表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
リキュアの怪物
PR
49/51

狩りの前に

 馬車を走らせるユーヴェは交差する通りを左折すると煙が見えた。その途端、酸っぱいようで深いえぐみの有る風がユーヴェの鼻腔へ入り込む。ユーヴェは顔を顰めて背後に付いて馬を走らせる衛兵へ振り返ると、彼らは鼻をスカーフで押さえ表情は消えていた。兜に隠れた黒い昆虫のような六個の目がユーヴェを見つめている。馬車が建物に囲まれた広場の側を通り過ぎると臭いは一層強くなり、猿叫のような叫び声や男の雄叫びが大量に聞こえてくる。ユーヴェが気付く頃には通りに徒歩の人間は誰もおらず、馬車は類を見ないほどで少し進むとユーヴェの馬車も渋滞で止まってしまった。ユーヴェは背後の衛兵に声をかけた。

「今日は公開処刑の日ですか?人が燃える臭いがします。」

衛兵達は顔を合わせ少し離れた位置にある衛兵団の本部を指差す。ユーヴェは更に続けた。

「人が燃えて居るんです。熱気も来ています。火事の危険性も考えられます。」

彼らはスカーフをずらして頷き腰の剣を軽く叩いた後、衛兵団の本部を指差す。満面の笑みだった。

「どうもありがとうございます。」

ユーヴェは笑みを彼らへ向け、無表情に戻って正面に向き直った。悪臭の中のろのろとした馬車の車列が進む。門の影がずれ広場の様子が見えた。ユーヴェはその光景に口を真っ直ぐに結んだ。燃え盛る柱には人影が一つ。体は崩れかかり、民衆達は石や馬糞を投げ付けていた。飛び交う石が遂に折れ曲がった頭を捉え首がもぎ取れると一層歓声は強くなる。溜息をついたユーヴェは馬車を走らせ続け、遂に衛兵団本部へ到着した。戸口には衛兵が一人直立不動に立っておりユーヴェを見かけるや否や片足を引くリキュア式礼をとった。馬車を降りたユーヴェは懐から銀貨を三枚取り出して彼らに握らせた後、礼を取った衛兵に近寄るとその衛兵は口を開いた。

「私たちは、お待ちしておりました、貴方を。いたします案内を。」

「ありがとうございます。」

片言の王国語に返答したユーヴェはぎこちなくリキュア式礼を取る。その様子を見た衛兵は満面の笑みで扉を開けユーヴェを中へ招き入れると早速二階へ向かった。階段を上る道中衛兵はユーヴェに話しかけた。

「匂いかったですよね。ごめんなさい。」

「処刑ですか?」

「です。そう。でもありがとうございます。」

意味がわからずユーヴェの目は宙を泳いだ。目は飾り気の無い二階を走る。王国式礼装飾は一切無く質素な燭台が明かりも無くあちこちに置かれており、壁には日焼けの跡が幾つも残っていた。白い壁は目立ち、ユーヴェの目はチカチカとさせ彼に僅かな不快感を与えた。

「食べて下さい。帰りは出来れば屋台のパンを。」

「試してみましょう。お勧めはありますか?」

「です。大通りにおける焼き魚のパンとチーズ。」

以前べストールと別れた部屋の前で衛兵が止まる。彼は突然声を張り上げ叫んだ。その声はユーヴェの耳には順にリキュア、エレ、マジリア、ユーヴェと聞こえた。すると、べストールのくぐもった声が扉越しに響き扉が開かれた。扉を開けたのは鎧を着込んだはげ頭の男で男はユーヴェを睨み付けている。

「ユーヴェ殿。入って下さい。」

部屋の奥からべストールの声が響き、ユーヴェは部屋に入る。中には鎧を着た衛兵達が八人程佇み一斉に目をユーヴェの顔へ向けた。ユーヴェは彼らに軽く会釈をする。その中、大柄な衛兵が肩を揺らしてユーヴェに歩み寄った。その獰猛な目つきの巨漢の鼻息は荒く胸をユーヴェの肩にぶつけた。更に男は体側に垂らした片腕をゆっくりと持ち上げ始める。ユーヴェは目玉を次々に部屋の男達に走らせ遂には椅子にもたれかかったべストールの額を見つめる。そこで、身を起こしたべストールがユーヴェの聞き取れない言葉でがなり立てた。ユーヴェを囲んでいた男達は身を竦ませて続々と部屋から退出する。

「助けてくれたのか。」

「そうだ。部下を助けた。あの筋肉達磨を作るのにいくら掛かると思っている。」

ユーヴェの言葉に横柄に答えたべストールは額を親指で三度ひっかいた。ユーヴェは視線をべストールの顔から逸らさず一歩彼に近寄る。

「短い間に趣味を変えたのか。質素で良い趣味だ。」

「マジリアよ、もう敬語は良いのか。」

「言葉を返そう。王国式礼はしなくて良いのか。」

べストールが鼻で嗤う。彼は肘を太股に載せて前屈みになりながら口を開いた。

「もう良い。お前の無礼な振る舞いも含めてな。全てはお前のお陰だ。王国から教えられただけでは怪物の見分け方としてあの方法は弱く、議会を納得させられなかったからな。それに加えて、仕事熱心なお前は魚人以外にも既に怪物を一体殺した。議会は火炙り台の有効性を認める他、王国との手を切る事を約束した。私も衛兵団長ではなくリキュアを守護するため議長に就任した。」

満足顔で仰け反るべストールは腕を組んで大きな窓を見た。外には煙が一本立ち上り僅かながら太鼓の音も聞こえた。

「これから大勢の怪物が狩られることになるぞ。全部お前がやったんだ。熱狂する民衆は獣のように怪物へ石を投げたぞ。」

「これからどうするつもりだ。王国は攻め込んでくるぞ。」

「この堅牢な城壁を破れる兵器はそう有るまい。更に、こちらには領主の娘という人質も居る。」

右手で喉の左側を触るべストールは誇らしげにそう言うと、ユーヴェは両手をの机に載せて言葉を返す。

「他に道は無かったのか。」

ユーヴェの言葉は机に吸い込まれ弱々しかった。いつの間にか机を握っていた手を離したユーヴェはべストールから目を離し、目は窓ではなく本棚へ向かった。背表紙は彼の知らない模様のような文字が書かれ今にも踊り出しそうだった。踊る文字は嘗てセネスから初めて貰った魔術書を彷彿とさせた。過去を妄想するユーヴェをべストールの言葉が現実に引き戻す。

「無い。俺たち今人として生きている。王国に諂い、畜生のように生きろと言うのか。それは断じて人間の生ではない。」

言い切ったべストールは鼻の穴を膨らませユーヴェを覗き込む。僅かに見えたべストールの髪の毛にユーヴェは短く言う。

「畜生の姿だ。あれは・・」

言葉を切ったユーヴェは床を見つめていたが、続くべストールの言葉はユーヴェの目を窓へ引っ張る。すると急に大きな歓声が上がり、更に煙が増える。

「違う。お前はもう解っているだろ。あれが俺達だよ。嗜虐的な歓びは皆持っている。俺もお前も、そうだろ怪物狩りさんよ。今まで一度も獲物を殺すときに快感を得なかったのか、ええ?」

べストールが顔を歪めて発したその言葉はおぼつかなかったユーヴェの目を落ち着かせた。ユーヴェは顔を上げべストールを見つめる。彼の視線は強くも弱くも無く穏やかだった。彼は言う。

「残虐で悪辣な怪物は死ぬべきだ。私は成すべき事を成す。」

「永遠に勝つことは出来ない。怪物の糞に成るまで続けるつもりか?」

べストールの顔には歪んだ笑みが張り付き、彼は確かめるようにユーヴェに尋ねる。その声も穏やかだった。ユーヴェは間を置かず答える。

「私を殺した怪物は他の魔術師が殺す。」

暫く二人は無感情に目を見つめ合う。瞬きしない目玉の視界は歪み、べストールには目の前の人間が透けて見えた。べストールは首を振り背もたれにもたれかかった。彼は舌を一度打ち鳴らしユーヴェに語りかける。

「ではお前は怪物を狩る怪物だ。・・そんな可哀想な奴に情報が有る。コイネーは既に西の墓所へ移送した。そこで守護霊を殺せ。勿論、ウラテュスも付近の駐屯地に移送してある。詳しくは秘書のバスへイスから聞け。そろそろ奴も戻る。」

べストールはそのまま目を瞑り膝の上で手を組み、ユーヴェは幾本もの煙が立ち上る窓へ身体ごと向け沈黙した。静かな二人の部屋には外の歓声が響く。それは祭りのようでいてより力強く、原始的だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ