ホウコクヘ
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「……なんだ?」
硬直されて優介は怪訝そうに首を傾げ、ようやく状況を飲み込んだ千鶴が今だ信じられないと呟く。
「……優介?」
「たしかに俺は優介だが、それがどうした」
「どうして……ここに」
「なんだ。来ちゃ悪いか」
肩を竦める優介に千鶴はぶんぶん首を振る。悪いことなど一つもない、むしろ優介自ら足を運んでくれたことは夢のようで。だからこそ驚いてしまった。
「まあいい。それよりも――」
「ちょっと待ってて。いまお父さん呼んでくるから」
「…………」
故に用件を告げるより先に浮き足立つ千鶴は急いで厨房へ入ってしまい
「ゆ、優介! どうしてここにっ?」
「……だから、来ちゃ悪いのか」
エプロン姿で飛び出してきた雄大のリアクションにうんざりしたようため息一つ。
半年前、六年ぶりの再会を果たしてから雄大と千鶴が顔を会わしたのは正月明けに四季美島へ遊びに行った明美を迎えに行くという名目の一度きり。
十郎太の慈悲で教わった、優介と唯一家族としての時間を過ごすため日々平穏にも来店したが、もちろん常連客を中心とした事情を知る者は二人の来店に驚いた。明美は一月に一度は訪れていて、もともと何の罪もないむしろ被害者と言える立場なので不満はないが雄大と千鶴は別。家族に捨てられてからの六年間、住民の愛する日々平穏を守り続けている優介を知るからこそ誰もが不遇な扱いをした鷲沢夫妻に対し激しい憤りを抱いている。
なので二人の罪を批判した。明美が止めに入っても許すことなく攻め立て、二人もまた甘んじて受け入れ謝罪を述べた。
だが島の住民は誰もが優しくお人好し。雄大と千鶴が罪を受け入れ、心から反省していると分かれば尾を引かない。
もちろん心に痼りはあっただろう。しかし日々平穏は誰もが楽しい時間を過ごす場所、だからわかってもらえたなら、反省しているならと最後は笑って二人を迎え入れた。
まあ本当の最後で騒いだことをその場に居る全員(雄大や千鶴はもちろん、なぜか明美や恋愛コンビまで)優介から説教を受けたがそれはご愛敬。
話は逸れたが日々平穏を訪れたことはあれど、優介から自分たちの元へ来ることはないと覚悟していただけに、二人はこみ上げるモノがあるほど嬉しいのだ。
「明美はいるか」
が、そんな気持ちは知ったことかと優介は余韻に浸る間もなく用件を告げる。
「あ、明美?」
「二階が住居と聞いている。ならここに帰ってくるだろ」
「まだだが……」
「お友達と約束がなければそろそろ帰ってくると思うけど……明美と何か約束していたの?」
「いや。少し驚かせてやろうと思っただけだが……慣れないことはするものじゃないな。悪いが待たせてもらってもいいか」
「もちろんよ。じゃあ上がって? すぐにお茶を淹れるから」
せっかくの時間をゆっくり過ごしたい気持ちから千鶴が招き入れるも優介は動かない。
「店の邪魔になるなら出直すが」
「邪魔だなんて。ただ――」
「ならここでいい」
「……そう」
素っ気ない態度に千鶴は寂しげに視線を落とす。
お店には来てくれても家の敷居までは跨ぎたくないのか。こうして顔を合わせてくれるだけでも幸せだが、その線引きがやはり家族ではないと訴えているようで。
同じ気持ちなのか雄大も仕方がないと肩を落とし、そんな二人の様子に優介は面倒気にため息一つ。
「……まだ予定があるだけだ。茶はまたの機会でいいだろう」
「「え?」」
そう告げて苦笑する優介に雄大と千鶴から重い空気が消えていく。
ゆっくりしている時間がないだけで、嫌ではないとの意思表示。つまりいつかは家の敷居を跨いで、共に時間を過ごす日があるかもしれない。
「……なら次の機会に」
「その日を楽しみにしているよ」
「機会があれば、だがな」
ならば例えあやふやな約束でも二人には幸せな約束だった。
「どうでもいいが、あんたは調理中だったんじゃないのか」
「あ……え、そうだった! 優介、何もないところだがゆっくりしてくれ」
「パンがあるだろ」
「そうよお父さん。優介、せっかくだからこのパンを食べてみて。新作なのよ」
「頂こう」
◇
「…………」
本屋へ寄っていつもより少しだけ遅い帰宅をした明美は混乱していた。
お店に居る両親に挨拶をしてから二階へ行こうとしたのに、出迎えてくれた千鶴がとても嬉しそうで、良いことでもあったのかなと問う前になぜか厨房に連れられたのだが
「――たしかに明美伝手からカナンの調理法を学んだお陰でクリームの出来は一般的なパン屋よりはそれなりだ。だがあいつのクリームに比べたら全くなってねぇ」
「そ、そうなのか……?」
「更に言えばそのクリームを包むデニッシュが完全に負けてんだよ。故にバランスが悪すぎる」
「すまない……」
「すまないじゃねぇ。たく……いいか、まずこのクリームを活かすデニッシュを焼く上でサックリとした食感と芳ばしさを――」
「ふむふむ」
厨房では優介の言葉を雄大がメモに取るお料理教室が行われていた。
千鶴が言うには最近お店の主力になっている新作パンを試食した優介から物言いが入り、気づけばこうなっていたらしい。明美からすれば充分美味しいと思えたが、やはり優介からすれば不十分で、料理に厳しい人なのでつい熱が入ってしまったのだろう。
理由は分かる、しかし状況が分からない。そもそもなぜ四季美島にいるはずの優介が――兄がここに居るのか。
「お父さん、優介。明美が帰ってきましたよ」
呆然とする明美を他所に、授業が一区切り付いたのを見計らい千鶴が声をかける。
「ん? ああ、すまんすまん。明美、おかえり」
「よう」
そこでようやく明美に気づいたのか雄大はどこか楽しそうに、優介はいつものように平然としたお出迎え。
「お兄ちゃん……どうしてここに?」
「その反応はもう飽きたが一応答えておこう。いちゃ悪いか」
思わず出た言葉に妙な返しをされてしまうが明美はぶんぶん首を振る。
「悪くないよ。すごく嬉しいよ。ただ驚いて……」
「なら取りあえずは成功したということか」
「? よく分からないけど、何かあったの? 学校は?」
「今月から自由登校だ。ま、今日はそれに関することでお前に用があってな」
「わたしに……?」
疑問符を浮かび続ける明美に対し優介は歩み寄り表情を和らげる。
「来月高校を卒業する。その報告だ」
「それだけのために……?」
「まあな。こういった報告は離れているからこそ直接入れるのが礼儀。恋にも忠告した手前、俺がやらんわけにもいかんだろ」
「……お兄ちゃん」
その理由に明美は嬉しさがこみ上げる。わざわざ時間をかけて来てくれて、節目の報告をしてくれるのは離れていても大切な家族故の礼儀。妹として誇らしく、大切に思われていることが本当に嬉しい。
しかし、明美は素直に喜べなかった。
「そうか……もうそんな時期か」
「優介も卒業するのね……」
先ほどまで幸せそうにしていた雄大と千鶴が今さらながら理解して、しみじみと呟いている。それはつまり優介が二人に報告をしていないということで。
いつ頃から来たのか知らないが、料理を教えているなら報告する時間は充分にあったはず。三人揃ってからとの理由でもないだろう。兄はわざわざ自分へ報告に来たと言っているのだ。
卒業という節目、人生の新たな門出を報告するのは家族の礼儀なら、優介にとってここに居る家族は明美という妹のみ、そういった線引きなのか。
もちろん酷いとは思わない。兄は最初からこの線引きをしている。そして両親はされるだけの罪を犯している。むしろこうして顔を合わせているだけでも奇跡的なのだ。
だから二人は複雑そうな表情になりながらも指摘しない。蚊帳の外にされても仕方がないと受け入れている。なら自分はちゃんと笑顔でおめでとうと祝福すればいい。それが家族としての礼儀――
「あのね、お兄ちゃん……お願いがあるの」
浮かんだ答えに明美は心の中で違うと否定し、拳をキュッと握りしめ決意する。
「わたしね……お兄ちゃんの卒業式に、出席したい……な」
「出席?」
「うん……卒業式って、家族が出席するものだから……ならわたしも……妹だけど、ちゃんと出席して、お兄ちゃんの門出を祝福したいから」
緊張で途切れ途切れに話しつつも、明美は優介の目を真っ直ぐ見据えて
「それでね? お父さんとお母さんも、一緒に行っていいかな」
決意した心の内を口にした。
これには見守っていた雄大と千鶴も驚き目を見開いている。無理もない、明美の願いは優介の線引きを覆しているのだ。
卒業式に出席して祝福するのは家族の礼儀。妹なら理由になるが、もう父と母と呼ばれない二人には資格がない。
明美も理解している上で願った。兄と両親が家族でなくとも自分にとってはどちらも大切な家族で、歪でも両方にとって家族の絆になると決めたのだ。
両親だってきっと出席したいはず。息子と呼べなくても、それでもたった一人の大切な息子の門出を祝福したいのだ。
ただ不安なのは雄大と千鶴、もう父母と呼ぶことのない二人を兄が立ち会わせてもいいと認めるかだ。例え明美が、雄大と千鶴が願っていても、優介が断れば無理強いできない。そうなると二人により強い疎外感を与えてしまう。
それでも無理だと諦めて、怖いからと内に秘めているだけでは叶わない。言葉にして、伝えないと何も変わらないのだ。
これまで自身の過ちだとしても小学校、中学校の卒業式に立ち会えなかった二人の為に。進学しないのならこれが最後のチャンスだから。
そして兄に家族という夢を見せてあげられるのなら。
勇気を行動にして移す。それは兄と再会して明美が教わった大切な心のあり方。
不安で瞳を潤ませながらも、強い意志で視線を逸らさない明美の覚悟に、優介は平然としたもので。
「あんたらはどうなんだ」
「あ」
「え」
妙な緊張感の中、突然話題を振られて戸惑う雄大と千鶴へやはり平然と優介は視線を向けた。
「聞いてなかったのか。明美が式に出席したいらしいが、あんたらはどうなんだ。付きそうなら店を休むことになるだろ」
「もちろん出席できるなら……したいが」
「でも優介……いいの?」
同意を伝えながらも不安げに問う二人を無視して優介は明美へと視線を戻し
「来年、お前の卒業式に俺が出席することが条件だ」
「え? お兄ちゃんわたしの卒業式に来てくれるの……?」
「それが家族としての礼儀なんだろ。まあ、お前の卒業式となれば俺以外の奴も参加したいと聞かんだろうがな」
呆れたように肩を竦めるように恋や愛、孝太やソフィ、もしかしたらカナンも入っているのかもしれない。
大好きなみんなが出席してくれる、こんなに嬉しいことはない。
なのに兄は提示してくれる。
「なら誰が来ようと俺からは何も言えん」
自分にとって嬉しいだけの状況を、線引きした上で譲歩する道を。
対等な立場で。
「この条件が呑めるなら好きにしろ」
考えもつかない優しい条件を示してくれた。
「騒がしくなるかもしれんので、お勧めできんがな」
「ううん……絶対に出席してね。わたしたちも絶対に、三人で出席するから」
「物好きな奴だ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
頭を撫でてくれる兄に、明美は笑顔を向ける。
「そういうわけだ、悪いが妹のわがままに付き合ってくれ」
「ああ……こんなに素敵なわがままなら、いくらでも」
「本当にありがとう……優介」
「礼を告げる相手を間違ってんぞ」
頷く雄大に、感謝を述べる千鶴へ優介は呆れたように首を振る。
確かにいま感じる幸福は明美が兄だけでなく、自分たち両方の立場を重んじてくれてのこと。辛い思いをさせてしまったのに勇気を出して引き寄せてくれた資格。
兄譲りの優しい心を持つ、自慢の娘だ。
それに今、優介へ告げるのは感謝の言葉ではない。
資格がない故に口に出来なかった言葉がある。
「優介……卒業、おめでとう」
この場に相応しいのは感謝ではなく、祝福だ。
そう雄大は思っていたのに、なぜか優介からは苦笑が漏れる。
「まだしてねぇよ」
「お父さんったら気が早いわ」
「……だな。じゃあ改めて、当日に言わせてもらうよ」
目に涙をためながら窘める千鶴に恥ずかしそうに雄大も頭をかき。
しかし三人とも笑っていて。
歪な繋がりでも、こうして家族揃って笑える日が来たことが嬉しくて。
勇気を行動に変えてよかったと、明美はちょっとだけ誇らしかった。
「さて、営業中に長居したことをまず謝罪しよう」
「へ?」
なのに余韻に浸る暇さえ与えず優介はレジカウンターの隅に置いていた私物らしきスポーツバッグを肩に担ぎ頭を下げる。
「じゃあな」
更に明美の頭に手を乗せて、そのまま背を向けてしまった。
「お兄ちゃん……もう行っちゃうの?」
「用も済んだからな」
「……せっかく来てくれたんだから、もっとゆっくりしてくれればいいのに」
余りに素っ気ない態度に名残惜しいと明美は不満を漏らす。
「待ち合わせがあるんだよ」
「こんな時間に?」
「そういえば予定があると言っていたな。よければ車を出すぞ」
「なに言ってんだ。あんたはまだ仕事中だろ」
雄大の申し出に優介はため息一つ。
「それに、車では辿りつけんしな」
「……どこへ行くんだ?」
奇妙な言い分に雄大だけでなく、千鶴や明美も首を傾げるが優介はまるで隣の家へ訪問するような気軽さで。
「フランスだ」
兄(息子)こそなにを言っているんだろう? と、三人は内心ツッこんだ。
次回、優介が再びフランスへ!
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!




