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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
王都の怪物(完結)
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死の先

 ボルティウスが一歩進む毎に彼の靴裏に取り付けられた鋲が乾いた音を立てる。青い視線は海上を照らす灯台のように建物群を舐めるように動き、遠くの建物群で青い発光が彼の視界内で幾つも、数として約六十起こる。ボルティウスは目元へ力を込めて集中し目玉を赤く発光させたが輪郭が捉えられない発光は一つも消えない。距離が足りない事を悟ったボルティウスは深いため息を吐き目の前の真っ暗な大通りを眺めた。大通りをまっすぐに彼の足で十分程走れば容易く奥の煙を上げている棟へたどり着ける。しかしながら、通りは廃材、他都市発行の雑誌類、包み紙等のゴミが異様に散らばっていた。ボルティウスは通りを一睨みすると道を迂回するため、金属管下を潜る細い脇道へ足を踏み入れた。脇道は人間一人が両手を広げたほどの幅で星の光すら建物に遮られた暗闇だった。

「うっ。」

ボルティウスはすり足で十歩程進んだ場所で立ち止まる。彼の右足首が僅かに極細の線に触れかけていた。恐る恐る線を踏み越えたボルティウスは右足をゆっくり置くと僅かに地面が沈む。気の抜けたバネの音が鳴り、二本の鏃がボルティウスの背中と首筋に向かって飛来した。ボルティウスは左手に持っていた片刃の剣を一振りし背中へ飛来する一本の鏃を打ち、もう一本の鏃は銃を握った右手の小指と薬指で挟んだ。右手で掴んだ鏃を目の前には持って来たボルティウスは口角を僅かに上げて笑みを浮かべる。

「良い狩りになると良いな。」


 手の鏃を無造作に地面に捨てるとボルティウスの右手がぶれて半透明の手が現れる。その手は半透明の火薬と弾を右手に握った銃へ込め、半透明の手によって撃鉄が起こされる。フクロウのように首を回す彼は慎重に脚を進めて行く。脇道同士が交わった辻へ出た途端、彼は飛び上がった。風に煽られてたなびく彼の髪は風切り音と共に飛来した球体が地面へ激突して爆発した爆風によって真逆にたなびいた。風に混じって飛来する鉄片を目にしたボルティウスは力むと彼の武器や服を含んだ体が全て半透明に変化する。鉄片は全て半透明の彼の体を透過し、建物や空へ飛んで行く。ボルティウスは自身の体が背の低い三階建てほどの建物の屋上へ到着するや否や半透明の体を実体に戻す。その時、何かを巻き取る音が微かに聞こえ、警戒したボルティウスは首を回して周囲を探りつつ足を進めようとすると、左足に違和感を覚えた。足下を見ると片足が屋根へ固まる前の建材へ突っ込んだようにめり込んでいる。

「恥ずかしいな。これじゃ若造だ。」

ボルティウスは剣を鞘へ収めて何事も無かったように脚を引き抜き、屋根の縁に歩を進めると足元やや下の屋根裏から軽く石を打つような異音が鳴る。ボルティウスは淡く青い光を纏って直ぐさま前方へ跳躍する。彼の跳躍は人狼のものと同程度であり、建物にして三棟は軽く飛び越す。空を切って跳ぶボルティウスの背中を鉄片が追うように飛来したが、半透明に体を変化させた彼は体を透過した鉄片を数えて実体化し建物の壁へ手を伸ばす。ボルティウスの白い手が建物へ触れる直前、網が彼の身体を包み、真っ暗な大通りへ叩き落とす。大通りの床へ転がされたボルティウスは網に包まれたまま周囲を探り、思わず息を呑んだ。彼の青い目が映し出す視界は青い発光で埋め尽くされていた。

「イカレ野郎め。石ころにも・・。」

身じろぎしたボルティウスの肩と胸に鏃がそれぞれ三本突き刺さる。

「楊枝で殺せるものかよ。」

苛立ったボルティウスは網を被ったまま立ち上がり、体に刺さった六本の鏃を引き抜いて乱暴に地面へ叩き付けた。胸と肩の傷口からは白い粉がぽろぽろと零れる。怒気を帯びた彼の陶器のような顔にヒビが入り、隙間からは青い光が漏れ出す。何とか網から這い出たボルティウスの耳には再び何かを巻き取る音が聞こえる。腰を落としたボルティウスは次々に魔術を解除し始める。赤く光る目の周囲が歪み、ボルティウスの頭髪は黒から白へ、若々しい肌には深いしわがよる。


 周囲の魔術を解除し終わる頃にはボルティウスはすっかり老いた姿だったが、彼は若い外見の時と差異無くはっきりとした足取りで大通りを進み始めた。ボルティウスが打ち落とされた棟を通り抜けてから四棟進むと今は機能停止中の精製品の二階ほどの高さがある貯蔵槽と出荷用倉庫が建ち並ぶ区画に差し掛かり、円形の馬車停留所に出た。整然と並んでいたはずの貯蔵槽は三槽横倒しに倒れ、その先の出荷用倉庫の壁が大きく崩れている。崩れた壁からは四本指の鋭い爪を持った毛むくじゃらな足が一本覗いている。毛むくじゃらの足は馬の太股程太く、表皮には薄らと鱗がはっている。更には精製棟を繋ぐ金属管の一部がもぎ取れて停留所に血まみれで転がり、側には小ぶりな納屋ほど大きい黒い翼手が一枚転がっている。ボルティウスはゆっくりとその翼に近寄り、目を細めて翼手の断面を見た。

「一撃か・・レムノスの言った通りだったな。」

翼手は軟骨部分に沿って一撃で切り落とされ、断面は肉が均等に盛り上がっている。続いてボルティウスは崩れた壁へ近寄った。壁からは糞の匂いと腐敗臭が強く漂い、身じろぎしない怪物の身体には蠅が集っていた。ボルティウスは壁から死体を眺める。死体となった影食らいの鋭く細い嘴は中程からへし折れ、兎のような目は片方がほじくり出されていた。三角形に張り出して発達した前頭骨は切り落とされている。

「酷い有様だが、死因は腹部の爆破か。片翼をもがれて倉庫へ突っ込み、爆弾でとどめか。」

ボルティウスがそう言い終えると影食らいの腹部が発光する。目玉を赤く光らせたボルティウスはその魔術を解除し背後を振り返ると既に球体が飛来してきていた。青い光を纏ったボルティウスは飛び上がって半透明に変化し、球体とすれ違う。球体は影食らいの体へ激突して爆発し、周囲に鉄片をまき散らした。鉄片は半透明になったボルティウスを追い抜かして夜明けの空へ飛んで行く。精製棟の屋上へ飛び乗ったボルティウスは実体化すると彼の耳にバネが開放される音が聞こえた。再びボルティウスは半透明に変わり精製棟内落ちるように入る。屋根へ沈む彼の身体を網が透過し屋根の縁から落ちていった。精製棟に入ったボルティウスは縦長の金属容器に着地する。建物の中は三階をぶち抜かれており、ボルティウスが着地したような金属容器が幾つも連なり、その上部と下部にそれぞれ金属管が繋がって規則的な配列で配管されている。ボルティウスは金属容器から飛び降りるとその場で膝を突く。彼の顔には無数のヒビが縦に幾つも走り、その本数は数え切れない。ボルティウスは金属容器に手を付いて立ち上がり腰の剣を抜く。周囲には無数の光り。ボルティウスは光の挙動を探る。

「こいつか。」

赤く発光した目が移動する三点の光を捉え、魔術が解除されて消える。ボルティウスは直ぐさま跳躍し壁を半透明に変化して通り抜けて三点のあった場所を見ると一羽の使い魔が二つ石ころをくくりつけられて横たわっていた。歯噛みするボルティウスは背中から風切り音を聞きつけて振り返ると彼の右目へ鏃が突き刺さった。ボルティウスは失明した右目を気に留めず建物の屋上を走る片耳しかない魔術師を追う。ボルティウスは手近な建物へ飛び乗り、圧倒的な走力で魔術師との距離を詰め始めた。魔術師は手に持った銃のレバーを何度も引きながら建物や金属管の上を走りボルティウスは魔術師を周り込むように建物越しに移動する。ボルティウスの目には走る魔術師の位置は彼が帯びる魔術具によって完全に捉えられていた。魔術具の光が一つ消えるとボルティウスの耳に何かを巻き取る音が届き纏まった魔術具の光が背の高い建物に持ち上がる。

「成る程、そういうことか。」

ほくそ笑んだボルティウスは逃げ惑う魔術師との距離を一気に詰め、建物を透過して魔術師の目の前に躍り出た。魔術師は表情を変えず金属管へ飛び乗ってひときわ大きい精製棟の屋根に向かって銃を撃ち胸の魔術具を押した。ボルティウスは屋上へ引き寄せられるように空中を飛ぶ魔術師を凝視すると、魔術師は中途半端な位置で引き寄せが止まり建物に叩き付けられた。ボルティウスは銃を宙ぶらりんな魔術師へ向けて狙いを定めるが、魔術師が素早く腰の綱を切って落下して塀に隠れたため、彼は狙いを断念した。魔術師は片足を引きずって立ち上がり、建物内へ入りボルティウスも周囲の魔術を解除しつつ手負いの魔術師を追った。ボルティウスの足元には粉になった彼の体が残り、既に顔は原形を失っている。


 低い機械の駆動音が響く建物中へ入ったボルティウスは鋲のついた戦闘靴を脱いで裸足になり右手に銃、左手に剣を握り進む。ボルティウスは姿勢を低くして格子状になった二階の床と機械の下を覗き魔術師の脚を探す。周囲を確認した彼は続いて耳を澄ませる。魔術師は脚を治療したのか足を引きずる音は聞こえない。外から差し込んだ夜明けの光が機械の影を大きくする。機械の角に差し掛かったボルティウスは僅かに顔を覗かせるとそこには倒れた桶と箒が転がっていた。ボルティウスが機械から身を乗り出し始めると、傍らの冷却機が蒸気を勢いよく揺れた。咄嗟に姿勢を低くしたボルティウスに結露した水滴が降り注ぐ。彼は口元についた水滴を拭って脚を進め二階に登る。素足が静かに鉄板へ下ろされ銃口が二階を探る。二階の書類入れだらけの簡易作業室には机と棚が交互に並んでおり車輪付きの椅子が机一つにつき三脚用意されている。息を殺したボルティウスが棚に隠れながら進んでいると机三つ離れた場所で棚の上の書類が一気に崩れ落ちた。ボルティウスは銃口を音に向けてその場で立ち止まる。その時、二階の開けっ放しの窓から流れ込んできた風に煽られて濡れた彼の顎から水滴が一滴、床に垂れ、水滴は鉄板を揺らし微かな音を立てる。ボルティウスは銃を前に突き出して残る力で倒れた書類の元へ駆けた。書類は乱雑に散らばり、そこには誰も居なかった。そこに気の抜けた風切り音。ボルティウスは窓へ銃を向けて反射的に引き金を引いたが、弾は外れて跳弾する音が閑散とした工場地区に鳴り響いた。窓から飛び込んだ球体はボルティウスの腹部を直撃し、こみ上げるような発熱と眩い光を放つ。

「あ」

扉を閉じるようにボルティウスの視界は真っ暗になる。遅れて爆発音が響く。音はボルティウスの全身を震わせ、ボルティウスの体は点滅する青い光と暗黒へ何処までも落ちていった。

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