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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
アリオンの怪物(完結)
15/31

処理場

 納屋に着いたユーヴェ達、ピルネウスとオストルは適当な場所へ腰掛け、彼らにユーヴェは次々と薬液を調合しながら口を開いた。

「オストル殿。いつ頃、魔術師セネスへ依頼しようと考えましたか?」

オストルでは無くピルネウスが少し腰を浮かせてその質問へ答えた。

「私はオストル殿がこちらを発つ前にお話しいただきました。依頼料につきましては陛下からの補助金と憲兵隊の予算からもお出ししますので問題ないかと。」

ピルネウスは背を見せるユーヴェへ僅かな焦りを見せていた。そんなピルネウスを横目にオストルは、

「勿論、決めたのは直前です。王宮魔術師殿が部屋へ引っ込んでしまい途方に暮れていたところで部下の手紙にセネス殿の事が書いてありまして。思い立った私はピルネウス殿を含めた憲兵隊の皆さんと家族へ相談して出発しました。気を悪くしないで頂きたいのですが、妻は魔術師や怪物のことを信じていないものなので。」

オストルは言葉を切り、自分の膝を叩いた。ユーヴェは片眉を上げて鼻の穴を膨らませた彼の鼻を見た。

「ですが、こう見えても蓄えはあります、節約によって必要な金はしっかりとね。それに、この街には次々と移住者が入って来ています。街並みが古いからといって疑われるのは侵害ですね。確かに私が街長になる前は街並み通りでしたが。」

と憮然として答えた。火を起こしたユーヴェは金属の杓手に持って二人へ振り返った。

「お答えありがとうございます。私は支払いについては何も疑っておりません。怪物を狩るための情報が欲しいだけです。」

火へ向き直ったユーヴェは森での出来事を二人へ話した。静かな森での惨状を知ったオストルは頭を抱え、ピルネウスは瞬きをしつつ拳を握りユーヴェへ話しかけた。

「オストル殿からユーヴェ殿と共有された情報を聞きました。私からは二つ、実は隣街のアルゴラでも同様に人が消えております。それから納屋に置かれていた魔術師の道具、鞄一つですがそれも消えました。」

ユーヴェは手を止め、僅かにピルネウスへ振り返り問いかけた。

「ではアルゴラで失踪した人間が帰ってきたり、性格が急に変わったりした人間はいらっしゃいましたか?」

「失踪者については特には、しかしながら性格が変わった方ならいます。ザムス街長の御子息のガリウス街長子息です。彼は良く外で遊んでいたのですが、ここ数日は部屋へ隠ったきりで。」

「なるほど。そうでしたか。この作業によりますが、彼の元へ訪ねます。」

「では、その際は私の秘書を付けましょう。彼なら夜でも街を往復することが出来ます。」

ピルネウスの答えに頷くユーヴェは粘土へ薬液を混ぜて体重をかけてこねる。

「何故、指を切り落として皮を剥ぐのでしょうか?魔術に使うためですか?」

ピルネウスが作業台にかがんだユーヴェの背へ問う。ユーヴェは粘土を鏡の下部へ押しつけながら、返答を待つピルネウスに答えた。

「はっきりした理由は解りませんが、魔術師による魔術対策である可能性が最も大きいでしょう。体毛や爪は魔術触媒となりますから。さて、これが今、怪物の見ているものです。」

ユーヴェは鏡を作業台に立てて固定しピルネウスの隣へ座った。座った三人と護衛及び絵描きの憲兵達は鏡を見つめた。


 鏡には海蝕洞のような岩肌とランタンで照らされた薄暗い光景が広がっていた。岩肌は湿っているのか光を受けて表面の水が反射し輝いていた。どうやら細い通路のようで、左右には扉がある。視界が揺れ、視線が下を向く。木で造られた台車にペンチ、釘、万力、鑢、ギザ刃の小さなナイフ、鋏、山盛りの塩が入った銅盆、薄刃の鉈、棍棒が置かれている。病的に青白い手がナイフを掴みランタンの光へかざして刃の詰まりを確認し台へ戻す。台は滑らかに押されて通路を進む。

「ナレウス。版画に書かれていた役者の名前が綺麗な文字で書かれていました。」

「ええ、扉に木札で書かれていました。」

ユーヴェの呟きを拾ったピルネウスが短く答えた。一行は固唾を飲んで鏡を見る。台車は真っ直ぐに進む。台車が止まり、取ってから押す青白い手が離れる。右頬をかいたのか蠅を叩いたのか、視線が揺れる。

「左足を引きずっている?視界が傾いでおります。」

憲兵の一人が言った。再び台車が進むとケイネーと書かれた札が下がる扉の前で台車は再び止まり、青白い手が棍棒をむんずと掴み上げて扉を押し開けた。扉の向こうには泥で汚れたドレスを着る女が座り込んでいた。さほど疲弊しているようで力無く彼女は大口を開けて部屋中を逃げるが、部屋は狭くたちまち威嚇するように棍棒を振り回す怪物に追い詰められた彼女はしゃがみ込み親指を隠した。すると、一切見えなかった右腕が鏡に映った。その腕は蟹の鋏のようで先端が僅かに欠けていた。その大きな鋏は勢いよく彼女の首へ押し当たり弾かれるように指節が彼女の脊髄を打ち砕いた。怪物は棍棒を脇に抱えて右腕を倒れた彼女へ伸ばす。即死して人形のようになった彼女を抱えた怪物は彼女を台車へ乗せ、再び台車を進ませた。台車はその後広い作業場へたどり着き彼女の解体を始めた。悍ましい作業だった。始めに怪物は万力で指を固定して鉈で全て落としていき、次は良く磨がれた鋏によって耳を切り落とし、切り口から手首足首下を除き二枚の皮をとして全身の皮を剥いだ。皮は乱雑に台へかけられ、頭部等の毛量が多い箇所や手首足首下は執拗に肉を削いでいく。手慣れた作業によってあっと言う間に森で見たような死体が鏡に出来上がった。鏡が徐々に暗くなり納屋の光景を映す。ユーヴェは目を細めて怪物がいた光景を目に焼き付けた。

「魔術触媒の効果が切れました。小さいかけらでしたから、仕方が無いです。どなたか先程のランタンに見覚えはありませんか、軍の印字が見えたような気がしましたが?」

「恐らく去年に軍の備品を一斉に買い換えたので、その際に払い下げられたランタンと蝋燭でしょう。タダ同然だったのでどの農家も山ほど買っていきましたよ。この辺りの農村部であれば何処にでも有るはずです。お陰で夜が大分安全になりました。」

「この街では?」

ユーヴェの問へピルネウスは親指を隠したオストルを見る。

「実は夜間での営業を禁止しているんです。ですので、ランタンは一個も街へは卸させておりません。蝋燭は館の方で非常時用に三千本程度は購入しましたが・・。」

ピルネウスはうんざりした目でオストルを見つめている。それはまさしく、王都での彼への態度そのものだった。


「ありがとうございます。良くわかりました。鏡の情報から怪物の外見は人の腕と甲殻類の鋏状の腕を持ち、海辺に生息することがわかりました。これらの情報から奇形の魚人と予想されます。奇形の奴らは大抵一匹で活動しますが、人間相手でも繁殖できるため、複数体いる可能性も考えられます。成体に成るまでは十年かかりますので、その数は未知数です。皆さん、見つけたとしてもくれぐれも近づかないようにお願いします。射殺を徹底してください。」

一同を観察するユーヴェは椅子から立ち上がりマントを羽織る。腰にはロングソード、射出機、短銃を下げ、肩には赤樫の銃を担ぐ。ユーヴェは椅子から立ったピルネウスへ語りかけた。

「どうやら海に面した洞窟へ手を加えて怪物が潜んでいるようです。そこでピルネウス殿、貴方には森で死体が発見された地点の周辺を捜索しあの場所へ繋がる道を探して下さい。私は屋敷とあの場所を繋げる場所が無いか探ります。私に付けると伺っていた秘書の方と武装した憲兵複数名をアルゴラへ向かわせて下さい。そこでガリウス街長子息にあの場所へ攫われたのか確認を取り、彼が攫われていた場合この街へ護送していただきたい。私が魔術を使用して脱出の様子を確認します。今夜はまた此処で合流しましょう。」

「承知しました。街長への書状は直ちに書きましょう。ただし憲兵の数は二百人程度ですので、それ以上は人手が足りず。」

「ありがとうございます。今日で森からは引き揚げましょう。翌朝は漁港と船を出し岸壁を確認しようと考えております。それではお気を付けて。」

了承を示し、頷いたピルネウスは部下を連れて納屋を立ち去った。彼を見送ったユーヴェは納屋の戸口に立つ憲兵へ視線を向けて声をかけた。

「そこの貴方。」

「ラダマス憲兵曹長です。」

憲兵ラダマスはユーヴェへ答え礼を取る。

「ラダマス殿は死体を回収した軍医に死体に残った海藻や藻などが無いかどうかの確認をお願いします。」

礼を取ったラダマスは納屋を飛び出す。ユーヴェは流れるように他の憲兵達へ指示を出し、オストルを見た。

「オストル殿は近くのアパートへご家族を連れて避難してください。屋敷は危険です。」

オストル殿は慌てたように頷き、従者を伴ってユーヴェと共に納屋を出た。


 オストルとアパートの前で別れたユーヴェは屋敷の部屋の前に戻っていた。入り口の憲兵達はユーヴェを認めると扉を開けた。ユーヴェは軽く憲兵達へ礼をすると部屋の前で立ち止まって足下の床を眺めた。焦げ茶な柔らかい敷物廊下には敷かれ、汚れの類いは一切無く、よく手入れされている様は良く見て取れた。その場で跪いたユーヴェは部屋の入口からベッドの下を覗く。

「・・。」

そこには何も無かった。立ち上がったユーヴェは部屋へ入り戸棚へ寄るが、戸棚前にも血だまりが続いている。ユーヴェは血を踏みつけて戸棚を開けた。戸棚には外套かけ及び帽子かけが備え付けられていたが何もかけられては無かった。部屋にも、納屋にも魔術師の荷物は何処にも無かった。

「やはり、怪物は一体だけでは無い、いや・・一人か。」

ユーヴェはベッドを眺めたが肉片が僅かに残るばかりだった。血の海に立ったユーヴェは濡れた手袋を眺めていると。

「魔術師殿、ラダマス憲兵曹長です。確認を取りました。僅かでは有りますが、池の藻が付着していたそうです。」

ラダマスへ振り返ったユーヴェは笑みを浮かべ彼へ答えた。

「ご確認ありがとうございます。ではラダマス殿、納屋へ戻りましょう。」

血に濡れたブーツを渡された布巾で拭ったユーヴェはラダマスを伴って納屋へ戻り、薬液を作業台へ並べ、大の中央にはネレイエから貰った箱を置いた。箱の魔術道具を取り出し四つの箱と四つの調合室へ薬液と魔術触媒をせっせと入れる。ユーヴェは腰のポーチへ油を塗った箱を一つずつ入れ、保護容器を四つの薬液と触媒に満たされた薬室へ被せ、それを外套の胸部へ止めて固定した。

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