殻の中で
「魔術師殿は災難でした。今夜から収穫祭が始まりますのに。魔術師殿もご友人と楽しまれるご予定だったのでしょう?それともアンテロペロース殿の」
ユーヴェを含めた一行を先導するボイオティオスはアンテロペロースの屋敷へ入るや否やユーヴェへ語りかけた。
「お気になさらず。アンテロペロース殿ともお話がしたかったので。ところでボイオティオス殿、私へ依頼したのは貴方でしょうか、それとも・・」
ユーヴェは金糸で飾られたタペストリーや飾りへ目をやりながら答えた。
「私です。ここの、えーと領主代理のアンテロペロース殿はこの件を気にしていないのですよ。息子が死んだと言うのに、更には出迎えも無く、全く不思議なことにね。」
ユーヴェの答えに振り返ったボイオティオスは心底不愉快そうにそう言った。二三部屋を通り過ぎるまで彼らは無言になり廊下を歩く。部屋の明かりは無く、冷たい日差しが廊下にかけて青色に染めている。突然叫び声が上がる。声は女のもので異国の言葉を話していた。ボイオティオスはその声に小首をかしげて窓を見た。
「あれはアンテロペロース殿の妻、キーラ夫人です。今朝からずっと騒いでいて、お腹のお子さんにさわるでしょう。」
「成る程、では。状況確認後、報酬のお話はボイオティオス殿に。」
ユーヴェの確認にボイオティオスは頷き、彼は肩の埃を払った。廊下の突き当たりを上がると。開け放たれた扉の側で固まっている使用人達が慌てて一行へ頭を下げて道を空けた。靴音を鳴らして廊下を進んだ一行は扉が開かれた部屋の中へ入り込んだ。部屋へ入った一行を迎えたのは冷たい目が四つと何気ない目が二つ。壮年の男と老人が柔らかい敷物が貼り付けられた長椅子へ腰掛け、対面にはユーヴェと共に街へやって来たアルドルアスが座っていた。
「ようこそ、ボイオティオス行政指導士官殿。それから、初めまして魔術師ユーヴェ殿。私はアンテロペロースと申します。こちらが私の父ポリオイテースです。まさかこれらの集団に狩人が、混ざっていたとはね。それとも君は怪物なのかな?」
椅子から床を蹴って立ち上がった壮年、アンテロペロースは自身の父をユーヴェへ指し示すと、彼は苛立ちを隠さずにボイオティオスを通り越して厳しい目をユーヴェへ向けた。
「私は魔術師です。ご依頼を頂ければ怪物を殺して見せましょう。息子さん、小・アンテロペロースさんのご遺体を検分させて頂きたいのですがよろしいでしょうか。」
アンテロペロースが少し考えるとぽつりと言った。
「ああ、あれか。あれなら構いませんよ。ただし、小・アンテロペロースはもう妻の腹におります。あれは名前の無い肉塊ですよ。どうぞお好きになさって下さい。案内します。」
アンテロペロースの目がユーヴェから外れる。
「もう、拒否は出来ませんからね。」
足音を鳴らしアンテロペロースは部屋を出て行った。彼の背にユーヴェ達が続く。
長い廊下に渡された敷物の柄は複雑かつ見事で一目で値打ちモノと解る。二階の窓からは庭の様子が見て取れる。そこには南国種の小ぶりな若木が一本植わっていた。若木を見るユーヴェの視線に気がついたアンテロペロースは口を開く。
「あの木は妻との結婚記念で植えた物です。南国の種類で後五年もすれば甘い果実が実るでしょう。」
階段を降りていく一行は地下室の氷室前にやって来ていた。その部屋の前には白い布が敷かれた大きな机が置かれており、アンテロペロースの指示で憲兵達が氷室から子供の死体を運び出し机に横たえた。死体を机へ置く際にアンテロペロースは小さくぼやいた。
「お気に入りの机だったのに。」
憲兵達が冷たい視線をアンテロペロースへ向ける中、ユーヴェは死体を眺めた。冷えた死体は血色を失い、目は開かれたままで僅かに黄ばみと赤い斑点が浮かんでいた。爪はかみ癖があったのか深爪で指の肉は紫だった。ユーヴェは先ず、手袋をはめた手で髪を避けてつむじから大きな穴が開けられた頭頂部をのぞき込んだ。背後のオーグがランタンを灯し内部を照らす。
「脳が全く無い。頭蓋骨の断面には二本の牙で削ったような小さな切り込みが均等に入っている。頭皮膚は内側から切れ込みを入れて押し破った。握りこぶし大の何かが居たと考えられる。食ったのか。」
ユーヴェは垂れ下がった頭皮摘まんで呟き、更に頭蓋骨の内側を丁寧に灯りで照らしていくと。
「これは毛か。所々に有る。」
ユーヴェは空の瓶をポーチから取り出し、黒く太い毛をその中に入れた。毛は十三本見つかった。その内の一本を残してポーチへしまったユーヴェは、更にポーチを探り小さな拡大鏡を取り出してその毛を観察した。一本の太い毛の側面には無数の細かい毛がびっしりと生え、先端には小さな突起が二本見て取れた。
「この毛は見たことが無い。一体何がこの頭にいたんだ。」
顔を上げたユーヴェは背後に控えるアンテロペロースへ向き直った。
「アンテロペロース殿、彼が死ぬ前に何かおかしな事はありませんでしたか。特に味覚や夢についてです。」
尋ねられた彼は額に滲んだ汗を服の袖で拭い、口髭を撫でた。袖には白粉が僅かに付いており、暗い地下室に掲げられたランタンの光で白い粉は目立っていた。
「一年前の一時、悪夢を見ていました。私は魔術師テレイアを雇って良い夢が見られるように依頼をしておりまた。そのかいもあってか最近では我が家で遊んでいた頃の夢を見るようになったと本人が言っておりました。味覚は特に何も。」
「成る程。テレイア殿はまだこの街に滞在されておりますか?」
「ええ、私の使用人が手配したアパートに滞在しております。祭りを楽しむとかで。」
アンテロペロースの返答にユーヴェは頷き、彼は死体の足元で顔をしかめているボイオティオスへ視線をやる。ボイオティオスと目が合ったユーヴェは彼へ尋ねた。
「ボイオティオス殿、街へ滞在中のテレイア殿へこの件をお伝えしましたか?」
ボイオティオスは首を振った。
「いいえ、彼はどうも頼りなく感じまして必要ないと判断しました。」
「そうですか。では、報酬のお話をしましょう。」
死体の頭部から顔を上げたユーヴェは一行を見渡した。
「では、国王陛下の体重の三分の一をお約束しましょう。部下のケルテナス少尉を付けます。何かあれば彼に相談をお願いします。」
ボイオティオスが言う。制服を着こなし、髪を撫でつけた男、ケルテナスが王国式礼を取った。
「ボイオティオス殿の報酬に加えて私からはコレクションの何でも一つ、割り引いてお譲りしましょう。私もこの街の安寧を願う男として一肌脱ぎましょう。」
胸を張ったアンテロペロースが続いて言った。ボイオティオスは目を細めてコレクションに言及した彼を睨んだ。ユーヴェは二人へ礼を取ると。
「承知しました。ボイオティオス殿のご依頼、引き受けましょう。アンテロペロース殿報酬のご提案ありがとうございます。楽しみにしております。皆さん、私は魔術を行うため一度ボイオティオス殿の屋敷へ戻ります。死体は氷室へ移動お願いします。では引き続きよろしくお願いします。」
そう言ったユーヴェは一同へ礼を取り、ケルテナスと幾人かの憲兵達を連れてボイオティオスの屋敷を後にした。
ボイオティオスの屋敷の庭には既に天幕がこしらえており、ユーヴェは設営を行った憲兵に案内され中へ入った。ユーヴェは先ず天幕内に設置された作業台へ向かって鏡を取り出し、火を起こし始めた。その間にオーグは肩に鳥を乗せて薬液、魔術触媒の準備を整える。オーグは取り出した触媒をすりつぶし、ユーヴェは採取した毛を細かく切り刻み、毛とすりつぶした触媒を混ぜ合わせた。ユーヴェは混ざった物を銅の鍋に入れて火にかけ煮立った粘性のある薬液を鏡へ流し込む。鏡へ泥のような薬液は吸い込まれ、鏡は一匹の怪物を映し出した。ケルテナスと憲兵達はその姿に親指を隠す。
「これは。曲輪蟲か。」
鏡には全身から生えた黒い毛、大きな複眼、二枚の薄い羽根、六本の短い足に一対の長い槍のような腕、厚く鋭い顎を持った蠅に似た蟲が映っていた。
「曲輪蟲とは?」
ケルテナスはユーヴェへ尋ねた。
「この怪物に付いては四百年前に南方の国の一体を最後に全滅したと聞いておりました。僅かな口伝が残されているのみで、文献にも詳しい情報は残っていない怪物です。私も怪物の標本を見たことがあるのみです。」
ユーヴェはそう答えるとケルテナスは考え込むように目を伏せた。
「次は魔術師テレイア殿を訪ねてみましょう。彼の話を聞けば怪物の情報が得られるかもしれません。」
頷くケルテナスを見ながらユーヴェは腰へ新調したロングソード、短銃を三丁、射出機を一丁、肩に赤樫の柄の小銃を担ぐ。オーグは腰に手斧、短銃を二丁、射出機を二丁、両肩に鉄のボルトを四本ずつ取り付け手には小銃を一丁持っている。装備を調えた二人はケルテナスを連れて天幕を後にした。
ユーヴェ達一行はテレイアの滞在場所を知る兵士達に先導されて一件のアパートへやって来ていた。アパートの扉を開けた途端、強烈な腐敗臭が漂い建物は静かだった。
「ケルテナス殿、ここからは我々にお任せください。」
異様さを体感したケルテナスは首を縦に振り入り口へ部下を張り付かせた。中へ入ったユーヴェは無人の受付へ回り込んで歩み寄り、身を乗り出して受付台の下を確認する。受付台には黒く固まった血が飛び散ったように少し付着しており、床には正装をした女が倒れていた。茶の髪を避けると首筋には一本の太い切り傷が走り骨を断っていた。彼女の脳天には屋敷で確認した物と同じ大きな穴が開けられていた。館内案内によると一階には大きな応接室が三つ設けられており、二階から五階までが客室で有るとのことだった。ユーヴェは先ず、手近な傷一つ無い部屋の扉を開けて応接室の内部を確認した。部屋の中は真っ暗でユーヴェはランタンの灯りを掲げ、オーグが銃を構えて内部へ入る。オーグが部屋のカーテンをはぐると日光が差し込み、ほこりが舞う室内を照らした。
「一体、何時からこのまま何だ。何故誰も気がつかない。」
向かい合った柄の綺麗な長椅子と机、明かりの切れた緑色の洋灯立ての中和が取れた部屋に真っ黒な血が飛び散り、椅子の間の床には喉が切り裂かれた男女の死体が並んで二体うつ伏せに転がっていた。机には腐っていない食べかけの朝食セットと冷めたお茶が置かれていた。ユーヴェは一階の残り二部屋の応接室も同様に探ると、部屋にはそれぞれ二人組の男と二人娘の四人家族の死体が同じく並んで椅子の間に雑魚寝をするように床に転がっていた。ユーヴェは男女が転がっていた部屋へ戻り椅子と飛び散った血を見つめる。
「二人とも抵抗も無く座ったまま殺された。女の顔には男の首を切った際に飛び散った血が付いている。」
死体へしゃがみ込んだユーヴェは二人の頭を探った。脳天には細い穴が空いており、頭皮は穴の縁へ貼り付けられていた。彼らの足は伸びきり手の指は紫色に変色して強ばって丸まっていた。
「・・。」
ユーヴェは他の死体も調べたがどれも二人の死体と同じ有様だった。一階には怪物が居ない事を確認したユーヴェは受付へ戻って宿泊台帳を開き、名簿からテレイアの名前を探す。指の欠けた左手が台帳の日付を辿る。二階、三階と指が伝って行き四階で止まる。
「四階の三号室、更新日は三日前。契約は十日延長と貸し倉庫一つ。今朝に軽食と蝋燭をサービスで頼んでいる。今朝のメニューは野菜のスープ、薄切りの羊肉、焼きたてのパンが一つ。」
ユーヴェはオーグを先頭にアパート備え付けの階段を登りテレイアの部屋を目指した。




