アーマオンからの依頼
大樹は針葉樹の形状であったが松ぼっくりのような物は無く、青々とした落葉が点々と山盛りに積まれていた。その側を機械的な下男達が台車をひいては積み上げ、青い葉を細い枝から摘み取っては背中に背負った籠へ放り込んでいた。満杯になった籠は大樹の麓に建てられた煙を建てる小屋へ運ばれていく。
「一体誰に会えば良いんだ。」
地面の葉枝によって揺れる馬車を進めていくと、糊の効いた衣服を着た下男が二人ユーヴェの行く手に立ち大股で歩み寄って来ると下男はそれぞれ馬車の前後に着いて左奥の停車所まで誘導し始めた。ユーヴェの馬車が殆ど満杯の停車所の端に停まる。馬車から飛び降りたユーヴェは後ろから着いてきた案内の下人へ目を向けると、その下人目が一瞬輝いてからその男は口を開いた。
「ユーヴェ様、地下八十階。元陸軍大佐グリユニス様との待ち合わせ依頼があります。」
「どうも。」
ユーヴェは素っ気なく答えて大樹の根元へ入り込んだ。彼の背を見送る下人は深々と機械的にお辞儀をした。根元の内部は非武装の魔術具技師達や物見高い豪族の一家等でごった返しており、無数の灯りが昼のように明るく地下までぶち抜かれた中空状の木の中を照らし、至る所の壁面にテラスや店が並んでいた。更には木の中で空を仰ぎ見ても見下ろしても同じ生活の光が永遠と続いている。ユーヴェは記憶を頼りに人混みの流れに乗って右手の道を進む。道半ばの左手に見えてきた店の一つ。その門構えにはキュウリコスでユーヴェが殺したモノと同種の巨人の剥製が飾られていた。その剥製を覚えていたユーヴェはその店の角を曲がって細い道に出る。左右は店では無く民家に変わり、キノコを原木で栽培している家を通り過ぎると車輪付きの金属柵に囲われた出っ張りに到着した。ユーヴェが錆びた金属柵を押していると背後から足を引き摺る音が交互に繰り出される。
「ユーヴェ。今回は一人なのかい。」
老婆の穏やかな声がユーヴェの背中にかかった。
「師は死にました。」
「そうか。死んだ魔術師を覚えている人間がまた一人減った訳だ。」
ユーヴェは柵を開けきって振り返ると彼の目の前には顔の半分が潰れた老婆が立っていた。老婆とユーヴェの目が合う。
「ユーヴェ。貴方は人間から産まれた。その事を忘れないで。」
瞬きする間に老婆は消え去り、気が付くとユーヴェは片膝を着いて出っ張りから地下をのぞき込んでいた。左手をしげしげと見つめる。欠けた薬指の隙間から階下の灯りが見える。ぼんやりとした灯りは点滅し万華鏡のように分裂して広がり彼の頭の中を回る。頭を振ったユーヴェは立ち上がった。肩を回しながら出っ張りに取り付けられ、数字が書かれた幾つもの鈴の中で八十と書かれた物を鳴らすと、大きな滑車の駆動音が木に響きゆっくりと出っ張りが降下し始めた。褐色の光がユーヴェの顔を照らしては消え、また照らしては消える。ユーヴェはその場であぐらをかき、ゆっくりと目を閉じて深呼吸をした。
地下八十階。揺れが止まると閑散とした地下街がそこにはあった。目を開けたユーヴェは立ち上がり街中を迷い無く進む。閉じられた店だらけの広い通りに人気は少なく、彼の目には二三人の魔術師がふらりと歩いては皆同じ煌々と赤い光で飾られた店に消えていく。ユーヴェも他の魔術達と同じく店へ近寄っていくと赤い光が彼を一色に染めた。木製の扉を引くと魔術師や魔術具技師が向かい合って座り袋一杯の黄金をやり取りしている様子が横目に見えた。ユーヴェが店員として働いている下男へ足を向けると奥の方から初老の男性が立ち上がり五月蠅くない控えめな声量で彼を呼んだ。
「ユーヴェ殿。こちらに。」
ユーヴェはその声に軽く頷いて初老の男性の元へ向かう。男は立ってままユーヴェへ王国式礼取った。
「お初にお目にかかります。グリユニスと申します。アーマオンの裁判事務員兼検閲員を勤めております。」
ユーヴェも礼を返す。
「おはようございます。魔術師ユーヴェです。御用向きは何でしょうか。」
「そうですね。先ずはおかけください。お茶を飲みながらお話しさせてください。さ、そちらに。」
グリユニスは考える素振りを見せてからユーヴェへ三人掛けの席を勧めた。机には既に大きな金貨が二十枚入った袋が置かれており、グリユニスは近寄って来た下男へ茶を二杯注文するとその袋を向かいの席へ押し出した。
「交通費を兼ねた相談料です。お納めください。」
ユーヴェは無言で袋の中身を確認する。
「アーマオンの雪は深いですか?」
頭を振ったグリユニスは笑いながら答えた。
「妻は洗濯物に文句を言っていましたし、息子は外で雪合戦。娘は家で読書に夢中。その程度です。」
その答えにユーヴェは「それは大変だ」と言って笑みを浮かべる。そうしていると茶が運ばれて二人の前、金属製の机へ無造作に置かれた。
「さて、本題です。」
真剣な眼差しが茶へ口をつけたユーヴェに向けられた。
「私がこの街を紹介されたのは夏期の事でして、ユーヴェ殿のお宅に向かったのですが入れ違いだったそうでした。そこで、ネレイエというご婦人にこの街と冬期には寄るはずと伺い此処で待っていた次第です。幸い野良魔術師へ金を払えば貴方を見つけることが簡単に出来ました。」
ユーヴェは興味か気な目つきでグリユニスを見ながら茶の入った温かみのある褐色の器を机にゆっくりと置いた。机には器の他に丸いツバの山高帽が一つ置かれていた。グリユニスは続ける。
「良い魔術師というのは歌になります。今、最も信頼できる魔術師は貴方しか居ないと思いこうして依頼するに至った訳です。依頼内容は単純です。殺人狂の怪物を殺していただきたい。」
二人の間に店の中の小さな物音が流れる。
「我々憲兵隊の皆が知る怪物狩りはどのような美しさを持つ怪物でも一片の慈悲も無く殺す。その確信があります。」
言い終えたグリユニスは茶を口に含み、ユーヴェは口を開いた。
「慈悲をかけたいので有れば殺した後に墓を建てれば良いのです。・・しかし、何故怪物と解ったのでしょうか。」
「推測です。事は四年前、十四から十七歳の若者が大勢、二十人程だったと思います。彼等が誘拐された事件から始まりました。街外れの鍾乳洞で見つかったあの有様は・・あれは狩りでした。申し訳程度のナイフや棍棒それに弓やバラバラに配置された矢。更にその下には腰が浸かる程度沈んだ檻。当時、衝撃を受けた私は憲兵隊を辞め、叔父の住むアーマオンに移住したのです。」
「アーマオンからどれ程離れているのです?」
「馬の足で約一期です。そのような事件がアーマオンに近づくように起こっているのです。更にはピブルベスを家長にした容姿端麗な一家がその失踪事件と連動するように移住を繰り返しておりまして、遂にはアーマオンに。学園も擁する大きな街ですからその被害は一体どれ程になるのか。ユーヴェ殿には彼らを怪物だと判定出来る証拠を見つけ、始末していただきたい。」
ユーヴェは手元の茶をもう二口飲みながら視線を空中へ彷徨わせて、器を置いて答えた。
「幾つか質問が三点あります。一点目は死体の外傷はわかりますか?」
グリユニスの視線が右上に向かう。彼の手は自然と自身の顎髭に添えられた。
「確か、胸に鋭い穴が空いていて、全身の体液が吸い尽くされたようだと聞きました。」
「ありがとうございます。死体は皆同じですか?」
「はい、皆同じです。加えて軍医が言うに死後吸われていたそうです。あまりの死体に憲兵の中には体調を崩した者も。」
ユーヴェは小さく頷く。彼の視線は天井を彷徨うとグリユニスの元に舞い降りる。
「では、二点目です。領主閣下や憲兵隊はどの程度事態を把握しておりますか?」
グリユニスは自身を指差してユーヴェに答えた。
「私と同程度でしょう。非常に不快な事にピブルベス達の移住を街長が受けいれました。街長はあの一家の娘に恋したのです。」
そう答えるとグリユニスは瞬きを繰り返すと一気に茶を飲み干してユーヴェの質問を待つ。
「最後に報酬はどれ程でしょうか?」
「現国王陛下の体重の四倍お支払いしましょう。」
大きく手を広げて発されたグリユニスの声は確信を持った強い物だった。それほどに目の前の魔術師と歌を彼は信じていた。
「・・引き受けましょう。支度を調えたら地上で集合し、アーマオンへ出発です。」
ユーヴェは机の金貨袋を腰へ結びつけて下男に目を向けようとしたがそれをグリユニスは手で制する。
「ありがとうございます。今日中に向かえば六日後には到着するはずです。すみません、会計を。」
ユーヴェへ礼を取ったグリユニスはそう言うと銀貨二枚を下男に手渡した。お辞儀をして去ってく下男を見送るとグリユニスは口を開いた。
「さあ、行きましょう。」
帽子を被ったグリユニスは肩掛け鞄を拾い上げるとユーヴェを笑顔で催促し二人は店を出た。




