青い血
祭りはその日の佳境に入り一際大きい歓声が上がり始める中、ユーヴェはオーグと合流し街の中程に建てられた憲兵の詰め所を訪れていた。
「こちらへどうぞ。魔術師殿が討伐された怪物に関しては確認済みです。荷台へ乗せた後、厚い布を被せてこちらへ運んでいるとの報告がありました。」
応接間へ通されたユーヴェへ憲兵が椅子を勧めながら言った。ユーヴェは部屋を見渡す。部屋の壁は白と茶、天井は板張りで緑。窓には透明な硝子がはめ込まれ緑のカーテンが掛けられており外の賑やかな様子が窺える。
「他に怪物を発見した報告はありませんでしたか。」
「いいえ、有りません。怪物に遭遇されたのは魔術師殿のみです。」
「そうですか。ところで・・憲兵殿、貴方は昨日どんな夢を見ましたか?」
ユーヴェの問いに憲兵の目が思い出すよう左上を向き、軽く笑顔を浮かべる。
「最近夢を見ないので何とも。思い出せないのかなと思います。」
「成る程、こちらの詰め所にはいつ頃来られたのですか?」
「去年です。その時の祭りも盛り上がって私はチーズと木の実が香るパイを二枚も食べてしまいまして、やっぱり我が国の葡萄酒は美味しくて翌日は酒の頭痛でひどく辛かったです。他にお聞きしたいことは?」
憲兵は黄ばんだ目を細めて思い出すように笑う。彼の瞳は何処か焦点が外れユーヴェを捉えていなかったが目は何処か一点を見つめていた。ユーヴェは彼の視線を辿り左手の壁を見るとそこには何も無い白色の壁があるだけだった。僅かな沈黙の後、ユーヴェは身じろぎをして口を開いた。
「都市病院にかかった事はありますか?」
「ええ、それは勿論です。半期に一回は定期検診が有りまして、お陰で大病無しですよ。私はもう戻らないと。失礼します。」
憲兵はそれだけを言って振り返りもせず部屋を出て行った。ユーヴェは口を開きかけた口を閉じる。荒々しく閉じられた半開きの扉からは真っ暗な詰め所内が広がっており人の気配は感じられない。ユーヴェは椅子へもたれかかりポーチへしまい込んでいた都市地図を取り出した。無数の印は都市中に散らばり、ほぼ全てのアパートに印が付いていた。
「アルドルアスよ。」
ユーヴェは目を伏せてため息をつく。二三度深呼吸をしたユーヴェは姿勢を正し、ポーチから鏡を取り出した。鏡は都市の上空を写し出し、ユーヴェの居る詰め所へ一台の馬車が走ってきている様子が見て取れた。御者はボイオティオスであると服装から解った。廊下から駆け足が複数鳴るとボイオティオスと三人の憲兵達が部屋へ入ってくる。立ち上がったユーヴェへボイオティオスは礼を取り、口を開いた。
「お待たせしました。ユーヴェ殿。報酬は貴方の馬車の側に箱へ入れてその上から国旗を被せております。」
「ありがとうございます。しかしながら、怪物を全て討伐したと断言出来ません。」
「後懸念は尤もです。ですが、討伐は完了したのでこの契約は終了です。」
ボイオティオスは眉をひそめるユーヴェへ歩み寄り。封の開いた封筒を手渡した。
「契約について質問がございましたら私の館へ。街の外に有りますので今からご同行頂けないでしょうか。」
ユーヴェは封筒の中をチラリと覗く。中には穴を開けられたクルミの核果が一つ入っていた。
ユーヴェ達は夜が深い中トエラケイを出発しボイオティオスの屋敷へ向かっていたオーグに自身の荷馬車を任せたユーヴェはボイオティオスと二人きりで豪華な屋形へ乗り込んでいた。ボイオティオスは遠離っていく街を目に一息ついてユーヴェへ語りかけた。
「貴方を呼んだ理由を説明する必要はありますか?」
「・・。」
ユーヴェの手は腰のポーチを掴んでおり指先は銃へかかっている。彼の目が瞬きを繰り返すボイオティオス真っ直ぐに見つめ、首を振ったボイオティオスは口を開いた。
「曲輪蟲、私は初めてあの怪物の名前を知りました。ユーヴェ殿、都市の水は危険です。井戸の中に曲輪蟲の卵が入れられております。体内へ取り込んでしまえばそれが脳へ到達して何れは」
言葉を切ったボイオティオスはユーヴェを見つめ、
「中の人を見たでしょう。あの怪物達の由来が解りましたよ。肉体を城のように作り替えるんです。」
と彼は訴えかけるように言うがユーヴェは口を閉ざしたままだった。尚も彼は続けた。
「二体の大きな怪物に襲われたそうじゃないですか。何か発見されたんですか。」
「貴方からの報酬は受け取りましたが、アンテロペロース殿から報酬を受け取っていない。」
呆れたようにボイオティオスは首を振り、信じられないモノを見たかのように鼻を鳴らして左の口角を吊り上げて口を開いた。
「がめつい男ですね貴方は。全く、魔術書でも何でも」
爆発音が鳴る。馬が嘶き馬車が止まった。ユーヴェは腰のロングソードを引き抜き窓から見える。御者の肝臓目がけて剣を突き立て、振動で胸を真っ赤に濡らしたボイオティオスは屋形の床へ突っ伏し血の海が広がり、剣を刺された御者は痙攣する。ユーヴェは剣をねじり引き抜いた。割れた窓からは剣の傷口から出た青色の血が流れ込み、床を紫色に染める。ユーヴェは剣を倒れ伏したボイオティオスの背中へ二回突き刺した後、彼の懐を探ると一枚の豪華な装飾が施された分厚い鏡が取り出される。鏡の下部には粘土が固着しており、ユーヴェはナイフを鏡の縁へ走らせて装飾を引き剥がすと、表面の鏡の下に合わせ鏡が貼り付けられていた。剥がされた装飾からは髪の毛が結ばれた小さな白い骨が転がり出る。
「鏡に小指の末節骨か。」
ユーヴェは分解した鏡を纏めてボイオティオスの懐へ戻し、ナイフをボイオティオスの頭部へ向けた。
ボイオティオスの館はトエラケイから一刻程馬車を走らせた先、丘の上へこぢんまりとした物が建てられていた。ツタに覆われた館の周囲には何も無く、朽ちた木柵が周囲に張られ、馬車の手綱を握ったユーヴェが駆る馬車は腐ったその木柵を砕いて館の前へ乗り付けた。ユーヴェは御者台から飛び降り、館の玄関口へ歩み寄る。館の窓からは中の灯りに照らされうす橙色の光が外へ漏れている。ユーヴェは窓へ寄って中を覗くと、中には若い女と十から十三歳程度の子供が彼女にまとわりついている。後から馬車で乗り付けたオーグにユーヴェは合図を送り、ユーヴェは玄関口へ、オーグは裏口へ回り込んだ。館の上空を写し出す鏡を確認したユーヴェは良く磨かれた白い扉を軽く叩いた。
「はい。」
女の声だ。ユーヴェの左手にはボイオティオスの頭部から引きずり出した蟲が垂れ下がっている。
「魔術師もユーヴェと申します。本日はボイオティオス殿との約束がありこちらへ参りました。」
「主人が?魔術師殿、何かあったんですか?」
ユーヴェの声に夫人の困惑した声が返る。ユーヴェは扉の死角へ半身に隠れ、彼の右手が腰の短銃へ伸びる。
「実は街で事件がありました。ボイオティオス殿は私に個人的な依頼をしたいと仰いましたので。」
「そうですか。主人は何処にいますか?」
「一緒にいますが体調が悪いそうです。」
「まあ、大変。」
扉が開かれる。飛び出した夫人は薔薇の香りを纏い顔立ちは整っていた。ユーヴェは短銃を夫人の鼻面へ突きつけ、黄色い目を白黒させる夫人へ手に持った蟲を見せつける。
「何ですか貴方は。無礼な。」
「目の前の蟲が見えますか?」
「何?何のことです。いきなり。主人は何処に居るんですか。」
眉をひそめる夫人へユーヴェは再度問いかけた。
「目の前の蟲が見えますか?」
「はっ、何のことだか。もう閉めます。」
「オーグ。中を調べるぞ。」
夫人の答えを聞いたユーヴェはオーグへ合図を送った後、引き金を引いた。彼は流れ出た青色の液体を跨いで館内へ入り、扉は夫人の足へ引っかかり閉まらなかった。館の中は薔薇の香りがきつく漂っていた。ユーヴェはきつい香料に目を細め、オーグと共に各部屋を回る。部屋は応接間や寝室等に相当する部屋は何も無く新築のように傷一つ無い。ユーヴェが台所へ通じる扉を開けると中からは更に強烈な薔薇の香りと微かな死臭が漂ってきた。部屋内は料理中の鍋が置かれ、床には子供が物置戸へもたれかかり木製の馬と兵隊で遊んでいた。ユーヴェは手に持った蟲を子供の目の前へ置き鍋の蓋を開ける。鍋の中は暖かい湯気を上げた肉入りのお粥が入っていた。ユーヴェは子供を退けて物置戸を開けると、中には背丈の異なる三つの死体が体を折り曲げられて入れられていた。ユーヴェは壁の蝋燭を取り、死体の側へ座り込んで汚れた服を掴む。「男、軍人。女、裕福な服に宝石があしらわれた指輪、王国期二十三年下賜品とある、この女は豪族かもしれない。最も小さい死体は子供、正装をしている。着任後直ぐに殺されたか?」
次いでユーヴェは彼らから靴を剥ぎ取り、素足を見た。腐りかけた足は膿と血肉が所々破れた薄皮に包まれており、男の左足小指か切り取られていた。目を細めたユーヴェは台所へ広がる青色の液体を跨いで館から出ると真っ直ぐに馬車の屋形へ向かい扉を開けた。頭部を切り開かれたボイオティオスの懐から骨を取り出し背後のオーグへ振り返って呼びかける。
「扉を引き剥がせ。」
ユーヴェは館の扉を剥がしたオーグを下がらせてから手に持った真っ白い骨を館内へ放り込む。骨が館の廊下へ転がった途端、館は爆発し黒煙を巻き上げた。噴煙を眺めていたユーヴェは蹄の音を聞き取り背後、街の方を振り向いた。ランタンの灯りが一つ跳ねるように田んぼの間を走り抜けていた。速さは馬の早駆け程だろう。ユーヴェは空になった銃へ弾を込めて蹄を待ち受けた。




