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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
リキュアの怪物
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43/51

干からびた男

 ユーヴェがセネスの屋敷でギブリスを切り裂いてから十日後、自由自治都市リキュアにて。街のあちこちに色の付いた貼り紙がくまなく張られ、煉瓦造りの建物の間からは青空が覗き、気持ちの良い朝だった。空から射す光線が薄暗い部屋へ入り込むと白く小さな埃が湯気のようにあちらこちらへ舞う。部屋の主である男は窓際のベッドで横たわり、明るい日差しが彼の黒髪を照らす。瞼を開けた彼は暫く剥き出しの梁を眺めた後、ゆっくりと身体を起こす。身に纏った灰色の上下が繋がった肌着を脱いで藍色のシャツとくたびれた若草色のパンツへ着替えて豚革の靴を履く。部屋端の水差しで口を濯ぎ、赤い粒を口へ含んだ。白い歯で粒を噛み砕くと彼の鼻と喉を爽やかな香りが流れる。続いて両手を猫手のように握り、爪を確認する。じっと爪を見つめた彼は満足そうに頷いて床へ転がった荷物袋をだらだらと持ち上げた。部屋の戸口にかかる張りが無いラウドハットを目深にかぶって戸を開けた。男の部屋は三階で、階下から見える通りは既に賑やかで弦楽器や打楽器の民族音楽がそこらかしこで鳴っていた。男は荷物袋から鍵を二本取り出し戸に備えられた二つの鍵をしっかりと閉めて手前の階段を降りた。階段から街中へ降りるとき豚皮の靴は宙をさまよい足元の馬糞を避けて石畳へ踏み出した。男は街中の貼り紙を努めて見ないように顔を伏せて歩く。往来激しい街中を流れる人の波に男は乗り小股に歩いていると彼の腹が鳴る。出店を見かけた彼は唇を舐めると首に下げた財布へ軽く触れ、小走りにその出店に近寄った。店主の男は駆け寄ってくる彼を認めると大声を出す。

「おお、ウラテュス。魔術師は填まり役だったな。今日もやるのか?」

ウラテュスは頭を振って店主へ答えた。

「今日は違う。次回公演は三日後だからまた来てくれよ。」

「勿論だ。嫁が気に入ったらしい。特に恋人と手を繋いで怪物と対決する一幕が最高だと。それで、何にする。」

ウラテュスは懐から小さな銅貨を二枚取り出して店主へ手渡す。

「何時もので。いや待った、やっぱりチーズは多めで一つ。」

頷いた店主は下を向いて料理を作り始める。

「王都の劇団には戻らなくて良いのか?」

慣れた手つきで作業を続ける店主は通りの往来を眺めるウラテュスへ尋ねる。

「戻れない。懐がすっからかんだし、つても無い。王都の知り合いは皆吊された。この街も自由都市と謳っているが、何処も変わらないさ。」

「じゃあ、髪を焼かれるのは本当なのか?」

「本当だとも。小部屋に集められて王宮魔術師に一人一人調べられる。連れて行かれた奴は翌朝広場で烏に食われるのさ。此処にもイエリアの腐った風が吹き込んでいる。」

店主は黙りこくってパンを焼く。パンの焼ける香りがウラテュスの鼻腔へ吸い込まれた。店主は手早く野菜と魚の切り身をパンへ盛り付けてその上へチーズを載せた。

「お前なら戻れるさ。」

そう言った店主は版画絵でパンを包んでウラテュスへ手渡す。ウラテュスは熱々のパンを小脇に抱えまた人混みへ向かおうと身体を通りへ向けたが、彼はふと背後を振り返った。店主は目を細めてウラテュスを見つめている。

「今回の劇で俺は評価されないんだ。あんたも見たと思うが、これはコイネーの主演作だ。誰も俺を見ちゃ居ないのさ。」

「でも、嫁はお前を」

ウラテュスは店主の言葉を待たずに通りへ歩んで行き人混みに紛れた。店主は真っ黒な鉄板へ目を落としてパン屑を金属のヘラでかき落としてため息をついた。


 パンを歩きながら頬張り始めて幾らか経った後、綺麗な青色で塗られた幅広い建物がウラテュスの目に入る。彼は既にパンを包みに残ったチーズを舐めとると包み紙を雑に丸めてそこらへ放り投げて更に近づくと建物の前には幾つかの馬車が止まっており、防具を身に着けた男達が腕を組んで傍で通りを見張るように建物に寄りかかっている。彼らの腰にはロングソードと火のないカンテラが垂れ下がっている。ウラテュスは足音立てないようにゆっくりと建物へ近づくとその男達の中でも体格の良い赤ら顔の男が彼を呼び止めた。

「待て。あんたは此処の職員か?」

訝しげにウラテュスを見詰める男を見て彼は肩を落とす。中々答えないウラテュスにいらついた男は彼の肩を軽く押す。

「答えろ。俺の仕事を増やすな。」

「ウラテュスだ。此処で俳優をやっている。衛兵団が何故此処に?」

威圧的な男をウラテュスは睨みあげる。鼻を鳴らした男は右手の手のひらを差し出した。

「上官は?このことを知っているのか?」

「・・。」

男の剣幕に怯えたウラテュスは首に下げた財布から小さな銀貨を一枚取り出すと、飛ぶような素早さで男は銀貨をふんだくり懐へ納めた。

「・・団長が中でお待ちだ。」

ウラテュスは肩をすくめて扉をくぐると背後からは「あいつは本当に主役なのか?」と部下へ尋ねる声が漏れ聞こえて来る。

「遅れてすみません。」

ウラテュスは誰も居ない廊下へ一声掛け小走りに中を進む。僅かな湿り気を含んだ空気が不快感を煽る。音は外の喧噪のみで廊下は時が止まったように静かだった。手の甲で喉元に浮かんだ汗を拭ったウラテュスは廊下、五部屋ほど過ぎた後に見える大きな扉に手を掛ける。厚い布張りの扉はしっかりとしており、取手には銀細工が施され重い。ゆっくりと戸を押し開けると中には既に役者達が揃っていた。彼らの前には街の兵士達が仁王立ちしており、彼らと役者達は一斉に入ってきたウラテュスを見つめる。役者達の中に居たコイネーとウラテュスの目が合う。彼は役者達が集まって座っている椅子へ歩み寄ると白髪混じりの兵士が彼へ言葉をかけた。

「おはよう、ウラテュスさん。私はべストールと申します。衛兵団の団長を務めております。ちょっとこちらに。」

振り返った。ウラテュスはべストールへ礼を取り挨拶を返すと、べストールは王国式礼を彼に返す。

「おはようございます、団長殿。」

「貴方にお聞きしたいことがあります。ええ、動かないで。此処で話しがしたい。」

べストールの部下が石弓を軽く見せつける。弦は引かれていない。

「そのようですね。私は何を話せば良いですか?」

「ヴィントルという俳優をご存じですね。」

ウラテュスは頷く。彼の口はすっかり乾いていた。手のひらに汗が浮かび、三度瞬きをした。

「それは良かった。実は早朝、日がようやく上り始めた頃死体で発見されまして。何かご存知ありませんか?」

沈黙するウラテュスへべストールが二歩寄る。半開きのべストールの顔に付いた二つの目玉は全く笑っておらず、彼は平坦な声色で続ける。

「貴方を疑ってはおりません。死体はカラカラに乾いておりましたからな。」

「・・。」

「昨日の夜にお前がヴィントルと酒盛りをしていた事はわかってるんだ。乾いた死体もこれで三体目、殺された日に全員あんたと飲んでいる。」

「・・。」

ウラテュスは目を瞑って腕を組む、べストールのごま塩頭は揺れ彼の肩はややなで肩に垂れ下がる。

「あんたは賢いと思ったんだが、話さないことは全く有利にならない。俺達はお前の印象で刑罰を決めなきゃならん。今の印象を教えてやろうか。王都では髪を焼くが、此処じゃ違うかもな。」

べストールの革手袋に包まれた指がウラテュスの胸を指す。ウラテュスは尚も話さず立ちすくんでいた。べストールは部下へ合図を送りウラテュスを連行する。兵士に連れられたウラテュスは髭を扱くべストールへ言葉をかけた。

「三日後の劇には出演させてください。」

「それは協力次第ですな。」

冷ややかな目で連行されるウラテュスを見送るとべストールは劇団員に向き直る。

「非人間の見分け方は王国から指導を受けた。自ら名乗りを出た者には恩赦を与える。」

そのように言い残したべストールは残った部下を引き連れて劇場を後にした。


 リキュア迎賓館客間にて、美しく磨き上げられた大理石の床には厚い絨毯が敷かれ、黒檀の調度品が整然と並べられていた。真っ白な敷布が張られた机には新鮮な果実が盛り付けられおり、それらは手つかずに置かれている。部屋には灯りが満たされ、窓際には緑色の室内用のドレスを纏った美しい女が柔らかな寝椅子へ腰掛けて本へ目を通していた。彼女の側には侍女が三人おり蝋燭の補充や香木を継ぎ足していた。のんびりとした空間の中に黒く湯気のような木目柄の扉が三度叩かれた。侍女達の中最も年配の女が扉横の小さな応接窓に近寄り外の者と言葉を交わす。引き返した侍女は未だ本へ目を通す主人へ言葉をかけた。

「アリネイエ様。べストール様がいらっしゃいました。」

「通すと良い。」

侍女へアリネイエは寝そべったまま答える。お辞儀をした侍女達はいそいそと準備を整え始め、年配の侍女は目を細めて自堕落な姿勢のアリネイエへ苦言を呈する。

「アリネイエ様。日の光を入れましょう。蝋燭が勿体ないです。」

「ではそうしろ。」

部屋の外で控えるべストールが入室を許されたのは半刻後だった。ようやく入室したべストールへアリネイエは座したまま口を開いた。

「おはようございます。脚が疲れたでしょう、先ずはおかけになって下さい。」

べストールはその場で礼を取り手近な椅子へ腰掛けた。口を挽き結んだべストールは黙してアリネイエの言葉を待つ。

「良い天気ですね。間もなく魔術師が街へ到着します。今回の件は彼に任せましょう。」

アリネイエへ頷くべストールは疑問を口に出す。

「王宮魔術師殿ですか?」

「貴方もその名を知っている魔術師です。名前をユーヴェと言います。」

「歌ではよく聞きます。どれも信じられない怪物狩りの物語です。・・彼は信用出来ますか?」

「どれも真実です。怪物退治にかけては王宮魔術師よりも信用に足る者です。」

べストールは感嘆の声を上げて深々とアリネイエへ礼を取った。下を向いた彼の口は緩み、油で固められた髪の毛は一切乱れない。顔を上げたべストールは劇場での報告をアリネイエへすると彼女は満足げに頷き彼を労う。

「貴方の事は父へ伝えます。然るべき時に良きように取り計らいましょう。」

「ありがとうございます。」

アリネイエは退出するべストールを見送った。

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