ギブリスの最期
章末話
ユーヴェが駐屯地へ辿り着くと、丁度駐屯地の門にべストールの馬車が通り抜けていった。馬の足を早めたユーヴェは門前まで進み門番の衛兵の前で下馬した。
「馬を私の馬車に繋いでください。」
手綱を手渡してくる異様なユーヴェの様子に戸惑う衛兵だったが黙々と手綱を受け取りユーヴェに敬礼を取った。軽く頷いたユーヴェは鞍から怪物の生首を下ろして駐屯地中央の天幕を目指して大股に歩き始めた。すれ違う衛兵達は皆ユーヴェの姿に驚愕し、何も無いところで転び駆ける者や朝食を口に運んでいたスプーンから豆がこぼれ落とす者も居た。ユーヴェが天幕に到着するとその周囲をぽっかりと開けるように兵士達が遠巻きに立って天幕を見つめていた。ユーヴェはその中、衛兵団本部で見かけた背の高い兵士を発見して近寄った。衛兵達は血まみれのユーヴェから二歩下がり、彼の前に道が空く。巨漢の男は周囲を見渡した後、迫るユーヴェにぎこちない礼を取る。男の礼に会釈を返したユーヴェはその道を通り馬一頭程の距離まで近寄る。
「何故皆さんは此処で遠巻きに天幕を見つめているのですか。」
「があった。命令です。中に居るます。べストール様とバスへイス様。」
冷や汗を掻きながら話す男の目はユーヴェの腰に下がる大きな生首に向けられ、震える彼の唇は紫色だった。
「ありがとうございます。」
ユーヴェは片足を引いてリキュア式礼を取り天幕へ向かう。ユーヴェが天幕に近づくにつれ中の音が漏れ聞こえてくる。聞こえてきたのはバスへイスの声だった。
「人を食べる文化ほど不自由な文化は無い。あんたらは常に悪性の爆弾を抱えることになる。焼いているからどうという問題では無く、そのものがあんたらの隷属の歴史だからだ。」
ユーヴェの影が天幕に映る。
「おお、英雄殿が帰ってきた。ユーヴェ、入り給え。」
バスへイスの声がユーヴェを天幕に誘う。ユーヴェは腰の銃を引き抜き天幕の垂れ幕を勢いよく剥ぐって銃を構えた。中にはバスへイスとべストールが向かい合って座って居た。だが、バスへイスは尋常な状態では無く、鋭い鏃が取り付けられた石弓をべストールに向け、彼の頭部は頭頂骨と前頭葉が取り除かれて肉の脳に変わって金属の脳が埋まり、脊椎からは金属の長い管が二本伸びて金属の脳へと繋がっている。
「まあまあ、そこの人間のように座ると良い。疲れただろう。おお、その頭は守護霊か。地域によっては悪魔とも呼ばれるが。人間一人ですごいじゃないか。」
ユーヴェは銃をバスへイスに向けたまま手近な箱へ座る。
「良し、それじゃあ」
「ユーヴェ殿、この長広舌野郎を殺せ。望む報酬を約束しよう。」
しゃべりかけたバスへイスを遮ってべストールがうんざりした様子でユーヴェに向かって訴えかける。
「だまらっしゃい。今はあんたの番ではない。・・さて、魔術師ユーヴェ。お前に質問がある。個としての自己は何処にあると思う。」
「自分らしさと言う意味であれば肉体にあることは使い魔術の特性から考察できる。」
バスへイスの左目のみが動きユーヴェを見つめ、ユーヴェの説を否定した。
「お前の見解はカビが生えて間違った理論だ。実の所、肉体の有無は自己とは関係が無い。」
「その理由は」
「複製体の研究は知っているかな。一昔前に王都で流行ったテーマで完璧な兵士を作る計画が有ってね。そこで作られた人間はどれも好みが違った。どう思う」
ユーヴェは短く即答する。
「環境による変化が起因しているのでは。」
「それ考えられるだろう。だがそれが作成直後だったら、自己と肉体の繋がりを否定していると思わないか。この脳は魔術によって集められた記憶情報の集合体に過ぎないが、思考と呼べる行動方針が有る。私はそれら全てを自己と呼ぶ。」
「そうか、お前は生きたいのか。だが、私にはお前は魔術によって生み出された魔術具に見える。」
ユーヴェの言葉にギブリスは僅かに止まり、目玉を一回転させてから再び語り出す。
「自己を持った私とお前達とでは何も変わらない。いや、画一的なサロンに参加する者達やわかりもしない演劇に金を払う人間の思考こそ量産された機械部品のようではないか。」
「お前は自分こそがギブリスだと言うつもりか。」
「その通り。今頃狂っている生体の私ではなく、魔術的に自己が確立されている私こそがギブリスだとも。」
バスへイスを乗っ取ったギブリスは口角を吊り上げて笑みを浮かべた。興味の無い話をユーヴェが来る前から長々と聞かされたべストールが肩を震わせて口を開く。
「こんな時に阿呆のように話している場合か。人間は胸に矢を受けたら死ぬんだぞ。」
「それで。あんたが死んだら私はどうなるのかね。矢を受けて悶絶するあんたの脳天にもう一発お見舞いしてやろうか。」
「寄生虫野郎キラキラ光る玩具、話を聞いてた様子だとあんたは死んでんのか?死人が生者に口出しをするなど烏滸がましいわ。」
「なら、あんたを死人にしてやっても良いのか。引き金には私の指が掛かっている。傲るなよ、怪物を奉っていた食人人種であり畜生の奴隷共が。」
言い合う二人に呆れ果てたユーヴェは思わず口を開く。
「言い争いは私へ報酬を渡してからにしてくれ。もうあんたらには付き合いきれない。」
「良いとも。私がこの男の脳を取り出すまでお前が黙ってこの場を見守っていればな。この国の金も情報もくれてやる。」
片眉を上げたギブリスは不愉快げに答えた。その言葉を聞いたべストールは慌ててユーヴェに顔を向けて提案する。
「こいつを殺したらユーヴェ殿の目的はわからないが、兎に角手伝う。兵も貸してやろう。」
暫く考えたユーヴェはギブリスに向かって言う。
「銃は私の手に有る。先ずはレムノスの情報が欲しい。取引はそこからだ。」
「良かろう。レムノスについては三つわかっている事がある。一つ、奴は生体の魔術具だ。恐らく変異後の生物を操るためだろう。二つ目だが拠点は王宮にある。三つ目はボルティウスを殺せ。」
「成る程、助かった。」
ユーヴェはギブリスの脳へ引き金を引いた。爆発音と共にギブリスは糸の切れた人形のように倒れこみ、体は溶け始めた。ユーヴェが銃へ次弾を装填しているとべストールのうめき声が彼の耳に届く。脂汗を垂らしたべストールが左肩を押さえて息も絶え絶えにユーヴェを見つめている。片眉を上げたユーヴェは銃弾で割れた脳に向かって引き金を引く。白煙が立ち上る中、イスから立ち上がったべストールはユーヴェの肩を叩き満足げに言う。
「全く焦らせおって。しかし、矢張りと言うべきかユーヴェ殿は怪物狩りだ。実は報酬を持って来ている。街の熱狂が高まりすぎていて抑えが効かない。とっとと此処から離れた方が良い。さあ、外に出よう。」
「ええ、そうですね。」
べストールに肩を組まれたユーヴェは目の端にギブリスの残骸を映した後、天幕から出た。これ以降、ユーヴェの旅でギブリスの骨魔術を見かけることは無くかった。ユーヴェは遂にギブリスを仕留め切れなかったが、三年後、大陸北端で最後のギブリスの変異体が行きがけのユーヴェではない別の魔術師によって木っ端微塵に爆散され、長く生きたギブリスは永遠にこの世を去る事になる。
ユーヴェが憑依した守護霊を討伐してから一日後、駐屯地で一夜を過ごした彼は着替えを終え馬車の荷台の整理をしていた。荷台の奥には報酬の金塊と小麦粉が載っている。ついに出立するユーヴェの背後に砂利を踏み締める音が鳴った。気になった彼は振り返るとそこには部下を連れたべストールが立っていた。部下の一人はウラテュスの鞄を抱えておりユーヴェの前に鞄を下ろして後ろへ下がる。
「ウラテュスは生かしてやった。何処かで見つけたら渡してやれ。中に逃亡用の金を入れてある。」
言葉を切ったべストールは髪を撫で付けながら街を見た後視線をユーヴェに戻して口を開く。
「本当にこれだけで良いのか。ユーヴェ殿には感謝している。」
「ここまでで十分です。お世話になりました。」
ユーヴェは鞄を荷台へ載せた後リキュア式礼を取って御者台へ乗った。遠ざかって行くユーヴェの馬車に溜息をついたべストールは呟く。
「戦いの跡を見たが歌の内容は過小評価しているようだ。」
周囲の衛兵達もべストールに共感し同意の声を漏らした。やや曇り空の下で馬車を走らせたユーヴェは地図を確認しつつ王国に向かう街道に出た途端、息をのんだ。ユーヴェは馬の足を緩めて一本の木へ近づく。
「こんな所にいたのか。」
風が強く吹く。木の葉のざわめきと撓る枝の音がさみしくユーヴェの耳に届く。ユーヴェの目の前には一本の木、立派な軍馬それと首を吊ったウラテュスだった。ウラテュスの目は何も映さず無機質であり平坦で表情の無い顔は絶望の深さをありありとユーヴェに見せ付けた。ユーヴェは馬車の荷台に置かれたウラテュスの鞄へ目をやるが目を伏せ馬車を走らせる。小さくなるユーヴェの馬車に別れを告げるように豚皮の靴が大きく揺れた。




