魔術都市
吹雪の後、朝日が雪を固め、木々の無いはげ山を八つの蹄が力強く踏みつけた。空は晴れ、青空には烏が四十羽程規則的に滑空しては羽ばたいていた。真っ白な雪には黒い羽毛が突き刺さっており馬車が蹴散らした雪に倒される。烏達の目には二頭引きの馬車が一台の写り、馬車は迷い無くはげ山に鎮座する大岩の群を縫うように走る。流れる岩の壁には真っ白な新雪がこびりつき、差し込む太陽光によって斑に輝いた。輝く岩の迷路を抜けると視界は左右に扉を開けるように一気に広がる。正面から差し込む光に思わず御者の男、ユーヴェは目を細めた。視線の先には大きな青い湖に聳える幾つもの白い煙と大きくねじくれた黄土色の建物。のどかな湖畔の側には草原と遠目でも枝木がわかるほどの巨木が一本聳え、その足下には豆粒ほどの赤い屋根の民家が見える。
「来年もこの光景を見よう。」
そう呟いたユーヴェは馬車を停めて朝食を摂る。火を焚き、ロイで購入した砂糖がけの乾パンと胡椒をたっぷりとふった干し肉を頬張りつつ、行きがけに摘んだ山菜を入れた薬缶を火にくべた。湯気が十分に立ち上ると剣の鞘で薬缶を取り出し手元の銀杯になみなみと注いで息を吹きかけて二三口飲んだ。熱い湯にユーヴェの灰色の息が雪のように白くなる。杯を飲み干しては乾パンのザラメに歯を立てる。歯切れ良く砕け、口の残ったパンカスを薬湯がすっきりと喉へ流す。朝食を終えて緩く息をついたユーヴェは火を消して片付けをしていると一台の馬車が彼の側を通りがかった。
「おはようございます。」
馬車に乗った初老の魔術師がユーヴェへ挨拶と軽く会釈をすると凸凹道に揺られながら腰の武器を鳴らし通り過ぎていく。その魔術師の荷台には瓶詰めになった人間の胸部程の大きさの蛇頭が四つと銃口が広い銃や孥が掛けられ、木箱は幾つも積まれている。
「おはようございます。大物ですね。」
作業をしつつユーヴェは挨拶を返して御者台へ乗った。先を行く魔術師は剣を引き抜いて空へ掲げそのまま走って行った。その様子にユーヴェは片眉を上げて手綱を握った。湖畔へ近づくにつれ気温が春のように暖まってくると周囲にも活気が見えてくる。あちらこちらで魔術触媒と黄金が平置きに置かれ、魔術師達の取引や雑談の声が聞こえてくる。肉声や機械音声が繰り広げる雑談の内容は怪物の生態や魔術実験の話などである。暫く露店が広がる道を進むと黄土色の建物の壁が迫り、その麓には灰色一色で縦長の停留所が見えてくる。先程走って行った魔術師の馬車もその一画に停まっており、番号のついた台車がその傍らに置かれていた。ユーヴェの馬車に気がついた禿げ頭の下人が駆け寄ってくると彼は銀色の箱形の右腕をユーヴェへ差し出して機械的な声をかけた。
「売りですか、買いですか、それとも引き取りですか。」
「引き取りです。」
ユーヴェは荷台から金属札を取り出して下人の右腕に差し込んだ。
「引換券を確認しました。エテス様がお待ちです。ごゆっくりお楽しみください。」
下人から二十四と書かれた木札を渡されたユーヴェは停留所を歩いて抜けて黄土色の建物に歩み寄っていった。道中には出店が幾つも開かれており、寝椅子に座り、大判の魔術書を両手で持った魔術師が見張り番の使い魔へ脚を乗せて本を読みふけっていた。精巧なカラーページを鮫皮の手袋を嵌めた魔術師の手が次々にめくり、右目の義眼が収縮と膨張を繰り返して速読している。建物の扉は納屋の物よりも大きく、観音開きで開け放たれていた。建物内からは湿り気を含んだ冷気が絶え間なく流れ出し、ユーヴェの吐息が再び白くなる。ユーヴェは扉の前で立ち止まって扉の上枠を見上げた。上枠には止まり木が設置され人間の子供程大きな蝙蝠が一匹ぶら下がりユーヴェと目が合った。興味を失って視線を外したユーヴェは扉奥の闇を見つめ、右端に避けて進み右足で下枠を跨いだ。建物の中へ入ると窓から入った光がぼんやりと室内を照らし埃が踊るように舞っている。ユーヴェは左手を口元に当ててどんどん中を進む。細い道には幾つもの部屋がはめ込まれ、至る所からぼそぼそとつぶやく声が通りに響く。ユーヴェは二十四と書かれた扉を見つけて押し開けた。開いた扉からは生暖かい空気が吹き出してユーヴェを包んだ。
「おはよう。入ってくれ。今日は客が多くてひっきりなしだ。」
年老いた嗄れ声がユーヴェを迎え入れた。ユーヴェは後ろ手で扉を閉めて部屋へ入る。目の前には老人エテスが一人がけの椅子に座っており、彼は向かい合った椅子を指さした。木床が踏みならしユーヴェは椅子へ座り一言。
「おはようございます。」
エテスは二つの逆さまの木のコップをひっくり返してから水差しを手に取るとしわの寄った口を開いた。
「俺はもう年だ。」
水差しから透き通った水がコップに注がれる。ユーヴェはコップを受け取る。コップの中には揺れる顔が映った。エテスは目の前の男へ語りかけようと口を開いた。
「セネスの注文は静音式の爆弾四十個だ。飛距離がやや落ちているから練習は必須だろう。ついでに空気銃の修理用部品も渡しておく。」
「ありがとうございます。」
視線を上げてユーヴェは答えると一気に水をあおった。
「なあ、歌になる魔術師は怪物から警戒され、腕に自信のある怪物が殺しに来る。お前は何れ怪物に群がられて殺されるかもしれない。」
「それは結果です。ご心配ありがとうございます。」
ユーヴェはエテスに冷たく答えた。濡れたカップの水滴が薬指の無い手袋を伝う。岩のように固まったユーヴェにエテスは困ったようにため息をついた。
「セネスは・・いいやこれはお前に言うことじゃない。」
真剣な眼差しがユーヴェを見詰める。
「怪物は人間を殺し続けている。お前が死んでも変わらない事実であり、この大陸の日常だ。弟子を取れ。お前の技が怪物を殺し続ける。」
エテスの言葉にユーヴェの目が張り詰めて鋭くなる。
「・・。」
「お前に探す意思があれば、何れ見つかる。さあ、荷物を持って行け。お前に・・もう言うことは無い。来年は陰気臭いこの塔の外で会おう。」
「これで失礼します。」
ユーヴェは立ち上がって荷物を持ち上げると、振り返りもせず早々に部屋を出て行った。建物を出たユーヴェは別の本を読んでいる寝椅子に座った魔術師の横を抜けて下男へ木札を渡した。
「お客様が魔術木の麓でお待ちしております。」
読み上げるように言った下男はユーヴェを馬車の元まで案内すると敬礼をして何処かへ行ってしまった。取り残されたユーヴェは融通の利かない下男に肩すくめて御者台に脚をかけた。停留所から出発する際に行きで出会った魔術師の馬車は未だ停車中であり、まだ首は降ろされていなかった。
ユーヴェは建物から離れ、次は大樹の元へ馬車を進めた。武装した魔術師達がひしめく整地された道をゆったりと車輪を転がしていると、ユーヴェと擦れ違う魔術師の幾人かは目を見開いて彼を凝視する。その中の一人、茶色の外套を纏った髭すら生えていない年若い魔術師がユーヴェの馬車と並んで歩き、声をかけた。
「おはようございます、魔術師ユーヴェ殿。私はバリステェスと申します。同胞のファウヌスを助けていただきありがとうございます。」
「おはようございます。ファウヌスさんは素晴らしい剣の腕をお持ちでした。機会が有ればまたご一緒したいです。」
ユーヴェは微笑みを浮かべて答えると、視線を遙か彼方の雪山へ向ける。
「ではそのように伝えておきます。私は貴方の話を聞いて魔術師を志しました。お目にかかれて光栄です。」
期待を込めた真っ直ぐな眼差しがユーヴェの横顔を切り落とされた耳の断面を見つめた。
「お一人ですか。」
「いえ、ここには師と共に。貴方を見かけていてもたってもいられず。」
「独り立ちする前は師匠から離れない方が良い。魔術のみならず物品の取引や依頼料の相場等、怪物退治をするために必要な多くの事が学べます。」
馬の足を速めユーヴェはバリステェスから離れていった。バリステェスは憧憬の目をその背に向けていたがユーヴェの言葉を思い出し師匠を探し始めた。




