所の門へとまる。アコステスとオイファスは詰め所から出たばかり。オイファスは鬱陶しそうに肩の雪を払い、その手で眩しそうにひさしを作った。慌ただしく憲兵達はその側を走って行く。

「実は別件で魔術師を呼んでいて、あそこに荷馬車を停めていたく予定です。」

アコステスは詰め所の庭を指さした。

「どなたかな?我々は金貨百枚に会いに行くんだ。早く言いたまえ。」

「ユーヴェと言う名前の魔術師で、ご存知ですか?アーラス隊長の親類の者がその方を探している所です。」

オイファスの視線は揺れた。足を止めた彼は門の烏と目が合う。三拍ほど視線が重なり合った後、烏はどこへともなく飛んでいった。アコステスはオイファスに振り返り、

「さあ、先ずは何処から調査を始めますか。」

と尋ねた。オイファスは落ち着きを無くした様子でうろたえ、雪には向かい合った足跡が幾つも残された。

「先ずは宿に戻る。今は燃えるような葡萄酒が飲みたい。調査は明日から。」

アコステスの制止を無視してオイファスはその場から走って行った。一人残された彼へ一人の憲兵が駆け寄る。

「魔術師ユーヴェ殿、到着されました。今は街長のスラマイオスさんの所に、向かわれますか?」

「そうしよう。馬を頼む、こっちの魔術師はまともだと良いが。」

憲兵笑みを僅かに浮かべると敬礼を取って立ち去っていった。精密な軌道で街の上空を旋回する烏をアコステスは見上げた。


 火かき棒がかしいだ薪を火へ押し込む。薪がくべられた暖炉は大きく豚の飾りが施された大きなフードへ煙が巻き上がり、橙黄色の暖色が部屋を照らす。

「ようこそ。魔術師ユーヴェ殿。どうですこの街は、学園は国からの指示ですが整備された側溝と下水道、区画整理された井戸と住宅の比。これ以上無いと言えるでしょう。きっと向こう百年はこのままです。ああ、報酬は提示額通りお支払いします。場合によっては上乗せも有るかと。兎に角、妻のティメイネを守ってください。」

声の主、スラマイオスは痩せこけた老人だった。服装は丁寧に整えられた紫紺の上着に照り返しと真っ白なシャツ、コッドピースが付いた褐色のズボン、鹿革の暖かい靴を身につけていた。彼の手の中で役目を終えた火かき棒の先端は暖炉の縁にこびり付いた灰を左右均等にこそげ落とす。暖色で照らされた部屋は引き出しや宝石で出来た緑と青の猫の像等を含めて全てが対象だった。左右対称に向かい合って飾られた絵は黄金の盃と二本のしなだれた松の木が描かれた物だった。ユーヴェの背には大きな採光用の窓から青白い日の光が当たり、彼の姿をくっきりと浮かび上がらせた。丈夫な革製の外套から灰色の塗料が塗られた鎧が覗き、腰には銃と射出機が二丁ずつ右腰に取り付けられ、左の腰にはロングソードとナイフが革紐でくくられている。ユーヴェはスラマイオスへ礼を取った。

「ご依頼ありがとうございます。結婚されたのですか、おめでとうございます。怪物の正体を知るために、過去の死体について当時の記録を拝見したいのですが、そのような物は有りますか?」

落ちくぼんだスラマイオスの視線はユーヴェの爪先から胸まで上がり、切り落とされた耳で止まる。

「そう言うと思い憲兵隊から取り寄せました。執事に命じて食堂の大きな机に出させてあります。」

スラマイオスは手を打ち鳴らすと美しい少年が扉を両手で押し開けて現れた。

「前妻との息子、テナレウスです。彼が案内します。」

「助かります。では私は取りかかります。」

礼を取って戸口へ向かうユーヴェをスラマイオスは引き留めた。

「まあ、待ってください。」

ユーヴェは振り返った。青白い光が彼の顔を覆い、目は池の水のように表情が無い。

「貴方は怪物を殺す、だから約束して欲しい。妻を守ると。前妻は怪物に殺されました。」

「お約束は出来ませんが、死んだ怪物は人を殺せません。」

そう言ったユーヴェは部屋から出て行った。その背を見送ったスラマイオスは部屋に残っていたグリユニスを睨み付けた。

「お前は妻が怪物であることを心配した事があるか?その心配事が塗り替えられたよ。私は今、妻が殺されないかが心配だ。庭の木が育つのを見られないかもしれない。」

「怪物は閣下の奥様ではありません。暖かいお部屋でお休みになってください。」

スラマイオスの白髪が逆立つ。

「そうではない。私の女を見る目に疑義を抱かれる事が問題なのだ。」

「一体誰にです。」

小首をかしげるグリユニスに年老いてしわだらけになった頬が赤みを増す。

「王国のみならず赤土の先にある沼地までの全てだ。」

スラマイオスの細かい唾がグリユニスの仕立ての良い服にかかる。胸元から取り出した格子模様の手拭いでそれらを払うと服の生地の色が濃く広がった。

「閣下ではどのようにすれば?」

苛立ちを隠しきれず投げやりにグリユニスは問いかけた。

「お前は私の口から詩文のように意味のある言葉のみが出ると思っているのか大間抜けめ。気持ちを言っているだけだ。同意や解決策等は求めておらんわ!私の言葉を飯のように味わえ!」

「はあ・・」

グリユニスは叫びだしたスラマイオスへ冷たい視線を送り、首をすくめて部屋を後にした。


 一方、ユーヴェはテナレウスに先導され食堂に着いていた。食堂には二人の執事がおり、彼等は暖炉の火を調整したり調べ物用の作りの良い椅子を運んできたりと準備を整えていた。テナレウスは執事達に軽く手振りを見せると執事達は礼を取って退出した。ユーヴェはつられて礼を返す。食堂には長机が中央に堂々と置かれ、その上には版画や公文書がこぢんまりと纏められていた。

「魔術師様。こちらが四年分の記録の複製物です。・・殆どが裁判記や真偽不明の証言集だったのでこれしか。」

振り返って不安げにテナレウスは真っ白な顔でユーヴェを見上げた。

「どうもありがとうございます。」

机に向かってユーヴェは椅子へ座り、解剖図が描かれた四年前の版画を手に取る。切り開かれた人体、その右手の指先から上腕は無かった。腹部から顔に掛けて斑状に皮膚が捲り上がり、唇や目玉は溶けたように無くなっている。もう一体の死体が並べて描かれていたがその様相はグリユニスの話した内容に酷似していた。腹部に大きな穴が空き、頭部は上顎から前頭骨までが叩き潰され、傷口の周辺の肉はとろけるように裂けている。版画絵の上部には軍医のメモが残されている。メモには汚い走り書きで『拉致事件、魔術師に相談すべし』と書かれていた。

「壊死の跡は足首から先と飛散するように胸から顔にかけて広がっている。傷口は胸のやや上。浸出液が目的だったのか。壊死の体液と刺し口・・鎧蛞抉の幼体か。成体であれば口は変態し、胸を抉って肉や体液を摂取するはず。」

小さな椅子を抱えて運んできたテナレウスは横からユーヴェを眺め、時折顎を触る彼の仕草を真似ていた。その様子を横目に捉えたユーヴェは気にもせず三年前と二年前の版画を手に取った。次は屈強な若者の死体が三つ書かれていた。彼らの手にはロングソードや槍が縛り付けられ、全身は黒ずんで溶けていた。顔の傷は明らかにひどく、とろけた皮膚の隙間から骨が現れている。そのうちの一体は背骨がへし折れ、海老反りの体は頭部と踵が接触する程だった。

「食いもせず覆い被さった。不意打ちされた。背骨が砕ける程の一撃、かなり食ったな。しかし・・」

ユーヴェが額を撫でるとテナレウスも額を撫でた。一年前の版画には両断された死体や性別すらも解らない死体が描かれ、別紙には切断された手足が書き込まれていた。手足の断面は溶けた肉で覆われていた。

「傷の大きさから羆程か。もうじき成体になるな。」

ユーヴェが情報を整理するために呟き資料へ次々に目を通していると彼の元に遅れてグリユニスが食堂には入ってきた。扉を開ける音に振り返ったテナレウスは待ち構えていたように口を開く。

「父が申し訳ございません。気が立っているんです。」

グリユニスがテナレウスへ軽く会釈をした。彼は懐から細い紙巻き煙草を取り出した。

「でしょうね。此処で吸っても?」

「止めください。絵に毒です。」

渋々煙草をズボンにしまったグリユニスは眉下げて食堂の椅子に座った。それから小声で言う。

「誰が見るんだか。」

テナレウスの鋭い目がグリユニスを刺す。グリユニスは視線を意に介さずユーヴェへ語りかけた。

「ユーヴェ殿。何か解りましたか?」

「怪物の正体は鎧蛞抉、もう成体になっている可能性が高いです。」

グリユニスはユーヴェの答えに目を細めて小首をかしげる。

「鎧蛞抉とは?」

「山奥に生息する巨人の天敵ですね。分泌される揮発性かつ水溶性、粘度の高い体液は強い刺激性を持ち、人間の皮膚などを容易く壊死させるほどです。蒸発したガスは嘔吐、視力低下を引き起こすほどです。以前、地下遺跡で退治したことがあります。その際は街の水質汚染が問題になっていました。」

ユーヴェが語る怪物について話を傾聴していたグリユニスは思い出すように視線を天井へ向けた。

「特にそのような話は聞いていませんが確認をします。井戸が区画毎に分かれているので発見できていない可能性が高いですね。これから私は叔父の所に行ってきます。ユーヴェ殿はその話をスラマイオスさんへお願いします。」

そう言うとユーヴェの返答にも答えずにグリユニスは走って出て行った。乱暴に閉まる扉をテナレウスは睨み付けていた。

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