街長の願い
日が暮れる頃、軍港の倉庫には三百超の土嚢が並べられていた。その蠟で覆われた袋の重さはどれも重りが入っているためか人三人分の重さは優にある。袋に付いた蠟を削ぐと去年の放出品であることが印字から読み取られた。岸壁の調査の続きは翌日に再開するとしてユーヴェはケリュイテス達と別れ一足先に詰め所へ戻っていた。庭に積まれた荷物を見たユーヴェは再度荷の展開を考えてげんなりとしたが、天幕内で黙々と荷を広げ始めた。
「おっと、やってますね。ユーヴェ殿。」
荷物を広げ続けるユーヴェの目の前に天幕を割って緑色のフェルトの外套を羽織ったオストルが片手を上げて入ってきた。オストルの額には汗がにじんでおり香油の香りも漂っていた。ユーヴェから漂う屍臭に目をすぼめるオストルは手に持ったランタンを床へ置き、無遠慮にユーヴェの荷物へ腰を下ろす。ユーヴェは視線をオストルの手へ向け口を開いた。
「今晩は、オストル街長殿。今夜は如何なる用向きでしょうか?」
「話が早いですね。実はユーヴェ殿にお願いしたいことが有ります。こちらはちゃんとした依頼です。」
「お伺いしましょう。」
ユーヴェは荷を揺らすオストルへ暖めていた白湯の入ったカップを手渡した。ユーヴェも荷物へ腰かけた。
「妻と子供達の事でして、内密にこなして欲しいのです。今も無理を言って憲兵達を止めているのです。」
オストルはわざとらしく二人しか居ない天幕を見回した後、片手を口元に立てて小声で話し始めた。まるで演劇をしているこのような仕草だった。
「従者が妻と逢い引きしているようでして。子供達が本当に私の子なのかを確かめていただきたいのです。可能でしょうか?」
「爪か、髪を頂ければ可能です。血縁関係の調査であれば三握り分の黄金を報酬としていただきます。」
「それくらいなら・・私でも払えそうです。是非お願いします。こちら相談料です。」
一掴みの金塊が手頃な高さの荷物箱へ置かれる。ユーヴェは黄金へチラリと目を遣ると立ち上がりオストルへ詰め寄った。
「その前に少し、宜しいでしょうか?」
オストルは音を立てて白湯を飲み干し「どうぞ」と短く答える。
「ベラエーさんを家に迎えたのはいつ頃ですか?」
オストルは握ったカップの口を人差し指で撫で、思い起こすように首を振り視線を天幕へ彷徨わせると答えた。
「十五年前、前妻が消えた年に王都で出会ったのです。当時の私は退役直後で西方の片田舎に郷を構えており、憲兵に連絡を取って王宮の魔術師に妻の捜索をお願いしておりました。そのときの魔術師は若くて確か、デュイデスと言いました。彼はあっという間に妻の亡骸を発見したのですが、彼の帰り際に私は王都でのサロンに招待されました。それでサロンで講演した私は妻に出会ったのです。」
ランタンの灯りに照らされたオストルの面には深い影が差し、疲労した彼の表情には深い皺が寄り木皮のようであった。天幕に映る彼の影もまた頼りなさげに揺れ映る。
「此処は彼女の街です。両親と弟には素性が知れないと反対されましたが、私は三人を押し切って彼女の街に越しました。王都で講演を学生達や豪族達に嘲られ誰にも認められず一人だった私を唯一見てくれた女です。私には彼女しか見えなかった、子供達が産まれてから私は心底嬉しくて夢のようでした。」
そう思い出しながら語るオストルの顔は全く幸せを感じているようには、ユーヴェの目からは到底思えなかった。
「では、ご依頼の取り下げ料金も合わせてお支払いいただきたい。魔術触媒はそこらに転がるゴミではないのでね。」
ユーヴェの軍人に劣らない体格と厚い握り拳が目に入ったのかオストルは両手の平を彼へ向け目をつぶった。
「勿論、お支払いしますよ。魔術師への支払い義務は重々承知しております。憲兵隊から我が家の事を聞きましたが・・中にはまともな物があるはずです。必ず家財で支払います。」
「憲兵隊と王宮魔術師の仲介を入れて、家財を分解して中の皮を魔術師に買い取って貰うと良いですよ。お手間ですがそちらの方が貴方の元にお金が残ります。依頼取り下げ前の仕事として、私が紹介文と保証書を一筆したためましょう。」
ユーヴェの言葉にオストル肩を落としてうなだれるように頷くとそのまま天幕を出て行った。その晩、ユーヴェは家々を廻っていたピルネウス達と情報を交換した。今のところ住人達の中には魚人は居ないそうであるが、各家々を廻り終えるのは四日程度かかる見込みだった。ユーヴェと向かい合って座ったピルネウスは彼が語った死体袋の数に驚愕していた。が、急に目を細めたピルネウスはオストルへの不快感を隠さず恐る恐る尋ねた。
「先程、オストル殿をお見かけしましたが立ち退き命令ですか?」
ユーヴェは言葉を選ぶ。
「オストル殿は依頼の取り下げについて支払金の相談にいらっしゃったようでした。後ほどオストル殿から魚人の皮の販売について相談が入りますので、その際は仲介をよろしくお願いします。」
話を聞いていたピルネウスは憤慨し髭は立ち、しきりに瞬きをすると立ち上がる。
「仲介の件は承りました。私から王宮へその旨を伝えましょう。彼に反故にされてしまっては魔術師への信頼関係が崩れますから。オストル殿が取り下げ金すら払えないとは思いませんでした。」
「彼は家の実権を握っていないのでしょう。もしかすると、彼は何も知らなかったのかも知れません。」
ユーヴェの答えにピルネウスは腕を組み唸り、その後彼らは解散した。
翌日同様に調査を終えたユーヴェは天幕へ帰っていた。ランタンを支柱に下げ、作業台上の大量の×印と三つの丸印が書かれた地図に情報を書き込む。この日は新しく土嚢袋が五つ上がったのみで他は何も見つからなかった。ユーヴェはオストルの依頼のため薬液を調製しながらピルネウス達を待っているとチラリと幕が開き、布切れを持ったオストルがひょっこりと現れた。
「こんばんは、ユーヴェ殿。寝ている所から切り取って持ってきました。」
差し出された布きれは、茶、赤、青、白のものでありそれぞれに毛がくるまれている。
「茶が私、赤が妻、青が娘のネレー、白が産まれたばかりのオーレスです。」
「ありがとうございます。今から調べます、少し待って頂ければ結果について教えます。」
礼を取ったオストルは落ち着かない様子で天幕に残った。ユーヴェは毛をそれぞれ瓶へ詰めて名前を記入し、彼らの毛の一つまみ火にくべた。
「・・。」
オストルの一本だけ明らかに匂いが異なり残り三本は軽い香ばしさを感じさせるかおりが立つ。ユーヴェは更に瓶からそれぞれの五本髪を引き抜き細かく刻み薬液に浸す匙で押すようにかき混ぜた後、匙を抜いて暫く置き、透明な上澄みを布きれの色に合わせた瓶に移す。続いてユーヴェはオストルが来る前に作成した薬液を二本の瓶へ分けその中にオストルとベラエーの液体を匙一杯分入れた。その瓶には青と白の蓋が使われており、二人の液が混ざると白色の淡い光を発していた。ユーヴェはその二本の瓶へネレーとオーレスの液を一滴蓋の色に合わせて滴下すると白色から黄色に変わる。
「オストル殿、結果が出ました。」
ユーヴェは隅でうろうろと歩き回るオストルの背中へ呼びかけた。オストルは飛ぶように振り返りユーヴェの前に座った。
「それで妻は。」
オストルは前かがみになりユーヴェへ尋ねると、ユーヴェは両手に黄色に光る瓶を前屈みの彼の前に並べて置いた。
「結論から申し上げますと、頂戴した二種類の髪には貴方の子供は居ませんでした。この術はベラエーさんの血縁であれば赤く、オストル青く液が変化しますので。黄色く変色したお子さんは二人ともベラエーさんに近いのですが、直近の血縁者ではないです。孫かひ孫か、それくらいです。魚人は成長が早いので奥さんが不貞を働いている可能性は高いですね。」
瓶を指差するユーヴェの説明にオストルは石になったように固まった。彼の顔から感情が抜け落ち汗ばんだ手は真っ直ぐ下に垂れている。
「妻の誕生日に皆でネレーの好きなお菓子を食べて馬に乗って海岸沿いを走りました。小腹が空いた私達は砂浜で従者に作らせた焼き豚とパンを囓って、それから空を見上げてオーレスと昼寝をして。・・俺はただ、幸せになりたかっただけなのに。誰も俺を見てくれないのか。」
「これから私は貴方の家族を殺すことになります、よろしいですね?」
頭を縦に振ったオストルはよろめきながら天幕を出て行った。彼の背を見送ったユーヴェは荷物を漁る。幾つかの触媒を手繰りようやく初日に手に入れた怪物の外骨格の余りを見つけた。暫くビンに入ったそれを見つめたユーヴェは瓶から取り出した。欠片を少し削り同様の処理を行った後、白く光る液へ入れると、たちどころにぼんやりと赤紫に光った。赤く照らされたユーヴェは唇を舐め、言いようのない哀れさと無念さに目を固く閉じた。




