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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
アリオンの怪物(完結)
13/31

新たな依頼

 ロイの怪物を討ち果たしたユーヴェは馬車を西へ走らせ春が訪れていた。既に土の色は赤茶け、道は彼の勝手知った物であり、幅広な砂利道から右手側には大きな山がそびえていた。凸凹な道を走る傍らユーヴェは手ぶらで歩く。麓に広がる森からは赤い屋根が僅かに見えてきた。

「変わらない屋根だ。」

目を細めてユーヴェは呟き荷台から夜中に焼き上げたパンを引き抜いて朝食代わりにかじる。ユーヴェが馬車を連れて最低限度に整備された森を抜けると赤い屋根の屋敷が彼らの前に広がった。ユーヴェは屋敷の左手にある納屋を見ると、扉が開け放たれ中には一台の大きく豪華な馬車が停まっていた。馬車を納屋とは反対側にある物置の辺りへ停めて馬車馬をそこらの木へ繋ぎ、セネスを抱えて屋敷へ向かった。ユーヴェは裏へ周り小さなドアノブをひねって中へ入った。屋敷の中は年代物の赤と茶の敷物が敷かれ心地良い弾みがある。壁に掛かる蝋燭立てにはまだ火は灯っておらず立ての下部へ設けられた蝋燭入れには切りそろえられた新品の蝋燭が積まれている。屋敷の中央、居間の方から廊下まで何やら談話する声が聞こえてくる。声は穏やかで男性の物と女性の物が交互に語っているようだ。ユーヴェは手近な台所にセネスを置いて声がする居間へ向かった。ユーヴェが居間へ顔を出すと中には古めかしい装束を着た老女と飾りの付いた豪族が着るような張りのある衣服を纏った恰幅の良い初老の男性が象眼作りの机を挟んで向かい合って座り、男性の側には落ち着いた色合いの従者服を着て口髭を綺麗に整えた壮年が立って控えていた。ユーヴェを見た老女は顔を明るくし、初老の男性は立ち上がって側の壮年と共に礼を取った後、ユーヴェへ声をかけた。

「初めまして。私は此処から西へ二日程進んだ所にある港街アリオンの街長、オストルと申します。こちらはマイス。秘書の一人です。貴方はかの魔術師セネス殿の弟子、ユーヴェ殿ですね。お会いできて光栄です。」

オストルは手に持ったカップを皿へ置くと机をよけてユーヴェへ一歩進んだ。ユーヴェは手早く彼の前へ進み、

「お初にお目にかかります。ユーヴェと申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」

と言うとユーヴェは礼を取り、オストルへ着席を促しながら老女の隣へ座った。

「おばあさん。師は台所に。」

ユーヴェは老女へ囁くと顔を伏せた老女は震える手のメモ紙をユーヴェへ手渡し、小さく「ありがとうございます。」と告げて皆へ一礼をすると居間を出て行った。老女を不思議な視線で見送ったオストルはユーヴェへ尋ねる。

「ユーヴェ殿、セネス殿はどちらにいらっしゃいますか?実は怪事件いや、怪物の事でご相談がありまして。」

「先月、師は怪物によって殺されました。私で良ければお話を聞かせてください。」

ユーヴェの答えにオストルは親指を隠し黙祷を捧げた。ユーヴェがぬるま湯を飲み終わる頃に彼は目を開けた。

「なんてことだ!本当にお悔やみ申し上げる、ええ本当に。しかし、私はセネス殿だからこそ頼ってきたのです。今でも手紙をやり取りしている私の部下が以前セネス殿に助けられておりまして。彼の薦めもあって此処へ足を運んだのです。失礼ながらあなたの実力はまだ解っておりませんので・・。」

大きな身振り手振りで演技をするように語るオストルへユーヴェがぽつりと言った。

「師の仇は私が取りました。」

オストルは間抜けな姿勢で止まる居住まいを正す。カップの茶を啜る彼はユーヴェを正面から見据えると低く落ち着いた声色で語り始めた。

「なるほど、怪物狩る魔術師でしたか。失礼しました。私は軍人上がりの街長です。能力と実力は分けて考えております。ご相談させてください。そうだ、相談料は既にセネス殿のご夫人ネレイエさんへお支払い済みです。」

思い出したように手のひらを居間の出口へ向けたオストルは続ける。

「私の街、アリオンにて人が消えているんです。さっぱりと消え去っているのです。国王陛下へ上申し王宮の魔術師を二名も派遣していただいたのですが一名は消え、もう一名は消えた人物の弟子なのですが・・怯えて私の屋敷に引きこもってしまいました。その前にも雇った在野の魔術師が一人居ますが三日と経たずに消えてしまいました。ですので、失礼な事ではありますがあなたのことを疑ったのです。」

オストルの言葉にユーヴェは目を細める。

「いえ、気にしておりません。ところでオストル殿、いつから人が消えるようになりましたか?また、消えている人々の年齢はどれ程でしょうか?」

「一つ前の冬至からです。消えている人物の絵が有ります。早速、ユーヴェ殿にお見せしましょう。マイス。右へ行くにつれて最近失踪した者です。」

オストルが手を叩くと、礼を取ったマイスが足元の鞄から絵を何枚か取り出し机へ並べて見せた。絵は俳優、女優の顔が大きく描かれ、どれも街に張られているような宣伝用の劇版画だった。

「それからこちらです。」

硬い声色でマイスが出した紙はアリオン少年合唱団、アリオン少女歌唱隊と書かれた紙が二枚置かれる。これも宣伝用の劇版画だった。この二枚の紙、それぞれに三個ずつ丸が顔を囲むように書かれている。丸の側には日付が書かれていた。

「宣伝版画と丸が消えた人物ですか。誰もが顔の整った十代くらいの男女、それも街中で顔が知られていると。」

「ええ、次の季節には彼らが演じる劇を陛下に御回遊の際には立ち寄っていただく予定でした。しかしながら、それも取り止めになってしまい街の経済には大打撃です。彼らは昼夜問わず急に消えているそうです。」

「人が消える他に何かおかしな事はありませんでしたか?」

オストルはマイスと目を合わせ小声で相談する。四言ほど話したオストルはユーヴェを向き直る。

「王宮魔術師殿が街に来た日からですが、男女の人形が街に置かれておりました。驚くほど精巧な物です。今でも時折置かれておりまして、まるで生きているような姿で荷馬車の席、家の屋根、橋の下等と置かれまして、人形はいつもゲームをしているのです。ユーヴェ殿はご存知ないですか?ペアのカードを盤上へ裏向きに配置してひっくり返して役を作るんです。そのようにして点数を稼ぐ子供向けのゲームです。」

ユーヴェは頭を振り、オストルへ話の続きを促す。マイスが鞄から八枚の絵を取り出して並べる。どれも白と黒の盾や剣が書かれたカードが六枚程斜めや縦に並び対戦しているような絵だった。

「片方が無い、或いは位置が違うとどうなるのでしょうか?」

絵を覗き込むユーヴェがオストルへ質問する。

「大抵は役が付きますが、置き方によってはカードが取り除かれ訳無しになります。ゲームが成り立たない程弱いですね。この絵はどれも高得点ですね。お互いが同じ点数になっております。」

「同じ・・。ではこれらは何点ですか?」

ユーヴェは机から顔を上げオストルへ尋ねた。

「端から六十五、七十、五十、八十、六十、七十ですね。これで五十点以上出すのはカードの柄を知っていないと現実的では無いですね。」

ユーヴェは話したそうなオストル促すと彼は再び語り出した。

「これは私達も王宮魔術師殿も気にされていた事なのですが狼の遠吠えや唸り声が夜になると静まり返った街中へ響き渡ることがあるんです。規則性は見つからないと魔術師殿はおっしゃっておりました。・・思い当たる事はこれくらいですね。お引き受け下さいますか?」

オストルは机上の手を自分の膝へ置き考え込むユーヴェを見つめた。一方ユーヴェは魔術が関わった怪物か人間の仕業なのか、それとも関係ない誘拐事件なのか判断出来なかった。

「後四点、お聞きしたいことがあります。」

「ええ、どうぞ。」


 豊かな顎髭を蓄えたオストルの丸い顔が人懐っこく綻ぶ。ユーヴェは手元のメモを参考に質問を投げかけた。

「急に無気力になった人物は街に居ますか?」

「いいえ。私の知るところでは。」

「街の蝋燭はいつ頃に消しますか?」

「羊二から三の刻くらいですかね。うちの街は朝は早く夜も早くで仕事の効率化を心がけているんです。集中できないのに蝋燭を使う意味無いでしょう。」

「確かにそうですね。」

満足げに頷くオストルは自ら鞄を開くと中の雑誌を取り出した。

「私も論客として王都のサロンに通っていた事がありましてね。この雑誌にも『節約論』を寄稿させて頂いております。アリオンへお越しいただく道すがらにでもどうぞ。是非読んで下さい、私の経済的かつ実用的な都市運営理論をお見せしますよ。」

雑誌がユーヴェへ突き出され、彼は両手で受け取ると自身の手前へゆっくりと置いた。ユーヴェは唇を一舐めしてオストルへ質問を続けた。

「街から移住等で出て行く人はいましたか?」

「え、何故そんな事を?人が消えただけでわざわざ貧しい生活を選ぶ馬鹿はいませんよ。」

オストルとマイスは心底不思議そうにユーヴェをのぞき込んだ。

「・・なるほど。ありがとうございます。お引き受けしましょう。それから・・最後の質問ですが。報酬はどれ程お約束いただけますか?」

オストルは襟元をさらりと触り、椅子からずれた尻を整えて居住まいを正す。

「お引き受けありがとうございます。大変心強い。陛下の体重、つまり一テティスの金をご用意いたします。勿論日用品や我が家の家具を一つ差し上げましょう。」

途轍もない報酬だった。しかしながら、その金以上に街は逼迫した状況であることをユーヴェは理解した。

「承知しました。では、調べ物や魔術触媒の準備に一日下さい。その後アリオンへ向かいます。先ずは人形を調べさせてください、その旨を憲兵隊には連絡お願いします。」

「ええ、活動拠点は我が家をお使い頂いて構いません。納屋をお貸ししますし憲兵隊の件も伝えておきます。引き続きよろしくお願いします。」

向かい合った二人は席を立ち、三人は礼を取り合った。お茶を片付けようとするオストルをやんわりと止めたユーヴェは彼らを屋敷から玄関まで案内すると、オストルは所々で足を止めて内装へ感嘆を漏らし、余りの様子にマイスがしびれを切らしオストルを連れて行く程だった。


 彼らの馬車を見送ったユーヴェは自分の馬車を納屋へ停め直しオーグを連れて屋敷へ戻った。ネレイエは台所の椅子へ腰掛けていた。

「おばあさん。もう客は行ったよ。」

ネレイエは沈黙し服の裾を握っていた。しわのよった目元をすぼめるネレイエの肩へユーヴェは倉庫から持ってきた毛布をかけて暖炉に乗ったカップへ葡萄酒を注ぎ、暖められたそれをネレイエへ渡す。ユーヴェはその場でしゃがみ込みネレイエの手をカップごと包み込む。

「私は魔術師としてこれからも怪物と戦います。私に力を貸してください。オーグの調子が悪く、貴女へ修理をお願いしたい。」

そう言ったユーヴェはネレイエへアリオンの異常事態を話した。ネレイエの顔が上がり戸口に立つオーグを見る。オーグは怪物との戦と長旅によって体がかしいでいた。

「先ずは貴方の手袋を縫わないとね。オーグは修理に時間が掛かるから後で貴方へ届けるよ。でもね・・もうあの人を休ませてあげたら。」

「考えておきます。ひとまず、オーグはこの家に置いて行きます。急げば向こうの街で王宮魔術師と協力出来るかもしれません。屋敷へ逃げ込んだ魔術師が何かを知っている可能性が高いと考えられます。」

ユーヴェは立ち上がり戸口へ歩み出す。ネレイエは首を回して彼の背へ忠告を投げかけた。

「急げば、ね。今度の怪物或いは魔術師はとびきりの狂人だよ。何かそいつなりの世界が有るように感じた。」

「はい、私もそう思います。」

ユーヴェは狩りの準備をするため戸口から離れていった。

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