王都
爆発によって千切れた床板からは粉になったボルティウスの身体の一部が階下へ撒き散らされ、白煙が一階から上階の開放された窓へ立ち上る。もうもうとした室内へ硬い靴底が踏み出されボルティウスの残骸へ歩み寄ると大きな影がその残骸に落ちる。薬指の欠けた手袋を嵌めた左手が残骸を漁り、その手は青い球体を引きずり出して光にかざした。球体は鮮やかな光を放ち中心は紫紺の輝きを持っており磨かれたように美しい表面は球体を掴みあげた片耳の無い魔術師ユーヴェを写していた。ユーヴェはボルティウスの目玉と三握りほどの残骸をポーチの瓶に収めて立ち上がる。影が落ちた残骸を見つめたユーヴェは口を開く。
「どんな怪物も何時かは殺される。」
ユーヴェはきびすを返してその建物を後にし、工場地区のやや奥まった場所へやや急ぎ足で向かった。そこにはユーヴェの馬車が停められており、二頭の馬車馬は足元の草を食んでいる。馬車の荷台には両手に乗る程小ぶりな金属容器が積まれており、その他の積荷は食糧が入った樽が一樽と火薬類がつめられた小さな箱及び鏃や爆弾の容器が詰め込まれた大きめの箱がそれぞれ一箱、それに加えて空っぽの鳥籠のみだった。馬車の壁には良く磨かれた調理道具と銃器一式がかかり、閑散とした内装の中でさみしく揺れている。出費に目眩を感じたユーヴェは軽く首を振り荷台に飛び乗って荷物を固定し馬車を進め工場から王都に向けて出発した。馬車を進めるユーヴェはふと背後から風を感じて振り返ると工場に建ち並ぶ灰色の建物が墓石のように立ち並び、細く伸びる白煙は風に吹かれ空へ消えていき、その景色にユーヴェはロイで村へ向かった時のセネスを思い起こす。
「私はもう大丈夫。」
風はユーヴェを追い越して駆け抜けた。見送るように前を向いたユーヴェの目は細められ、顔は僅かに微笑んでいた。続いて開かれた彼の唇は物を言わず静かに閉じられ、朝日を背負った魔術師の馬車は人気の無い街道をまっすぐに進む。
翌朝、ユーヴェはボルティウスが通って行った砦を王都側に通り抜け暫く進んでいると、一羽の梟が彼の馬車にとまった。ユーヴェはその梟へ会釈をするとその梟は羽を膨らませてからペリットを吐くように口から金属容器の小瓶を荷台に吐き出した。興味深そうに見つめ合う一羽と一人。ユーヴェはポーチからボルティウスの残骸を入れた瓶を取り出して梟に見せつけると、梟は軽く一礼して飛び去る。湿った容器を手に取ると蓋には青い封蝋が施され容器には鏃が描かれていた。
「王宮魔術師は使い魔にも礼をさせるのか。」
使い魔へお辞儀の命令を下している魔術師の様を想像しつつユーヴェは容器のぬめりを幌の端で拭いポーチへその容器を収めた。ユーヴェの旅路は順調に進みその日の夜には王都が見えてきていた。馬の調子を見たユーヴェは少し小高い丘で夜を越すことに決めた。周囲に縄と鈴を張り、射出機と空気銃を抱えたままあぐらを掻いて木へもたれかかっていた。彼が目を閉じうつらうつらし始めた頃、鈴が鳴る。飛び起きたユーヴェは鈴の音へ空気銃を構えると、そこには変異体が縄を踏みしめて立っている。空気銃から鏃が打ち出されて変異体へ真っ直ぐに飛び、変異体は身じろぎもせずに鏃を受けて酩酊したように倒れ伏した。再び背後で鈴が鳴る。鈴の音へ射出機を向けると十体の変異体が直立していた。空気銃を投げ捨てたユーヴェはポーチから今朝梟から貰った金属製の容器を取り出す。容器の封は切り開かれている。構えるユーヴェの周囲で鈴が鳴り、彼を取り囲んだ変異体は二十五体を超えており、ユーヴェが停めてある馬車に向かって走り出そうとすると変異体の一体が口を開いた。
「片耳の無い魔術師、ユーヴェだったか。あの方向から来たということはお前が工場を稼働させたのか。」
足を止めたユーヴェは少女のような声で話し出した変異体の言葉へ返答する。
「濃縮機の温度が上がりにくかったよ。」
ユーヴェは横目に頭部を切断された馬を見ていると変異体が再び口を開いた。
「ボルティウスはどうした。」
変異体達は二歩ユーヴェから離れる。
「ここに居る怪物共もあんたもこれからわかる。」
変異体が表情豊かに笑みを浮かべて軽く引き笑う。
「思い違いをしているようだ。私はお前の敵では無く、お前も私の敵では無い。この身体は怪物だが、私は人間だ。」
「・・。」
暗夜に足元の草が揺れ、ユーヴェは目を見開いて沈黙する。
「此処じゃ殺さない。お前は私に良いことをしてくれたからだ。そのお礼として私の成功話をお前に、偽りの無い私の声帯で聞かせたい。多くの怪物を殺し、お前はここまでたどり着いた、何処に行けば良いかはわかるだろう。場所に着いたら後はお前が持っている青い目が道を示すはずだ。逃げれば倍の変異体が殺しに向かう。」
変異体の言葉を鼻で笑い飛ばしたにユーヴェは平坦な声色で答える。
「魔術師をやっていると良いことがある。」
「それは何だ。」
身を屈めた変異体は興味津々な素振りでユーヴェに尋ね、怪物を睨み付けたままユーヴェは答えた。
「この世界の何処にも逃げ場は無い事が明確にわかることだ。」
「良い教訓だ。顔というものは常に何処かを向かなければならない。」
変異体が下がっていく。ユーヴェは足元に転がった空気銃を拾い上げ、先端に新しい鏃を取り付けた。
馬車から残りの爆弾とアンテロケイアを入れた金属容器を紐で纏めて背負い、ありったけの武器を身につけたユーヴェは両手に射出機と空気銃を持って小走りで王都に向かった。真っ暗な王都は不気味に聳え、王都を囲う大きな水路には遠目からでも見えるほど大きな橋が下がったままであった。ユーヴェが王都に近づくにつれて前方に一台の箱馬車が見えてきた。通りすがったユーヴェは馬車を遠巻きに歩きつつ中に向かって射出機を向けた。すると、真っ青な目をした変異体の青白い顔が暗闇から静かに現れ真っ赤に濡れた口を開く。上唇と下唇の間で赤い血と唾液が繋がって糸を作り、月明かりに照らされた白い顔に嵌まった二つの目は濁った瑪瑙色だった。ユーヴェは射出機の引き金を引いた。怪物は飛来する爆弾を目で追い、暗闇に引っ込みむと箱馬車のもう片側の扉を突き破った。放たれた爆弾は箱馬車へ炸裂し屋根が壊れた馬車は燃え上がった。黒煙を上げる炎は石畳の苔を燃やし荷台から撒き散らされた下着類や孔雀柄の保護帽子を橙赤色に照らす。腰から次の射出機を引き抜いたユーヴェは王都方向へ駆けつつ怪物目がけて引き金を引いた。四つ這いに駆ける怪物は異常な跳躍力で爆弾を躱す。ユーヴェ射出機を投げ捨てて腰の剣を引き抜き、もう一方の手に持った空気銃をたるんで大きな怪物の腹に向けて先端が濡れた鏃を打ち出した。鏃が腹に突き刺さった怪物は全身を弛緩させて石畳へ落下する、ユーヴェはすれ違いざまに手に持った剣を怪物の背に突き刺した。ユーヴェは倒れ伏した怪物の背から剣を引き抜き、青い血に濡れた切っ先を怪物の頸椎上部へゆっくりと突き刺した。二度剣をひねって完全に脊椎を断った事を確認したユーヴェは剣の血糊を拭って鞘に収め、射出機を拾い上げて再び王都に向かう。
ユーヴェは王都に広がる農耕地を抜け、夜が明ける前に街の門に設けられた徴税所に辿り着いた。門までの通り道には梟十羽腹を空に向けて転がり、街中からは湿り気のある吐息と咀嚼音が点々と聞こえ、人の気配は無い。真っ暗な通り、道の幅は馬車が四台通行できる程で無数の水色の軍服を着た兵士が頭部を切断されて転がっていた。静まりかえった暗闇にユーヴェの早足に血溜まりを歩く足音が規則的に鳴る。月明かりは通り脇から伸びた建物の屋根を不自然に盛り上げた。影を目にとめたユーヴェの吐息はやや白く、彼の黒目は数えるように影を辿る。その影の数はユーヴェが王宮に近づくにつれて増え、街中にも爆弾による焦げ跡や弾痕が刻まれた建物が増え始める。ユーヴェが王宮の前にたどり着く頃には屋根の影は二十ほどに増えジッと彼を見つめている。ユーヴェは転がった使用人の首を避けて王宮の中に入った。貴賎問わず虐殺された有様の王宮は僅かな腐敗臭が漂っており、入口には凝固した血液と種々の体液が混ざり合った汚泥が塗り広げられている。眉ひそめたユーヴェは汚泥を踏みしめて上階に上がり、迷い無くレムノスの部屋を目指す。エレディウス達が殺した変異体のユーヴェは通り過ぎ、扉が外れたレムノス部屋の前に彼は立つ。両手の武器を肩にかけたユーヴェはポーチからボルティウスが入った瓶を取り出して中の目玉を摘まみ上げた。右目で青い瞳越しに部屋を見渡すととろけた肉がかかった机の側に設置された戸棚がぼんやりと光る。ユーヴェは戸棚へ歩み寄り戸を開けると左下から三段目左から右に数えて二本目のボトルを見つめた。
「これをどうするのかね。」
ユーヴェはボトルを押したり捻ったりしたが何も起きず、手に持ったボルティウスの目をボトルに近づけても何も起きない。今度は青い目を近づけてボトルを捻ると戸棚奥の機関が動き戸棚自体が開いた。ユーヴェの目の前に無骨な梯子は掛かっている。意を決したユーヴェは梯子を掴み下っていった。




