カンシャトヘンカ
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長い語りを終えたソフィはカップに残っていたハーブティーを飲み干す。すっかり冷めているが喉を潤すためなので気にしない。
「――私が話せることは以上です」
向かいでは顛末を知り背もたれに深く体を預けたジュダインがどこか感傷深く天井を見つめていて、隣ではカルロスが膝に肘を置き、額を支えるように俯いていて。
「なるほど……ボクの知らぬところでそのような試しが行われていたなんてね」
深く息を吐き、視線を向ける先は相変わらず平然とした優介で。
「あの時は軽率な願いをしてすまなかった」
研修の際、互いの師匠の料理勝負で使わせたことを謝罪した。
「能力を使用したことでキミがそれほどの苦しみを味わっていたとも知らず、キミたちの気持ちも考えず、本当にボクは軽率だった」
「謝る必要はねぇよ。あれはお前や、誰かのためじゃねぇ。俺がそうすると決めたことだ」
「キミならそう言ってくれると思ったけどね。一応のケジメさ」
「なら一応受け取っておく。で、他に言いたいことがあるならついでに聞くが」
「聞いてみたいが……やめておこう」
「そうね。さすがに無粋だわ」
苦笑するカルロスに同意するようカナンも息を吐く。
ようやく知れた遺言の概要は予想の斜め上を行くもの。
さすが心の料理人、上條喜三郎。伝授したのは、教えは、優介に涙を教えること。
そして喜三郎とイチ子、最後のお客さまを思っての意地。
泣いて少しはすっきりしたか、涙を流すことを知り何かを得たか――先代の意地を垣間見て何を思ったのか、などと訪ねるわけにもいかず。
それにようやく納得できたこともある。あの日を境に優介の料理に変化が起きていた。
より優しい味になっている――などと口にするのは無粋だ。
「……では、私から一つ言わせて欲しい」
二人に代わり、ゆっくりと視線を落としたジュダインが視界に捕らえるのは優介だけでなくカナンも含まれていて。
「私はキミたちのライバル、カルロスの師匠。そしてキミたち師匠のライバルだ」
やはり優介とカナンへ向けての思いなのか、二人を見据えて続けた。
「それでも私は二人の盟友として、二人が残してくれた可能性を最後まで見届ける義務がある……いや、私が見届けたいと心より願っている。アリスにはカナンを頼まれて失敗してしまった。喜三郎からはユウスケを頼まれてすらいない。情けない老いぼれだが……それでも願ってしまう」
懺悔のような告白の後、尊き願いを口にする。
「だからカナン、ユウスケ。もし今後の料理道で悩み、苦しみ、疲れてしまったのなら、少しでもいい。私を頼ってくれ。喜三郎やアリスのような、道しるべにはなれないと分かっているが……残された者として、二人が安心して眠れるように……」
「ジュダインさま……」
「…………」
「キミたちの孤独を少しでも取り除いてあげたい、これは私の勝手な願いだと分かっている。それでも……どうか頼む」
唐突な願い、頭を下げて懇願するジュダインの姿にカナンはただ驚き、優介は無言のまま見詰めるのみで。
それでもジュダインは願ってしまう。カナンが優介への想いで悩んでいたのを偶然でも知ることが出来て、自分なりに出来る事はしたつもりだ。しかし喜三郎の遺言を知り、優介がどれほどの孤独を秘めていたかを知ったことで、改めてここに居る可能性がまだ若いと思い知らされた。
手を引く者が、道を示す者が必要なのだ。それは誰でもない、可能性の師のライバルとして、盟友として、自分が名乗り出なければならない。
もちろん勤まるか自信はない。現に一度失敗しているし、託されてすらいない。
だがそれでも、盟友たちがしたくても出来ないことを、変わって残された自分が。でなければあの世で二人に会わせる顔がないと。
キミたちの成長を、少しでも誇らしく思える資格が欲しいと、ジュダインは誠心誠意で願ってしまう。
「……ワタシの師匠は生涯アリス・レインバッハただ一人」
その勝手な願いを聞き、カナンは慈しみを込めて言葉にする。
「ですがジュダイン・ライズナーさまはワタシにとって尊敬する料理人の一人であり、見本とすべき素晴らしい心の持ち主です」
「カナン……」
「失敗したなどと後悔しないでください。情けないなどと卑下しないでください。アナタ以外に師が頼むはずがありません。だから師の代わりにワタシからお願いします」
顔を上げるジュダインの視界には、カナンの敬愛の微笑みと。
「これからも良き見本として、師に代わり、ワタシの成長を見届けてください」
心に潜んでいるアリスの気持ちが、微笑みが重なったように映った。
「あいにくだが、俺の見届け役は白河の爺さんに託されているんでな」
続けて苦笑交じりに優介が告げるのはジュダインの知らぬ所で託されている喜三郎の思い。
夢幻の世界で交わされた親友同士の約束事。ならばジュダインの願いは叶わない。
「しかし……白河の爺さんに料理人の成長なんざ見届けるのも無理な話。爺さんに任せっきりで、包丁すら握ったことねぇからな」
ただそれは人として、男としてどのような成長を遂げたのかと優介は理解している。
元より誰が適任かなどと師より言われるまでもなく分かっていた。そうでなければわざわざ遺言に関係のないジュダインへ直接報告などしにフランスまで訪れない。
「悪いが白河の爺さんに代わり、俺がどのような料理人へと成長したのか見届け、あの世で師に報告してくれ。二人で……いや、アリス・レインバッハと三人で酒でも交わしながらな」
「……ユウスケ」
「こんな面倒な報告、あんた以外に頼めんからな。なんせ俺にとって、この世に残された中で最も尊敬すべき料理人だ」
その証拠に、優介の心に潜む喜三郎の気持ちが、太々しい苦笑が重なっていた。
「だからせいぜい長生きしてくれ」
「どうせならワタシたちが師を越えたと報告して欲しいので」
「ユウスケ……カナン……ありがとう」
亡き盟友の心を届けてくれたこと、大切な資格をくれたことにジュダインは心から感謝する。
そしてもう一人――
「さすが我が師匠殿。ボクは改めてあなたを尊敬してなりません」
自分のライバルを思う師の、ジュダインの姿を目の当たりにしたカルロスはただ微笑で称える。
嫉妬などするはずもない。むしろ盟友の想いを真摯に受けとめ、受け継ぐ度量の深さは憧れすら感じる。
「どうか末永くボク達の成長を見届けてください。これからも良き道しるべとして、ボク達を導いてください」
「カルロス……ああ、誓わせてもらうよ」
弟子の願いを聞き入れ、ジュダインは改めて感謝する。
優介とカナンという可能性を残してくれた盟友達に。
カルロスという愛弟子に出会わせてくれた運命に。
残された者へ寂しさではなく、楽しみを示してくれた三人に。
「今日は我が料理道で、最も幸福な日だ」
幸せな未来を、ありがとうと。
その後は気を利かせて席を外していたソフィが淹れた紅茶を楽しみ、お開きとなった。
◇
「ではカルロス。二人を頼むよ」
「お任せあれ。騎士のごとく守ってご覧に入れましょう」
玄関口でジュダインにカナンとソフィの見送りという命を受けたカルロスは優雅に一礼。まあ実際のところ二人はカートレット家の迎えの車が来ているので道路までの短い時間しかないのだが。
ちなみにカルロスはそのまま寮へ戻らず実家へ帰り、明日日本へ戻る優介やカナン、ソフィを空港で改めて見送ることになっていた。
「ジュダインさま。本日は遅くまでお相手して頂き、ありがとうございました」
「ただ気持ち悪い人をわざわざ付けて頂いたことには、お礼を言いかねますが」
優雅に一礼するカナンに対し、ソフィは笑顔でさらりと毒舌。
「心配しなくともボクはフェンシングの心得もあるからね。遠慮はいらないよ」
しかし気にするカルロスではなく、公言通りに妙な使命感を見せていた。
「ユウスケも、また明日」
「お休みなさい」
「ああ」
そんなカルロスを無視してカナンとソフィは優介と挨拶を交わしてライズナー邸を後に。もちろんカルロスも見守るように続き
「わざわざすまんな」
ジュダインの計らいでこのまま泊まることになった優介は感謝を述べる。
「構わないよ。むしろ、キミとは改めてゆっくりと話がしたかったからね」
「そういや料理談義の約束があったな」
「覚えているよ。故に、こうして機会を作ったまでさ」
研修時にはジュダインが忙しく、また去年フランスへ訪れた際は恋や愛が優介と共にいたので大切な約束が果たされていないとの配慮らしい。
「悪いが、その約束はまたの機会にしてくれ」
しかしジュダインの思惑とは裏腹に優介は先延ばしを申し出る。
「腹は減ってないか」
「……ん?」
更に続けた確認に、一瞬返答に詰まってしまった。
◇
翌朝、シャルル・ド・ゴール国際空港で優介はジュダインに送られ、カナンとソフィはカートレット家の送迎で、カルロスは単独で集まっていた。
「……なるほど」
搭乗時刻を待つ間、カフェでソフィと向かいコーヒーを楽しんでいたジュダインが苦笑する。
出国手続きを終えて直ぐ、優介がカナンとカルロスに話があると誘った。なんでもライバルとしての土産話を忘れていたらしく、昨夜消化不良気味なカナンはもちろんカルロスも興味津々で従ったのでここには居ない。
滅多に揃うことのない三人に気を遣いソフィとジュダインは遠慮したのだが、実はソフィにとって都合も良く。
遺言の話をした後、盟友の思いを引き継ぎたいとジュダインが申し出た際、話しておきたいと心に決めていたのだ。
秘密とはなぜ喜三郎が優介を弟子にしたのか、その理由だ。誰も知らぬ秘密、恋と愛、ソフィの三人だけがイチ子に託された想いを見届け人としてジュダインも知っておくべきだと。
故に帰宅後、秘密を知る恋と愛にもわざわざ事情を説明して許可までもらい、本人の知らぬ場所で伝えることが出来たのだが
「技術や才ではなく、ただ心を味わいたいとは喜三郎らしい」
「付き合わされた優介さんからすれば勝手な理由ですが」
こうして口にすると実に身勝手な理由。本人の意思関係なく料理の道に引きづり込んだのだ。まあ結果として優介が進んで歩むようになったのでソフィも納得しているが。
「たしかにそうかもしれないね。でも、料理人はとっても傲慢な生き物でね。自分の楽しい趣味のようなもので、相手を喜ばせたいと願うんだ。喜三郎の欲望も仕方がない」
「わかっています。本人も見事な料理バカになっているので良かったと思います」
「それはなにより。とにかくありがとう。これで私もより喜三郎の思いを明確に引き継げた。レンくんやアイくんにも感謝していると伝えてくれ」
「必ず……それにしてもカナンやカルロスさんだけへの土産話とは、何でしょう」
一息吐いてソフィは周囲を見渡すも広いロビーに三人の姿は見当たらない。
「気になるかね?」
「……まあ。優介さんはいつもいつも秘密主義なので、後で聞いても教えてくれそうにありませんし」
「かもしれないね。それでも、最後には知ることになるだろう。少なくとも、カルロスやカナンと親しい私やキミはね」
「だといいですけど」
肩を竦めるソフィを微笑ましく思いながらジュダインはあえて昨夜の出来事を告げなかった。
そして搭乗時刻が迫りカフェを出て待ち合わせの場所に向かうと既に優介らは到着していた。
「おせぇよ」
「仲間外れにされたので気を遣ったつもりなのですが、必要ありませんでしたね。すみません」
優介からの批判を嫌味で返し、ソフィはカナンの元へ。
「土産話は楽しめましたか?」
「……まあね」
早速問いかけるもカナンの表情は優れなく、ソフィは首を傾げてしまう。
「どうかしましたか? まさか苛められました?」
「お前は俺を何だと思ってんだ」
「別にあなたにとは言ってません」
カナンではなく優介から批判されてソフィは嘆息。
「苛めなどなかったよ。ちょっと刺激的な土産話で心の整理が付いていないだけさ。ボクも、カナンくんもね」
「……あなたには聞いてません。と言うより刺激的な話ってどんなですか」
苦笑交じりで仲裁に入るカルロスの言葉にソフィが改めて問うも
「さあな」
「でしょうね」
予想通りのお約束で早々に諦めてしまった。
「さて、これ以上の無駄話もいいだろう。爺さん、カルロス、またな」
同時に優介が荷物を手にして素っ気なく背を向ける。
「もう少し言うこともあると思いますが……ではジュダインさま……カルロスさん。わざわざお見送りありがとうございました」
ジュダインの手前無碍に出来ず、カルロスへも頭を下げてソフィが続き
「……失礼します」
最後にカナンが会釈して搭乗ゲートへと消えていく。
三者三様、しかし明らかに様子のおかしいカナンの背を見送り、ジュダインは小さく息を吐いた。
「やれやれ……やはり私では役不足だったかな」
「違いますよ師匠殿。先ほども言ったように、ユウスケくんの土産話があまりにも刺激的で、まだ心の整理が付いてないだけです」
頼れないのは別の理由があると代弁するカルロスからはいつもの余裕が消えていて
「なにより……これはユウスケくんにライバルと認められた、ボクとカナンくんの問題です」
迷いない言葉を口にするも、その瞳には明らかな迷いが生じていた。
カナンとカルロスに対する優介のお土産が完結編のメインの一つとなります。
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!




