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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
アリオンの怪物(完結)
16/31

魚人の心

 夜、ランタンが煌々と納屋を照らす中、森から戻ったピルネウス含めた憲兵達とユーヴェは一帯の地図を置いた机を挟み情報を交換していた。

「池ですか。森には三つ程見つけました。しかしながら、通常業務もこなさなくてはなりませんので見張る人手が足りませんね。」

ピルネウスは手に持った三本のピンを森へ刺した。池はどれも適度に離れており、一度には見切れない。

「岸壁も見ておきたいですが、直近で死体が出来上がったので池から捨てるかもしれませんね。池に鈴を付けた板を張りましょう。鈴の音で怪物が使っている池が解るはずです。」

「下位士官含め十二名程当てましょう。また、港には駐在している海兵が居ますので、彼らに岸壁の確認を命令します。」

「ありがとうございます。」

ユーヴェはアルゴラから定規をアリオンへ伸ばす。直線距離で一日程度である。

「武装した馬車ですから往復で三日は必要です。気長に待ちましょう。私の秘書はアルゴラにゆかりのある者で街では歓迎されるでしょう。ですが、ご子息が街を離れることを許すようにも思えません。誰が向かっても、ですが。あの街長は憲兵嫌いなんですよ。」

机から顔を上げたユーヴェは年齢を感じさせるピルネウスの目を見た後、ゆっくりと地図へ視線を下げる。

「私は急いでいたようです。判断を間違えました。」

ピルネウスへそう言ったユーヴェは唇を舐めて地図のアリオンを凝視する。ユーヴェの目玉が球を転がすように街中を流れる。

「済んだことです。今はあの怪物の姿や住み家を僅かでも見て知ることが出来た事を喜びましょう。」

頭上からかけられた言葉にそうですねと短く答えたユーヴェは机から離れ、ストーブで暖めていたポッドを二つ手に取った。

「皆さん暖めた葡萄酒は如何ですか。先の仕事で戴いた物でとても美味しいですよ。」

集まった憲兵達は皆屋敷から借りたカップを受け取り、適度に暖められた、燃えるように赤い葡萄酒を飲んだ。砂糖の甘味が舌を抜け、酸味を爽やかさへ換える。舌鼓を打った憲兵達はうなずいていた。

「中々です。西の物ですか、旅行先で飲んだモノよりも美味しいです。もう一杯宜しいでしょうか?」

ピルネウスは空になったカップへ手のひらを向けた。ユーヴェは全員にもう一杯注いだ。カップを片手にピルネウスは目を細めてユーヴェへ尋ねた。

「それにしても、彼らは何故皮を剥ぐのでしょうか?」

「魔術師の道具が紛失していたこと。ポスターに写っていた人物以外では魔術師が襲われていること。これらを考察すると、怪物は外見に何らかのこだわりを感じており、魔術師を危険視する物が居ることですね。」

ピルネウスは顎を触り、カップを傾けるユーヴェへ更に尋ねた。

「魚人とは一体何者何ですか?

「魚人とは強固な皮膚骨格に覆われた凶暴な怪物です。背中、腹、四肢に鰭を持ち、鰓は無く定期的に海上へ息継ぎにやって来ます。その際に人や馬を襲います。」

身を乗り出したピルネウスは一口葡萄酒を飲み、質問を続けた。

「では何故、外見を?」

「今朝、人とも生殖が可能であると話しました。その間の子は人に姿が近づきます。頭部の皮膚骨格は毛髪へ、鰭は縮み、より凶暴になります。我々が始末する魚人はその類いの物ですね。」

ユーヴェはカップを作業台に置き近くの箱へ腰掛けた。

「魚人の集団そうですね『集落』とでも言い表しましょうか。奇形の誕生は交雑が進みすぎている、つまり大きくなった集落に見られる個体です。皮膚骨格を感じさせない人間のような手、どれ程人間と混ざったのか想像がつきません。血が濃くなりすぎて人間に近づきすぎております。また、集落では人間に近い姿程地位が高くなる傾向があります。この一件は非常に危険です。数百年後には更なる交雑が広がるでしょう。そうなれば、皆が魚人、或いは人魚と表すべきでしょうか。醜悪な怪物に置き換わっているかもしれません。」

納屋は静である。目を泳がせたピルネウスはもう一口葡萄酒を飲もうとカップを傾けるも、彼のカップは空だった。ピルネウスは喉の渇きを誤魔化すように声を発した。

「気づけるものですか?」

「殺しをためらわない程に攻撃性や残虐性が非常に高いので、人物は簡単に絞り込めるでしょう。また、皮膚骨格ですので毛髪を焼けば人毛とは異なる臭いや様子を見せるでしょう。皆さんお解りになっているとは思いますが、奴らは決して人ではありません。私が始末した魚人で最も体表が人肌へ変化した最も人間に近いモノは特に邪悪でした。その怪物は人間を住み家に捕らえて体を切り裂き、その傷口へ魚の鰭を埋め込み、更には半殺しにしたその人間を水槽で飼育しており、それを眺めていた怪物は唇へ紅をさしておりました。」

口元に手をやったユーヴェの話に憲兵達の顔が一斉に青ざめる。箱から立ち上がったユーヴェは納屋を歩き、ピルネウスと憲兵達は彼を目で追う。ラダマスはユーヴェへ問いかけた。

「劣等感ですか、彼らは人になりたいのですか?」

ユーヴェは漁港特有の魚の臭いを吸い込みラダマスを見つめて答えた。

「人には成るのではありません。劣等感を加虐的心によって満たし、人を魚人へ変えたいのです。奴らにおいて確かなことは、その残虐で醜悪な精神性です。その例に漏れた個体を私は見たことがありません。明日の捜索で岸壁や池で新たな情報が得られると良いのですが。」

ユーヴェはそう言うとカップの葡萄酒を飲み干した。ピルネウスは手のひらを額へ当てた。

「全くです、納屋へ五人程警備を付けます。ユーヴェ殿はお休みになって下さい。葡萄酒ごちそうさまでした。」

ピルネウスの挨拶と共に礼を取った憲兵達はカップを屋敷へ置きにランタンを持って納屋を出て行く。一人になったユーヴェは納屋の戸口に立つ憲兵を横目にオストルが用意した長椅子と厚い座布団を眺めた。木製で黒塗りの椅子の上に乗った三つの座布団はとても柔らかそうで土色だった。ユーヴェは座布団を端に寄せて椅子へ座り手記に記録を取っていた。火と虫の微かな音の中でクセの付いた革表紙がたわみ、適度に絵を混ぜて黒い文字が書き込まれる。ユーヴェはその時、自身の隣へセネスが腰を下ろしたように感じ、折り重なった座布団をしげしげと見た。凝視を続けるユーヴェは手袋のまま平手を座布団へゆっくりと押し当てると、手は沈み込み手形が残るほど座布団は柔らかだった。手記を手すりへ置き、短く息を吐いたユーヴェは腰のナイフを引き抜き座布団の一つを縦に切り裂いた。冷たい刃はあっさりと座布団を切り裂き、柔らかな表面はほどけるように切れ中の綿が飛び出した。断面は三枚の上敷きが組み合わされ綿を閉じ込めていた。座布団の中からは油と蝋の強い匂いが撒き散らされ、綿を引き抜いたユーヴェは目を見開く。

「怪物め。」

思わず口から言葉がこぼれたユーヴェは急いで綿を座布団へ押し戻し、肩の銃へ弾を込め椅子に座ったまま一夜を過ごした。彼は辺りの音に耳を澄ませ目を開き、口をすぼめて息を殺す。


 夜が明け、街が起き始める。ユーヴェは納屋の外に居た憲兵達へ挨拶をした後、目を覚ますためストーブで湯を沸かし始めた。白湯を飲むユーヴェは地図へ向かって思考する。地図の上を指の欠けた左手が森から真っ直ぐに海へ向かって何度もなぞる。彼の頭の中は皮の剥がれた死体が浮かぶ。

「外見、加虐的心、ぞんざいな作業、最近攫われた容姿の優れた人間。あの人間、痩せていなかったよな。」

藁を踏む音が鳴る。ユーヴェの顔が納屋の戸口へ向けられると憲兵達に挟まれて王都に並ぶ高級人形のような容姿の少女が立っていた。艶のある白い靴が藁を鳴らし、赤いドレスを纏った少女はユーヴェへ舞うように歩み寄った。近づく少女の皮膚には一切の皺やむくみが無く、まっさらで何も書かれていない紙のように白い化粧が乗ったきめ細かい肌だった。ユーヴェは納屋の戸口で止まった憲兵を目の端に納め、少女と向き合った。

「おはようございます。私は魔術師のユーヴェと申します。この街には怪物を狩りに山の方からやって参りました。」

ユーヴェは軽く礼を取ると腰のベルト掴む。手袋に包まれた親指が銃へ触れた。少女はユーヴェへ礼を取ると小さな口を開いた。

「おはようございます。魔術師ユーヴェ殿、私はオストル街長並びにその妻ベラエーの娘、ネレーと申します。納屋は快適ですか?」

ネレーの視線は長椅子へ向いていた。

「ええ、お蔭様で快適でした。ネレーさんはご両親と共にアパートへお戻り下さい。」

「そう言わずに。ちょっとお話をしましょう。その長椅子は父が運ばせた物ですか?」

ネレーはユーヴェの言葉へ被せるようにそう言うと、手頃な箱へ綺麗な姿勢で座った。ユーヴェは大回りに歩き作業台を挟んで彼女と向かい合う。

「解りません、昨日憲兵隊のどなたかが運んでくださった物だったと思います。作業をしながらで良ければ、是非。」

「もちろんです。」

探るような言葉へ答えたユーヴェは作業を始めた。彼の手元では幾つかの金属部品が組み立てられる。黙々と作業を進めるユーヴェとネレーの間に沈黙が落ち、耐えきれなくなったのかネレーが口を開いた。

「この街での貴方の努力は無駄に終わります。父が貴方への依頼を取り下げるそうですから。」

作業を続けるユーヴェはネレーの目を見据えて答えた。彼の手には空気銃が出来上がっている。

「失礼ですが、髪を少し貰えませんか?」

二人の間に沈黙が再び流れる。ネレーは丸い目の目尻を下げ穏やかにユーヴェへ語りかける。彼女の口角は僅かに上がる。ユーヴェの目には美しいネレーの顔が蔑むような嫌な物として映った。ネレーはユーヴェへ語りかけた。

「私は来期に王子の公妾として王都へ越します。王家からの支援金も引き上げさせます。報酬は憲兵隊の予算のみになるでしょう。」

一瞬では有ったがユーヴェの目が鋭くネレーを睨むが、直ぐに視線が弱まる。唇を舐めたユーヴェは言葉を返す。

「私は金を払ってでも怪物を殺したい男です。取り分け醜悪な怪物はね。」

「・・失礼な方ですね。」

「ええ、失礼しました。話は変わりますが、貴女にとって美とは何でしょうか?」

慇懃無礼なユーヴェの態度にネレーは肩を少し上げて怒気を滲ませた。形の良い鼻腔から息が漏れる。

「大雑把な話です。化粧、飾り、顔立ちと色々です。」

「いえそれを聞けただけで十分ですよ、あなた方にはね。」

表情を消したネレーは箱から立ち上がり戸口から出て行った。暫く薬液の準備にいそしんでいたユーヴェだったが、彼は弾かれたように長椅子上の座布団へ飛びついた。座布団から綿を全て引きずり出したユーヴェの目の前には臍があった。ユーヴェは上敷きを分解すると、上敷きは分解され三枚の端布が彼の手元に残る。ユーヴェはへそが付いた端布をひっくり返し三枚の内、一枚目を剥がす。

「これは羊。」

2枚目を剥がすと少しの抵抗の後引き剥がされた。二枚目は三枚目と糊によってしっかり繋がっており、臍の裏には厚めに糊が付けられており、臍特有の切れ目が見て取れる。

「二枚目は綿で三枚目は胎生生物の腹の皮。」

三枚目の皮を持ったユーヴェは作業台へ向かう。ユーヴェは薬液を手頃な布へ染み込ませて軽く皮を拭くと皮の色が真っ赤に変わった。その皮は魚人の物だったのだ。

「一年前に集落の長が変わったのか。空気を取り込む場所さえ見つかれば。」

ネレーによってもたらされた新たな驚異を前に、ユーヴェは力なく赤い皮を作業台に置き、すっかり冷めた白湯を飲み干した。

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