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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
最終章 アーマオンの怪物
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残された体

 アーマオンの空は明るかった。粉雪が弱く降り、行く職人や馬の足は速く水と氷が足下を濡らす。道は賑わい、通りを横断する貝紫色の小さな旗が掲げられていた。白い湯気と肉や穀物が焼ける匂いが一帯を満たし、道端で横たわる物乞いはよだれを垂らして馬糞混じりの雪を食う。その物乞いの様子を四人の外出中の寄宿学生は遠巻きに眺めながら茶を飲んでいた。彼らの目には蔑みと安堵が浮かぶ。

「なあ、あいつを見てみろよ。何か食べてる。」

小太りの学生がやや離れた路地に座り込んだ物乞いを指さす。

「どれだよ。」

学生服の襟をなでながら片眼鏡の位置を直しながら指先を辿ると、悪臭によるものかある物乞いの周囲がぽっかりと空いていた。

「生肉かな。盗んだんじゃないか。」

金髪の学生が言う。

「じゃ、じゃあ憲兵に言った方が良いよね。」

小柄で制服の丈がぶかぶかな学生が周囲を伺いながら発言した。彼の爪には噛んだ跡が幾つも残り断面は不揃いだった。

「怪物じゃね。魔術師の出番だろ。」

半笑いで小太りの学生が言うと小柄な学生は彼を睨み付け口を開いた。

「ポテェレウス、それは止めた方が良い。本当に止めた方が良い。」

「俺は魔術師よりも上級生の方が怖いよ。編入してきたばっかのお前は解らないだろうけどな。」

「そもそも、魔術師なんて人生で一度会うか会わないかだろ。ロイの領主の言葉でも僕はまだ信じきれてない。」

小柄な学生テネトールへポテェレウスが反論し、金髪の学生アイディスが続いた。二人の言葉にテネトールは「そうかも」と呟きうつむいた。そこへ片眼鏡を欠けた学生、ペルスソスが両手を広げて助け船を出す。

「でも俺の領地に居た憲兵は怪物よりも恐れていたし、俺も父上が出した依頼で本物を見たことがある。怪物の生首を縄でぶら下げて大きな銃を担いでいた。間違いなく人間用の武器じゃ無い。後で護衛と森に行ったら大木がなぎ倒されて、血が葉っぱを黒く染めていたよ。」

四人が黙り込む。彼らの視線は赤い物を食べ続ける物乞いへ注がれ、目はどんどん細められる。

「あれ、靴じゃないか?」

ペルスソスがそう言うと全員の腕に鳥肌が立つ。疑るようにペルスソスの顔をテネトールとアイディスはチラリと見る。一方ポテェレウスは頬を震わせて路上へ前屈みに歩き嘔吐した。黒い革靴に取り付けられた金のベルト留めが振り子のように揺れた。青ざめたペルスソスは椅子を蹴飛ばして立ち上がり首を左右に振る。通りで煙草をふかしている憲兵達を見つけたペルスソスは一目散に駆け寄った。彼の呼びかけに迷惑そうに顔を上げた憲兵は煙草を店前の側溝へ乱暴に投げ捨てて立ちあがる。その憲兵の胸には伍長の階級章が輝いていた。他の憲兵達は煙草を加えたまま互いに目配せをした。

「憲兵さん。あの、あそこに人の足が・・」

通りの物乞いを指差して訴えかけてくるペルスソスの服装を目に留めた憲兵は首をかしげてペルスソスと背後の学生達を見ると口を開いた。

「足?・・後は私達に任せて君達は直ぐに寮へ帰りなさい。」

憲兵はそう言うと背後の憲兵達に振り返り叫ぶ。

「おい、誰か付き添いを頼む。二人だ。」

 それとなく頷いた憲兵二人は肩に掛けた小銃の紐を整えロングソードの位置を直す。

「さあ坊ちゃん達、行きましょう。アーマオン大学の初等部でよろしいですか?」

ベルトを握ったままの憲兵がペルスソスへ問いかけるとペルスソス達は口を開かず頷いた。


 昼間、やおら街が騒がしくなり始めた。通りには陽気な管楽器による音楽が吹き鳴らされ雪は音に揺れる。憲兵中尉のアコステスは扉が叩かれる音で目を覚ました。アコステスは毛布をのんびりと身体から引き剥がし冷たい床に素足を置いた。冷たい床に寝起きの暖かい素足は弾かれ突っかけを探して爪先がベッド下をさまよい色違いの突っかけを履いた。赤色の寝間着の上に熊毛のガウンを羽織る。サテン製の裏地が冷たくアコステスの額にしわが寄った。彼が暖炉へ値札が付いたままの薪を二本くべた後、水差しを探していると再び扉が叩かれる。

「はいはい。わかったよ。はい、ほら開けた。」

突っかけが床を擦り扉の鍵が外されると扉が開かれて男が入ってきた。外から入ってきた男は憲兵の制服を着ており、胸には曹長の階級章が下がる。

「アコステスさん、おはようございます。異様な死体が上がりました。現場の確認と出頭命令が・・魔術師が来ているとかで・・」

ためらうような声にアコステスは眉をひそめる。

「ああ、魔術師。確かユーヴェだったか、早いな。」

「どうにも違うらしいです。」

口へ殺菌剤をぶち込みうがいを終える。部屋がやっと暖まってきた。

「・・着替えたら直ぐに向かう。」

曹長の言葉を遮ってアコステスはそう言うと机で冷え切った肉のパイを四口で食べきった。


 憲兵隊の雪用長靴が石畳にたまった水を蹴散らす。

「それで、死体は何時見つかって、誰なんだ?」

手袋の位置を整えながらアコステスは問いかけた。

「死体の発見は早朝ですが、身元はまだ解りません。黒革靴の右足と肘からしか無い両手と肉が一片も付いていない骨盤付きの背骨だけで。どうやら物乞いや鼠が食ってしまったようです。」

曹長の返答にアコステスは溜息を付き、深く肩をすくめた。暫く歩いた後憲兵が通りを見張っている様子が見え始めた。通りの通行は止められており、憲兵隊の馬車が何台も路肩に停まっていた。そこで曹長は細い路地を指差す。

「あの路地です。入口に座っていた物乞いが足を持っていて、残りは集合住宅で挟まれた奥まった場所に纏めて置かれていました。」

二人が擦れ違う憲兵達に会釈をしながら路地へ近づくと路地から一台の布が掛けられた台車が出て来た。

「どうも。これが死体です?」

台車へ小走りに駆け寄ったアコステスが台車の側に居た軍医に尋ねた。

「死体。少なくともこの部位の主はそうですな。」

軍医は片眉を上げて答え布をはぐった。台には二本の腕と背骨それから右足が置かれている。

「どれも無色透明な粘液で濡れいて、腕の血は完全に止まっている。断面が琥珀のような茶褐色の固形物で固められている。背骨は胸骨が無い。肋骨は外から割れた用ですね。まるで巨大な鋏で切り取られたようだ。人間技とは思えない。」

軍医は死体を眺めるアコステスへそのように付け加えた。アコステスは肩の雪を払いのけると腰から小さなナイフを引き抜き腕の断面を撫でた。カラカラと硬質で不均一な表面が刃を弾き表面の粘液が糸を引く。

「路地にはこの類いの物体や粘液は無かったのか?有れば魔術師に分析が依頼できる。」

「何も。その死体と血痕だけだ。溶けた雪で側溝に流されたのかも、あの路地には雪が少なかった。依頼するのであればその腕を使えば良い。既に絵を残してある。」

軍医が不機嫌そうに答える間、アコステスは腕を眺めていた。腕の手首には青い斑点が幾つか浮かび、整えられた爪には泥が詰まっていた。更に、泥と粘液で汚れていたが手の皮には張りがある。

「袖のボタンは?これは燕尾服だろう。」

「安物の市販品です。見た目だけの薄い生地、買うのは貧乏な気取り屋しかいませんよ。」

アコステスに今度は曹長が答え彼は言葉を続けた。

「しかし、この靴は本物ですね。これを本当に食べていたんですか?」

顔をしかめた曹長は使い捨て手袋に嵌め換えて足から靴を脱がす。足は紫色に鬱血していたが綺麗に整えられていた。しわの無い甲、ヤスリがけされた爪、指や甲の毛量は少ない。

「若いな。・・俺は隊長のところに行ってくるからこの靴を売った店を探してくれ。購入者は恐らく十代の若者かその父親だ。」

礼を取った曹長を置いてアコステスは詰め所を目指して通りを走っていった。


 アーマオンの詰め所は伝統的な採光用の丸く濁った硝子窓と傾斜が強い屋根により時代に取り残された遺物のようだった。アコステスが立て付けの悪い扉を押し開け、更にもう一枚の内扉を開き暖かい室内に入った。詰め所の受付に座っているはげ頭の税務官が彼に会釈をした。アコステスは礼を返す時にはその税務官は既に飴を頬張っていた。階段を上ると長い廊下が続いている。アコステスの足が速まる。二階の尤も奥の部屋、作りの良い扉の取手を回してアコステスが部屋へ入った。

「良く来たなアコステス。こちら、魔術師のオイファス殿だ。」

痩せ細った憲兵隊長アーラスは長椅子に腰掛けた男、口ひげを撫でるオイファスへ手のひらを向けた。アコステスはオイファスに礼を取り挨拶をする。

「おはようございます、オイファス殿。憲兵中尉アコステスと申します。」

「アーラス憲兵隊長から貴方のお話は聞いております。優秀な、憲兵だとか。期待していますよ。巨人狩りのオイファスとは私のことです。」

オイファスは座ったままふんぞり返って挨拶を流す。あまりの失礼な行為はアコステスの頭に血を上らせた。剣呑なアコステスの心情を勘違いしたアーラスはわざとらしく笑うと隊長の席から立ち上がった。アーラスはオイファスの向かいに座り隣を手のひらで叩く。アコステスは深呼吸をしてからその席へ向かう。その様子を見ていたオイファスの目が嗤う。

「私の部下を褒めていただきありがとうございます。私はこの若輩が尻に殻を付けている時から面倒を見てやっておりまして、へへ。」

心底アコステスは自身の上司が哀れになった。

「それは興味深くて羨ましい関係ですね。私の師匠を思い出します。数年前、怪物に殺されてしまいましたが彼との思い出は私の宝です。」

真っ白な歯を見せて笑みを浮かべるオイファスはアコステスの疑るような視線を受けて思い出したように目を笑わせた。目尻を緩めているアーラスを尻目にアコステスは思い切って路地での事件を語った。アコステスが語り終わるとアーラスはオイファスに期待のこもった眼差しを向ける。

「安心してください、勿論引き受けますよ。私と皆さんはもう友人だ。」

オイファスは右人差し指を立てる。

「今回は特別価格、大判金貨百枚でお引き受けしましょう。」

アーラスは目尻に涙を浮かべて握手を交わすと、

「よろしくお願いいたします。」

深々と頭を下げた。アコステスもアーラスと共に頭を下げる。彼ら二人に慌てた素振りでオイファスは声をかけた。

「そんな、止めてください。私は皆さんの安全を守るために仕事をしているだけです。」

さて、とオイファスが立ち上がる。向かい合った二人も立ち上がった。アコステスはオイファスの腰へ目を向けると三丁の銃とロングソードが一本垂れ下がっている。

「アコステス、オイファス殿を補佐しろ。」

アーラスは命令を下すと自分の席に戻り扉を平手で指した。アコステスとオイファスは形式張ったお辞儀をして部屋を後にした。

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