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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
炙り出された怪物達(完結)
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35/51

人間と怪物

 玄関口は広く屋敷の中は静まりかえっていた。新品の蝋燭立ての傍には未使用の蝋燭が引き出し口の付いた入れ物に五本ほど重ねて置かれている。甘い香りの中に僅かな血の匂いが混じり、その悪臭は屋敷を覆っていた。玄関口から伸びる細い廊下を突き進むと左手には応接間。右手には広い食堂を兼ねた台所があった。きれいに整頓された室内の床には抜け毛が転がり、生活痕が垣間見える。廊下の突き当たりから上階へ上がる階段へ足をかけたユーヴェは立ち止まり、息を潜めて耳を澄ませた。上階から荒い呼吸、啜り泣くような鼻を鳴らす音が聞こえる。階段を上り始めると踊り場の壁に血で三本の縦線が描かれていた。

ユーヴェは先頭をオーグに任せ武器を構えて階段を駆け上がる。先行するオーグは血糊がべったりと張り付いた壁を沿って進む。行きがけに扉が叩き壊された無人の部屋が見えてくる。血糊が指し示す扉を蹴破ったオーグは手斧を構えるが、内部の光景を見て斧を腰へ納めた。続いてユーヴェが中へ入る。部屋は血の海だった。

「オーグ、馬車へ戻り背負い物を持って来てくれ。」

寝室であったその部屋の壁にはベッドが縦にひっくり返され、板の間には全身の肉を食い尽くされた跡として血と諸々の体液がまき散らされており、その傍らには血まみれで横たわる隻腕の怪物がいた。床にはテーブルゲームのカードが散らばり、筐体となる小さな机がバラバラになって散らばっていた。部屋の隅には三種類ほどの血の跡一つ無い背もたれが立派な椅子が寄せて並べられている。怪物の体は殴打によって骨が折れ曲がり頭部は叩かれて潰れた目玉の周囲を黄色い脂肪と固まった血液が囲っている。ユーヴェは怪物の元へしゃがみ込み目を細めた。潰れた頭からは独特な匂いが立つ。

「執拗に叩き潰して小便か。」

ユーヴェは部屋を見渡し入口まで後退る。

「九人分の椅子を用意してカード。食ったから激怒した。怪物はまだ居る。」

そう呟いたユーヴェはきびすを返して屋敷から出た。屋敷の前にはアーランメネス率いる憲兵達が怪物の死体を記録しており、幾人かの野次馬は親指を握り震えていた。歩み寄るユーヴェは死体へしゃがみ込んで死体を触るカルーティウスへ声をかけた。

「後頭部の膨らみは触らないでください。舌の付け根にある穴から溶解液が飛び出ます。」

「ああどうも。」

慌てて立ち上がったカルーティウスは手袋に付いた血液を真っ白な肌へなすりつけた。その様子に目を細めたアーランメネスはユーヴェへ問いかける。

「ユーヴェ殿、中はどうでした。怪物はいましたか。」

「死体が一つ。案内します。」

ユーヴェの返事へ頷いたアーランメネスは六人程の憲兵と証拠用の画家を連れユーヴェの後に続く。件の部屋へ引き返した一行、アーランメネスを含めた憲兵達は凄惨な部屋に横たわる隻腕の怪物を目の当たりにして大口を開けた。

「これは、ユーヴェ殿がおっしゃるように怪物間での地位換え、頭目の変更ですか?」

「何とも言えませんが、それだけでは無いでしょう。椅子の数と散らばったカードに砕けた机。飾ったのでしょう。」

腕を組んだアーランメネスが眉をひそめてユーヴェの言葉に反応する。

「もうユーヴェ殿が殺したのではないですか?」

「あの類いの怪物は総じて口が軽い、あの五体の中には居ないでしょう。」

「何かを言わずにいられないですか。しかしながら、死体をですか。確かに獲物の頭を飾りますね。」

「これに関しては人形遊びであり、絵を描いていると解釈できます。アパートでの死体もそうでしたが、狭い部屋で作られた『作品』は入口から見なければ全体が見ることは出来ません。」

首を小さく横へ振ったアーランメネスは唇を噛みしめて怒鳴った。

「イカレてる!狂った怪物は次に何をする?腹踊りか! 」

「怪物は望まない行動を取りません。これまでの行動を考慮すると、新しい作品を作るのは間違いないでしょう。」

「こんな物を残して。」

ユーヴェはゆっくりと廊下へ歩み。

「詰め所へ戻り鏡の様子を確認しましょう。死体の回収はお願いします。」


 詰め所へ戻ったユーヴェは玄関口でアーランメネスと別れ真っ直ぐに他の憲兵達を連れて会議室へ入った。会議室の中には軽食と白湯を楽しむ四人の若い男達と眠りこけている年配の憲兵がいた。彼らは誰も鏡を見ていなかった。ユーヴェは手を打ち鳴らすと部屋の視線が彼の元へ集まる。

「鏡の様子は?」

「いえ、特に何も。」

年配の憲兵が言う。

「目を閉じていたら何も無いでしょうね。」

ユーヴェは忌々しそうにそう言うと年配の男は肩をすくめ、若い憲兵達が彼の様子を笑う。首を振ったユーヴェは彼らへ問いかける。

「怪物が残した死体を見ましたか?」

ひんやりとした彼の言葉に部屋の居残り憲兵達は押し黙った。ユーヴェ共に部屋へ戻った憲兵はその様にイラついた様子で口を開く。

「お前ら、答えんか!」

若者達はお互いの目を見つめ会い、年配の憲兵は口を開いた。

「見ました。ですが、怪物なんて本当に居るんですか?」

「成る程、ご苦労さん。」

ユーヴェは満面の笑みで年配の憲兵の肩を軽く叩き、親指で出口を指して鏡へ向かった。立ち上がる男の後を若者達が追って立ち上がろうとすると、ユーヴェは背を向けたまま彼らを呼び止めた。

「待ってください。あなた方は腹を食われた死体を見ましたか?」

彼らは中腰のまま固まって動けない。ユーヴェは振り返り言葉を続けた。

「お疲れさまでした。」

息を殺した彼らは無言で音を立てずに部屋を出て行き、それを見送ったユーヴェは同行する憲兵達に言葉をかけた。

「夜間は巨人の領域です。今日の調査は死体の格納で終わりにしましょう。明日は鏡の監視と街の巡回をお願いします。特に密室が作れる場所、穀物の備蓄区画等を中心にお願いします。」

「承知いたしました。アーランメネス殿には私からお伝えします。」

ユーヴェの言葉に了承を示した憲兵達の一人が礼を取り言った。ユーヴェは彼へ返事をしようとすると。アーランメネスに連れられたウロスとキリオンが部屋へ顔を見せた。一行を見ながらウロスは口を開く。

「今聞きました。ユーヴェ殿、明日も引き続きよろしくお願いします。キリオン殿、貴方から何か伝えたいことは?」

憲兵達をかき分けてキリオンはユーヴェの前へ進み出ると両手を広げる。

「怪物の存在は建国神話から脈々と語られて受け継がれてきました。ですよね?」

キリオンの目がユーヴェを見つめ、ユーヴェが口を開こうとするとキリオンはかぶせて語る。

「それが今、怪物の死体や魔術師殿による魔術によって明るみに出た。これは重要なことで・・私達は伝説を目の当たりにしている。私は是非、貴方に人体発火事件の解明を依頼したい。」

視線を逸らすユーヴェの視界には頷く憲兵達が映る。チラリと背後を伺ったキリオンは続けた。

「お願いします。もう街は限界です。何時自分の体が燃えるのか不安で仕方なく、絶望して家へこもっております。その中には自殺をする者も。」

キリオンの言葉に口を結んだユーヴェの目は泳ぐ。ユーヴェの視界へキリオンは追いすがり、両手でユーヴェの肩を掴み、ユーヴェにしか聞こえない小声で呟く。

「私にはもう後がない。街長としての能力を疑われて居るんです。」

ユーヴェはキリオンの手を引き剥がし、一歩真横へずれてかすれた声で答えた。

「先ずは、怪物です。同時多発した人体発火については意見だけなら。・・お手伝いできますが、国家的な問題ですので王宮魔術師の派遣を待つべきです。」

「では今夜の夕食会にご招待させてください。」

「はい。お気遣いありがとうございます。」

ユーヴェの返答に破顔したキリオンは礼を取り、ウロスと共に部屋を出て行った。

「本日は私達もこれで。」

アーランメネスを含めた憲兵達は礼を取り部屋を出て行き、部屋にはユーヴェとオーグが残された。地図へ向かったユーヴェはオーグへ問う。

「鳥は見つけたか?」

金属の指は職人達が住む一般住宅街の一棟を指差す。

「良し、明日はそこへ向かう。」

ユーヴェは会議室を出て入口で警備をする若い憲兵へ礼を取り詰め所を後にした。馬車から正装を引っ張り出したユーヴェは着替え、その上からポーチ付きのベルトを腰へ巻き、ベルトの留め金へロングソードを吊した。

「お疲れ様です!まだ朝じゃ無いですよ。」

会議室に戻ってきたユーヴェへ先程の若い憲兵がにこやかに礼を取り、ユーヴェは笑みを返して礼を取る。

「迎えが来るまで鏡を確認しておきたいので。」

「勿論です。」

ユーヴェが手近な椅子へ座り鏡を見つめていると、

「僕も見て良いですか?」

先程の憲兵がユーヴェの隣へ座った。ユーヴェは僅かに身を引いて彼から距離を取った。

「ああ、そうだ。僕はラディウス憲兵曹長です。」

「学生さんですか?」

ラディウスはユーヴェの質問へ照れくさそうに頭をかいて肯定すると呟いた。

「僕も軍学校に入る前に魔術師の元へ弟子入りを志願したんです。でも駄目でした。」

頷いたユーヴェは正面を向くが、横顔へラディウスの視線が当るのを感じ、ユーヴェは顔を鏡へ向けたまま口を開いた。

「何故駄目だったんですか。」

「解りません。門前払いでした。・・そうだ、王都ではあなたのことが持ちきりで、学校の先輩や友人達からロイやアリオンでの活躍を聞きました。近々貴方の劇が開かれるらしく、監修には王宮魔術師がつくそうです。ユーヴェの恋人は主演女優にはコイネーが選ばれたらしいです。」

「どちら様ですか。」

「誰でもいいでしょ、兎に角必要なんですよ。中身なんてどうでも良いんですよ。美男美女が恋愛してりゃね。」

「・・。」

ため息をついたユーヴェは変わらない鏡の光景を見つめていた。沈黙に耐えかねたラディウスは身を乗り出してユーヴェへ尋ねた。

「ずっと魔術師として仕事をされてきたんですか。」

「この仕事を始めたのは十六からです。それまでは南方の島にある小さな街の漁港で酸しを作っておりました。」

「保存食ですよね?本で読んだことが有ります。美味しいんですか?」

「臭いが強くて私は苦手です。特有のうま味があるので好みが別れるでしょう。」

「あんな死体でもひるまないのに?」

「腐敗臭ですから。」

ユーヴェの冗談にラディウスはニヤリと笑って席を立ち上がり、感慨深そうに言った。

「貴方がこの街に来て良かったです。最後に一つだけ、何故貴方は怪物を狩るのですか?」

ユーヴェは視線をラディウスへ向ける。ラディウスは満面の笑みでユーヴェを見返す。

「怪物を狩らなければ人間は生き残れません。つまり、私にとって怪物狩りは生きることと同義です。」

ユーヴェに向かい合うラディウスの笑みが消えて無表情を作る。

「人間も怪物の一種では?私とって理解できない人間は多い、正に怪なる物ですよ。」

「怪物は人間に成れません。」

ラディウスはユーヴェの答えに小さく吹き出す。

「人間に一切興味がない人間の言葉と思えませんね。だが、その理論だとこの世は怪物だらけですな・・また明日。」

そう言い残し、ラディウスは部屋から出て行った。彼が部屋から出て行った様子を見たユーヴェは暫くじっとしていたが、急に椅子から立ち上がり戸口へ向かう。閉じられた扉の取っ手をひねって扉を開けると丁度、正装姿の壮年の男が立っていた。男は口を開く。

「始めまして、キリオン様に使える執事のラゴスと申します。お迎えに上がりました。」

ラゴスはそう言うと深々と王国式礼を取りユーヴェを表の馬車へ案内した。

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