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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
王都の怪物(完結)
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王国の憂鬱

 ユーヴェがリキュアから旅立って四十日が経ち、王国の気候はやや肌寒くなって来ていた。その頃、朝っぱらから王都王宮に併設された王宮魔術棟の大きな一室にてエレディウスは部屋の中央の机に向かって黙々と書類へ目を通していた。彼の居る室内には大量の鏡が貼り付けられ、幾人もの彼の弟子が明るくなってきた幾枚にもなる鏡の風景を観察しては手元の手記に記録する。静まりかえった室内にはモノを書く音と頁をはぐる音のみで誰一人口を開く者はいなかった。緊張感や険悪感すらある部屋に外から靴音が聞こえてくる。靴は戦闘用で金属の鋲が打たれている。誰も顔を上げない中、扉が遠慮がちに開き鋲と大柄な体重を感じさせる足音が規則的に踏みならされ、足音はエレディウスに近づく。エレディウスの視界に古びたブーツが映り込んだ。

「エレディウスさんに皆さん、お早うございます。」

若々しい青年の声に顔を上げたエレディウスは軽い会釈を目の前に立つ青い目の美男子、ボルティウスに会釈をすると、ボルティウスは王国式礼を彼に返した。彼の纏う古びた衣服が若々しい青年顔には不釣り合いだった。

「お早うございます。・・お声がかわりましたか。若返ったようですな。」

「ここの食べ物はのどに良いモノばかりで若返りますよ。王太子殿下には感謝しております。」

そこで言葉を切ったボルティウスは部屋中に取り付けられた鏡を眺め始め、ため息をついた彼は背をエレディウスに向けたまま口を開いた。

「新しい情報は何か有りますか?有れば私が報告しましょう。」

「情報は都度共有しております。急を要する事件は即時ご連絡するとお約束したはずです。焼死体の脳内で見つかった蟲が曲輪蟲であること以上はわかっておりません。」

ボルティウスは壁に掛けられた鏡へ片手を翳す。

「これにはどれ程の財を使いましたか?黄金は有限では無い。火炎魔術を使用した魔術師を特定できていないのは貴方のやり方がよろしくないのでしょう。」

エレディウスはボルティウスの物言いに目を細める。

「申し上げにくいのですが、それはレムノス王太子殿下のご采配に問題があります。方々の村々に出没した怪物に軍を使った。知識を持たない彼等の怪物退治では甚大な被害が出ました。挙げ句の果てに、退治の後始末で腕の立つ魔術師を送らせた。此処に残っている魔術師は見習いばかりです。怪物退治も実地調査を任せられる者は少なく。」

背中を睨みつけながら話すエレディウスの視線に呆れるように首をかしげたボルティウスは襟元を正す様に胸元の葵石が嵌まったブローチを右手の中指と親指で挟み込んだ。揺れる葵石は外から差し込んだ太陽光線を室内に反射し、青い夜空のような光が部屋の天井へ転写される。

「人を助けているのです。良いことをしているでしょう?貴方が何を言おうと殿下の指示であり、今は国内の安定が最優先です。ですが、目で見える結果こそが評価の対象でもあります。冬期まで待ちましょう。今はもう秋期です、時間はあっという間に過ぎていきますからね。」

口をつぐんだエレディウスにボルティウスは振り返る。ボルティウスの目は白目も黒目も無く、眼球全てが虚ろに青くぼんやりと光っている。

「これは親切心でお伝えしますね、結果が残せないのであれば、来期の予算、いや存続が危ういかも知れませんね。これは王太子殿下のお言葉でもあります。では、私も仕事がありますので、これにて失礼。」

ボルティウスは鋲を鳴らして部屋から大股に出て行った。その様子に部屋の魔術師達は目を合わせる。エレディウスは彼等に怒鳴った。

「聞いての通りだ、よそ見をせずに調査を続けろ。情報は必ず手に入る。」

慌てて鏡に向き直る魔術師達を背から目を離したエレディウスは立ち上がって壁に貼り付けられた地図を見つめる。地図上に描かれたあらゆる都市に青、白、赤のピンが刺さり、赤いピンは炎上した都市である王都やキュウリコスも例外では無かった。エレディウスは無数の青いピンの中からセネスの屋敷に刺さっていた一つを摘まむ。

「期待をしていたが・・」

エレディウスはそう言うとピンを引き抜いて地図の端に突き刺した。


 王宮へ移動したエレディウスは真っ直ぐに廊下を進みレムノスの執務室を目指す。彼はすれ違う銃を肩に担いだ近衛兵達に敬礼をしつつ大理石の床に反射する天井の照明を眺めていた。

「良いご身分だな、クソ袋共。」

周囲を確認しつつ小さく呟いたボルティウスは矮小な自身への怒りで拳を握りしめた。長い廊下を進んだ先の扉の前には何時もの近衛がおらず、首を捻ったボルティウスは扉を開けて中に入った。

「あのクソ袋二人はどうした。」

ボルティウスは部屋へ入るや否や椅子にもたれかかってくつろいでいるレムノスへ尋ねた。レムノスは椅子から立ち上がり、執務机を人差し指でなぞりながら葡萄酒が並べてある戸棚の前に進み出る。

「美味かったぞ。地下で指の燻製を作っているがどうだ?この葡萄酒でも啜りながら。」

「何度言ったら理解できる。俺は常温の葡萄酒が嫌いだ。嘘つきやろうめ。」

笑みを貼り付けたレムノスは戸棚を開けて左下から三段目左から右に数えて二本目のボトルを捻る。戸棚の奥から軽い金音が鳴り、ゆっくりと戸棚その物が右開きに開く。奥には梯子が備え付けられ、梯子は地下まで続いていた。無言で梯子に歩み寄るボルティウスの背にレムノスは頬を吊り上げて語りかけた。

「良いとも。ギブリスの基地でやったようにその青い目玉は光らすなよ。地下は魔術で稼働している物ばかりだ。あんたの目が全部を台無しにしかねない。」

「お前を食っても良いかもな。俺にはあんたがご馳走に見える。」

歯を食いしばって後ずさるレムノスを鼻で嗤ったボルティウスは梯子を伝って下に降りていった。真っ黒な穴蔵を降りていったボルティウスは最も深い梯子の終点まで降りた。ボルティウスは生暖かい空気が流れる掘削路のような道を進む。通路の奥には蝋燭の灯りがともり、換気装置のような排気音が絶えず鳴っている。ボルティウスは通路を曲がって部屋の前で立ち止まった。

「来たか。入ってくれ。」

レムノスの声がボルティウスを招き入れる。ボルティウスが扉を開けた先には魔術具の数々と服を纏っていない人間の上半身があった。上半身はレムノスの顔で側頭部から三対の管、喉には二対の管が伸びて装置へ繋がり、下半身は切断されて金属製の脊椎は金属製の四本脚に繋がっている。毛髪は全て抜けた頭部には金属製の機器が所々に差し込まれており、周囲の盛り上がった皮膚はうっ血している。両腕は肘先から細い八本指の機械義手に換装され、人間離れした速さでタイピングや書き物を進めている。

「調子はどうです。」

ボルティウスがレムノスへ尋ねながら機器の前に立った。レムノスは充血した目をボルティウスに向けながら洋灯が灯された機器の前まで移動し管に繋がれた口を開いた。

「良好だ。獣共も言うことを聞く。しかし、実はお前に頼みがあってね。見てくれ。アンテロケイアの生産を中止したはずの生産工場内の精製機が一台稼働している。今は一次清掃中だな。今夜中に製造は開始されてしまう。」

「目的の中流階級層には行き渡ったが、その機器が稼働している。しかし、あの場所は影食らいが見張りをしている。」

「殺されたな。」

幾つも数字が書き並べられた板を指差した。板の数字の下には小さな洋灯が付けられ、その一つに明かりが灯っていた。

「4-17試作用機ですか、奥まった場所ですね。待ち伏せですか?」

「そうだろうな。下手人の始末とアンテロケイアの破棄を急げ。可能であれば製造を行った理由を探り出すのだ。」

「承知しました。」

「油断はするな。恐らく相手は魔術師であり、アンテロペロースを殺している。」

「エレディウスはどのように対処しましょうか?」

「あいつは厄介だ。野良魔術師が山のように小遣い稼ぎに集まって来ている。奴らによって手駒が次々に殺されている。王国法を改正して追っ払いたいが、あの男のせいで王国法の改正が出来ない。王宮魔術師長は最早不要。二日後、三十体の変異体を王都中に解き放つ予定だ。ボルティウス、この国の王は既にお前の腹の中で、この国がどうなろうと知ったことでは無い。お前が役目を果たせば全てにおいて問題は無くなるのだ。自由と飽食の時代が到来した。私とお前達の背には真っ白な翼が見える。」

レムノスは機械仕掛けの右手を握りしめ、歯を剥き出して笑う。

「ならば私から申し上げることはございません。」

礼を取ったボルティウスは退出し丁寧に扉を閉めた。

「施設の破棄を惜しんだのが裏目に出たか。」

四つの脚で小刻みに立てて歩きながら大きな布が覆い被さった人型の物体へ近寄り布を取り払った。人型の物体は肉感的でレムノスの心臓の鼓動に合わせて僅かに震えた。

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