第三の方法
地下室から出たユーヴェは前を歩くべストールに尋ねた。
「べストール殿、拘留された男はこの施設に居ますよね?」
「ええ、二階へご案内します。」
二人は廊下を黙々と歩く。二階へ上がったユーヴェは周囲へ目を走らせると、一階とは様変わり王国風の金飾りが施された燭台が壁へ備え付けら、扉も安物の貼り合わせた薄板では無く上質な木材が使われていたれていた。柔らかな絨毯を踏みしめてべストールはユーヴェに振り返り、立ち止まった。ユーヴェの彼の足合わせて立ち止まる。
「もうすぐ到着します。その前に、彼へ詰問する前に貴方にお伺いしたいのですが、異界の守護霊の退治はどの様になさるおつもりですかね。」
「方法は三つあります。」
左手小指、中指、人差し指の三本の指を立てたユーヴェは語り始める。
「一つ目は纏わり付かれた人間を追放する事です。これは安全で古来よりとられてきた方法です。」
ユーヴェは小指を畳む。
「二つ目は纏わり付かれた人間を殺す事です。この場合異界から守護霊が現れ丸一日虐殺を始めます。この守護霊は異界に肉体を置き、剣や爆弾等による物理的干渉は不可能であり周囲には異界を纏います。一日経てば消え去りますが、異界を纏った守護霊は無敵です。そうなれば、私では太刀打ち出来ません。」
「その方法だけはあり得ませんね。」
べストールの返答に頷いたユーヴェは中指を畳み、やや語気を強めて語る。
「最期に特殊な香を焚き血縁者の側に置く方法です。守護霊は煙に乗って血縁者へ憑依し、憑依者を殺せば退治することが出来ます。憑依対象は即座に残虐な怪物へ変化します。そのため、憑依先となる人物、守護霊に纏わり付かれた人物、私を街の一画に隔離する必要があります。そこで私が怪物を仕留めます。」
ユーヴェは人差し指を畳んだ。唸るべストールは言った。
「最期の方法は可能ですか。」
「可能です。ですが、一つ目をお勧めします。安全で確実に街の被害は抑えられるはずです。」
べストールは目をつぶって首を振る。彼の影が蝋燭の炎に揺れ長く伸びた。
「残念ですが、出来ないんです。既に議会や有権者達は怪物の死体を求めています。」
「無駄に人間が死にます。貴方は彼らに何を約束したんです?」
「次期当選に怪物の首を。それに、人殺しは過去にもやったことがあるのでしょう?」
「有ります、ですがこの死は貴方の責任だ。それだけは忘れ無いで下さい。」
べストールは馬鹿にするように鼻でユーヴェを笑った後、薄笑いを浮かべて廊下を再び歩き出した。二人は黙々と歩く。それから間もなく、とある白鳥描かれた扉の前でべストールは立ち止まった。
「此処です。ユーヴェ殿、私は向かいの部屋でお待ちしますので、何なりと後詰問ください。」
そう言ったべストールは向かいの部屋へそそくさと入っていった。
閉じられる扉の隙間から武装した兵士が二人ほどユーヴェの目に入る。彼らを見て溜息をついたユーヴェは白鳥が描かれた扉を開けて中へ入った。中は整然と整えられており乱れているのはベッドの掛け毛布と部屋の主であるウラテュスだけだった。彼の目は黒く落ち窪み、瞳は緑色に変色していた。唇はひび割れ、机には空の水差しが二つ並んでおり、彼の片手には抱える程大きな空っぽの水差しが垂れ下がっていた。ユーヴェは軽く礼をウラテュスへすると口を開いた。
「私は」
彼の言葉を遮るようにウラテュスは声を張り上げる。
「当てて見せよう。腰と肩にぶら下がる武器、王国人の黒髪、吸血鬼に食われて欠けた左手の指、人狼の爪で顔に付いた傷。片耳は無いがあんたは怪物狩りのユーヴェだろう。」
ユーヴェはウラテュスから視線を外さず手近な椅子を指差した。
「座っても良いですか。」
「良いとも。俺のじゃ無い。」
ユーヴェの目を見ずウラテュスは手首や首のコリをほぐすように回しながら答え、ユーヴェが椅子へ座るや否や口を開いた。
「俺は解ってたんだ。何時かは魔術師が来る。それも近々ね。・・だってそうだろう、今まで碌に調査をしてなかった奴らが急に捜査を始め、ぐうたらな兵士達が汗水垂らして連日街を駆けずりまわってた、どんな馬鹿でも気がつく。」
そう言ったウラテュスはユーヴェから視線を外して窓から空を見上げる。空には烏が十何羽かの群で飛んでいた。ユーヴェは無言でウラテュスの影を見つめる。
「何とか言ったらどうだ、俺はあんたに話しをしているんだぜ。」
何も言わないユーヴェに痺れを切らしたウラテュスは顔をユーヴェへ向けて目を泳がせながらそう言うと、ユーヴェは口を開いた。
「この街にはどの様な経緯で移住したのですか?」
「一人で。俺は王都に居られなかった。それで十日程度で行けるこの街に住み着いたわけだ。」
「何故。」
「言う必要が有るのか。俺は喉が渇いて苛ついてるんだ。」
眉をひそめて問いかけるユーヴェを真っ直ぐに見据えて彼の質問に答えたウラテュスの影が首を傾ける。
「いいえ、納得しました。ご協力いただき、ありがとうございます。」
席を立ったユーヴェは部屋を後にする。肩越しに外を眺めるウラテュスの影を見ると、彼の影は窓と正反対に立つユーヴェを見つめていた。
ウラテュスの部屋を後にしたユーヴェは向かいの部屋へ入ると、中には椅子へ座ったべストールと彼を守るように囲むように立つ四人の兵士に加えて金髪を綺麗に撫でつけて正装に身を包んだ壮年の男が部屋端の椅子に腰掛けて居た。
「どうでした?」
べストールは兵士の陰から恐る恐るユーヴェに尋ねた。
「ウラテュスさんは守護霊に纏わり付かれています。瞳の変色、軽度の脱水症状、乾き、肉体の動きとは異なる影の動き、全てがその特徴を捉えています。」
「守護霊ね、その名前を付けた魔術師は何を考えていたんだか。ところで前回その怪物と対決した状況をお聞かせ願えますか?」
うんざりしたように肩を落としたべストールは指を端の椅子へ向け兵士を下がらせる。べストールと向かい合ったユーヴェは立ったまま語り出す。
「五年前、小さな街で遭遇しました。ある豪族の令嬢が纏わり付かれ、使用人を次々に守護霊が殺していたのです。私と師は第三の方法、血縁者への憑依を実行しました。憑依対象は彼女の祖母、場所は廃城でした。」
べストールは頷き口を挟む。
「廃城の周囲どれ程に人間は住んでおりましたか?」
「想像し易くお伝えするならば、馬で五分程の距離に村がありました。」
「成る程。どうぞ続けて。」
べストールは納得して片手の平をユーヴェに向けた。ユーヴェは再び語り出す。
「我々は香を焚き、守護霊の移動待ちました。ですが、何時まで経っても守護霊は彼女の祖母に憑依しませんでした。彼女が妊娠していたためです。膨れる前の腹の子供に憑依した守護霊は小さな肉体を変貌させ、忽ち彼女の腹を突き破りました。羊水と血液塗れの怪物は風のように速く駆け彼女の祖母を撲殺しました。」
「その後は?」
「刃や銃弾を掻い潜る怪物の首を師が切り飛ばし、守護霊の被害は収束しました。」
べストールは黙り込み両手を合わせる。考え込むべストールを眺めながらユーヴェは横目に兜を抱えた兵士達を観察する。彼らの体は聞いた事も無い怪物の話しや怪物が自分の住む街中に居る事への恐怖で縮こまり、唇は一様に引き結ばれていた。
「魔術師であればどうします?」
合わせた手を離して左手で右の首元に触れたべストールは困り果てたように口を開き、声に反応した兵士達から薄い小札甲が擦れ合う固い音が鳴る。
「先ずは彼の血縁者を探すべきでしょう。私は彼の自宅に向かい手がかりを探しますので、べストール殿、衛兵団は王国内に血縁者が居ないのか、連れて来られないのかを確認してください。」
ユーヴェは彼の問いに出口へ足を向けながら答えた。
「では、ウラテュスの自宅まで私の秘書バスヘイスを案内役として付けます。」
べストールの言葉に部屋端の男が立ち上がり、男はユーヴェへ歩み寄った。綺麗な王国式礼をユーヴェに取った男は口を開いた。
「お初にお目にかかります。べストール様の秘書、リキュア銀行役員のバスヘイスと申します。」
ユーヴェは礼をバスヘイスへ返し、彼の案内を受け衛兵団本部からウラテュスの家に向けて出発した。




