青目の追跡者
太陽が垂直に上がる時、ボルティウスは大きな辻道を右折する。白馬の蹄が地を叩き、青い目が遙か遠くに向けられる。その優れた目は遠く離れた木へしがみついたくわがた虫すらも見分ける程であり、もうもうと立ち上る三筋の白煙を捉えることは容易だった。白日を反射する白い街道に目を細めるボルティウスは徐々に大きくなる白煙に更に眉もひそめた。暫く馬を走らせると彼は白煙の出所に辿り着いた。白煙は小山に挟まれた砦から立ち上り街道は真っ直ぐに半開きになった砦の門に向かっていた。砦の門は建国後三百年に取り付けられた古いものでアーチ型の観音開きの扉は風情を感じさせる。ボルティウスは門の手前で下馬すると腰に下げた銃と古びた片刃の剣を引き抜いた。半開きの扉は厚く丈夫な木で出来ており、弾痕が内側に四つ刻まれていた。ボルティウスは剣を握ったままの片手でその扉をこじ開けると、扉を制御していた機関は怪力で歪み甲高い軋み音をたてた。ボルティウスは更に力を込めて扉を引き倒し、悠々と中へ脚を進める。その時、連なった空に浮かぶ幅広な雲が太陽を隠し大きな影が落ちた。土煙の中から歩み出たボルティウスは銃を上から握り込むように持って水平に構え、無造作に垂らされた片刃の剣は空気を切り細い風の音が鳴った。青い目玉が別々に蠢き、美男子の頭はフクロウのように回って周囲を探る。ボルティウスがこじ開けた砦の門に離れて向かい合う門は開け放たれ、その門に向かって真っ直ぐに血糊の二本線と蹄の跡が残っていた。辺りは首を切り裂かれた死体が無造作に転がり、不自然に抉れた地面には所々に黒い煤が付いていた。ボルティウスは手近な死体の側でしゃがみ込み、やや膨らんだ首筋を一嗅ぎする。
「二寸の爪跡に発酵熱、肌色は黒く蠅もそれなり。」
続いて彼は尖った犬歯を突き立てて肩肉を食いちぎった。咀嚼を終えたボルティウスは考え込むように首を捻って三拍ほど固まると、口内の肉を嚥下して立ち上がる。
「ちょっと苦いな、十日から二十日といった所か。・・殺したのは変異体だがそれは肉を食えなかった。」
ボルティウスの視線はめくれた地面や砦に向け、砦の中へ入って行く。砦の内部は黒く変色し、腹部から爆散した変異体の上半身が転がり、下半身は天井の梁に踵が引っかかって垂れ下がっていた。目玉は茹でた魚の目のように白く脳天は念入りに叩き壊されている。変色した肉にはまだ張りが残る。
「脳は駄目・・。変異体の肉体強度から死後、四から五日といったところか。」
ボルティウスは変異体下半身を引きずり下ろし腸を見る。粘性のある腹膜包まれた黒色の腸を靴で踏みしだくと断面からは小さな人骨が幾つか転がり出る。
「西方は想定以上に苦しんでいるようだ。実に良いことだ。」
ほくそ笑んだボルティウスは更に砦の中を進む。砦の中庭、娯楽室、厠には首を切り裂かれた死体が一様に魚のように転がり、入浴中の死体は既に黒く溶けていた。溶けた死体に肩をすくめたボルティウスはおどけたように呟き砦から出ると屋根から垂れる暗青色の液体を目にした。やや膝を曲げたボルティウスは飛び上がり砦の屋根に飛び乗ると、彼は眉をひそめる。青い目の前には頭部を失って大の字に倒れた変異体の死体が一体残されていた。首元は焼けただれて焦げた肉と化膿した肉で膨れ、左踝の肉は抉れて潰れた弾丸と割れた骨が覗き、両手首は切断されて離れた場所で転がっていた。ボルティウスは死体へ歩み寄ると身体に残った傷跡へ目を走らせる。胴体には無数の傷があり、小さな鉄球が幾つもめり込んでいるがその中で特に大きな腹部の傷口を彼は注視した。人差し指と親指で傷口に詰まった鉄球をほじくり出し、柔らかい肉を僅かに広げて奥の骨を見る。骨には欠けた鉄片が残っていた。ボルティウスはその鉄片を手の平に置いてしげしげと眺める。
「溝、毒矢。まさか仕留め損ねたか?」
再び影を踏みしめて走り出した白馬は砦の開け放たれた門から飛び出す。馬が走り出してから間もなく雲が途切れて太陽光が大地へ降り注ぐとボルティウスの視界に一つの羽ばたく影が映った。ボルティウスは空を見上げる。彼の視線の先には一羽の梟が羽ばたき世話しなく首を回している。
「物質主義者のお前が何を今更。」
憎々しげに呟いたボルティウスの青い目が青白く発光する様は梟の目にもはっきりと映り、魔術師達が見つめる鏡は真っ黒になった。その後、身もだえした梟の頭部が風船潰れ、羽ばたくことを忘れた鳥は滑空したまま地に落ちる。真っ黒の鏡を見つめていたエレディウスは机上で拳を握り締め、瞼の裏に壊滅した砦を思い起こす。物思いにふける彼の側には煌びやかな銀の勲章を水色の軍服に三つ飾った老人が座っていた。
「エレディウス殿、前期に貴方がおっしゃっていた通り、どうやらボルティウスは怪物のようですな。」
老人の言葉にエレディウスは目を開いて部屋を見渡した。そこら中に水色の軍服を着た陸軍士官が気をつけの姿勢のまま、呆然とした表情で鏡を見つめている。エレディウスは手元の白湯を一口飲み提案を口にした。
「マニウレイス陸軍大将、これを証拠に軍を率いて王宮へ乗り込めませんか?」
「無理ですな。近衛隊長の承認が必要になります。」
にべもなく言い放った老将、マニウレイスの言葉へ被せるようにエレディウスは言葉を続けた。
「死体は承認できません。」
「王家の承認で軍を王宮へ入れる場合、臨時の承認会を開く必要が有ります。そこまで急ぐ事も無いでしょう。都市での戦闘は我々の十八番です。怪物の腸を鉄の砲弾でぶちまけてやりましょう。」
一人勝手に意気込むマニウレイスへエレディウスは溜息をついた。
「現在安否が判明しているヘモストス王子殿下が私の部下と共に王都へ向かっているところです。三日ほどで到着予定です。」
「なら待ちましょう。その間に我々陸軍は王都の守りを固めます。あなた方が勝手に王宮へ侵入した件については当然その時に。」
「怪物の死体を証拠として見せたはずですが。」
空気がヒリつく。木製の机が軋み、マニウレイスは身を乗り出してエレディウスの顔を睨み付けて口を開いた。
「その死体が王宮で取得されたものかは分かりませんので。今まで現れなかった怪物が今年は大量に現れていると言う。そもそも、大勢の部下が怪物に殺されて、私も無数の傷を負わせて討伐した怪物の死体を見た。あれは一人や二人の人間が殺せる手合いではない。あんたらは何を隠している?甘く見るなよ、俺達は人間を殺す専門家だからな。」
エレディウスは肩をすくめてマニウレイスの言葉を聞き流し手元の白湯を飲んだ。
「三日後まではご自由に。我々はこれにて失礼。」
椅子を蹴り飛ばすように立ち上がったマニウレイスは部下を引き連れて部屋から出て行った。廊下からは靴裏の鋲が打ち鳴らされる音が雨のように鳴りエレディウスは不快気に眉をひそめた。
王都からの目を潰したボルティウスは街道を迂回した位置に残る馬車の轍を発見し追い始めた。その轍は泥を引いており、乾いた土の線は申し訳程度に敷かれた粗末な石畳にも僅かに続いており、ボルティウスの目は見逃さなかった。真っ青な目が人っ子一人居ない街道を見つめていると道左端が彼の視界内でおぼろげに光る。ボルティウスは目をこらすと彼の青い目が赤く光り、道路脇の光が消える。馬から飛び降りたボルティウスは光が消えた場所に近寄ると、そこには掌程の箱が一つ置かれていた。彼はその箱を手に取りいじくり回す。
「こんな魔術具が・・面白い。」
そう呟いたボルティウスは手の魔術具を握り潰そうとすると、彼の超人的聴覚が箱から鳴る硝子がこすれる音を捉える。その途端、魔術具が爆発した。爆弾はボルティウスの側に居た馬の腹を抉った。真っ白な煙が晴れると爆発でめくれた地面に腰まで埋まったボルティウスが顔に付いた煤や埃を払っていた。ボルティウスは柔らかい土を避けて手を付き地面から這い出ると太股に張り付いた土塊を手で払い落として馬を見た。青い目を傾けて僅かに考えたボルティウスはその場を後にした。馬を失ったボルティウスは日が暮れる頃、遂にアンテロケイアを製造する工場へ辿り着いた。空を見上げたボルティウスは目を細めると目の前に開け放たれた大きな門の前に歩み出る。ボルティウスは門を通り過ぎると馬車の停留所が広がっており、その奥には灰色の製造棟が幾つも連なっている。建物の間には銀色の腕ほどの太さの管が何本も纏り、二三本建物へ入っては出て、別の建物へ繋がっている。奥の棟から鳴る機械音が灰色の建物群の中を木霊し、一体の怪物のようだった。馬車の車輪跡は既に途切れていたが、音が鳴る離れた棟から立ち上る白煙はボルティウスの目にはしっかりと映った。停留所の中程に立つ綺麗な工場案内図へ近寄ったボルティウスは指で通路を二、三経路なぞると腰から剣と銃を引き抜きゆっくりと灰色で覆われた工場地区内へと足を踏み入れた。




