王都の怪物
暗闇をほのかな橙黄色が覆い被さり、岩壁に人影が映る。断続的に燃える肉の音とユーヴェの足音短く小さくなる。彼の装身具がゆれ、両手には蓄気済の空気銃と尖端が濡れた鏃が鷲掴みされている。道の突き当たりにやって来たユーヴェは空を仰いだ。行きに使っていた梯子は無残に千切れており、道半ばから大穴が穿たれていた。ユーヴェはその穴から這い出るとそこは王宮の中庭だった。あちらこちらが崩れて廃墟同然になった中庭は青血とヘドロのような排泄物に塗れ、もぎ取れた腕や足がそこら中に転がっていた。ユーヴェは目の前に体を青く染めた彼手製の人工脳を植え付けた巨体へ目を向けた。巨体の左腕は多数の裂傷で千切れ、怪物の膂力によって引き裂かれた胴からは金属骨子が飛び出ていた。微動だしない右手には変異体の背骨を尾のように垂らす生首が握られている。
「何とも呼べば良いのか。私に解る訳もない。もう、どうにもならないことだ・・」
声は小さく誰の耳にも届かない。ユーヴェは王宮の屋根を見上げた。月が雲に隠れた暗黒の空を背に一体の怪物が立っていた。怪物が中庭へ飛び降りる。太い両足が綺麗に並べられた庭石を踏み砕き、青緑色の汚物がまき散らされる。雲がほどけ夜の光が庭へ差し込むと、光は怪物の姿を露わにした。血を踏みしめる太い足と背中から生えた一本の巨腕は幾重にも手足が巻き付き、隙間からは理性を持った変異体達のくすんだ青目が一斉にユーヴェを見つめていた。巨腕は人工脳を握りしめ、怪物はユーヴェに見せつけるようにゆっくりと握り潰してゴミのように投げ捨てた。両腕は変異体の物と同じである。身構えるユーヴェに対し怪物の全身から声が発せられた。
「ユーヴェ。お前は街の有様を見たか?」
変異体の顔が五つ押し固められて作られた頭部が揺れた。
「・・。」
空気銃の鏃は怪物に向けられる。
「俺は人間と怪物の違いを知っている。怪物に貧者はいないのだ。何れ世界は妄想と本能の中で統一される。皆が被る王冠に一体どれ程の価値があるのかと人間は考えているが、愚かな考えだ。その王冠には価値がある。そう断言する。」
怪物が一歩前へ出る。鈍重な足音が地面を揺らし、ユーヴェは足元を見つつ王宮の内へ足を向けた。
「あんたが否定する考え方は価値共有として何ら歪ではない。」
ユーヴェは言葉を返した。
「だからこそ人間なのだ。人間を超える者が人間である必要が有るか?二本の手足、目や耳の位置は人間の証でも無ければ怪物の証でもない。」
怪物は言葉を切る。二者の間に沈黙が流れ、三拍後に怪物の拳が握りこまれて全身の肉が隆起し、小刻みに揺れると白い湯気が立ち上り始めた。
「さて、魔術師ユーヴェは俺を憎むのかな?」
怪物の声が闇に轟くと庭の造花が散る。ユーヴェは空気銃の引き金を引く。鏃は怪物の胸へ付き立った。
「いや、お前は俺を憎めない。それが魔術師ユーヴェだ。」
よろめいた怪物言葉を続けるとユーヴェは手に持った鏃を投げて追い打ちし、毒に塗れた鏃が怪物の右内股に突き刺さる。毒によってふらつきつつ僅かに体を前方に傾がせた怪物はユーヴェに向かって突進した。ユーヴェは王宮内へ体を滑り込ませ怪物の死体を飛び越えて走る。追走する怪物は巨腕で地面や壁を飴細工のように叩き壊し、怪物の体を構成する変異体の部位が自重で骨折や出血しつつ壁を掴んで強引に怪物の体を補佐すると、怪物の足は無限軌道のように走り始めた。二階、三階へ駆け上がりながらユーヴェは空気銃のレバーを何度も引く。空気銃の先端には縄と鈎が取り付けられており、ユーヴェの胸には新しい薬室が取り付けられた魔術具が装着されている。崩れかけた廊下を駆け抜けるユーヴェは焦げ跡が残る豪奢な部屋の前を通り過ぎた。彼の背後を怪物が追い巨腕が天井を貫き、怪物は不安定な足元を容易く通り抜ける。ユーヴェは蓄気を終えた空気銃を肩に担ぐと振り返った。腰から射出機を取り出し後方の天井を狙う。怪物の巨腕がユーヴェの狙った天井へ突き刺さる。ユーヴェは爆弾を打ち出した。爆弾は怪物の巨腕に炸裂し怪物は剥離した天井と共に落下した。怪物は1階の床に叩き付けられ大きな噴煙と破裂音が沸き立つ。床が砕ける音を聞いたユーヴェは胸の薬室を三つ押した。その途端、地下に仕掛けられたユーヴェの爆弾が一斉に爆発した。炎はレムノスが入った器、怪物達によって構築された魔術具の数々、岩肌を這う虫たちを焼き尽くした。大爆発によって王宮が揺れ、地面から吹き上がった爆炎は怪物の真下から吹き上がった。ユーヴェは手近な部屋に飛び込んだが爆発の衝撃で外へ投げ出され、きりもみして地面に叩き付けられた。
腕で頭部をかばったまま石畳を転がったユーヴェは立ち上がろうと身を起こすと左足の脛が中程から十五度ずれて曲がっていた。ユーヴェはポーチから一本の薬瓶と包帯それらに加えて金属板を二枚取り出した。金属板は一振りすると板が長く伸びる。板を脇に置いたユーヴェは脚へ薬液をかけ、板を添え木に脛を固定して立ち上がった。赤黒く燃え上がる炎から巨腕を失った一体の怪物が這い出てくる。ユーヴェはポーチを探ったが爆弾は無く、ユーヴェは腰の剣を引き抜いた。
「お前は怪物だ。何度でも殺してやろう。」
怪物との距離を測り空気銃と剣をそれぞれの手に握ってにじり寄る。炎は怪物の影を薄く伸ばしてユーヴェを黒く染めた。それまでじっとユーヴェを見つめて身動ぎしなかった怪物は近づいてきたユーヴェに目を細めると、彼へ背を向けて走り出した。ユーヴェは空気銃の引き金を引いた。毒が塗られた鈎は怪物の絡み合った体の中に入り込んだ。怪物は毒にふらつき嘔吐するが、怒号を上げて共に身を起こして走り始めた。その怒号は死者が叫ばされているようで、ユーヴェが聞いたどの怪物の声よりも大きくおぞましかった。ユーヴェは走り出した怪物を押さえようと踏ん張ったが、力比べでは勝ちようも無かった。空気寿を掴んだまま瓦礫の中を引きずられ、岩や建材の破片等がユーヴェの服に赤い染みを浮かべる。引きずり回されるユーヴェは歯を食いしばり震える手でベルトに空気銃を繋いだ。
怪物は王宮を抜けて細い通りを走る。ユーヴェの目には惨殺された人間達の亡骸が目に入った。逃げ惑ったのか辻で団子状に纏まっている死体、諦めて子供を刺し殺した首の無い死体、腸を食われて苦悶の表情を浮かべたまま投げ捨てられている死体、それらを怪物は蹴散らして進みユーヴェにはその残骸が張り付いた。怪物は背後のユーヴェを見ながら何度も曲がり角を通って彼を壁へ叩き付けていると、怪物は憲兵隊の詰め所の側に差し掛かった。ユーヴェは綱のもう一方に取り付けられた鈎を詰め所横の鉄格子へ引っ掛けた。僅かに怪物の体が静止する。ユーヴェは空気銃を外し、胸の薬室を押すと空気銃の滑車が巻きとり怪物は剣を構えるユーヴェの元へ引きずられた。鋼色の切っ先が怪物の脇下を通り抜ける。青い血が勢いよく地面に向かって噴き出し、その勢いはあっという間に弱まる。ユーヴェは手を止めず切っ先を切り上げて怪物の首へ切り込みを入れ返す刃で切り落とした。首を失って崩れ落ちた怪物の体はほどけるように別れ小柄な変異体が中から這い出ると必死に走り出した。ユーヴェは剣を左手に下げると腰の銃を引き抜きその背中へ狙いを定め引き金を引いた。無音の街に乾いた音が鳴り響き、小柄な変異体は音も無く地面に倒れた。




