内通者
【十七時〇〇分】
経路を、変えた。
水無瀬さんが、三分で、別の道を、組んだ。
十二台に、送った。
五分後、その道の、三つ目の角が、塞がれた。
東亜の、白い警備車両が、一台。道の真ん中に、斜めに止まっていた。
運転席には、誰もいなかった。
鍵も、かかっていた。
もう一度、変えた。
また、塞がれた。
「……三回目です」
水無瀬さんの声が、低かった。
「経路を送ってから、塞がれるまで、平均、四分。警備車両が、出動してから、現場に着くまでの、時間と、ちょうど同じです」
「つまり」
「経路は、送った直後に、外へ、出ています」
凛が、助手席で、言った。
「誰が」
「十二台の、誰か、です」
水無瀬さんは、言った。
「私の端末からは、十二台のスマートフォンにしか、送っていません」
高架の南の端の、空き地に、十二台が、止まっていた。
年寄りたちが、運転席の外に、出ていた。
誰も、口を、きかなかった。
大野さんが、腕を組んで、全員を、見回していた。
久保田は、自分の車の横で、うつむいていた。
坂下は、銀色の新しい軽バンの、ドアにもたれて、地面を見ていた。
【十七時〇九分】
「東亜は、なぜ、道を、塞ぐんですか」
無線に、聞いた。
「避難の邪魔をして、何になるんですか」
「見られたく、ないからです」
水無瀬さんは、即答した。
「十二台に送った経路は、全部、北へ向かうために、東亜の、搬出ヤードの、裏を、通ります。ヤードの門の前には、正午の搬出のときに、門を出られなかった大型が、八台、止まっています。荷台には、焼き印のついた木箱が、積んだまま」
「第41層」
「はい。それと、ヤードの真ん中には、発破の裂け目が、あります」
手のひらが、冷たくなった。
「軽バンが、そこを、通る。運転手は、窓から、見る。避難する人も、荷台の窓から、見る。誰かが、写真を、撮る」
「それを、止めたい」
「はい。東亜は、今日の溢出を、『自然の地殻変動』だと、発表しようとしています。午後三時に、広報部が、その原稿を、作っていました。この部屋の、共有の、フォルダに、ありました」
凛が、呟いた。
「……人が、逃げてる最中に、原稿」
「はい」
「最低」
「はい」
水無瀬さんの声は、少しも、揺れていなかった。
揺れないように、力を入れているのが、分かった。
【十七時十五分】
坂下の、軽バンの前に、立った。
坂下は、顔を、上げなかった。
「坂下」
「……ああ」
「新しい車だな」
「ああ」
「保険が、降りた、と、言っていた」
坂下は、黙っていた。
「その前に、満額は出ない、とも、言っていた」
坂下は、黙っていた。
しばらくして、ポケットから、スマートフォンを、取り出した。
画面を、俺に、向けた。
メッセージの、履歴だった。
相手の名前は、『久米』。
送信の欄に、経路の地図が、並んでいた。
十七時〇〇分。十七時〇六分。十七時十一分。
三回。全部。
「……東亜の、倉庫長だ」
坂下は、言った。
「車を焼かれて、三日後に、来た。軽バンを、一台、用意する、と。その代わり、同業者の動きを、教えてくれ、と。誰が、どこで、何を、運んでいるか」
「それで」
「それだけだと、思った」
坂下の声が、かすれた。
「同業者が、どこを走ってるかなんて、誰でも知ってる。大したことじゃない、と。子どもが、二人いて。車がないと、食わせられない。……新車が、来た」
「今日の経路も」
「今朝、久米から、電話が来た。今日は、全部、送れ、と。避難の、邪魔はしない。安全のために、知りたいだけだ、と」
坂下は、顔を、上げた。
目が、赤かった。
「信じた。信じたかった」
高架の向こうで、また、鳥が、飛び立った。
【十七時二十二分】
大野さんが、後ろに、立っていた。
久保田も。
ほかの年寄りたちも。
誰も、何も、言わなかった。
俺は、坂下の顔を、見ていた。
言わなければならないことが、一つだけ、あった。
「坂下」
「……ああ」
「ひと月ほど前に、俺は、雷竜の角を、一晩、預かった」
「聞いた。真柴さんが、切られた夜だろ」
「あの夜、角の場所を、泥棒に流したのは、東亜の端末だった。水無瀬さんが、調べた」
坂下の目が、動いた。
「端末の持ち主は、倉庫長の、久米だ」
坂下の顔から、色が、抜けた。
「……久米」
「お前の車が焼かれたのは、その、二日前だ」
坂下は、口を、開けた。
声が、出なかった。
「泥棒も、お前の車も、同じ線だと、俺は、思っている。証拠は、ない」
「……俺の車を、焼いたやつから」
坂下の声が、震えた。
「俺は、新車を、もらった」
坂下は、銀色の車の、ドアを、見た。
傷ひとつない、ドアだった。
拳を、握った。
ドアを、殴ろうとして、止まった。
拳が、ドアの、五センチ手前で、震えていた。
殴れなかった。
その車で、さっき、高架の上を、六人、運んだのだ。
【十七時三十一分】
「坂下」
「……何だ」
「話は、あとだ」
坂下が、俺を、見た。
「今は、一台でも、要る」
「……俺を、まだ、使うのか」
「お前の車は、三百五十キロ、積める」
坂下の顔が、歪んだ。
泣くのか、笑うのか、分からない顔だった。
「スマートフォンは、大野さんに、預けろ。経路は、無線で、口で、聞け」
「……ああ」
坂下は、スマートフォンを、大野さんに、差し出した。
大野さんは、それを、受け取った。
ジャンパーの、胸ポケットに、入れた。
それから、坂下の肩を、一度だけ、強く、叩いた。
何も、言わなかった。
久保田が、坂下の横に、来た。
「俺は、時間を、守った」
久保田は、静かに、言った。
「守れと言われた時間を、守って、高校生を、巻き込んだ。守ってはいけないものを、守った」
「……」
「お前は、信じてはいけないものを、信じた。それだけだ」
久保田は、自分の車に、戻っていった。
坂下は、しばらく、その背中を、見ていた。
【十七時四十分】
「経路を、出し直します」
水無瀬さんの声がした。
「今度は、端末には、送りません。私が、一台ずつ、口で、言います。十二台、全部」
「全部」
「全部です」
「一人で」
「一人で」
キーボードの音が、した。
それから、声が、流れ始めた。
「一号車、大野さん。高架を南へ、二本目を右。……二号車、久保田さん。一号車の、後ろについて、三本目で、左」
十二台に、一台ずつ。
息継ぎを、ほとんど、しなかった。
俺の車の番が、最後だった。
「十二号車、早坂さん」
「はい」
「高架を、北へ。公園の脇を抜けて、商店街の裏の、路地を、四本」
北へ。
美緒の学校の、方角だった。
「その先に、避難所が、一つ。そこから、北陵高校まで、一・一キロです」
喉が、鳴った。
「ただし」
水無瀬さんは、言った。
「早坂さん。今、時計を、見てください」
見た。
十七時五十八分。
「十三時二十八分から、十三時五十八分まで、休憩しました。そこから、走り続けています」
「はい」
「三時間、五十八分です」
凛が、助手席で、こちらを、見た。
俺は、ハンドルを、握っていた。
北へ、一・一キロ。
美緒が、いる。
二分後に、四時間に、なる。
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