百台
【十九時〇〇分】
区域の南の外れに、中学校の校庭があった。
学習塾の子どもたちを、そこで、降ろした。
迎えに来ていた親たちが、子どもを、抱きしめていた。
凛は、助手席から、それを、見ていた。
脇腹のガーゼは、もう、三枚目だった。
校庭の、門の外に、出た。
息を、呑んだ。
道の両側に、軽バンが、並んでいた。
白。銀。紺。黒。屋根に、屋号を、手書きで書いた車。荷台に、段ボールを、積んだままの車。一台ずつ、ハザードランプを、点けていた。
オレンジの光が、点滅しながら、道の先まで、続いていた。
どこまでも。
角を曲がった、その先まで。
「……何台」
凛が、呟いた。
「九十七台です」
無線から、水無瀬さんが、言った。
「今も、来ています」
【十九時〇六分】
先頭の車から、降りてきた男がいた。
小柄で、六十代。ジョッキを持っていないと、すぐには、分からなかった。
「宮田さん」
「おう、早坂」
宮田さんは、俺の車の、割れた窓を、のぞき込んだ。
「派手にやったな」
「どうして、ここに」
「同業の連絡網だ。大野さんの名簿から、回ってきた。坂下が、昼過ぎに、流したらしい」
宮田さんの後ろに、三人、立っていた。
北川さん。小林さん。大久保さん。
許可制の前の晩に、居酒屋の座敷で、ガソリン代に乾杯した、顔だった。
「素材は、運べない」
小林さんが、言った。
「人は、運べるらしいな。署長の許可で」
「はい」
「なら、運ぶ」
大久保さんが、無言で、うなずいた。
その後ろに、白いワゴン車が、一台、止まっていた。
黒ナンバーでは、なかった。
病院の、ワゴンだった。
運転席から、若い男が、降りてきた。
「宮本さん」
「早坂さん。……榊先生が、行けって」
宮本さんは、メモ帳を、胸ポケットから、出して見せた。
「三秒前から、踏みます」
「はい」
「四時間で、三十分、休みます」
「はい」
「守らないやつから」
「死にます」
「……はい」
宮本さんは、真顔で、うなずいた。
【十九時十二分】
「全員、聞いてください」
水無瀬さんの声が、全員の端末に、流れた。
百台近い軽バンの、ハザードランプが、点滅していた。
「これから、経路を、出します。北の地区の避難所は、二十三か所。残っている人は、推定、九百人。区域の中の道は、四十台の大型と、地割れで、半分が、使えません」
キーボードの音がした。
「一台ずつ、言います。ナンバーの、下四桁で、呼びます」
大野さんが、無線のアプリに、言った。
「おい。百台を、一台ずつか」
「一台ずつです」
「あんたの早口じゃ、年寄りには、聞き取れん」
「では、ゆっくり、言います」
水無瀬さんは、言った。
「……百台分」
大野さんが、黙った。
それから、言った。
「……早口で、いい」
「はい」
周りの車で、何人かが、笑った。
それから、水無瀬さんの声が、流れ始めた。
「四二一八、二号避難所、山手通りを北へ、三本目を左、幅二・六、積載二人増し可。……〇九三三、四号、同じ経路、四二一八の後ろ。……一一〇七、七号、線路沿い、高架は使わず、踏切を、徐行で」
一台、出る。
次の一台が、出る。
軽バンが、ハザードを消して、ウインカーを出して、一台ずつ、闇の中へ、走り出していった。
水無瀬さんの声は、止まらなかった。
息継ぎを、どこで、しているのか、分からなかった。
一台ごとに、道の幅と、積める重さと、避難所の人数を、合わせていた。
幅の広い車には、広い道を。四駆には、地割れのある道を。荷台の低い車には、車椅子の人がいる避難所を。
「二〇五〇、十一号、車高が低いので、六丁目の、段差は、避けて」
「……なんで、俺の車の、車高まで、知ってんだ」
二〇五〇の運転手が、呟いた。
「去年、東亜のスポットに、登録されていましたね。車検証の写真が、残っています」
「……おっかねえな」
「配車係ですので」
凛が、助手席で、膝を抱えていた。
ずっと、無線を、聞いていた。
「……ねえ」
「はい」
「あの人、今、百台、一人で、動かしてんの」
「はい」
「頭、どうなってんの」
「道路です」
「それ、あんたの台詞」
「同じだと、思います」
凛は、少し、黙った。
「……あんたたち、似てるね」
「そうですか」
「うん。ちょっと、むかつくくらい」
【十九時三十四分】
八十台が、出た。
九十台が、出た。
百台目が、出た。
道の両側に、ハザードランプは、もう、なかった。
残っているのは、俺の車だけだった。
無線が、一度、静かになった。
キーボードの音も、止まった。
それから、水無瀬さんの声が、した。
さっきまでの、早口では、なかった。
「早坂さん」
「はい」
「新宿北陵高校。避難者、三十八名。体育館。周辺の道は、幅、二・四メートル。大型は、入れません。白牙の群れは、北西の、八百メートル」
息を、止めた。
「一番、近いのは、あなたです」
少し、間が、あった。
「……本当です」
凛が、横で、小さく、吹き出した。
「本当、って、言う必要、ある?」
「あります」
水無瀬さんは、即答した。
「経路を、私情で、組んだと、思われたくないので」
「組んだでしょ」
「組んでいません。……一番、近いのは、本当です」
「ふうん」
凛は、窓の外を、見た。
「でも、一番、最後に、残したのは、わざとでしょ」
無線が、黙った。
三秒。
「……行ってください。経路を、言います」
【十九時四十一分】
北へ、走った。
水無瀬さんの声が、一本ずつ、道を、言った。
右。左。路地を、三本。商店街の、裏。
迷わなかった。
学校まで、一・八キロ。
一・五キロ。
交差点の手前で、ブレーキを、踏んだ。
止まる三秒前から。
交差点の真ん中に、人が、倒れていた。
五人だった。
ガードレールに、もたれて、座り込んでいる人。道路に、横になっている人。足から、血を、流している人。
白牙に、噛まれたのだ。
一人の男が、片手を、上げた。
「……助けて、くれ。歩けない」
無線から、水無瀬さんの声がした。
「早坂さん。その先、学校まで、一・二キロです。けが人は、後続の車を、回します。二十分で」
「二十分」
「はい」
男の足から、血が、止まらずに、流れていた。
白牙の牙は、毒がある。
路地裏の倉庫で、凛の左腕が、動かなくなった。
二十分、ここに、置いておいたら。
北西に、群れがいる。
ハンドルを、握った。
積み順は、変えない。
先に届けなければならないものから、積む。
運転席から、降りた。
「乗ってください。荷台に」
「早坂さん」
水無瀬さんの声が、低くなった。
「その五人を乗せると、荷台が」
「分かっています」
一人ずつ、抱えた。
腕の重さで、読んだ。
六十二。五十五。七十。四十八。五十五。
毛布の上に、座らせた。足を怪我した男は、横に、寝かせた。
ベルトを、渡した。
扉を、閉めた。
運転席に、戻った。
凛が、こちらを、見ていた。
何も、言わなかった。
俺は、頭の中で、数えた。
六十二。五十五。七十。四十八。五十五。
二百九十。
最大積載量は、三百五十。
六十、余る。
学校の体育館には、三十八人。
その中に、美緒が、いる。
キーを、回した。
時計は、十九時五十二分だった。
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