衝突
アーランメネスが案内した空き地は綺麗に地面がならされ、雑草一つ無かった。
「こちらをお使いください。他に私達が出来ることは有りませんか?」
とアーランメネスがユーヴェへ尋ねると、打って返すように直ぐさまユーヴェは答えた。
「では倉庫中や周辺に巨人の噴霧物が散らばっていないかを確かめてください。」
頷いたアーランメネスは倉庫へ歩み出し二歩ほど歩くとユーヴェへ振り返り、恐る恐る尋ねた。
「もし無ければ?」
「巨人が一匹である、或いは別物の怪物の可能性が有ります。」
ユーヴェは瓶から採取した毛を取り出して更に続ける。
「これから怪物の姿を明らかにします。証拠用の画家を一人お貸しください。」
「勿論です。」
ユーヴェの申し出を快諾したアーランメネスは部下を数人置いて倉庫へ引き返して行った。去って行く彼らには目もくれず、ユーヴェは背負い物を地面へ下ろして作業を始める。先ずは火を起こし、背負い物からすり鉢や薬液、魔術触媒を取り出した。続いて鏡を取り出したユーヴェは魔術触媒をすり鉢内で混ぜ合わせながら背後の画家へ呼びかけた。
「これから鏡へ怪物の姿を写します。」
画家は画材を手に鏡の側でしゃがみ込み、淀みなく動かされるユーヴェの手元を見つめる。次々と何かの葉や欠片等の触媒が混ぜ合わせられ、そこへ刻まれた毛と薬液が投入され更に混ぜられ、中身を銅の器へ移した。銅の器は火にくべられ、煮立った中身をユーヴェは鏡へ一滴も残さず均等に流し込んだ。空を映していた鏡の鏡面は真っ黒に変わりそこへ一体の怪物が写し出された。怪物の姿は巨人のものとはかけ離れていた。頭部は肥大化し引きつった皮膚の下からは真っ青な肉が覗き、白では無く肌色の肌の上に異様に隆起した筋肉、巨人特有の太い肉体では無くより細く手は長く、曲がって生えた牙は人間のように丸く短い唇はまくり上がり真っ赤な歯肉を剥き出しにしている。長い腕先からは細長い指が覗き指先の爪は鋭く長い。肘からは槌のような形状の骨が飛び出していた。毛は頭部、胸部、陰部へ僅かに生えていた。画家が怪物の正面と背面を描きとる中、ユーヴェは鏡を食い入るように見つめ、思案を巡らせていると。
「どうやら、怪物の悍ましい姿が判明したようですね。」
周囲の調査を終えたアーランメネスがユーヴェの背後に立っており、彼は更に続けた。
「甘い香りのする噴霧物は一切発見されませんでした。また、先程部下からの報告ですが鏡に一体のこの鏡に移ったモノとは違う怪物が現れたそうで、吊された肉を食べて死んだそうです。この怪物は一体何なのです?」
振り返ったユーヴェは荷物を纏めつつ振り返ると腰へ手を当てて直立するアーランメネスの視線は鏡へ向けられていた。
「私も初めて見る怪物です。形状は吸血鬼の一種にも見えますが。歯が違う。」
唸るアーランメネスへユーヴェは背負い物を纏め終えるとそれを背負い立ち上がる。アーランメネスの視線はユーヴェへ向く。
「どちらに?」
「怪物の居るところです。鏡は証拠品としてそちらで管理をお願いします。」
短く答えたユーヴェは空気銃の先端へ鏃を取り付ける。
「居場所が解るのですか?」
「倉庫での物語が解ったのです。あれは怪物と肉の量から三人の人間との戦いでした。そしてその結果は怪物の勝利でした。」
眉をひそめて不思議がるアーランメネスの前でユーヴェは背負い物から取り出した薬液をポーチへ補充する。
「と言うと?」
「始まりはあるモノの模倣、次ぎは恐らく物語を持った瞬間、今回は足裏の血液を隠蔽したことから憲兵の存在を自覚した上での自分が主役の劇です。そうなれば次は体験でしょう。新しい素材の調達先は二つ考えられます。」
唇を噛んだアーランメネスはユーヴェの言葉を咀嚼し、
「・・街の入口と詰め所、狙いは憲兵ですか。」
と彼が呟くと、ユーヴェは頷いて腰に下がる銃器類の点検を行いながら倉庫へ向かって歩き出す。アーランメネスはユーヴェの背へ問いかける。
「ユーヴェ殿はどちらに。」
「詰め所へ向かいます。アーランメネス殿はもう一方へお願いします。」
「・・承知しました。」
ユーヴェの返答に溜息をつきながらアーランメネスは去って行くユーヴェを見つめて呟いた。
馬の蹄が綺麗な石畳を越え、立派な石橋を駆け抜け、古ぼけたアパートが犇めく地区のゴミまみれの石畳を叩いた。薄汚れた版画絵が巻き上がり道脇に横たわる薄汚れた老人達は力無く、目の前を走り去るユーヴェを観ていた。それは、ユーヴェの腰に下がる銃の火打ち石には布が当てられ、布端がひらひらと揺れていたためだった。ユーヴェは全速力で馬を走らせてようやく詰め所へたどり着くと、扉は打ち破られ、道端には血まみれの憲兵が何体も横たわっていた。馬から飛び降りたユーヴェは空気銃へ蓄気し腰の銃へ差し込まれた布を取り払う。馬車から射出機を一丁引っ張り出したユーヴェは腰へ二丁目の射出機を下げる。小走りに憲兵へ近づいた彼は打ち破られた扉を窺いながら片膝をついて倒れた憲兵を観察した。憲兵は微動だにせず、目玉は空を見上げている。血は未だ濡れていた。
「大きく鋭い切り傷が二本、肺や心臓も一撃で断ち切られている。即死だろう。」
破れた服の隙間からは削れた腰骨が見え、腹部からの出血は腹横を伝い背中へ回っている。
「胸、胸乳から爪で下腹部まで切り裂いた後に真っ直ぐ引き抜き、その勢いで仰向けに倒れたのか。・・肘の骨が体に引っかかったのか?」
立ち上がった。ユーヴェは鏃へ改めて薬液を垂らし、ついでに腰のロングソードにも薬液を塗る。続いてユーヴェはポーチから二本の瓶を取り出して中の薬液を飲み干すと、彼は慎重な足取りで薄暗い詰め所へ入った。厚い靴底が割れた硝子を踏みしめ軽く硝子が割れる音が静かな詰め所へ響く。広い玄関口には八人の武装した憲兵が横たわり、受付には頭部が切断された税務官の制服を着た死体がもたれかかっている。木製の壁には所々に人間のものとは異なる手形或いは足跡が残り、壁にはヒビが入っている。ユーヴェは倒れる憲兵へ近寄り死体へ片膝をついて観察した。
「今度は喉と後頭部を狙っている。怪物は飛び回って殺し、まともに反撃すら出来なかったか。」
床へ転がった銃器は血に汚れており、弾が込められたままの銃が三丁、落下の衝撃で発射されたのか床に煤がこびりついている銃が七丁転がっていた。立ち上がったユーヴェは会議室へ向かうと鏡は一つ残らず叩き割られており、観測のために残っていた憲兵達はなで切りに殺されている。部屋の奥へ進もうとしたユーヴェの耳に啜り泣くような声が聞こえた。声を頼りにユーヴェは会議室を後に三階へ上がる。階段の最中には頭部を潰された死体がうつ伏せに寝転がり、手に持ったロングソードは折れ曲がっている。泣き声は三階奥から聞こえているようだった。廊下にも玄関口と同じような光景が広がっていたが、死体は全くの無警戒に殺されており誰も武器を構えている人間はいなかった。ユーヴェは左手に空気銃を持ち替え右手に射出機を持った。泣き声が大きくなる何かを言っているようだった。
「頼む。俺はあのくそったれ魔術師とは関係ない。えっ・・いや、そうじゃない。そんな、馬鹿になんてして無い。」
悲鳴が起こる。声色はウロスの物だった。ユーヴェは手近な小部屋へ入ると鏃を小さな鉄球が取り付けられた鏃に取り替え、自身の髪の毛を一本引き抜いて鏃へ巻いてその場で耳を澄ませた。更に絶叫が聞こえ扉の開き重い足音がユーヴェには聞こえた。廊下へ飛び出したユーヴェは廊下を漫然と歩く怪物へ射出機の引き金を引いた。爆弾は離れた怪物の足下へ向かう。怪物は猿のように四つん這いに走り、爆弾は怪物の背で爆ぜ破片を当たり撒き散らす。破片は怪物の尻や太股の裏へ突き刺さるが怪物は何の痛痒も覚えずユーヴェは真っ直ぐに走る。ユーヴェは右手の射出機を投げ捨てて腰からもう一丁の射出機を引き抜き、前の床へ向かって引き金を引く。爆弾は床へ穴を開け、怪物は壁を蹴ってユーヴェへ飛びかかった。ユーヴェも怪物へ突撃し怪物の一撃を躱すと、彼は着地する怪物の背へ空気銃の引き金を引いた。鏃は怪物の背へ深々と突き刺さり、ユーヴェは床の穴へ飛び込んだ。ユーヴェは肩へ空気銃を引っかけて射出機へ爆弾を装填し、玄関に向かって二階の廊下を走り出す。三階から怪物が走る音が聞こえる。ユーヴェはその場で立ち止まり射出機を玄関口側へ構えると廊下の端から怪物が顔を覗かせた。血走った金色の目玉がユーヴェを見つめ、身まみれの爪が床を引っかき、人間のような口からは吐息が漏れて口端が弧を描いている。ユーヴェは左手で腰の短銃を引き抜き、猛然と怪物へ走り出した。怪物は二階の踊り場へ引き返す。ユーヴェは爆弾を踊り場へ撃ち込む。踊り場は木片を撒き散らして爆散し、飛び上がった怪物の腕や足へ木片が打ち当たる。射出機を腰へ下げたユーヴェは腰の短銃を右手にも握り締めた。駆けるユーヴェは天井へへばりついた怪物へ両手の銃を向ける。怪物は天井を這い回りユーヴェの隙を窺う。一階へ飛び降りたユーヴェは右手の銃を引き絞った。弾丸は這い回る怪物を掠める。更にもう一丁の銃を引き抜いたユーヴェは左手の銃で狙い撃った。怪物は弾丸を躱す。ユーヴェは右手の銃でいなした怪物を狙い撃つ、弾丸は怪物の指先を捉え怪物は天井から落下した。ユーヴェは両手の銃を投げ捨てロングソードを引き抜き怪物の胴へ刃を振り抜いた。刃は怪物の胴を切り裂き、怪物の腹からは真っ青な腸がこぼれる。ユーヴェは怪物から離れ剣を振り上げるように構えて様子を窺う。詰め所内に甘い香りが立ち始め、腹を押さえた怪物は立ち上がり玄関口から走って逃げた。ユーヴェは銃を拾い上げて腰へ納めると怪物を追って外へ走り出る。
「やっと効き始めたか。」
そう呟いたユーヴェの視界には建物の上を跳ねて逃げる怪物の輪郭が浮き上がり始めていた。




