一つ目の依頼
べストールはアリネイエへ報告を行ったその足で街の門へ赴いた。馬車に乗るべストールは何気なく外を見る。そこには、暖かそうなマントを羽織った女達が道行く男達へ視線を向け、その横を煤で顔を染めた子供の一団が木炭を積んだ荷台をだるそうに押して通り過ぎる。照り返しのある上等な上着ポケットから銀色の記章を取り出したべストールは軽く服の袖で記章の表面を拭い胸から吊り下げられた階級章の横へとめた。べストールの乗った馬車が門に到着すると彼は腰の剣で天井を軽く小突く。五拍ほど座席に座っていると馬車の扉が開きべストールの部下が箒を持って彼を待っていた。徐に身を起こした彼は背を屈めて馬車を降りる。路上の馬糞は綺麗に避けられており、彼の靴は石畳へ当って硬質な音を立てた。
「ご苦労。馬車はこのままで良い。」
べストールは部下へ命令し入場希望者で溢れている門へ向かう、彼の背後には召使いが荷物を抱えて付き添った。門は何やら騒がしかった。べストールが騒がしい門へ到着するとそこには全身に武器を下げた片耳の無い男一人と五人の衛兵が向かい合っていた。衛兵の内二人は腰の剣へ手を掛け、もう一人は尻餅をつき、残る二人は石弓を構えていた。石弓の弦は引かれ鋭い鏃は男へ向く。べストールが衛兵達を呼び止める前に衛兵の一人が剣を抜いて男へ走っていった。もう一人も遅れて剣を抜いて男へ躍りかかる。
「止めろ!」
べストールの叫び声で衛兵達は立ち止まったが石弓を構えた一人の衛兵は叫び声に驚いて引き金を引いてしまった。鏃は真っ直ぐに男の胸へ向かう。乾いた音が鳴った。べストールの足元には潰れた鏃が転がっていた。衛兵達は目の前の男とべストールを交互に見る。
「魔術師ユーヴェ殿ですよね。」
べストールは小走りに男へ駆け寄りながら尋ねた。
「はい。私が魔術師のユーヴェです。助けていただきありがとうございます。」
ユーヴェは矢を弾いた剣を腰へ納め、その音に目の前の衛兵達は剣を片手に慌てて後退る。べストールは部下達を門の受付へ下がらせてユーヴェの前まで歩み寄った。
「ようこそリキュアへ。お噂はかねがね。私はリキュア衛兵団の団長およびこの街の議員を務めております、べストールと申します。よろしくお願いします。貴方がいらっしゃった理由は領主閣下の御息女であられるアリネイエ様から伺っております。先ずはアリネイエ様へご挨拶いただいて、それからお仕事のお話しをしましょう。」
そう言ったべストールは王国式礼をする。ユーヴェは軽く礼を返して口を開いた。
「・・よろしくお願いします。では、どなたかに案内をお願いしたいのですが?」
「私が迎賓館まで案内しましょう。街中を血塗れにされたくありませんからね。」
べストールの返答に頷いたユーヴェは自分の馬車へ乗り込み、黒い野良猫が居心地良さそうに寝そべるべストールの馬車に続いた。
古ぼけて外壁が剥がれた建物群を抜け一際立派な迎賓館に近づくにつれて建物にとまる烏が増え、迎賓館の手前にはびっしりとたたずんでいた。真っ黒な目はべストールとユーヴェの到着を捉えて一斉に飛び立つ。
「・・。」
ユーヴェは飛び去る烏を睨みつけた。烏は街へ溶けるように飛びユーヴェの視界から消え失せる。二台の馬車は厩舎の前で停められ、ユーヴェはしゃがみ込んで野良猫を撫でるべストールへ歩み寄った。彼の顔は綻び笑みが浮かんでいた。
「その猫は飼い猫ですか?」
べストールは微笑んだままユーヴェを見上げて答える。
「鰊をやっていたら最近纏わり付いて来まして。かわいいですよね。街の連中はこんな愛くるしい生き物を犬と並べて食うんです。」
「成る程。撫でても?」
「ええ、どうぞ。」
ユーヴェは手を真っ直ぐに猫へ向かわせ優しく撫でた。猫の金色の目はユーヴェ見上げた後キョロキョロと周囲を見回した。べストールは猫の頭を撫でて立ち上がる。
「私は一階で一番広いお部屋、居室で待ちます。アリネイエ様は必ず二人きりで話されるお方ですので、侍女から案内を受けて向かって下さい。」
そう言うとべストールは指を玄関口に出てきた侍女を指差す。ユーヴェはべストールへ礼を取り迎賓館へ入っていった。磨き上げられた大理石の床、しっかりとした処理が施された熊の剥製がユーヴェを出迎え、侍女は終始無言でユーヴェは彼女の背を追う。二階の廊下にはアリネイエであろう美しい女の肖像画がかけられていた。部屋の小窓で侍女が言葉を交わし、どうぞと短く促されたユーヴェは扉を三度叩き部屋に入った。部屋の中には侍女が三人と黒檀の椅子へ腰掛けた肖像画の女が居た。女は化粧を終えており頬にはうっすら紅が入っている。侍女達はユーヴェの装備にぎょっとしたが彼と入れ替わるように部屋を出ていった。彼女達がいなくなるのを待ってからアリネイエは椅子から立ち上がった。
「お前はもっと冷静な男だと思っていた。あの私を殺しても意味が無いと解っていただろう。お蔭様で今の私はより小さな分枝で生きる羽目になってしまった。二度とお前には分枝の場所を教えないよ。」
ユーヴェはアリネイエから距離を取り、弧を描くように部屋を歩く。片手は腰から下がる射出機を掴む。
「お前は私を殺せない。だからあの場の私は殺しても、私の話しを信じたお前はここに来た。そうだろう。」
ユーヴェは窓へ寄って外を眺める。返答を返さないユーヴェに溜息をついたアリネイエは彼に尋ねた。
「何を確認している。そこから見えるモノはゴミしかないぞ。」
「お前の使い魔は烏だけか?」
「・・そうだ。」
ユーヴェは手近な鎧戸を閉じて質問を続ける。
「その体は何時から使っている。」
「五年前に作成した。記憶の共有は二十日程前で、それまではアリネイエの人格が操作していた。女は内向的な性格だったらしい、抽出した記憶情報はしょうも無い物だったよ、腹が立って初期化しまったがね。」
「馬鹿な事をしたな。」
冷たく言い放ったユーヴェをギブリスは嗤う。
「馬鹿はお前だ。屋敷で私の分枝を破壊しなければこいつはなんともなかったのだ。今頃大好きな読書と劇で楽しんでいただろう、可哀想に。」
ギブリスは手鏡を手に取り自らの顔を映し泣き顔を作る。ユーヴェは射出機から手を離しギブリスへ歩み寄る。ギブリスはスカートの端を持って机に腰掛けた。
「最近の趣味はたっぷりのバターで焼いたパンへ、これまたたっぷりの苺を載せて頬張る事だ。苺が落ちないように食うのが本当に難しい。今度やってみると良い。」
「お前は何故記憶が欠落する。」
「重要情報は過去の教訓から最も安全な本体で管理していた。私自身、自前の脳が無くてね。この仕組みを作るのに四百年はかかった。二十年ほど前にお前の師匠に大量の脳を破壊され幾らか記憶が損壊した、だが本体の脳を失った損失はそれ以上だ。何としても不届き者から取り戻さなければならない。」
ユーヴェは手近な椅子へ腰掛けギブリスを見詰める。右手はポーチへ添えられ、左手はロングソードの柄を触る。
「心当たりは無いのか?」
「全く無い。私は王太子とも近しくなかった。あいつがまともな椅子に座れないことしか知らない。」
「・・。」
「自重で椅子の脚が折れる。椅子が壊れてすっころんだ所を見たから間違いないはずだ。」
ユーヴェは椅子から立ち上がりうろうろと部屋を歩く、豪華な内装を眺める彼は銀の杯に映る自分の姿を見つめた。
「倍加する者は居たか?」
「居たとしてもおかしくない。それらの記憶は欠落している。」
ギブリスの手振りはぞんざいで苛立ちが込められていた。その彼女へユーヴェは振り返って歩み寄る。
「心当たりがある。間抜けな奴だった。」
ユーヴェは小瓶を取り出した。瓶の中には金色の毛が八本入っている。ギブリスは目を細めて瓶を見つめた。
「どうやら黒猫には金髪が生えているらしい。」
ギブリスは小さな顎に手をやり、眉をひそめて言う。
「倍加する者は姿をそっくりに変えられる怪物、どの様に発見する?この街には黒髪が少なくて金髪だらけだぞ。」
「鏡占いの魔術で姿は解る。魔術の効果時間は毛の量で決まるが半刻程度だろう。一本ならば二分程度か。」
ユーヴェの返答にギブリスは首をかしげ机から降り窓へ向かって両手を広げた。
「この大勢、姿が変えられる中からか?現実的では無いな。」
ギブリスは踊るようにユーヴェへ向き直り右手の人差し指を彼に突きつける。
「取り敢えず街を魔術の使用と自由裁量による調査の許可はくれてやる。」
「此処は自由都市では無かったのか?」
「自由とは不自由を得ることだ。物のついでに忠告をしてやろう、王太子は蟲野郎のアンテロペロースを殺した魔術師を探している。今頃私がばらまいていた手紙を確認しているだろうよ。」
「・・。」
ユーヴェは立ち上がる。ギブリスの視線はユーヴェから離れず、彼女は瞬き一つしなかった。
「街での依頼だが、男を捕らえた。調べろ。お前ならそれで解るはずだ。私の脳を取り返した報酬は別途用意する。吉報を待っている。」
ユーヴェは振り返りもせずに部屋から出て行った。




