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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
アリオンの怪物(完結)
19/31

獣性

 オストルが去った天幕へ軍医と憲兵が入ってくる。彼らは手に死体の絵や検分資料、池の報告書を握っていた。

「ありがとうございます。」

ユーヴェはそれらを受け取ると彼らを外まで見送りじっくりと目を通し始めた。紙面の文字上をユーヴェの目がなめるように流れ、証拠用の版画絵を見つめた。版画絵は骨に僅かばかりの肉が纏わり付いた死体が並んで横たわっている物だった。ピルネウス達が調査を終えて天幕へ顔を覗かせると、ユーヴェは紙面から顔を上げ、待ち構えていたように立ち上がって一行へ声をかけた。

「お疲れ様です。皆さん街の方は如何でしたか?」

「魚人は発見できておりません。ユーヴェ殿の方は?」

「森の死体と池の報告書は読みましたか?」

「ええ、我々も目を通しました。死体は全て男で池は音沙汰が無いと。ユーヴェ殿、テレウスから海の様子を聞きました。新たな発見は特に無いと。」

ピルネウスとやり取りをするユーヴェは腰を下ろしランタンから蝋燭を取り出して作業へ置き、白湯を注ぎ足して一服すると口を開いた。

「海に関しては仰る通りです。ですが、私から皆さんへお話ししたいことが有ります。どうぞ中へ適当な場所におかけになってください。」

顔を見合わせた憲兵達は天幕内の荷物へ腰を下ろす。テレウス等の幾人かは立ったまま興味深そうにユーヴェを見つめている。ユーヴェはオストルから貰った髪の毛を取り出して一同の前へ置く。

「これらは先程、オストル殿のご好意から頂戴した髪です。端からオストル殿、ベラエーさん、ネレーさん、オーレスさんです。これからこれらを燃やします。」

手早く髪が火へくべられる。細い髪は焦げ縮れ、オストルの髪以外はやはり香ばしいかおりで焦げた。そのかおりに憲兵達は落ち着かず、動いた硬い靴の踵が当り乾いた音が鳴る。

「オストルを除き、魚人でした。翌朝、屋敷人全員の身柄を押さえた後、髪を切り取って炙りましょう。私も立ち会いますので、魚人である証拠を得たら彼らに誘拐先を尋問し、その後順次射殺してください。逃げた場合も同様です。彼らが魚人である事を理由にすればあの部屋以外の場所も捜索できるはずです。」

頷く憲兵達の中から手が上がる。手を上げたのはテレウスだった。テレウスはユーヴェが声をかける前に彼へ尋ねた。

「屋敷の魚人への対処については承知しました。ですが、家々の調査は続行しますか?」

ユーヴェは素早くテレウスの問へ答えた。

「ええ、魚人に関する情報を入手する可能性は少なからず有りますので続けましょう。テレウス殿、明日は私抜きで岸壁の調査をお願いします。」

敬礼をしたテレウスは静かに座り作業台の地図を眺めた。沈黙するテレウスにユーヴェは問い返す。彼の手にはオストルの雑誌が広げられていた。

「所でテレウス殿、貴方は十年前にオストル殿のご講演を講聴したのですか?年齢的に無理があると思いまして。」

「それは雑誌に寄稿されている理論が古いと言う意味ですよ。評判が悪いんですその雑誌は。私は去年、軍大学を卒業する年でした。どうしてそれを?」

テレウスは軽い手振りを交えて簡単に答えた。

「少し雑誌を読んで王都での出来事に興味を持っただけです。」

納得した素振りを示したテレウスはピルネウス達と共にユーヴェと礼を交わし天幕を後にした。


 翌朝、ユーヴェは怒号にたたき起こされた。天幕の外ではピルネウスが声を張り上げ叱責している。軍紀について蕩々と語り、時折拳による鈍い打撃音が鳴る。驚いたユーヴェは天幕から出ようとすると、丁度天幕へ顔を出したテレウスと鉢合わせた。

「おはようございます。一体何が起きたんです?」

寝癖を整え尋ねたユーヴェへテレウスは頭を下げた。しかし、テレウスはばつが悪そうに言い淀み視線はユーヴェを避ける。中々口を開かないテレウスへ再び尋ねようとユーヴェは口を開きかけると、テレウスが顔を上げて答えた。

「申し訳ありません。兵士が先走りオストル殿を除いた館の者を虐殺しました。髪を焼いて確認はして皆、魚人である事を確認しました。」

「済んでしまったことは仕方がありません。では岸壁は終了して街の調査だけ行いましょう。海兵を借りて森の池周りを固めてください。」

テレウスの返答にユーヴェは左手をさすりながら指示を出す。作業台の装備を手早く身に付け、肩に空気銃を担ぎ、背負い物を掴むと体当たりをするように大きく天幕をはぐる。ユーヴェの馬を準備した憲兵が外で彼を待っていた。後をついて天幕から出て来たテレウスへユーヴェは問いかける。

「オストル殿以外が魚人ですか。死体は何処に?私にも確認させてください。また、オストル殿はどちらに?」

「死体はオストル殿の納屋に。止めさせた時には既にひどい有様で僅かに残った顔の皮と体系で判別出来る程です。オストル殿についてですが。同氏は屋敷で休憩中です。やはり家族が怪物であったのが衝撃だったんでしょう。」

ユーヴェはテレウスの言葉には答えず、怒鳴るピルネウスへ会釈をすると馬へまたがり庭の土埃を立てて街を駆け出した。数泊遅れてテレウスと憲兵達が追従する。古びて不揃いな石畳を蹴り飛ばし朝であるにも関わらず静まり返った街中を一目散に通り抜けた。風のように駆ける馬にとってアリオンは狭く、ユーヴェ達は忽ちオストルの屋敷へたどり着いた。ユーヴェが納屋へ入ると中には十二体の死体が市場に並ぶ魚のように整列していた。ユーヴェは礼を取る憲兵達へ軽く礼を返し死体を眺めた。横たわる死体は執拗な銃撃、殴打、刺傷によって損壊は激しくわずかに纏った衣服で辛うじて個人が判別できる程だった。

「恐れに潰れたか。これで鬼胎の種は撒かれたままにならないと良いが。」

死体の側にしゃがみ込んだユーヴェは背負い物を足元へ置き、そう呟くと叩き割られた魚人達の頭蓋骨を見つめる。ネレーとおぼしき藁塗れの死体も美しかった相貌も暴力と泥で破壊され、濁った目玉と切り落とされた鼻の切株は豚の鼻のようだった。ユーヴェはベラエーの死体へ進む。

「私の腕でどれ程引き出せるのか。」

ベラエーの死体を前にユーヴェは腰からナイフと小さな鋸を引き抜き、むき出しになった真っ白な頭蓋骨から脳味噌を傷つけないよう慎重に前頭骨を切り離しにかかる。ユーヴェは切り出された前頭骨へ正確に円を掘り込み藁の上へ置くと、わずかに残った頭髪を束ねて皮膚ごと引きちぎり細く固く編み上げ前頭骨の溝へ髪をはめ込み骨の縁へ背負い物から取り出した粘性のある薬液を塗り喉の皮を切りつめて縫い合わせると、かすれたうめき声がベラエーの死体から上がる。ユーヴェは使い魔への質問をまとめていた。周囲の憲兵達はどよめきユーヴェとベラエーを注視する。視線が集まる中、ユーヴェは使い魔となったベラエーへ問いかける。

「お前は何を殺した。」

使い魔は顎を震わせしわがれ声で答える。

「鬱陶しい魔術師、あたしら虐げられてた。だから殺した。失敗作も殺した。可愛くない。」

ぎこちない話し方は下手な人形劇のようで、憲兵達はおぞましさに仰け反る。ユーヴェは質問を続ける。

「この街の何処でおまえ達は何をしていた。」

濁りきった目玉が蠢き、千切れかけた右腕が震える。

「あたしたちの下。あたし狼にばれないようにしたよ。いっぱい売って・・がかった。」

「では、販売記録書や目録は何処にある。」

使い魔の口端から茶色の泡がこぼれ、前頭骨の隙間から脳液が垂れる。

「劇場、金庫にある。あた、あたしは・・。」

「壊れたか。やはり会話が出来る使い魔は脳を傷めるようだ。」

ユーヴェは壊れた使い魔へ吐き捨て立ち上がる。使い魔は全身を痙攣させ前頭骨が外れとろけた脳が側頭部を伝って藁を濡らす。ユーヴェは腰に下げた短銃を装填し使い魔の頭部へ銃口を向けて引き金を引いた。爆発音が鳴り、ピタリと使い魔の痙攣が収まり持ち上がっていた右腕が湿った音を立てて倒れた。千切れ掛けた彼女の右腕は横に寝かせられたネレーの左腕の側に落ちるが、彼女らの手は触れ合うことは無かった。ユーヴェは倒れた腕をじっと見つめていたが、彼は憲兵達へ素早く告げる。

「ピルネウス殿へ先ほどの情報を伝えて下さい。劇場を捜索すればこの一件の全容が見えてくるでしょう。私は屋敷内を捜索します。私が殺された場合を考慮し、出入口に憲兵隊を待機させて下さい。」

ユーヴェは納屋を出ると屋敷の閉ざされた玄関前に立った。

「王宮はどうなってしまったんだ。」

ユーヴェは玄関の扉から屋敷の屋根までを見上げ、その場で腰に下げた短銃へ弾を込め、腰のポーチに入れた箱及び胸へ装着した四つの薬室を持つ器具を点検し、空気銃の先端に矢を装着する。矢には溝が掘られており内部は薬液で満たされている。最期に腰のロングソードを確認したユーヴェは屋敷の玄関を開いた。

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