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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
リキュアの怪物
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リキュアの松明

 異臭が漂う部屋の入口で様子を窺っていた女優達はかがみ込んで作業をするユーヴェの背中を見つめていた。彼の背中には繕われた外套には下に着込んだ鎧が浮き出ている。背後に人気を感じたユーヴェは振り返りに身振りで下がらせ、手に持った瓶を見つめる。瓶にはとろけた肉塊はなく金髪が瓶底にへばり付いていた。

「怪物が、この汚い床がお前の墓だ。」

ユーヴェが呟くと廊下から絨毯を駆ける音、小札甲と鞘が擦れる音が聞こえてくる。ユーヴェが立ち上がって部屋から出ると向かってくる棍棒や剣を構えて走る衛兵達に声をかける。

「私は魔術師ユーヴェ。衛兵団長のべストール殿に怪物退治で雇われている者です。」

衛兵達は顔を見合わせて立ち止まった。ユーヴェは彼らに一歩歩み寄り怪物が広がっている部屋を指差して続けた。

「この先の部屋に液状化した怪物の死体があります。誰も部屋に入らないように人を立てて下さい。本部へも連絡をお願いします。」

衛兵達は顔を見合わせユーヴェと口々にささやく中、先頭立っていた中年の浅黒い肌の衛兵が手に持った剣を納めユーヴェへ歩み寄った。

「私は警邏、第三班の班長ヤツーンと申します。王国からいらっしゃった魔術師様ですね。石弓を剣で跳ね返したとか。お姿については聞き及んでおらず、失礼いたしました。」

黄ばんだ白目に縁取られた黒目がユーヴェを見つめ、ユーヴェは剣の柄頭を左手で一撫でして答えた。

「やむを得ず弾きました。怪物を一体殺しましたが怪物は未だこの街に居ると考えられます。怪物は食べた生物に変身する能力を持っております。私は怪物を見分ける魔術を持っておりますので、劇団員を一室に集めていただきたい。」

衛兵達は呑気に唸る。目の前の魔術師を見つめたヤツーンは優美な所作で王国式礼を取り。

「つまり、怪物は劇団員の誰かであるということですね。承知しました。」

ヤツーンは王国語では無い言葉で舌を丸めた様な早口に背後の衛兵達へ指示を繰り出し、兵士達は方々へ駆け足で散る。ユーヴェが怪訝そうな顔をヤツーンへ向けると、指示を繰り出し終えた彼はばつが悪そうに語り出した。

「これはお恥ずかしい。お聞き苦しかったでしょう。放浪の民の言葉が我々リキュア人には馴染みが深くて。わからない者が多いのです。いずれは必須言語に変えたいものです。」

「道理で街の喧騒が聞き取れないわけです。指示は何と?」

ユーヴェはゆっくりと一階へ向かって歩き出し、ヤツーンは彼の隣に並んだ。

「一階の劇団員を集める部屋に案内しながら話しましょう。」

二人は長い廊下を進み始めた。

「魔術師様のご指示通り馬を本部へ走らせました。二階と三階には劇団員を一階へ誘導するための兵を三人ずつ配備し、残りは勤務名簿の確認および一階と出入口の警備です。今は昼休憩中なので直に集まるでしょう。」

階段へ足を踏み出したユーヴェはヤツーンへ尋ねる。

「ありがとうございます。本日は公演中でしょうか?」

「ええそうです。確か、今日の演目は古典舞踊の『夜会クリオス城にて』だったはずです。娘のお気に入りで何度も見に行きました。今日の分は勿論中止させますが。」

「悲しい話です。あれは幽鬼によって皆殺しになる前夜の物語ですから。」

「最近では三百年後に行われた幽鬼退治。香を焚いて巻き上がる煙を怪物に見立てて魔術師が剣を振るう、四人の魔術師を表す振り付けも追加されました。これに関しては、魔術師様の方がお詳しいのでしょう?」

語り合う二人は一階へ降りて大部屋にたどり着くと既に幾人か集まっていた。中の数人はユーヴェの姿を見るなり後退り彼から離れた。彼らは黒髪だった。

「黒髪か。ギブリスはこの事を・・」

全員を見渡すユーヴェの鋭敏な聴覚が人間の物に戻った。彼の鋭い目は舐めるように震える劇団員を見渡した。ヤツーンは顔をしかめながら小声でユーヴェに話しかけた。

「どうにも彼らは貴方を恐れているようですね。それに此処には暖炉があります。必要でしょう?」

「魔術師を恐れるのは怪物だけです。」

答えたユーヴェの視線は彼らから離れず、ますます劇団員は奥へ寄った。次々に衛兵に連れられて部屋に来た劇団員達は怯える仲間を見た後、ユーヴェに怯えネズミのように部屋の隅に固まった。更に衛兵達と共にバスへイスが顔を見せる。彼はユーヴェと目が合う。

「そろそろ始めるか。」

バスへイスに会釈したユーヴェはしゃがみ込んで背負い物を下ろしてすり鏡、鉢、瓶等の器具を取り出した。ユーヴェはウラテュスの家で手に入れた二種類の毛髪をそれぞれ取り出し火にかざした。桃色の鞄から採取した毛が先ず燃やす。毛からは香ばしい匂いが立ちこめる。続いてベッドから採取した毛を火にくべた。

「この臭いは人毛か。長い髪は魚人、短い髪恐らくウラテュスは人間だったのか。長い髪は誰だ?」

長い髪を細かく刻みすり鉢へ移す、背負い物から薬液と魔術触媒を取り出して作業を進め始めた。作業が終わる頃には部屋に劇団員が揃う。その中にはコイネーも居た。ユーヴェは二枚の鏡を並べ、湯気の立つ長い髪を混ぜ込んだ薬液を片方へ流し込み、もう一方には瓶に保存した変化する金髪を混ぜ込んだ薬液を流し込んだ。鏡にはそれぞれ人間が映し出される。ユーヴェ作業を覗いていたヤツーンは思わず小さな声をあげた。

「ああ、これはコイネーです。もう一人は、金髪ですが劇団長ですね。これは一体?」

「コイネーは魚人です。ですがその前に。」

脇へ置かれた沈殿物が沈んだ二本の瓶の上清を取り出して瓶に混ぜ込んだ。瓶の中身は赤紫色に発光しぼんやりとユーヴェとヤツーンの顔を照らす。

「利用価値があるのでコイネーは生かして下さい。他は今から調べましょう。」

「髪を焼く。蟹を焼いた様な匂いであれば魚人ですよね。」

ユーヴェの言葉に頷いたヤツーンは不安げな顔で恐る恐る尋ねた。その声はか細くユーヴェにしか聞こえなかった。

「勿論です。バスへイス殿、全員揃いましたか?」

ヤツーンへ小声で答えたユーヴェは立ち上がり部屋の中央で仁王立ちするバスへイスに歩み寄った。

「まだ劇団長が到着しておりません。他は居ます。」

「始めましょう。先ず、コイネーは魚人なので捕らえて下さい。」

衛兵達がコイネーの両脇を押さえて縄で手足を繋ぎ海老のように身を屈ませた。

「次はどうします。」

「全員の髪を切って焼いてください。魚人が潜んでいます。劇団長の捜索もお願いします。」

「承知しました。おい、お前ら。」

バスへイスは部下達に指示を出し部屋の奥で縮こまる劇団員達を引っ張り出す。劇団員達には獣の様な叫びを上げて兵士達に掴みかかる者や泣き叫ぶ者が大半だった。他の者は唖然として天井を見つめる。次々と髪が切られ火にかざされる。髪からは香ばしい匂いが漂い始めた。バスへイスは頭抱える。

「なんてことだ。全員怪物だったのか、非力で人と変わらない見た目なのに。」

「それがあれらの恐ろしいところです。人間のように見えますが根本から違う。残虐性は怪物そのもの。更には人間と生殖が可能である事です。」

「正に寄生虫だな。連れて行け、連中には火炙り台が待っている。クソッ堕ろさないとな・・。ユーヴェ殿は衛兵団本部へ私は城門前の支部に向かい街を閉鎖します。ユーヴェ殿の馬車は劇場前まで運んでおります。」

目頭を押さえて座り込んだべストールはうつむいたままユーヴェへ語り、視線のみべストールの後頭部へ向けたユーヴェは詮索せず戸口に立つヤツーンへ会釈し、荷物を纏めて劇場から出て行った。


 ユーヴェが劇場を出る一刻前、リキュア迎賓館、アリネイエの私室の鎧戸は全て開けられていた。彼女の侍女達は部屋には震える彼女とマゴつく老侍女の二人。覚束ない足元には機械仕掛けの烏が散乱し、年老いた侍女は曲がった背中を更に曲げて軸が白い本物そっくりの羽根を一本ずつ手に持った籠へ丁寧に入れていた。アリネイエは右手を膝前へ突き出して手探りに寝椅子へもたれ込んだ。老女は籠を机に置いて口を開いた。

「あの魔術師ですか?」

「違う。逃げ切れなかったのだ。私の中を流れる黄金色の尊い血が青く染まるのがわかる。思考が乱れ、意思が回帰する。」

老女は恐る恐る尋ねる。

「出来ることは有りませんか?お水は?果物は?」

そう言った彼女は寝転ぶアリネイエへ手を伸ばす。

「無駄なことをするな、馬鹿者。お前はとっととユーヴェをここに呼べ。何かが出来なくなった事がお前には有るのか?このもどかしさが、あの脳さえ手に入ればなんとか出来る方法が思い付くはずなのだ。」

「全く、そりゃあ有りますとも。婆ですからね。それから、私の体はどうなるんです。若さをくださるんでしょ。はっきりするまで私は此処を動きませんからね。」

老女は涙ぐんでしわくちゃな手を見つめる。

「私が若けりゃこの手はすべすべで五本全ての指に宝石と金細工があしらわれた指輪が嵌まっているはずだった。あんたが言ったんだからね。だからこんな汚い街まで来たって言うのに。」

老女はそうわめくとその場でしゃがみ込んでしまった。その彼女にアリネイエはギブリスとしての本性をさらけ出して怒鳴る。

「ごうつくばりで間抜けな海老女、私がいなければ若さなど得られるはずも無い。お前は黙って言うことを聞いていれば良いのだ。口答えをするのであれば蟲に作り替えるぞ。」

イスに座ったアリネイエの腕が伸びて側にしゃがむ老女の首を掴んだ。細い腕は見る見るうちに筋肉が隆起し、指は万力のように機械的にしわくちゃな喉を容易く締め上げ、老女は鶏のように鳴いた。

「衛兵団長に伝えろ、怪物はリキュアの西にある墓場で魔術師に仕留めさせろと。行け醜い婆。お前の献身がしわを消すだろう。」

そう言ったギブリスが手を離すと老女は尻餅をついた後飛び上がるように立ち上がって部屋から出て行った。彼女を見送ったギブリスの白目は青みがかっていた。

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