出立
章末話
怪物の死体から這い出たユーヴェは刃先を怪物の首へ沿わせて切り落とす。怪物の背から再生によって肉に埋まった鏃をほじくり出したユーヴェは、怪物の広い頭周りへ綱を回して肩へ下げると、気怠げに部屋を歩き回って武器を回収し階段を一段一段下っていった。ユーヴェがアパートの外へ出ると爆発を聞きつけたのかラディウス率いる憲兵達が玄関口の前でうろうろと歩き回り、周辺住民を押しやっていていた。青い血まみれのユーヴェが姿を現すと、ラディウスは彼の部下へ短く命令を下すとユーヴェへ駆け寄った。
「ユーヴェ殿。中の様子は?詰め所の惨状はご存じですか?」
ラディウスの目はユーヴェの腰へ釘付けになっている。鼻血を左腕で拭ったユーヴェは背後のアパートを指差して小さく口を開く。
「怪物とは詰め所で遭遇し、追いかけ、あのアパートで仕留めました。」
「ああ、あそこなら問題ないです。」
ラディウスの答えにユーヴェは眉をひそめ、半目に目の前の憲兵を見つめた。ラディウスは糊の効いた埃一つ無い制服に緑色の綺麗なピンが襟元に止められていた。ユーヴェは口を開く。
「住人が居ましたが?」
「いえ、書類上では居ないはずですよ。廃墟です。中に居るのはきっと臭くて教養の無い鼠か何かでしょう。」
ラディウスは首を振って答え、更に続ける。
「そんなことより。ユーヴェ殿、いえ街の英雄殿、街長殿へその首をお見せください。」
ユーヴェは口をつぐんだまま頷きしつこく絡んでくるラディウスをユーヴェはあしらって自分の馬へ向かった。
詰め所前には長椅子が並べられ、中身が盛り上がった所々が赤く汚れた白い袋が横たわり、そこからやや離れた中庭の一画に街長のキリオンが両足を広げて座っていた。キリオンは顎髭を撫で空の雲を見つめる。漂う雲は真っ青な空で小さく流れる。広げられた足の片方、左足は絶えず揺れ、彼の両腕は胸の前で組まれていた。彼の側には連孥を肩へかけ、腰には二本のロングソードを下げた短い金髪の魔術師が庭へ出された作業台へ向き合い机上の都市地図を見つめていた。彼の腰には瓶が幾つも納められたポーチが巻かれ、右太股には大きなボルト入れが装着されている。
「キリオン様。魔術師ユーヴェ殿がいらっしゃいました。」
彼の侍従がそう彼へ告げると、ユーヴェが憲兵達と共に姿を見せた。ユーヴェはキリオンと振り返った魔術師の目の前へ怪物の頭を置く。
「キリオン殿。これで怪物は全滅したと思われます。ですが、念のため暫く街へ留まり調査を行う許可をいただけないでしょうか。」
ユーヴェの言葉に目を伏したキリオンはゆっくりと顔を伏せ、頭を振る。二三度首を振ったキリオンはユーヴェを見上げて口を開いた。
「ユーヴェ殿。貴方は毒餌で一体、銃や剣で五体巨人を殺し。この怪物も殺した。素晴らしく英雄的な働きぶりです。報酬はお約束の額でお支払いしましょう。憲兵隊と私の秤量保証書つきです。」
金髪の魔術師は手袋の袖を直しながら不愉快そうに目を細めてキリオンを見つめる。キリオンが手を叩くと台車に乗せられた金塊が姿を見せると、彼は立ち上がり金髪の魔術師へ右手のひらを向けて言葉を続けた。
「ですがその後の調査に関しては、こちらの魔術師レーアウェン殿にお任せします。」
「では引継ぎを。」
「いえ、もう結構。貴方の仕事は怪物を殺すことでしょう。物品の購買に関しては許可します。明日中に街を出立してください。お疲れ様でした。」
キリオンはそのままユーヴェの脇を通り抜けようとすると、
「キリオン殿、魔術師ユーヴェ殿のお話しを伺いましょう。怪物狩りのセネスと幽鬼殺しのユーヴェは私の故郷では語り草です。必ず彼の意見は役に立つはずです。」
レーアウェンが無精髭を一撫でし、しゃがれ声でキリオンを呼び止めた。
「早く言って欲しかったですね。兎に角、ここで私が出来ることはありませんね。そうですねユーヴェ殿。」
キリオンが片眉を上げてユーヴェへ問う。彼の口端は垂れ下がり、黒目はユーヴェを映し出していた。
「お疲れ様です。」
そう言ったユーヴェはレーアウェンへ向き合い、その様子を見たキリオンは肩を軽く上げ従者と共に馬車へ向かって行った。ユーヴェは振り返りキリオンへ軽く礼を取った後、巨人の情報をレーアウェンへ伝えた。
「ではこの怪物は?」
生首へしゃがみ込んだレーアウェンはユーヴェへ問いかける。
「巨人のような再生能力を持った怪物ですが、毒は効果がありませんでした。鋭い爪と強力な脚力を持っているため、開けた場所で対峙するべきでしょう。また、私が遭遇した個体は内臓を好んで食べている節がありました。」
「言語理解能力はありますか?」
「理解は出来るようですが習得過程を経るようです。識字については何とも言えません。」
「習得ですか、巨人に近い修正ですね。習得過程に・・。では伺いたい。何故怪物は屋敷の対岸に居る人間を襲ったのでしょう。」
レーアウェンの問にユーヴェは自分の馬車を指差した後、壊れた魔術具、銃器、報酬等を荷台へ入れ荷造りを始めた。
「私の予想ですが。家族で出かけていたのでしょう。アパート内でも怪物は大部屋を優先して回っておりました。」
「効率ですか。」
「ええ。怪物の目には人通りの少ない屋敷の区画よりも人で満ち満ちた住宅街が狙い易く、人間を喰っても中々調査が入らない。奴らにとって人間はごちそうでは無くなり、遂には死体を街中へ捨て始めた。」
荷造りを終えたユーヴェは御者台へ飛び乗るとレーアウェンへ礼を取る。
「怪物は全て退治したと思いますが、後はよろしくお願いします。」
「クリオス城での幽鬼退治。我が師は貴方と共に戦った話しを良く聞かせてくれました。」
ユーヴェは見上げるレーアウェンへ見下ろし、徐に腰のポーチを探って一本の瓶を取り出した。
「巨人用にどうぞ。緩衝液で二倍に希釈して鏃や剣へ塗ってください、効果時間は一刻程、二度切ったら塗り直してください。健闘をお祈りします。」
「これは、ありがとうございます。しかし、私が」
瓶を受け取ったレーアウェンはユーヴェへ感謝と共に言葉を続けたが、既にユーヴェは馬車を走らせていた。レーアウェンの持つ瓶には彼の顔が湾曲して映っている。街の門前には大勢の村人が家族の手や豚の綱を引いて立ち尽くし一人また一人と街へ入っていく。ユーヴェの馬車は待つこと無く空いた出口から彼を乗せてキュウリコスを出た。道中ユーヴェに気が付いたアーランメネスは彼の背へ静かに礼を取った。アーランメネスは街へ振り返り泥や馬糞に塗れた道路を引き返す。手綱を握るユーヴェは新たな怪物を狩るため、セネスの屋敷を目指して駆けて行った。




