トエラケイの王
ユーヴェはポーチの鏡へ写る人物を確認したが夜闇で全く判別がつかず、彼は馬車の陰に隠れて腰から短銃をもう一丁引き抜き大声で問いかけた。
「誰だ。答えなければ殺す。」
「アンテロペロースだ。危険を伝えに来たが、心配は要らなかったようだな。」
ユーヴェはゆっくりとのぞき込む中、アンテロペロースは燃える家の揺れるユーヴェの影を踏み締めて姿を現した。アンテロペロースは額の汗を拭い、不安げに当たりを見渡した。
「何故爆発後に姿を見せたんですか。」
「それは貴方が心配で。」
「違う。言い換えますよ、何故貴方は起爆後にこの館へ馬を乗り付けた。」
アンテロペロースは唇を舐めて上を向いて視線を下ろすと目の前には二丁の銃を持ったユーヴェが立っている。
「貴方なら殺されないと思ったからです。私は貴方へ依頼に来たのです。報酬の件も含めてね。あいつは貴方を甘く見すぎた。」
「鞍の上へ手を置いて頂ければ、お話を伺いましょう。」
「勿論です。」
アンテロペロースは両手を鞍へ置きユーヴェを見つめた。ユーヴェは銃を腰へ納め左手を剣の柄に当ててアンテロペロースへ頷いた。炎上する家の橙黄色の光がアンテロペロースの顔へ深い陰を作り、馬上の彼は頷き語り始める。
「では、この街の事情をお話しする前にユーヴェ殿の事を聞きたい。貴方は怪物を殺す際何を考えているのでしょうか。」
「未来を。」
即答したユーヴェへアンテロペロースは顔を顰める。
「抽象的で何とでも取れるがまあ良いでしょう。怪物のことは何と考えていらっしゃいますか?」
「怪物は自然現象の一部に過ぎないと考えております。そろそろ街の事情をお話し頂きたいですね。怪物が見えないからくりと、二体の怪物の正体を先ずはお話しください。曲輪虫は成長しても四枚羽根になるとは考えにくいのでね。」
「貴方の答えは素晴らしい答えですよ。・・ええ、お答えします。街の住人や憲兵等は生産装置ですよ。あれらは定期検診で曲輪蟲の卵を直接脳へ打ち込んだ物です。卵は脳で孵化して宿主と同化する。同化の個体は青い血を生産するのです。青い血には果実のような甘みを含んでおりまして、これが高く売れる。貴方の国にも化粧品や健康食品として卸しておりますよ。例えば王都、収穫祭では成長したあれらの脳から青い血を採取し輸出しているのです。卸し者は若い同化物です。直ぐにだめになるので困りものですが、ハハ。話を戻します、貴方をこの街で雇った理由は自由意志を持った卵、つまり成長を選んだ厄介者を抹殺頂きたくて。それがあの四枚羽根の蟲ですよ。二枚羽根のあれらは不完全変体の出来損ないです。放置しても二三体の損失で済むので放置しているのですよ、滅多に外へ出さないように徹底させているのですがどうにも漏れますね。運悪く前に出来損ない共の処理を頼んだ魔術師の脳へ卵をぶち込んで見たが、中途半端に同化して、あれはあれで成功なのですが・・」
「あんたはボイオティオスか?」
アンテロペロースの笑みが深まり、額が真二つに引き裂けて一匹の蟲が姿を現す。
「そうだ、あれは私だ。全て私で私が王だ。私はこの肉を借りて君へ話しかけている。魂は城の中へ置いてね。それにしても見事な物だった、君は強い。あんなに簡単にペットのジャムコと離反者を討ち取るとはね。それで依頼についてだが、私の離反者をもう一人殺して欲しい。かつての名前をテレイア。よりにもよって都市病院を占拠しおった。空を飛び回り、銃と剣で武装している。私の操る木偶の坊ではとても相手にならん。報酬として魔術師デュイデスの情報をくれてやろう。欲しかったんだろう。若造のアルドルアスが言っていたぞ。今頃、同化が済んでいる頃だろうが。やったのはこの身体の父親だがね。」
「・・。」
ユーヴェは剣の柄を握り締める。その様子を見たアンテロペロースは意外そうな表情を浮かべて言葉を続けた。
「そんなことよりも、都市病院の建設で仕事がやりやすくなった。金はたんまりと有る、仕事を受けるか。定期的に仕事を回しても良い、これから忙しくなる。時期が来れば王にもしてやれるだろう。これで二度君を殺そうとしたことの手打ちとしてくれ。私は君の味方だよ。」
「道理で街にまともな商業施設が無い訳だ。立ち寄った人間を収穫してアパートへ押し込めていたな。」
アンテロペロースの答えにユーヴェは鼻で笑い吐き捨てるように言った。
「何れは喜んで同化するようになる。怪物退治用の手下も貸してやれるぞ。さあ、答えを。出来れば今日中に退治して欲しい。近々王都へ出向かないといけないのでね。準備が立て込んでいる。」
アンテロペロースは頭部の蟲をユーヴェへ近づけた。
「私は街へ戻る。それが答えだ。」
憮然とした表情を浮かべたユーヴェからの答えにアンテロペロースは口角を耳元まで吊り上げて満面の笑みを浮かべるとユーヴェを手招きした。
「よろしい報酬は約束しよう。では、案内する。この体はまだ壊さないでくれよ、替えを捜すのに手間がかかる。時の重要性は説明するまでも無いな。」
アンテロペロースを素通りしたユーヴェはオーグと共に自身の馬車へ乗り込んだ。アンテロペロースは差し出した手を引っ込めて馬を街へ進める。ユーヴェは馬車を走らせて怪物の後に続き、燃え盛る丘には豪華な屋形を持つ馬車が一つ取り残された。
トエラケイへ進む最中、アンテロペロースはユーヴェへ語りかけた。
「テレイアはもう一人の王に成ろうと試みている。私の制御も僅かであるが奪われた。君の働きぶりには期待している。あの怪物を爆殺してくれ、もう一人の離反者と同じくね。」
「このまま人間とやっていけると思っているのか。」
ユーヴェは自信満々に語るアンテロペロースへ問いかけた。問いかけられた彼はしっかりと頷きユーヴェへ答えた。
「もちろんだとも。人間は私達と同じく国家と言った集団を形成する部品だからね。だが君は違う、君は怪物を殺す怪物だ。人間が全滅しても怪物を殺し続けるだろう、君はそう言う現象だ。先程、君は怪物を自然現象と言い表した、私もその意見には同意する。だからこそ、私は君という自然現象を活用する事にした。水車で粉をひくようにね。」
アンテロペロースは言葉を切ってユーヴェを見つめた。蟲の小さな黒目がユーヴェの横顔を写し出し牙は愉快げにかみ合わされる。
「私は人間で、お前は怪物だ。それが事実だ。」
ユーヴェが吐き捨てるように言うとアンテロペロースは笑い声を上げて口を開いた。
「事実ね。その事実は生物機能的に定義した分類分けかね、あんな物は大して当てにならん。重要なのは行動による影響と事実だ。君がその様に思考するとすればあの離反者も同じ事を考えているのかもな。ああ、今も突入させた木偶人形を惨殺している。せっかくの青い血が勿体ない、これは大損失だよ。」
「嘘をつくな。そいつはお前だよ。」
「それが謎だ。何故私は私を拒む。行動によって得られる利益と損失を考慮すると効率が良くない。人間種を食い尽くすには資材が必要なのだからね。君は何故だか解るかな?」
ユーヴェの問いにアンテロペロースは沈黙し、ユーヴェの馬車はついに都市の門を潜った。都市の灯りは消されて無人であり、朝焼けが生者の住まない街を照らしていた。アンテロペロースの屋敷の庭へ馬車を乗り付けた後、尚も考え込むアンテロペロースへユーヴェは馬車から降りながら口を開いた。
「お前は答えを知っているはずだ。離反者は何に離反した。」
問いかけたユーヴェを見下ろしたアンテロペロースは暫く思考し、絞り出すように呟いた。
「私だ。だが・・」
「答えが出れば、お前は私を呼ばなかったよ。街の者達は何処に?」
そう問いかけたユーヴェは馬車から装備を引き出して身に着けてアンテロペロースへ背を向けた。アンテロペロースは額の蟲をくねらせユーヴェへ答えた。
「皆早めの収穫だ。都市病院に格納中には事が起きてね。」
「何故言わなかった。」
ユーヴェは呆れを含んだ視線をアンテロペロースへ向け銃の点検をする。
「そのような些事よりも私の疑問だ。私は必死だ。あのような個体は今までに無かった。我々の国にとって非常に大きな懸念材料だ。」
「死ぬまで考えていろ。」
アンテロペロースの答えへ吐き捨てるように答えたユーヴェはオーグを伴い、朝焼けに照らされた街中へ進んでいく。
「報酬は屋敷でお渡しする。君たちの勝利を祝うために葡萄酒と金杯を準備しておこう。」
アンテロペロースは遠離る彼らへ大声で叫んだ。




