アマイヌクモリ
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あまりに衝撃的な提案にボクも、カナンくんも、言葉が出なかった。
『これは強制でもなければ懇願でもない。そもそも提案ですらねぇ』
なのにユウスケくんは否定する。
『あくまで土産話だ。どうとらえるかは好きにしろ』
事前に忠告したように、これはボクらへの土産話でしかないと。
否定されようとこの土産話は提案だ。しかしなぜ拘るのかは理解している。彼は対等でいたいのだ。
『でも……ユウスケ。それだとヒビヘイオンは――』
『土産話だ、何度も言わせるな』
だからカナンくんの問いも聞くつもりはない。聞いてしまえば、返答してしまえばこの構想は彼が中心となってしまうから。
『ま、現状なに聞かれても答えられんがな』
『……レンとアイは知らないのね。土産話のこと』
『順序をすっ飛ばすつもりはない』
『順序って……』
『この土産話を聞いたお前らが、どのような感想を述べるか。でなければあり得ん先の話をすることになるだろ』
つまり現段階ではレンくんとアイくんに説明する内容も、説得すべきかどうかもユウスケくんの思考には存在していない。これが提案でないのなら当然の理屈。
結局はボクが、カナンくんがどう動くか、どのような感想を抱くか次第。でなければ動くつもりもない。どこまでも対等に拘っている。
『とにかく話は終わりだ。行くか』
拘るからこそボクらにわざわざ感想を聞かない。促してしまうことすら彼が中心となってしまう意味をもつ。
相変わらず付け入るスキを与えてくれない。本当に困ってしまうね。
でもね、ユウスケくん。例えどう理詰めにしようと、これはキミからの提案なんだ。とても素晴らしい、ボクには考えも付かなかった新境地。
だからこそ、ボクは先を行くユウスケくんの背に感想を伝えることが出来なかった。
◇
二月、ライズナー学院内では年に四回行われる行事を明日に控えて緊張感に包まれていた。
三ヶ月に一度の料理コンテスト。専門生をランダムに振り分けた一五人前後を一グループにしてお題の食材を一時間以内に調理、これを八回繰り返す一日かけた伝統行事。この成績順によって年齢関係なくクラスが振り分けられるので誰もが真剣そのもの。
ただ一年半前までは己のプライドにかけて相手に負けたくない、とギスギスした空気も今は成績よりも美味しい料理を作りたいとの純粋な気持ちが前面に表れている為か決して悪くない緊張感で。
授業を終えて帰宅する生徒らも内には誰よりも美味しい料理を作るとの決意を秘め、それでも笑顔で互いの健闘を称え合う様子も見られていた。
「もうすぐバレンタインね」
……のだが、さすがにコンテストとは全く関係のない話題を上げる者はいないので、ノートをバッグに入れていたテーラはキョトン。
「今年もユウスケにチョコレートを送るんでしょ?」
「ふぇ!」
しかし続けられた言葉に別の意味でキョトン――というか顔が真っ赤になる。
「ど、どうしてわたしがユウスケさんにっ?」
「え? だってあなた去年も送ってたじゃない」
挙動不審なテーラに対し話題を上げたメゾは何を今さらと首を傾げる。
「ホワイトデー……だっけ? ユウスケからのお返し美味しかったでしょう。だから今年は私も送ろうと思って。どうせなら一緒に送らない?」
「そういうことなら……でも、お返し目的ってどうなのかな」
「いいでしょ? 一流の味を知るのも勉強、別に不純な動機でもないし。まあ本命を送るあなたからすれば疑問に思うかもしれないけど」
「で、ですから! わたしはユウスケさんに憧れてるだけで本命とか――」
メゾの冷やかしにわたわたと否定するテーラだが
「ふっふっふ。それは違うよテーラくん」
「ふえ?」
「……はぁ」
どこからともなく待ったの声、テーラは周囲を見回しメゾはため息一つ。
「キミの憧れが本物なら、チョコレートに込められる心も本物さ。ならば本命と言っても過言ではないはず!」
「なるほど……」
「いいから……まず姿を現しなさい。せっかく珍しくいいこと言ってるんだから」
感銘を受けるテーラに呆れつつメゾは面倒くさそうに促せば声の主、カルロスは教壇の陰から姿を現す。なぜわざわざ教壇に隠れていたかは、彼の奇行に慣れているメゾはあえて聞かない。
「とにかく、本場日本でも義理チョコだけでなく友チョコ、逆チョコと様々な意味合いで渡すらしいからね。憧れチョコや勉強チョコがあってもいいんじゃないかな」
「ともちょこ? ぎゃくちょこ?」
「友チョコとは私たちズッ友だよね、と女性同士が友情を育む物で、逆チョコとは女性から、ではなく男性から想いを伝える為に送ることさ」
「そんなチョコレートもあるんですか」
「どうでもいいけど、あなたずいぶん詳しいわね」
説明されて素直に感心するテーラや、感心しつつも呆れるメゾ。
二人の反応から分かるように、実のところバレンタインで女性から男性へチョコレートを送るというのは日本独自の文化。ヨーロッパでは相思相愛の男女が愛を告白し、カードや贈り物を交換する日なのだ。
故にバレンタインの本場(?)イタリア出身のメゾやイギリス出身のテーラも一年半前に在籍していたソフィから日本の文化について聞くまで知らなかった。
ではなぜフランス出身のカルロスがここまで詳しいのかと言えば
「ボクだからね!」
「……はいはい」
両手を広げて何の答えにもならない答えを得意げに口にするカルロスに予想通りとメゾは相づち。恐らく食文化として興味があり調べたのだろうが、追求するだけ面倒だった。
「でも友チョコですか……わたしもソフィさんに送ろうかな」
「なら私もカナンさんに、一応テーラと同じように憧れチョコを送ろっと」
「一応って……だからわたしのユウスケさんへの気持ちは純粋な憧れだから」
「ならばボクも負けてられないね。こうなったら島の住民全てへ感謝チョコを送ろう!」
「どうして対抗意識を燃やしてるの……」
「島のみなさんの分になるとすごくお金かかるよ」
やはり面倒なカルロスにメゾとテーラは項垂れてしまう。
「キミたちは何の話をしてるんだい……?」
と、盛り上がる三人の元へロイが歩み寄る。ノートを手にしたままなのは教師に授業の質問をしに行っていたのか、とにかく大切なコンテストの前日に雑談をしているのを呆れているようで。
「みんな明日に備えて英気を養っているというのに、ずいぶんと余裕だね」
「英気の養い方なんてそれぞれ。私はこうした日常を楽しむことで養ってるの」
「テーラくんを巻き込んでかい?」
「わたしは別に……メゾさんの言ってることもわかりますので」
「……ならいいが」
援護のつもりが逆に本人から肯定されてロイは決まり悪く視線を逸らす。
「それよりもカルロス。明日は絶対に負けないからな」
変わってニコニコと傍観していたカルロスへ宣戦布告。
実はカナンの卒業後、学院生で主席の成績を残していたロイは現在次席。
半年前の実地研修で優介とカナン、二人のライバルの成長を目の当たりにし、師匠の意思を知り、カルロスは実力を隠すのを止めた。
ジュダインとの師弟関係を知られないようにするため、学院理事で生徒の憧れの存在の弟子だと知られては嫉妬や嫉みだけでなく、贔屓に取られるかもしれないとの懸念から目立つことを(奇行はともかく)良しとしなかったが、それ以上に優介やカナンとのライバル関係を選んだのだ。
どのようなひと皿でも全身全霊を込めて調理をするのがライバルなら、どのような理由であろうと手を抜いてはならない。結果として学園五指の腕前からいっきに主席へと上り詰めていた。
ちなみに懸念とは裏腹にカルロスの実力を知ってもジュダインとの繋がりは知られていない。先ほどメゾがカルロスの答えにならない答えに納得したように、急激に腕前が上がっても彼なら納得せざる得ないとの風潮が既に学園に根付いていたと怪我の功名。
なのでカルロスの師がジュダインであること、また優介やカナンとの関係を知るのは学院でも彼らと親しい者のみで。
「たしかに先日、ボクはユウスケとの料理勝負で敗北した。しかし、お陰で自惚れていることを教わった。父に認められて自惚れていたとね」
故に優介にライバル視されているカルロスを尊敬すると同時に、対抗意識が芽生えていた。
「キミと勝負できるのは後二回、必ずボクは勝利して学院主席の座を取り戻し、自惚れではなく自信を持って卒業する。だから絶対に負けない」
闘志を燃やすロイの姿に、カルロスと言えば一瞬の躊躇を見せるも
「いいだろう! ボクという壁を越えていくがいい若人よ!」
「一つだろうとキミが若人じゃないか……」
手のひらで顔を覆い、無駄にポーズを決める相変わらずなカルロスにロイは闘志が消えそうだった。
◇
ライズナー学院から徒歩五分にある料理専攻の生徒が暮らす寮には食堂以外にも調理できる場所が用意されている。
夜遅く、その調理室に灯る明かり。カルロスは一人で修行に励んでいた。
自由に使用してもいいとは言え寮生が寝静まった時間帯、加えて翌日にはコンテストが控えていても関係ない。これはライバルの成長に置いて行かれないようにと半年前から続けている日課だ。
「……絶対に負けない、か」
なのに集中できず、カルロスには珍しいアンニュイなため息が漏れる。
思い返すのは昼間にロイから受けた挑戦。主席となったところで彼との実力差など僅差、気持ち次第ですぐにひっくり返されてしまう。
なのにどうしてだろう?
全く滾らない。ロイだけでなく他にも素晴らしい実力を持つ生徒らとの勝負が控えているのに何の感情も沸いてこない。
いや、もう気づいている。
先日、優介からされた土産話という体の提案が原因だ。
あの提案は本当に面白い。想像するだけでも身震いするほど興奮してしまう。もし実現すれば自分は新たな料理道の先が見れるだろう。
しかし――だからこそ素直に喜べない。
この理由も分かっている。
とてもくだらない、それでも譲れないプライドが邪魔をしている。
本当にくだらない、自分でも何をそこまで拘っているのかと呆れてしまう。
結果としてロイの挑戦も、控える勝負にも集中できないのだから。このままでは二人のライバルとして失格ではないか。
元も子もない決断を先延ばしにしていることが、くだらないプライドに拘る自分が、我ながら滑稽で。
「いや……このような心構えでここにいることこそ、失格だね」
迷う心で調理と向き合う状況を反省し、カルロスは結局使用することのなかった食材を片付けていくが
「あら、もう終わったの?」
「……っ。メゾ、くん」
不意に聞こえる声に振り返れば、調理服を着て出入り口に立つメゾの姿。
「どうしてここに……?」
「少し小腹が空いたの。なにか作ろうと思って」
「こんな時間にかい? 太ってしまうよ」
「……そうね。なら食べ物はやめましょう」
つい出てしまった軽口にメゾは思い直し、冷蔵庫からミルクとチョコレートを取り出す。
片付けを再開するカルロスの隣りの調理台で小鍋にミルクを注いで火にかける。続いてチョコレートを包丁で刻み小鍋へ投入。焦がさないように弱火で、じっくりとかき混ぜれば室内には甘い香りが漂ってきた。
「太ることを気にするなら、ホットミルクにしておけばいいのに」
「あのね、さっきから太る太るってうるさいの。そもそも女性に対して失礼じゃない?」
「おっとボクとしたことが。反省しなければ」
「なら付き合いなさい」
メゾはマグカップを二つ用意してホットチョコミルクを注ぎ一つを苦笑するカルロスの前へ。
「これでカロリーも半分になるわ」
「……では、お言葉に甘えて」
自分のカップに息を吹きかけるメゾに言われるまま、カルロスはホットチョコミルクが半分注がれたカップへと視線を落とす。湯気から伝わる柔らかな甘い香りを楽しみつつゆっくりと一口。
「うん……美味しいね」
「どうも」
じんわりと染みる温もりと甘みに表情を綻ばせるカルロスに素っ気なく返し、メゾも一口。
「何があったの」
そして開口一番の問いかけに虚を突かれ、カルロスは首を傾げてしまう。
「なにか……とは?」
「勘違いしないで。私は私の憧れを侮辱されて腹を立ててるだけ。あなたの心配なんてしてないわ」
「ますます分からないね」
元より心配される間柄ではないのに強調されて苦笑するも
「ここ最近、昔のあなたに戻ってる」
その指摘にカルロスの表情から笑みが消える。
「ジュダインさまとの関係を悟られないよう気を遣ってた頃の、あなたみたいに」
「心外だね。ボクはいつでも本気で調理をしているよ」
「心が、よ」
反論するもカップに口を付けたまま見詰めてくるメゾに、返す言葉がなかった。
「競い合う相手がいなくて、退屈そうで。ロイに挑戦された時も、興味がないって感じで冷めてたわ」
「…………」
「どのような状況下でも美味しい料理を作ろうと情熱を燃やせないあなたが、よくカナンさんやユウスケをライバルと呼べるものね」
「……まいったね」
心を抉る追求に、心を見透かすような瞳から逃れようとカルロスはゆっくりと背もたれに身体を預けてしまう。
「どうして気づかれてしまったのか」
「カナンさんとユウスケが日本へ戻った直後、あからさまに楽しくなさそうに調理をしていてよく言うわ」
「これでもポーカーフェイスは得意なんだけど」
今の状況下に満足できていないと知られて、カルロスは素直に感心する。
「……それで、何があったの」
「これはユウスケくんにライバルと認められた、ボクの問題だ」
だが話すことはできない。
この問題は、この心の迷いは自分で解決すべきこと。だから師であるジュダインにも相談できないのだ。
そうしなければくだらないプライドに拘る意味すら見失ってしまう。
「今のあなたがユウスケに認められた、なんて言えるの」
「耳が痛いね」
メゾの容赦ない指摘にカルロスは自嘲。故に滑稽なのだ。
ライバルでありたいからこそ、ライバルとしての資格を失いつつあるこの状況が――
「ねぇ、あの日ユウスケがジュダインさまに試食をお願いしたって知ってる?」
「試食?」
巡る負の思考は不意に告げられた情報によって終わりを迎えた。
師からも、優介からも聞いていない情報で思わず視線を戻せば、そんなカルロスの様子に知らないと判断してメゾは続ける。
「ユウスケの師匠がジュダインさまと出会った頃と彼の歳が近いでしょう? だから当時の師匠と今の自分を比べてみたかったそうよ」
ジュダインと優介の師匠、喜三郎の出会いは二十歳頃。確かにさほど変わらないが、なぜ今さらそのような味比べをしたいのか。
「比べた上で、将来自分が師匠を超えることができるか、主観でもいいから知りたいって」
「……師匠殿はなんと」
なぜ今さらそのようなあやふやな主観を知ろうとしているのか。分からないが、ジュダインがどう結論づけたのか。興味を持つカルロスに対し、メゾはホットチョコミルク一口分の間を空け
「ハッキリ言ったそうよ。無理だって」
優介にとって残酷な結論を口にした。
ココロノレシピはもちろん使用せず、優介はジュダインから聞いた当時の思い出から喜三郎の料理を聞いて、自分なりの調理で提示した。それはジュダインから今でこれほどの料理を作れるのなら、将来自分と同じ頂に辿り着けると唸らせるほどの出来。
でも、だからこそ喜三郎は越えられない。自分と同じ頂なら、生涯越えることの出来なかった喜三郎の場所には辿り着けないと結論づけた。
「ジュダインさまにそこまで言わせるなんて、ユウスケの師匠って本当に凄い人なのね。出来ることならお会いしてみたかったけど……今は置いておきましょう。叶わぬ願いを口にしても虚しいだけだわ」
「……だね。しかし、そのようなことが。なぜキミが知ってるんだい?」
確かにその師匠はもうこの世にいない。メゾの願いは叶うことはないが、なぜこのような出来事を彼女が知っているのか。
「私たちとユウスケで料理勝負をしたでしょう。その時に、どうしても気になったことがあったの」
疑問を浮かべるカルロスへ、澄まし顔のままメゾは語る。
「二〇人を相手に一〇時間休まず、しかも半日のフライト直後よ? 普通はプロの料理人でも疲労で気が緩むわ。なのにユウスケの集中力は途切れなかった。それどころか終始楽しそうに料理をしていた。どんな心構えをしていればそんな状態を維持できるのか、同じ料理人として参考にしたいと思うのは当然よ。だからジュダインさまにお伺いしたの。幸か不幸か、あなたのお陰で他の生徒よりはお近づきになれたから」
語る内に心が高揚しているのか、その表情に熱が帯びてくる。
「それで……今のお話をしてくださった。無理だと宣言されてもユウスケは嬉しそうに笑ってたって。予想通り、自分の考えは間違っていないって」
しかしその熱が徐々に冷えていく。信じられないと、残酷な結論を下されて尚、心が折れない優介の反応に。
「その考えは何かって聞いてもさあなで交わされたらしいけど、でも……ジュダインさまはそんなユウスケの姿勢を見て核心したそうよ。もう彼は、自分だけでなく、師匠さえも超えてる。誰よりも美味しい料理をお客さまへ提供したいって心構えは。当然よね、ジュダインさまでさえ予想も出来ない考えに辿り着けるんだもの」
同年代の料理人が殿上人として君臨する世界一の料理人を越えていると称えられたことに。
「私も分かったわ。ユウスケは常に美味しい料理を作る方法を模索してる。どんな時でも思考を巡らせて、どうすれば自分を成長させられるか、どうすれば食べてくれる相手が満足できるか。途切れないはずよ、彼は常に集中してるんだもの。……こんなの言われて出来ることじゃない……私には到底無理。尊敬すべき姿勢よ」
結果、理解した心構えの凄さに。
カルロスもまたジュダインに聞かされている。優介は思考の料理人だと。
優介は何食もの料理を作り続けても、新しい何かを見つけるために集中し、繰り返す。その度に微細でも洗練し続けている。
例え失敗しても、同じ料理でも、試作品でも、その全ての時間を血肉に変えて成長していく思考の料理人。
それは料理の技術だけでなく、己自身の成長をも指しているとは見誤っていた。
「同時に、改めてカナンさんに憧れた。こんなにも凄い料理人にライバルと認められて、鎬を削り続けてる。高め合ってる。普通ならつぶれちゃうのに……でもカナンさんが言ってた。だからこそ成長できる、むしろ楽しくて仕方がないって。本当に心が強い。憧れるのは当然でしょ?」
「……なるほど。故にキミの憧れをボクが侮辱しているんだね」
ようやく意図を汲み取り、カルロスは肩を竦める。
「ユウスケくんにカナンくん、憧れの料理人に比べてボクが不甲斐ないばかりに……」
首席卒業後、世界各地の料理コンテストの新人賞を総なめにしたカナン。
短い在学でも学院の意識改革をした優介。
同世代でも異例の偉業を成し遂げた二人は学院生にとって憧れで、目標とすべき存在。なのにライバルと認められている自分が心ない料理を作っていれば二人に本質を見抜く目がないと吹聴しているようなもの。同期の頃からカナンに憧れを抱き、直に優介から心の大切さを教えられたメゾが不服を抱くのも無理はない。
「もう一人、忘れてるわ」
心から反省すべき、項垂れるカルロスだったが、カップに残るホットチョコミルクを飲み干したメゾの指摘に形のいい眉がピクリと動く。
「……たしかに。師匠殿に会わせる顔もない」
忘れていた。学院生の憧れで、優介とカナンの才を認めるジュダイン・ライズナーが居るではないか。世界一の料理人と謳われる彼の弟子でありながらの体たらくも彼女の憧れを侮辱していると同意。
納得してますます惨めになるカルロスにメゾは肯定も否定もせず、深いため息を漏らす。
「憧れの料理人と同じ国の、同じ教室で、共に高め合えていたことを私は誇らしかった」
「……え」
そして、ため息と共に吐露する想いにカルロスは顔を上げる。
「なら参考にしようと見るものよ。それもまた勉強だもの」
対しメゾは立ち上がりカップを水場で洗って水気を拭き取り棚に戻す。
一連の動作を目で追うカルロスの前を通り過ぎる一瞬、メゾは視線を絡ませた。
「なにを悩んでるのか知らないけど、これ以上私の憧れを侮辱しないで」
「…………」
「勝手な苛立ちをぶつけてごめんなさい……おやすみ」
何も言えないカルロスに心にもない謝罪と、労るような挨拶を告げてメゾは調理室を後にした。
残されたカルロスはこれまでのやり取りを思い返す。
なぜ深夜にわざわざ調理室に夜食を作りに来たのか。
なぜ悟られまいと振る舞っていた心の迷いに気づかれたのか。
なぜ優介やカナンの心の強さを話してくれたのか。
憧れる料理人の情けない姿に活を入れたかったのだ。
「……本当に、なにを悩んでいたんだろうね」
優介やカナンだけじゃない、自分もまた彼女の憧れとなれていたことが誇らしい反面、申し訳なく思う。
これでは二人をライバルと呼ぶ資格も、メゾに憧れてもらえる資格などない。
そんな弱る心を暖めようとカルロスは残るホットチョコミルクを飲み干した。
時間の経過でもうホットと呼べない、冷めてしまったチョコミルク。諄くなった甘さが味覚を刺激する。
なのに美味しく――温かい。
心が込められた料理は心の糧となる。
これはメゾの優しき心の味。
なら落ち込んではいられない。
迷っている暇もない。
「失ったのなら……また得ればいい」
この心に応えるよう、カルロスの瞳に強い光が宿っていた。
優介のお土産に対して悩んだカルロスがどのような答えを見出したかは次回で!
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!




