対決
カレイウスがユーヴェ達の後を追い、納屋の出口へ歩み出すとアーレスの手が彼の肩へかかる。
「少佐、君は魔術師殿について行ってくれ。私は一度詰め所へ戻り近隣の砦から兵士を借りてくる。気をつけろよ。」
「承知しました。隊長殿もお気を付けて。」
肩を叩いて離れたアーレスへ礼を取ったカレイウスは路上に停まる荷馬車へ歩み寄ると、屋敷から出てきたユーヴェと鉢合わせた。ユーヴェの手にはセネスが持っていた一丁の空気銃が握られ、しきりに歪みが無いかを確認していた。
「魔術師殿。それは?」
「これは毒薬等を怪物へ打ち込むための空気銃です。此処の取手を何度か引くと内部に蓄気されて銃側面の印が赤くなったら発射可能です。」
無骨な銃の所々を指差し説明したユーヴェは馬車へ飛び乗る。
「行きましょう。怪物の居場所へ。」
ユーヴェはそう言うと荷台から鏡を取り出す。鏡に映った街の一部からは黒い煙が立ち上り、屋敷であろう場所にはランタン灯りが密集している。
「急ぎましょう。」
ユーヴェの言葉に頷いたカレイウスは背後の憲兵曹長達へ命令を伝えると自身も馬へ跨がる。荷馬車は既に走り出しカレイウスを含めた憲兵達も慌てて追従した。荷馬車を引く騾馬はユーヴェに急かされ屋敷を通り過ぎる。オーグは荷台から身を乗り出しユーヴェと並び正面を睨みつけ、暗闇へ目を細めた。月明かりとランタンに照らされた屋敷から施療院の並び立つ区画までの道はしっかりと舗装され、石畳が美しく整備されていた。しかしながら、敷き詰められた石の素材が悪く隙間からは雪解け水が滲み出ており小さな水溜まりを作っている。カレイウスが駆る馬が水溜まりを蹴り上げてユーヴェの荷馬車へ並び立つと正面を見据える彼へ言葉をかけた。
「魔術師殿、貴方の憤慨は理解できます。ですが、あの場で殺すことは良くない事です。今回は我々だけでしたし魔術的な理由を伺いましたので問題ありませんが、庇えないことも有ります。貴方が殺した人間が生きる価値のないものであっても、良いですか?」
カレイウスの苦言へユーヴェは反省したように唇を噛み締めると口を開く。
「はい、私は冷静でありませんでした。今回の件、庇い立てありがとうございます。」
「それは構いません。吸血鬼いえ、ロイの怪物への対応はどの様にしましょうか?」
荷馬車は古い街の面影を残す複雑な道を迷い無く進む。石畳の道が徐々に泥へ変わりユーヴェは僅かに騾馬の足を緩めた。ユーヴェの謝罪を受け入れたアーレスは迷い無い彼を不思議がりふと荷台を見ると一枚の鏡が目に入った。鏡は街を上空から見下ろしたような光景が広がりアーレス空をチラリと見上げると一羽の鳥が舞っている。鏡に映った街の一部からは黒い煙が立ち上り、ランタンの灯りが一直線に列を成して向かっていた。オーグは荷台へ戻ると首を世話しなく探るように左右へ振っている。ユーヴェは挙動不審なオーグを見る。
「そうか。あいつは目を入れ替え始めたか。アーレス殿、状況が変わりました怪物が師の目玉を取り込み始めました。相手は使い魔作成の匠、逃げられた場合最も人口の多い場所へ逃げる可能性があります。何処か目星は有りますか?」
カレイウスは即座に答えた。
「恐らく劇場かと思います。今期も芸人が招聘されておりますし、科学館や記念館は閉じておりますのでそこしか・・。しかし、逃げ出した怪物の追跡が出来るのですか?」
「オーグがわかります。この人造人間の体内には師、私、鳥の爪が入っております。自前の目はありません。私達の視覚で戦うのです。幸い相手の魔術知識は偏っています。追いすがれるでしょう。」
「道理でいつも鳥を肩に・・。」
カレイウスは自信満々に道を進むユーヴェを頼もしく思った。風に揺れるユーヴェの外套は膨らみ、それは物語の英雄が羽織るマントのようであった。カレイウスは息子へ読み聞かせた怪物退治伝説を思い出す。感嘆するカレイウスへユーヴェは告げた。
「そろそろ到着します。カレイウス殿は建物の包囲と幾人か憲兵を劇場へ、明かりを付けたままで避難をお願いします。中の怪物は私達が対処します。」
「承知しました。ご武運を。」
カレイウスはきびすを返し、憲兵達へ急ぎ命令を下し始めた。
荷馬車から降りたユーヴェとオーグは各々の武器を取る。ユーヴェは赤樫の小銃一丁を肩に、腰には三丁の短銃とロングソードを下げ、ポーチには火薬、爆弾、換えの火打ち石、火薬と組み合わされた弾丸、大量生産された歪な小瓶六本と目盛が刻まれた空の小瓶五本、金属管に収められた特別に作られた毒矢が詰められていた。瓶の中身はどれも透明で蓋の色がそれぞれ異なり蓋の溝は空気銃の先端と噛み合う。ユーヴェは空気銃を左手に持ち荷台に積まれた射出機一丁を右手に握り、煙を上げる施療院の扉へ向かう。後を追従するオーグは巨銃を左手に持ち右手には小銃が握られ、腰には一丁の短銃、手斧、二丁の射出機が下げられ、腰のポーチはユーヴェと同じ物を身に付けている。修復を終えたオーグへ月光が差込み金属の体が鈍く光り、装備の重さを感じさせない歩みへ憲兵達は瞠目する。ユーヴェが左腰へ空気銃をぶら下げる様子を確認したオーグは施療院の扉を蹴破った。人外の膂力によって扉は腐った木のように砕け散り奥には暗黒が漂う。中からはプププと使い魔特有の音が幾つも鳴り、徐々にその音が近づく。憲兵達も慌てて銃を構えるが、ユーヴェは施療院の中へ一歩入り込むと右手の射出機を構え爆弾を発射した。爆発が施療院の受付や使い魔の何匹かを吹き飛ばし、部屋の使い魔達を炎によって映し出す。使い魔達はユーヴェ達を一斉に見るが、ユーヴェとオーグは次々に装填された銃で使い魔達の胸に銃弾を撃ちこんだ。使い魔達はたちどころに倒れ伏し床の木目を血に染めた。腰のランタンを灯したユーヴェはオーグと共に銃口へ火薬を注ぎ、手早く弾を装填しつつ施設内を進む。
施設内には幾つも狭い寝室が幾つも設けられ、部屋には二段ベッドが敷き詰められていたが、放棄されてから行く年か経っているようで日用品やゴミの類は一切無く生活感は感じられない。床には土がこびりつき一つの小部屋の前に溜まっていた。装填を終えたユーヴェは慎重にその小部屋へ入ると中は焼けており、小児用のベッドが幾つも焦げて転がっていた。天井には炭化した何かが詰まっており必死の消火活動の跡が見られる。部屋の中央には寝台が置かれ煤がこびりつき歪んだ外科的な道具がその傍らの机に並べられており、更に床には譜面台と一冊の本が転がっていた。しゃがみ込んだユーヴェは焦げた本を持ち上げてランタンで照らすと、見えにくいが本には様々な植物や薬液の調合方法が書かれ貴重な品であることがわかった。
「基本を大切にする事は良いことだ。続きは納屋で読もう。」
冗談めかして呟いたユーヴェは本を革袋で包み自身の背中へくくりつけた。怪物が居ない事を確認したユーヴェは銃を腰へ吊しポーチの薬液を空瓶へ目盛を確認しつつ入れ、蓋をしっかりと占めて何度かひっくり返して内容物を混ぜると中の薬液がぼんやりと光る。手をかざして光の光量を確かめたユーヴェは数滴別の薬液を垂らして蓋を閉め、瓶を布で巻いてポーチへ仕舞う。先行するオーグが親指を隠した上等な扉の前に立ち、ユーヴェは扉の鍵穴へランタンを揺らす。
「オーグ、部屋は広いか?」
オーグは尋ねたユーヴェへ頷く。扉は施療院最大のホールへ繋がっており、生臭く人肌ほどの暖かさの風がその大部屋を覆う。
大部屋はほこりが舞いランタンは頼りなく朽ちた椅子や机の残骸が転がる足下を照らす。事前に構造を確認しなければまともに歩けもしないだろう。腰のランタンを外したユーヴェは床へランタンを置くと大部屋の中央へ進む。
「私の魔術も陳腐なモノになった。かつて私の使い魔はその怪力と尽きぬ体力から熊の戦士と恐れられ、無数の勇士を葬り或いは葬られてきた。私もまた呪文の書かれた鎧と美しい槍を携えた勇士達に叙事詩に語られる戦いを繰り広げ、末に討ち取られたはずだった。」
至る所の暗闇からかすれた女の声が部屋を反響し二人の体へ打ち当たる。ユーヴェは肩の小銃を正面へ向けた。銃口の先ではモゾリと暗闇がうねり、血塗れの市井の安服を纏った女が現れた。その女の姿は禿げ上がった頭、右手の爪は丸く、左手の手首から先は切断されており、目元は溶けて融合したような不格好でセネスの目が取り付けられていた。これらの不気味な見た目に対して鼻筋と口元はすっきりと形が整えられ、化粧まで施されている。その姿は鏡で見た姿とは異なるが、ロイの怪物であることは疑いようが無かった。
「栄光に倒れた私は目が覚めるとその場所が故郷の地では無いことはすぐにわかった。親指を隠した珍妙な霊廟があったからだ。私は不完全な体で蘇生された。使い魔術とは系統が異なるが似たような物だったが、何はともあれ私を蘇らせたあいつは元に戻りたければ男をさらえという。計画通りに自殺させせたが、あのアマは何を抜かすか火葬にするという。死体を手に入れた私は病人と乞食だらけだった汚い家で慌てて魔術の準備を整えていたら・・」
突然口を閉ざした怪物からユーヴェは目を離さずポーチから小さな鏡を引き抜き左手に握り込む。怪物は両手を広げ「ボーン!」と叫んだ。
「私の体は炎に包まれ、必死こいて手に入れた貴重な触媒が台無しだ!」
怒りに震える怪物は切株となった左手を震わせて怒鳴る。
「私は片手しかないのにだ!いい加減しろよ、卑怯者共が!おまえ達を殺して、盗人のあいつも殺す。」
世話しなく騒ぐ怪物だったが、視線は二人へ向けたまま一切外さない。ユーヴェは左手の鏡をチラリと見ると、ランタンの明かりが遠くにチラリと映っておりそこは天井だった。
「やられたか。」
目を見開いたユーヴェは銃口を天井へ向けると鏡に映る光景は流れるように移り変わり、這い回るように天井から壁へ、壁から床へ這い回る。鏡の光景は見る見るうちに銃を構えるユーヴェへ近づく。鏡の光景を頼りにオーグが動いた。空気が揺れるほどの爆発と破壊の音が轟きオーグの手に持つ巨銃から白煙が立ち上る。弾丸は木床を粉砕したが怪物の身体は捉えられず、肉と衣服が擦れる這いずり音が辺りへ響く。
「面白い魔術だ。おまえ達を殺した後で分析しよう。」
部屋の中央に立つ怪物が先程の怒気を忘れたように冷徹な口振りで話す。ユーヴェは自分の銃をオーグへ渡し空気銃を手に持つ。銃の先端へピンがついた羽を差し込み、ピンへ布が巻かれた瓶を取り付けた。再び疾風が二人へ迫る。次に攻撃を受けたのはレバーを何度も引くユーヴェでは無く、オーグだった。迫る怪物へオーグは銃を向けたが間に合わず鈍い音を立てて蹴り飛ばされた。吹き飛んだオーグは部屋の長椅子をへし折って倒れ込み、ほこりが溜まった床からは塵が舞い、金属の頭には蜘蛛の巣がか絡みつく。怪物はオーグの重さに僅かに弾かれて両足が宙を浮き、空中で猫のように身をよじってユーヴェを狙う。怪物の爪は鋭く伸び、偽物の怪物の爪とは別物だった。ユーヴェは自身の右側へ倒れ込みながら空気銃の引き金を引き、放たれた瓶は怪物の鼻面へ辺り中の薬液が飛び散る。飛びかかった怪物は獲物を失い、しなやかに三肢で床へ音も無く着地するも、銃声が鳴ると怪物の体が揺れ、焼けただれた腰から血が噴き出す。身を起こしたオーグは煙を吐き出す銃を投げ捨て、腰の短銃を引き抜き流れるように引き金を引いた。弾は怪物をかすめ真鍮のろうそく立てへ打ち当たり軽い金属音を響かせ、身を屈めた怪物は素早く壁を登り暗闇へ姿を隠した。壁には大量の血痕が残る。ユーヴェはほこり塗れの体を起こすと左腕がちくりと痛んだ。怪物の指がかすったのか、厚い外套を裂き肌が僅かに裂けている。空気銃を床へ置いたユーヴェはポーチから瓶を消毒薬と軟膏を取り出した。怪物が虎視眈々と命を狙う中、傷口を処置するユーヴェは天井から目を離す事は無かった。それもその筈で怪物は天井におり、牙の生えた顔と安服を纏う体へ付着した薬液がぼんやりと蛍のように光っていた。薬液は怪物の姿を暗闇から暴き出しており彼には見逃しようが無かった。更にユーヴェから銃を受け取ったオーグが怪物へ銃口を向ける。天井を駆け回る怪物は正確に追跡する銃口から逃れ二人へ襲い掛かる隙を見いだせずにいた。
「これも見たことが無い魔術薬か。」
傷の手当てを終えたユーヴェが弾を込め始める様子を見た怪物は焦り思った言葉が口をついて出る。光る自分の体を見た怪物は足の爪で胸を裂き、したたる血で光を覆い隠そうと試みた。しかし、それはユーヴェの狙いだった。傷口へ体に付着した光る薬液が染み込んだ途端、怪物は酸っぱいような異臭と絶叫を発して床へ真っ逆さまに落ちた。木床へ叩きつけられた怪物は勢いの余り跳ね上がり教卓のような机にぶち当たり、息も絶え絶えによろめき立ち上がる。弱った怪物の全身をユーヴェとオーグは持っている装填済みの銃四丁で狙い撃った。弾丸は悉く怪物へ当たり、血に塗れた怪物は絶叫をあげた。




