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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
炙り出された怪物達(完結)
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36/51

狩る者

 キリオンの屋敷は一際大きく、小高い丘に立派な館が建っていた。丘の麓には広い庭が設けられ、狩猟用の林も有る。その道すがら馬車に揺られるユーヴェの向かいにはラゴスが座り、キュウリコスの特産品や流行について語っていた。オーグは自重のため馬車に乗らずユーヴェの馬車で後に続いた。

「ユーヴェ殿、仕事終わりには是非街を見て回ってください。このキュウリコスは我が国の藍栽培における約二割を担っており、染料については王都に引けを取りません。きっと良いインクが手に入りますよ。」

馬性揺れて丁度ユーヴェの頭が肯定するように縦に揺れる。ラゴスの顔は暗い馬車の中ではっきりとうかがい知れないが、音で解るほど満足げに微笑んだ彼は言葉を続ける。

「では案内人を用立てます。それからですね、お渡しするのが遅れましたが晩餐会への出席と今回の依頼に対するキリオン様からのお礼です。」

座席の荷物置きから小さな木箱を重たそうに取り出したラゴスは蓋を開けると、中には拳大の黄金が入っていた。

「どうぞ、様々な物に用立てて下さい。」

「ありがとうございます。頂戴します。」

ユーヴェは箱を受け取り隣の座席へ置く。ふと彼が馬車の外を覗くと馬車は既にキリオンの屋敷の敷地を進んでいた。

「此処で無ければお渡ししませんよ。ユーヴェ様と違って奴らには清貧に過ごす事の尊さを知らないのです。」

目を細めたユーヴェの目は巨大な屋敷を映し出し、煌々と灯りがたかれて、磨き上げられた窓ガラスの全てが暖色の光を外へ放っていた。屋敷前の広い敷地へ馬車を並べて停めたユーヴェ達は馬車を降りて屋敷へ向かう。ユーヴェは箱を自身の馬車へ詰め込み、薬瓶が詰め込まれた箱から一本の瓶を引き抜いて中身をあおる。

「ユーヴェ様、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。」

急に馬車へ乗り込んだユーヴェへラゴスが声をかけ、ユーヴェは気のない返事を返して馬車を降りた。屋敷の内部は外装以上に優美であり、分厚い敷物の縁から覗く床はよく手入れされて光を反射し、天井から吊された洋灯からは獣臭など無くうっすらと薔薇の香りが漂っている。壁にはいくつもの額縁がかけられ、左右の留め金が額縁上部に取り付けられた遮光用の布を開き、内部の絵が舞台のように顔を覗かせていた。

「ようこそ、魔術師ユーヴェ殿。歓迎します。私のコレクションが気になりますか?防塵布をこういう時に捲らなければ意味がありませんからね。」

上階から降りてきたキリオンがユーヴェへ伸びるような声色で言葉を掛けた。ユーヴェは顔をキリオンへ向ける。キリオンの表情は満面の笑みで会食用のしわの無い衣装を身にまとっていた。

「私の屋敷にいらっしゃったお客さんの中にはお土産でお譲りする事がよくあります。」

「確かに立派な絵ですね。」

ユーヴェは手近な絵、鎧姿の若者が誇らしそうに勲章を持っている物へ目をやりキリオンへ同意する。

「目の肥えたユーヴェ殿にそう言って頂けるとは嬉しいですね。」

キリオンはユーヴェの隣に立つと片手を絵へ翳す。

「この絵は私の曾祖父が四代前の国王陛下から勲章を頂戴した式典での絵です。背景は王都の御前場で空は快晴だったそうです。さあユーヴェ殿、私の部屋で食事を摂りませんか。是非見て頂きたい絵が有るのです。」

「是非。」

ユーヴェは深々と王国式礼をするラゴスへ軽く礼を取りキリオンの後に続いた。


 キリオンの自室は二階の中央に位置し、室内には骨、絵皿、絵画、敷物等の様々な調度品が壁に飾られていた。

「どうぞおかけ下さい。」

自室に着いたキリオンはユーヴェを椅子へ進めてから向かい合うように座った。ユーヴェが椅子へ着いた事を確認したキリオンはおもむろに口を開いた。

「住民の大半は妥当アルディニウムを叫んでいるが、あの都市国家にそんな力は有りません。有るのは伝染病だけですよ。まぁ、愚か者共の小さな視点と言えばそれまでですがね。しかしながら、私にはあれらの面倒を見る義務がある。」

キリオンは言葉を切り、身を乗り出した。

「そこで、ユーヴェ殿のお力に頼りたい。」

「お話だけなら。」

ユーヴェは椅子の背もたれへ軽く背を付けて両手を膝の上へ載せた。

「ありがとうございます。矢張り文明人との会話は良いですね。食事は申し訳ありませんがこの依頼の後で。葡萄酒は要りますか?」

「要らないです。」

「そうですか、・・では本題です。ユーヴェ殿は怪物の証拠に対する証明書を発行出来ますよね?」

「お代は頂きますが、可能です。」

ユーヴェの返答に満足げに頷いたキリオンは唇を少し噛んで意を決し、口を開いた。

「実は人体発火事件はどうでも良いです。ユーヴェ殿に行って頂きたいことはこの街を含めた領地を管理する領主アルゴネスに怪物を操ったという証明書を発行していただきたい。」

ユーヴェは立ち上がった。

「今日のお話は無かったことに。」

そう言ったユーヴェの目は細められ、彼の足は出口へ向かう。キリオンは慌てて立ち上がり両手を広げて弁明した。

「待て。悪いのは私じゃ無い。あの無能な領主が悪いんだ。私はただこの街、領民を思っているのです。」

それでもユーヴェの足は止まらない。

「聞け!」

叫んだキリオンは続いて呟いた。

「貴方は怪物を殺すだけか?何故人間である私を助けない?人間を助けなければ怪物を殺す意味なんて無いはずだ。」

振り返ったユーヴェはキリオンを見つめ、瞼を痙攣させながら呼吸を整えたキリオンは立ち上がって震える声で続ける。

「仕込むのは貴方が討伐した怪物の死体の一部を使う予定です。怪物の使役が立証できれば極刑は免れられない。幸いにも私の娘が領主の息子と結婚する事になりまして、式場は奴の屋敷です。簡単に仕込める、私は領主になって、貴方は大金持ちになる。領地には一定額の給付金制度がある。それから・・そうだ、王宮魔術師になれるように推薦状を書きますよ。私達は友達になれる。解るだろう、頼む。」

「怪物は死ぬべきだ。何処までも追いかけて殺す。それが私の目的だ。そうで無ければ世界は成り立たない。」

キリオンは眉をひそめて首をかしげた。ゆっくりと椅子へ腰を下ろした彼の唇が震えて一言。

「イカレ野郎。」

「ずっとおかしいのは、あんたらだろう。」

そう吐き捨てたユーヴェ乱暴に扉を開き部屋から出て行く。一人になったキリオンはつばを飲み込み手のひらの汗を膝で拭った。


 早朝、ユーヴェはアーランメネスへ伝言を残してオーグが指したアパートに訪れていた。周囲の安アパートと同じ風体のアパートの前には全く同じ場所に水馬の飾りが着いた馬留が立ち、同じ見た目の店があった。ユーヴェは人っ子一人いない通りからアパートを見上げて部屋を捜す。

「オーグ、左から三番目、二階の部屋だ。見張っていろ。」

ユーヴェは通りを突っ切りアパートの玄関口へ取り付いた。玄関には吹き曝しの小部屋が有り、そこには大家の老人が眠りこけていた。

「失礼します。」

老人は舌を打ち鳴らして目を覚まし、ユーヴェを視界へ入れると彼は慌てて姿勢を正した。

「これは、魔術師殿?おはようございます。」

「魔術師としての調査です。二階奥から三番目の部屋は誰が?」

ユーヴェの質問を受けた老人は台帳を棚から抜き取り、眉を上げて答えた。

「えー、アイケリュオスさんが五年前に借りてます。お代は初年に三年分、三年前に三年分頂いております。それにしても絵本で見たとおりですね。」

ユーヴェはうっすらと笑みを浮かべ頷き、歯抜け顔を向ける老人へ質問を投げかけた。

「支払い方法は?」

「鍵付き倉庫での受け渡しです。本人は見てません。」

「ご協力ありがとうございます。」

腰の短銃を引き抜き、ゆっくりと奥へ入る。薄い扉からは未だすし詰めなった労働者一家のイビキが聞こえる。上階へ上がったユーヴェは通路奥から三番目の部屋の扉へ近づき軽く戸を叩いた。何の反応も無い。ロングソードを引き抜いたユーヴェは戸の取手へ剣をかけて静かに戸を開くと戸の隙間からボルトが飛び出す。空を切って飛ぶボルトは向かい合うアパートへ突き刺さった。ユーヴェは半身に戸口から部屋の中を覗き、室内へ入る。部屋には棚等無く、埃の積もった生活痕は一切見つからなかった。窓下には金属レバーと紐が結ばれた弦の付いた金属筒がネジによって壁に取り付けられていた。

「最悪な客だ。」

ぼやいたユーヴェは未使用のベッドを一瞥すると衣装棚へ向かい戸を開けた。

「何も無い、あの爪は・・」

ユーヴェは腰へ短銃を下げ、代わりにナイフを引き抜いて衣装棚壁へ刃を差し込んで引き剥がす。安物の板は簡単に外れると中には金属の塊があった。それはオーグとそっくりな口が無い金属の頭だった。オーグとの違いは水晶で作られた平たい目玉の有無だけだった。ユーヴェは急ぎ窓から飛び出す。

「オーグ、人造人間だ。頭を設置していた。」

ユーヴェがそう言い終わるや否や、ユーヴェが居た部屋を含めた建屋が爆発する。飛び散った硝子や木片がユーヴェへ降り注いだ。ユーヴェはオーグを盾に難を逃れる。燃える火の音以外に鳴る物は無く、悲鳴は何処からも聞こえなかった。

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