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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
王都の怪物(完結)
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王宮の中

 エレディウスは王太子への恨み言をかみ殺しつつ眠たげに部屋の鏡を眺めていると、彼の目は右端の八一七と書かれた一枚に引きつけられた。鏡は早朝の街を映し出しており、その中を白馬が駆けていた。馬の背には見覚えのある古ぼけた外套に陶器のような白い肌だった。

「八一七番、ボルティウスを追え。三二番は陛下の軍に追いついたか。騎兵隊を引き連れていたとはいえ道中で休んでいるはず、追いつかないとは考えにくい。」

魔術師達の返事を待たず、エレディウスの顔が左端の鏡へ向けられて口を開く。

「街道沿いだけではなく森にも目を配れ。」

魚人の騒動や火炎魔術による街の炎上により王からの信頼を失った応急魔術師達は王宮内で孤立していた。平時では容易に入手できる情報すらも恐れや妬みに囚われた官僚や豪族達の手のひらを返した態度によって彼らには流されず、王が騎兵隊を率いたこともごく最近判明したことである。目まぐるしく流れる鏡の中の景色。三二が西方の赤土を映し、道から離れて森を一つ越えた時、エレディウスは立ち上がると静かに言った。彼の目は部屋中央に掛けられた鏡に向けられている。その鏡は王宮の中庭を移しており、そこには何時ものように行き来する使用人や官僚の姿が無い。

「皆の者、使い魔で他任務中の王宮魔術師へ潜伏合図を送り、この棟を要塞化しろ。イエリウス、お前は私に付いてこい。王太子の元に行く。」

鏡には真っ黒に濡れた野営地と烏の大群だった。天幕は潰れ、道化の太鼓が転がり、葡萄酒の樽が幾つも横倒しに転がっていた。黒い羽の隙間からは真っ白な手が除き、やや離れた草地には真っ黒な髪の毛と虚空を見つめる赤黒い眼孔が見える。野営地から漏れた液体は黒々とした赤と青で別れ蛇のようにのたくり青々多いとした草地を染めている。木々へもたれ掛かる幾つもの死体の腹部は食い破られ、綺麗に臓物が抜けていた。軍馬は八つ裂きに切り裂かれ、血の気が引いた脚肉の断面からは真っ白な骨が折れ曲がって見える。屈強な魔術師イエリウスが立ち上がりエレディウスの側へ歩み寄る。イエリウスの髪は丁寧に剃られ、右側頭部は骨と真鍮で作られた球形の魔術具がすっぽりと覆い、彼の右目が撮影機のレンズを使い分けるように真っ黒で平面な物へ換わった。

「師よ、これは例の青血の怪物との戦闘痕でしょう。今年の夏期新生児でも青い血の個体がいましたが関係があるのでしょうか。調査で有効な毒が判明しましたが、陛下は既に・・」

眉をひそめたイエリウスが口を開くとエレディウスが言葉をかぶせるよう言う。

「莫大な調査費用も王のこともどうしようもない。我々魔術師の仕事は魔術を探究する事と怪物を殺すことだ。王がくたばった責任はこれから取らせるまでだ。」

エレディウスの右手がイエリウスの肩へ置かれ、彼はゆっくりと静かに言う。

「イエリウス、王太子と対決する際には、念の為にあれらに効く毒薬を持って行こう。制御する術を持っているかもしれないからな。」

「承知しました。お言葉ですが反逆ではありませんか。武装して王宮へ登城するなど・・」

思考を巡らせたイエリウスはエレディウスから視線を逸らし八一七番の鏡を見つめる。鏡には街道で大急ぎに馬を走らせているボルティウスが映る。

「何を言っている、弟子よ。あの場所には怪物がいるじゃないか。」

イエリウスは沈黙した。


 装備を整えたエレディウスとイエリウスは真っ直ぐに王宮の大きな門前へやって来ると驚愕した。王宮の門前や通りには人気が無く、腐った鯖に似た生臭さと糞便の臭いが漂っていた。門はしっかりと閉じられ、見張り台からは切断された人間の赤と橙赤色の大腸が垂れ下がり階下には糞が垂れていた。

「何故今なのか・・」

辺りを見回しながらエレディウスは吐き捨てるように言う。左眉を上げたイエリウスは鍵がかかった門へ爆弾を取り付けてエレディウスの元へ戻り、二人は物陰に隠れた。二人が身を隠してから間もなく爆弾が爆発する。大きな爆発音と共に門は内側に倒れ、爆風で王宮の窓ガラスが揺れた。エレディウス達は物陰に隠れたまま門の様子を白煙が完全に収まるまで見ていた。イエリウスは肩に担いだ大口径の銃を両手に持ち、エレディウスは矢が装填された孥を右手に握る。矢の鏃は何かの液体で濡れて水滴が足元の石畳に音も無く垂れている。左手には同様に濡れた換えの矢を一本鷲づかみに持っている。物音一つしない。二人は物陰から飛び出して門を通り過ぎると王宮内へ繋がる近衛の詰め所へ突入した。道中には惨殺された近衛兵、官僚、使用人等が喉や背中を断ち切られてうつ伏せにも仰向けにも倒れ、生きている者は一人としていない。詰め所の木扉は半開きになっており隙間からまだ血の気がある右手が覗いていた。イエリウスは扉ゆっくりと開く。エレディウスは扉の隙間の延長線上、馬二頭分離れて立ち孥をやや上向きに構えている。扉が全開になるとそこは血の海だった。覗いていた腕は切断されたもので開かれる扉を追うように血溜まりを転がった。腕の主はその直ぐ側で耳から背中までを切り裂かれて転がっていた。

「何も居ない。」

エレディウスの言葉でイエリウスは中へ入るギザギザの靴底の跡が血判として床へ刻まれた。部屋の中央の机にはイスに座ったままの頭部を切断された四体の死体がカードを握りしめて突っ伏している。エレディウスは戸口で倒れる腕が切断された死体を観察した。

「腕の切断は後か・・背骨を断ち切り倒れる前に腕を切断。急所に、こいつの右手は扉を開けようとしたか。」

エレディウスは右手を拾い上げて断面を覗く。

「隙間か。これは・・」

廊下を確認してきたイエリウスがエレディウスの側にしゃがみ込む。

「神経系ですかね二本に分かれているように見えます。」

エレディウスは小さく頷くと死体の後頭部の皮膚を捲りあげた。後頭部には小さな穴が四つ開いていた。続いて切断された背骨を手に取る。

「背骨に何かの金属、これは金箔か。こいつは神経の一部を別の物に置き換えていやがる。」

「これが噂の人造人間あるいは自動人形ですかね。」

「それらの言葉は広い物だ。これはどちらかと言うと拡張人間だな。これ程完璧な処置は初めて見る。驚くほど小さな、それこそ自動人形が体内で作業していなければ説明がつかない。これは素晴らしい物だ。」

「こいつらが手引きを?」

「状況を見ればそうだな。警備の穴を好き放題に開けられればこうなる。」

エレディウスとイエリウスは立ち上がって詰め所から王宮内へ繋がる廊下に出た。

「完全に不意を突かれているようですね。」

「無理も無い。ここからが王宮だ。」

二人は小ぶりな扉を全身でゆっくりと押し開けた。扉の向こうで何かが横倒しになる衣擦れと鈍い音が鳴った。血濡れの広間に出たエレディウスは絨毯に残る怪物の大きな足跡を注視する。

「少なくとも三体。弟子よ、目を凝らせ。」

エレディウスのささやくような声にイエリウスの機械の目玉が三度反時計回りに回り、機械式の側頭部が揺れる。二階へ上がった二人は血塗れの靴を履き替えて王太子の部屋を目指す。窓から離れ身を低くして移動する二人が曲がり角へ近づくと湿った音が彼らの耳に届く。イエリウスの右目が淡く青に光る。

「二体向かい合っています。」

「弩弓に持ち替えろ。」

装備を確認した二人は角を曲がって孥を構え引き金を引いた。空を切って飛ぶ矢は向かい合う変異体の背中と胸へ突き刺さった。二体の怪物は二人を見たが酩酊したように横たわる。矢を再び孥へ装填したエレディウスは道中の部屋を確認しつつ通路を進み、イエリウスは背後を確認する。


 エレディウスが王太子の部屋へ耳を当てる。中は微かな衣擦れの音と葡萄酒か何かを飲む喉の音も聞こえた。再びイエリウスの目が光る。イエリウスの指が二本立ち、続いて彼は指の一本を怪物の死体に向けた後、自身を指差した。エレディウスは頷くと扉を蹴破り王太子の執務室に控えていた変異体に矢を飛ばす。怪物は矢を躱してエレディウスへ躍り掛かった。瞬く間に怪物はエレディウスの目の前にやって来るともう一本の矢が怪物に向かって飛ぶ。怪物は右腕を上げて矢を受け止め、左腕を持ち上げ、酩酊するように倒れた。エレディウスは怪物を足蹴に葡萄酒を飲み続けているレムノスの目の前に立った。

「言い訳は出来無い。あんたは何者だ。」

レムノスはまだ葡萄酒を飲み続けている。イエリウスは握り固めた拳でレムノスの顔面を強かに殴った。レムノスは椅子ごと倒れる。

「いい加減しろ。」

よろめきながら立ち上がった。だが、レムノスの右手には銀杯が握られ、彼は更に葡萄酒を飲もうとする。イエリウスは杯ごと鼻血を垂れ流すレムノスの右手を握り潰して強引に押し込むように椅子へ座らせた。レムノスは右手を押さえて息も絶え絶えに口を開いた。

「どうせ殺すんだろ。だったら俺は葡萄酒を飲むね。」

「あんたを使い魔にするぞ。」

「お好きにどうぞ、液状化する死体を使い魔に出来るかな。」

エレディウスは机の葡萄酒の瓶を取り上げた。

「飲んだくれが。もっと強い姿になったらどうだ。」

レムノスの目が見上げられ三白眼の目がエレディウスを睨み付ける。

「あんたらは大した奴だ。数日で変異体を殺す毒を見つけるとはね。」

「試験対象が大量に手に入ったから簡単だったよ。前頭葉内の異物と特徴的な血液が関連性を教えてくれた。ボルティウスはもっと早く送り込むべきだったな。」

レムノスが考え込むように口を捻ると、彼の姿が変わり彼の衣服を纏ったままの美女に変わる。その姿に呆れたようにエレディウス肩が下がる。

「全てを話してやるから酒を返せ。」

「その姿は何だ。」

「この身体は一番舌が肥え」

レムノスの頭部が爆散した。飛び散った肉片が二人の全身に張り付き、エレディウスは鬱陶しそうに顔を歪めて髪に張り付いた肉片を取り払った。

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