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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
ロイの怪物(完結)
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ロイの怪物

 「家令殿が来るまでは椅子に座ってお待ちください。」

ユーヴェは納屋へ入るや否やアーレスに暖房ストーブ脇の椅子を勧めた。アーレスの返答も待たずユーヴェは作業台を大きく空け、以前村でオーグがこねて作った泥人形をその中心に置いた。作業台の下に空になった箱や材料の屑がこぼれ落ちる。吸血鬼の毛が入った泥人形右横へ血まみれのセネスの剣を寝かせ、未だ動く吸血鬼の左手を人形の右横に杭で打ちつけた。打ち込まれた杭は手の甲を貫いてがっちりと作業台に食い込むとドブの臭いが漂う毛むくじゃらな手を貼りつけた。ユーヴェは台の下から鋸を取り出した。しっかりと吸血鬼の子指を左手で押さえつけたユーヴェは小指の爪下に小皿を置くと、勢いよく爪を鋸で引いた。何度も鋸引くと肉と皮が挟まって黄色く濁る尖った爪が削れ、パラパラと爪の粉が小皿へ降り注ぎ、それを小指から親指まで続けた。次いでユーヴェは泥人形の胴体を親指で潰し中へこんもりと積もった爪の粉を小匙で一杯入れ、更にもう一つまみ爪の粉をボトルへ入れると残った粉は包装された未使用の瓶に入れた。瓶のラベルには「ロイの怪物:爪」と書くと厚い布で瓶を巻き空箱に仕舞う。箱を作業台の下に置いたユーヴェは人形内の爪の粉へ吸血鬼の手首から採取した血を垂らししっかりと泥で包んだ。様子を見ていたアーレスは手持ち無沙汰にユーヴェの手元を見ようと首を伸ばして彼へ尋ねる。

「それはどのような魔術でしょうか?差し支えなければ教えていただけないでしょうか?」

人形の出来栄えを確認していたユーヴェは人形を作業台に置くとアーレスへ向き直った。

「これは吸血鬼の像です。この像の胸を吸血鬼の手を切った剣で貫き、火へ投げ入れると像の元、つまり吸血鬼を焼き焦がすことが出来るのです。」

「そんな事で?」

「魔術は適切な魔術触媒を適量用いれば便利な物です。」

ユーヴェはボトルと調合済みの薬液瓶を取って作業台を離れ布が掛かった鏡の前へ行くと手に持ったボトルへ薬液を注ぎ薬混ぜた。空になった瓶を手頃な机にそっと置いたユーヴェは勢いよく目の前の鏡から布を取り払った。鏡は無感情に明かりの灯った納屋を映しており、下部には粘土が張り付いている。ユーヴェは調合液を薄い麦で作られたストローで適量吸い出し粘土へ吹きかけると鏡の鏡面が揺れ何処かの室内を映し出した。ユーヴェは納屋の中心へ戻りながら鏡を観察する。そこは明かりの灯った小さな部屋だった。部屋には小ぶりなベッドが二つと特徴的な魚のモールドが掘られた立派なついたてが見える。視界が揺れると次は大きな棚を映し、棚には無数の生首が置かれていた。その中にはセネスもいる。暫く鏡にはその部屋が映し出されていたが突然映像がかき消える。

「・・効果が切れた、か。しかし特徴的なついたてですね。どなたかこの室内に見覚えはありますか?」

ユーヴェはアーレスへ振り返る。椅子から立ち上がったアーレスは鏡をしげしげと観察するも頭を振る。そこで、納屋にいたアーレスの部下が声をあげた。

「テレニアス憲兵軍曹です。自分は本日施療院の探索中に類似した部屋を見ました。」

「何の部屋だ?」

「小児病棟の病室です。」

はきはきとテレニアスは答えた。大きな情報にアーレスはユーヴェを見る。

「良いですね。絞り込めてきました。」

ユーヴェはテレニアスへ笑みを向ける。すると、納屋の扉が開き家令とカレイウスが護衛を伴って現れた。ユーヴェは彼らを歓迎し椅子を指した。地図が乗せられた机はこの時納屋の入り口から移動され一同は取り囲むように座る。

「ようこそ家令殿、カレイウス殿も連れてきていただきありがとうございます。椅子は昼間の内に沢山用意したのでどうぞ掛けて下さい。白湯もストーブの容器から好きなだけどうぞ。」


 軽く礼を取った二人はそれぞれ端に座るアーレスとユーヴェの間に白湯が入ったカップを片手に座った。席を立ったユーヴェは笑みを浮かべて納屋へ集った一同を見渡すと憲兵達は真剣な面持ちだが、家令はユーヴェへ愛想笑いを返した。そこで、旧下水道で発見した物について皆に語った。ユーヴェはその話を裏づけるように腰から下がる袋から異形の頭蓋骨を取り出して見せ作業台に置く。禍々しい頭蓋骨に家令は椅子を引きずって離れ、憲兵達は目を見開く。混乱し、目を覆ったアーレスが確認を取る。

「それは、吸血鬼が現れる以前の死体が山の様に転がっていた。そのような解釈で宜しいですね。」

「ええ。ただし、腐敗の度合いから最近のモノもあったと考えられます。」

ユーヴェの答えにアーレスは唸ると乾いた唇を白湯で湿らせて口を開いた。

「私にはその犯人の目星がついているのですが、皆さんはどうですか?」

ユーヴェは頷く。家令は額の汗を見事な服の袖で拭い憲兵達をチラリと見る。ため息をついたアーレスは立ち上がり唇を噛み締めると地図の屋敷を指でつついた。

「領主様ですよね。魔術殿、今朝お話し頂いた推察。領主様の事には言及されておりませんでしたが何か知っていることがあるのではないですか?」

「はい有ります。ですがその前に、領主閣下の凶行には魔術の心得が有る者が関わっております。何れの死体も前頭骨の一部が切り取られていたのです。恐らく使い魔の材料にしたのでしょう。森と病院での報告は読まれましたか?」

憲兵達一同は頷く。家令は作業台物々しい血に濡れた剣を心配そうに眺める。彼らを眺めたユーヴェは手袋の裾を引っ張り、ピッタリと奥まで指を通すと言葉を続けた。

「私は領主閣下が吸血鬼を特殊な魔術道具、願い箱で作り出した可能性があり、魔物への変身願望があったと考えられておりました。矢継ぎ早に起こる出来事によってすっかり混乱させられておりました。ですが、家令殿。」

ユーヴェは背後の作業台から短銃を取り出して家令の腹へ向ける。

「貴方、魔術師ですよね。貴方のお名前は?」

「えっ。」

呆ける家令へユーヴェは続けた。

「願い箱。貴方はそれを私達が知っている体で話されました。加えて、あなたの所作は私と同じくらい汚いですよ。寄宿舎卒の所作には全く見えません。貴方は以前から屋敷で雇われている魔術師でしょう。他にも証拠はありますよ、貴方の身体の中の鏡とかね。」

「いえ、本当に私は・・。」

白を切る家令にユーヴェは歯を剥き出しに凄む。

「使い魔に改造されて聞き出されるか、生きたまま事情を話すか選べ。」

家令の顔が徐々に赤く染まり、背後には屈強な憲兵が立つ。ユーヴェの親指が撃鉄へ触れる。

「待って欲しい、確かに私は魔術師だ!名はダンと言う。ですが、だが俺は違う。領主様は自殺していたんだ。それを奥様があんたと爺さんを呼び戻すために細工して。」

「嘘か?」

アーレスが目を鋭くして問い詰め、ピタリとユーヴェの銃口がダンの腹を狙う。憲兵達も小銃を一斉に向ける。ダンは針のむしろに座る気持ちであり、唾を飲み込むことをためらわせどんどん唾が彼の口内に溜まっていく。

「勘弁してくれ、本当だ。どうせ後で確認して間違っていれば殺すだろ。つまらない事で死んで溜まるか。」

荒い息を吐いて開き直った家令は腕を組み、目を瞑ると唾を床へ吐き捨てた。アーレスは家令の下品な行いに顔を顰め、その恥ずかしい仕草に頭を掻く。そんなアーレスの様子を横目にユーヴェは銃を下ろさず家令へ問い掛ける。

「願い箱はアイアドス先代領主が怪物退治の際に持ち帰った物ではないですか?」

「合っている、あの男は山のような黄金と一緒に持ち帰ってきた。箱の中には生臭い吸血鬼の手が一本入っていて、郊外の墓へ納骨する際に手も一緒に墓へ入れた。だから、俺じゃ無い誰かが吸血鬼では無く、吸血鬼に近い使い魔を作った。・・そもそも転身、変身願望なんて、領主はどうかしてた。案の定あいつは馬鹿みたいに自殺してあの怪物に連れて行かれちまった。俺から聞いた術を鵜呑みにして死体の頭をかち割るあいつを俺は止めたぜ、あんたじゃ無くなるって。こうなるって。」

唇を舐めたダンは興奮気味にそう言うと右手の人差し指を立て自らの頭部へ乗せる。ダンは満面の笑みを浮かべている。

「おい、笑えよ。」

沈黙したユーヴェと憲兵達達を見渡したダンは笑みを消してドスの効いた声色で言うとイアラケスの性癖を揶揄して狼の鳴き声を真似た。ダンが間抜けな遠吠えを三鳴きすると、

「もういいだろう。」

カレイウスが屈強な右腕でダンの首を絞め上げた。苦しむダンは椅子から立たされ必死にカレイウスの腕を掴むが腕は揺るがない。カレイウスはダンを椅子へ叩きつけた。目を回すダンは咳き込みながら薄ら笑いを湛え、低い笑い声を口の端から漏らす。ユーヴェは納得いったように頷くと銃を作業台へ下ろして椅子へ座った。安堵するダンの空になったカップへ白湯をつぎ足したユーヴェは再び立ち上がり机へ身を乗り出して語った。

「さて、それはどうでしょうね。この相手は使い魔や北方の古い魔術に精通している。近い使い魔では無く本当の吸血鬼かもしれません。ダンさん、あなたのお陰で何故安置された領主閣下のご遺体が盗まれたのかがわかりました。願い箱にはアイアドス殿の願いが込められており、イアラケス殿は箱の中身だった。イアラケス殿はその話を貴方から聞いて自分が人間では無い事を知り、怪物へ傾倒していった。その中で貴方が使い魔作成術を伝授し凶行を行わせていた。そうですよね。」

ダンの満面の笑みを浮かべていた。手のひらをゆっくりと合わせたダンは椅子へだらしなくもたれかかると手を交えて語り出す。

「想像をしてほしい。良いか、俺或いはお前はある尖塔に居るとする。最上階だ、こう窓の両枠を押して開け放って。下には大勢の人間が居る。今日は晴れ、加えて祭りで街は活気づき、貝紫色の旗が辺りを波のようにはためいている。自分も清々しく良い気分だ。そこで、手には一個の硬い鉄瓦がある。それを窓から落とすと旗の下に居る人間は死ぬのだろうか。落とした時、言い知れぬ快感が私を駆け巡る。それ何故か混沌があるからだ。殺したかもしれないし、そもそも当たっていないかもしれない。答えは下界の悲鳴に非ず、見なければならないだろう。最も、俺は落として終わりだがな。兎にも角にも馬鹿な人擬きのお陰で此処は俺の願い箱だよ。」

笑顔で押し黙ったダンからユーヴェは視線を外し、彼は椅子にしっかりと座ったアーレスを見つめると感情を押し殺した平坦な声色で尋ねた。

「ところで、デルトルさんの体内から探知の魔術道具は見つかりましたか?」

「では、結論を言いましょう。有りませんでした。但し、他の村人は解剖終わっておりませんのでそちらにある可能性も否定できません。」

ユーヴェは頷き、病院からの報告を知らない憲兵達はユーヴェへ疑問の目を向け、ダンは白湯を啜る。わざとらしく白湯を啜るダンをねめつけたアーレスは続けて言った。

「ただし、気管から左の肺にかけて棒状に抉れておりまして。身体に埋め込まれていた何らかの物を取り出したようにも見えるとの話でした。更に、肺には髪の毛が残っておりました。」

間髪入れずユーヴェがアーレスへ確認を取った。

「それは黒髪だったのでは?」

「ええ。ではもとより領主様のご遺体を狙って。」

「これまでの話を纏めればそう推定出来ます。ですが、領主夫人殿の探知も行ってたと思います。豪族は魔術師を雇えるだけの財が有りますから。我々が見た記憶は生存者の誰かの記憶と言うことでしょう。あの病院で横たわっているのはデルトルさんの見た目をした誰かですから。」

ユーヴェの話を聞いたカレイウスは悍ましい神秘の力に鳥肌が立つ。不安になった彼は仲間の憲兵達へ目を向けると彼らも同じ感情だったようで、不安げな目が彼にも向けられた。そんな彼らを余所にユーヴェは話続ける。

「あのご遺体は願い箱の中身、願いの塊です。これ以上無い魔術触媒になるでしょう。喉が渇きましたね。」

言葉を切ったユーヴェは作業台へ向かうと台上の銃を手早く取りダンの胸へ引き金を引いた。小さな爆発音と共にダンは背もたれから地面へ倒れ込んだ。倒れたダンは笑みを浮かべて横たわり左胸血に濡れ、仕立ての良い白いシャツが真っ赤に染まり、血に濡れた藁がまとわりついた死体は人間には見えなかった。銃口からは白い煙が立ち、ユーヴェは弾が無くなった銃を軽く掃除してから作業台へ両手で音を立てずにひっそりと下ろし、湯気の立つカップへ口をつけた。憲兵達はあっけにとられていた。カレイウスは特に驚いていた。彼は口を半開きに死体とユーヴェを交互に見つめ、アーレスは椅子から腰を浮かしたまま緊張により髭を思わず弄る。

「では例の魔術をお願いします。」

ひげを揺らし動揺するアーレスがいち早く正気に戻りその言葉をひねり出した。ユーヴェはその言へ「勿論対処します。」と答えると、彼は泥人形が置かれている作業台へ早足で歩み寄り、セネスの剣を取って人形に向かった。感慨深げに剣を眺めたユーヴェは剣を人形の胸へ突き刺し、白湯を乗せたストーブへ剣ごと放り込んだ。瞬く間に人形は炎上する。

「うお!」

憲兵の一人が作業台から飛び退く。作業台に縫い付けられていた吸血鬼の手が燃え盛り炎は人一人程高く登り、燃える手からは硫黄の香りが漂ってきた。

「これで吸血鬼は燃えました。弱った奴を追い詰めましょう。後一息です。」

ユーヴェは憲兵達へ笑みを向けて一同を鼓舞するが、憲兵達には今まで頼もしく見えていた魔術師がとても恐ろしい物にも見えてきた。

「何故ダンを?」

カレイウスはユーヴェの背に問い掛けた。鬱陶しそうに振り返ったユーヴェは不思議そうに答えた。

「彼は魔術を悪用した邪悪な殺人鬼です。怪物ではないのですか?更に、彼が吸血鬼の協力者で会った場合先に殺しておかないと炎上の魔術が彼に発動してしまいますから。」

「はあそうですね。」

「そんな事よりも早く行きましょう。時間は我々の大敵です。あれは後で解剖をお願いします。中に魔術道具があると思います。」

ユーヴェは歯切れの悪い返事をするカレイウスを急かすように声をかけオーグと共に納屋を飛び出して行く、憲兵達も彼らの後に続いた。

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