夏の章 最後の初デート
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一二月二八日――
昨日日々平穏ならびアリス・スーリールは共に仕事納め、三が日後までの冬休みに入った。
本来の学生より短い休み、なので有効に過ごそうと両従業員で冬休みの宿題をする為、朝からいつものように日々平穏に集まっていた。
ただ三月に卒業する三年生はこの時期にまで課題を多く出されることもなく、元々少ない冬休みの課題なので優介、ソフィは昼過ぎに終了。少ないとは言えそれなりの量を出されていた二年生の愛も同時に終了。
結果としてテスト勉強と同じように恋にはソフィ、カナンには愛のマンツーマン指導が始まり夕刻無事全員の課題が終了した。
「……今日はよく寝れそう」
夕食時、まる一日勉強という地獄を切り抜けた恋は遠い目で箸を動かす。
「キグウね……ワタシもよ」
お呼ばれされたカナンも疲弊した脳にエネルギーを送ろうとちゃぶ台に並ぶ料理を平すら摂取。
「もっと味わいなさい」
「同感です」
対し愛とソフィは無心で食べる二人にため息。ここに並ぶ料理は手の空いていた優介が用意してくれた物、もう少し楽しそうに食べればいいと不満で。
その優介は特に気にした様子もなく一人黙々と食べているが、それはさておき。恋は気を取り直す。
「ちゃんと味わってるって。とにかく、これで心置きなく冬休みを満喫できる」
「そうね。ワタシも料理に集中できるわ」
「あなたは休み明けに実力テストが控えているのをお忘れなく」
同意するカナンだったがソフィにクギを刺されて渋い顔。これから入試などで忙しくなる三年生とは違い一、二年生は例年通り休みボケを防ぐテストがあるのだ。つまりこれまでのように同志として苦楽を共にした恋は解放されているので羨ましいことこの上ない。
「モ、モチロン忘れてないけど……せめてお正月まではいいじゃない。今年も二年参りや初日の出を見るのだし」
「仕方ありませんね……」
「なによりオセチよ! ユウスケ、どちらが美味しいオセチを作るか勝負しましょう!」
と、カナンの瞳に強い光が宿る。去年(というか今年)はまだ日本に来たばかりでおせち料理という文化をカナンは知らなく、同時に優介の作ったおせち料理の出来に感銘を受け、今回は二人が別々に用意することになっていた。
ちなみに去年とは違い恋と愛には帰るべき実家があり、優介は帰省するように進めるも二人はしないと主張。
恋はせっかく再婚した二人なのだからと、愛は両親と好子だけでと似た理由――が、もし二人とも帰省してしまえば年末年始に優介を一人にしてしまう。
去年とは違い優介も複雑な家庭環境をそれなりに修復している。しかしそれなりにとあるように妹の明美とのみ、恋や愛のように父母との関係は修復せず、むしろ決別の道を選んだ。もちろん明美が優介を兄と慕い、父母を両親と慕う以上、完全な決別ではないもののやはり複雑な関係。あくまで優介の実家はここで、帰る場所もここなのだ。
なら自分たちも家族として、優介と共に年末年始をここで過ごしたい。なにより優介と一緒にいたいとそれぞれの家族へ正直に話したのは内緒だったりする。
そしてカナンとソフィも前回同様フランスへの帰国は見送った。もともとヨーロッパでは正月を家族で過ごす習慣はなく、加えてアリス・スーリールの仕事もあるので、やはり忙しなくなってしまう故だ。
なので今年も仲間内で楽しむと決めていたがそれはさておき、カナンの挑戦を受けた優介と言えば
「伝統料理を勝負ごとにするんじゃねぇ」
「むぅ……」
無粋な勝負とバッサリ切り捨て。確かに家族で新年を迎える料理でどちらが美味しいかを比べるのも違うとカナンは反論なく引き下がった。
「カナン、明日は空いているか」
「明日?」
が、不意に優介から予定を聞かれてキョトン。
「空いているなら魚でも見に行かんか」
「魚……?」
更に続くお誘いに首を傾げてしまう。
空いていると言えば空いている。今日を除いて今年もあと三日。三〇日はお店、大晦日は家の大掃除を予定しているのでむしろ明日しかない。
そして優介も同じ予定を立てているので、互いに時間の都合の付く今年唯一の日だ。
しかしなぜ急に魚を見に行くのか? 唯一だからこそ忙しい年末に備えてゆっくりすればいいのに――と疑問視していたカナンに閃きが。
「そうね。見に行きましょう」
「決まりだな。では明朝七時、迎えに行く」
「ええ」
待ち合わせ時間を聞いて確信した。
おせち料理に欠かせない魚料理に使う食材を魚市場で見繕うためだ。互いに年末は大掃除で忙しいなら明日しか暇はない。それに四季美島の魚市場は明日まで、もう間違いない。
もちろん商店街でも購入できるがやはりより良い食材を選ぶなら市場に限るし、これまでも優介から市場などへの誘いは何度もあった。ライバルとして目利きで意見交換をする時間は勉強になり、とても楽しかったのだ。
「寝坊するなよ」
「そっちこそ」
「「「…………」」」
なので今から楽しみだと待ちきれなくカナンは微笑も、そのやり取りを聞いていた恋、愛、ソフィは不満顔。
二人で出掛けるのは面白くないが、三人もカナンと同じ考えに行き着いている。ならば同行したところで二人の知識に付いていけず疎外感しか得られない。
実のところ三人の間では優介とカナンの料理修業の邪魔をしないとの暗黙のルールがある、故にライバルとしての時間を尊重するしかない。
それにここ最近の優介の奇妙な行動の数々もある。
一人になりたがる傾向があると思えば突然愛を買い物に誘ったり(愛は正当と主張し恋とソフィは奇妙と言い張っていたが)と何やら思うこともあるようで。
とにかく今は優介が自分たちの知らない喜三郎最後の教えを確実にすること。今回カナンを誘ったのも関係しているのなら、やはり同行するわけにもいかない。
ただ面白くないものは面白くないと三人は無言のまま食事を続けた。
◇
――違和感は出発してすぐ。
ソフィに(笑顔なのに機嫌が悪かった)見送られユウスケのバイクに乗って魚市場に向かった……のに、なぜかワタシの知る道を通らなくて。
それどころか大橋で本土に入り、更には高速道路に乗ってしまう。
『どこ行ってるのよ!』
『魚見に行くつったろ』
さすがにおかしいと運転するユウスケに声をかけるも、やっぱり魚市場に行くらしい。
『つーか運転中に話かけんじゃねぇ』
それは最もとワタシは素直に引き下がった。
もしかしたら本土の魚市場なのかな? 四季美島のは規模も小さいし大きいところを教えてくれるのかしら?
なんて思ってたのに――
「着いたぞ」
出発から二時間、バイクを止めてユウスケはヘルメットを外す。
「なにしてんだ? さっさと降りろ」
ちょっと理解できずに呆然としていたワタシも取りあえず降りてヘルメットを外して周囲をよく見る。
やはり視界の悪さが原因ではないようだ。海は近いから潮風の匂いはするけど、建物の外観はオシャレで、可愛い魚の絵まで。ここはどう見ても魚市場ではない。
看板を見る。やはり魚市場とは書いていない。ワタシの日本語理解力が間違っていなければ――水族館と呼ばれる施設だ。
「どうして水族館っ?」
状況を整理してまず疑問をぶつけた。おかしい、ワタシたちは魚市場に行く予定なのに、どうして水族館に来ているのか?
「だから魚を見に来たんだろ」
なのにユウスケはしれっと返す。つまり最初から魚を見に水族館に来るつもりでいたようだ。
「なら最初から水族館に行くって言いなさいよ! ワタシ魚市場に行くつもりで包丁持ってきたのに!」
「普通は魚見るといや水族館だろ。勘違いしたお前が悪い」
そうだけど! 普通の学生ならそうだろうけども! でも! ワタシたち料理人なら魚見るなら魚市場を思い浮かべるじゃない!
ユウスケに料理関係以外のお誘いなんてされたことないし……水族館なんてこれじゃあまるで……普通にで、デート……するみたいじゃない。
べ、ベツにイヤじゃないけどさ……でも……。
チラリと自分の格好を見れば重ね着したセーターの上に厚手のダッフルコート、下はジーンズ。魚市場に行くつもりだったので汚れてもいいように色合いも地味、どう見てもデートをするスタイルじゃない。
たしかにワタシは夏、ユウスケに告白して失恋した。デートに誘ってくれたからといってユウスケが心変わりしたなんて自惚れてもないし、今さら恋人になりたいとも望んでいない。
でもユウスケのことは今も変わらず好き、大好き。失恋を受け入れたからといって消えるような半端な気持ちじゃなかった。
だから料理人としてでなく誘われたなら、好きな人に少しでも可愛い自分を見て欲しいと思うのは当然で。
「なのに……こんな格好で水族館なんて……」
もし水族館でデートならそれに相応の服装をしたのに……バッグに包丁入ってるし。
「……仕方ねぇ。少し待て」
恨めしくため息を吐くワタシに続いてユウスケも深いため息を吐き、なぜか売店へ。もしかして食べ物で機嫌を取ろうとしてくれるのか……ワタシはそこまで食い意地が張っていると思われているのかと複雑な気持ちで待つことしばし。
「ほらよ」
戻ってきたユウスケは手にしていた帽子(青いデザインでペンギンの絵柄があった)をワタシに被せた。……食べ物じゃないの?
「館内は薄暗い。それ被ってりゃ誰もカナンだとわからんだろ」
……つまりワタシの不服は顔バレだと勘違いしたのね。まあ日本ではワタシも有名だし、四季美島の外で普通に歩いていれば声をかけられるかもしれないけど。
なるほど、さすがユウスケね。相手の心に機敏なくせにこと乙女心にはこの鈍感ぶり、一周回って惚れ直すわ。
「お気遣いアリガトウ」
「そりゃどうも。ならさっさと入るぞ。むろん誘った手前奢ってやる」
「それはどうも」
お言葉に甘えて入館料はユウスケ持ちでワタシたちは館内へ。
年末だからか思ったより人は少ない……けど、カップルばかり。まあこんな日に水族館に来るのなんて純粋な魚好きか恋人だろうけど……気恥ずかしい。
「なにか見たいのはあるか」
「……アナタが誘ったのでしょう。付き合うわ」
「では水槽コーナーに行くか。近いしな」
なのにコイツは平然としてて……ムカ付くんですけど。
そもそもフッた相手をよくデートに誘えるわね。普通は思わせぶりな態度になるからエンリョするのに。
…………ああ、そうか。ユウスケはエンリョなんてしない。いつも自分の心に正直だから普通の考えは通用しない。それに、だからこそワタシたちは純粋なライバルとして一緒にいられるんだ。
なにより乙女心には鈍感でも、相手の心には機敏だから。ワタシがエンリョされると傷つくとわかってくれる。
「熱帯魚か……グラデーションの派手なのが多いな」
「……そうね」
「しかし、これはこれで美しい」
「ええ……キレイね」
ユウスケと一つ一つの水槽を見て回りながら、ワタシはある疑問が浮かぶ。
どうしてワタシと水族館に来たいと思ったんだろう? そう言えば先日はアイをショッピングに誘ってたし……ならアイでも良いし、ソフィやレンだっている。誘う相手には困らないハズだし……来たいならミンナでもいいのに。
自分の心に正直だから、ワタシだけを誘って、ここに来たい理由もあるハズ。ワタシはその理由が気になった。
「どうして急に魚を見たくなったの?」
だから水槽を見つめるユウスケの顔を見つめ、ワタシは問いかけた。
「……なんとなくだ」
ユウスケは水槽を見たまま答えてくれる。
「いつもまな板の上でしか見ないからな。たまには生きて泳ぐ魚を見るのもいいだろ」
「じゃあ……どうしてワタシを誘ったの?」
でもこの質問には答えることなく、ユウスケは歩き出す。
なんだろう? 特に理由はないのかな? それともいつもみたいに、言えない深い理由でもあるんだろうか?
なら問い詰めたところで交わされるだろうとワタシも無言のまま着いていく。
そして水槽コーナーを抜け、壁一面の大水槽のコーナーで立ち止まった時、再びユウスケが口を開く。
「去年の修学旅行で水族館に行った」
「え?」
「ここよりも大きく有名なところだったらしいがな」
急になんの思い出話だろうと視線を向けるけどユウスケは大水槽を見つめたままで。
「恋や白河が無駄にはしゃいでいたが、まあどうでもいい。俺は水の中を泳ぐ多くの魚の姿を美しいと思う反面、どうしても料理のことが頭から離れなくてな。この魚はどう捌くか、これは食えるのか、どう料理するかと……ま、職業病みたいなもんだ」
「…………」
ワタシも人のことは言えない。魚で魚市場を連想しちゃうように何でも料理を中心に物事を考えてしまう。ユウスケと同じで料理バカだから。
水族館に来たことはないけど……でも美しい情景を眺める時、それを美しいと思う反面、この感動を料理に活かせないか、色彩を真似できないかと考えてしまうなら同じ職業病を発症したかもしれない。
だけど――違う気がする。
「なら、今はどのように見えているのかしら?」
「聞くまでもないだろ」
その違いを確認するように問いかけるとユウスケは苦笑して、館内に入ってようやくワタシの目を見てくれた。
「だからお前を誘った」
それは面倒くさがりなユウスケならではの嬉しい言葉。
いま見えている情景をいちいち口で説明するのは面倒だって。ワタシなら共感してくれてるはずだって信頼。
キサブロウの教えを受け取る前、ワタシは言った――アナタがライバルでワタシは幸せ、ならアナタがより成長して手強くなるのはワタシの幸せもより大きくなる、と。
どのような教えかは知らない。ユウスケがどう受け取ったのかも知らない……けど、確実に変化している。
教えによりユウスケは何か大切な心を手に入れてるって。
だからこの違いを確認する為にワタシとここにいる。
活きがいいではなく生きている魚。青の世界をノビノビと泳ぐ様々な魚たちの生きている姿が純粋に美しいと、今のワタシなら感じてるって。
互いの師匠が料理を通じてライバルとなり、料理という垣根を越えて盟友となったように。
普通ではないワタシたちも、普通の時間を楽しめる関係になりつつある成長をしていると。
「つまりあのダイバーみたいにエサをあげてみたいのね」
「まあな」
青の世界で魚たちと戯れるダイバーを指さすとユウスケは笑うから、やっぱりとワタシも笑う。
ワタシたちは料理人としてのライバルだ。でも、たまにはこうした時間を共有するのもいい。
これからは少し肩の力を抜いて楽しみましょうって、そういうことね。
「温かくなったら海に潜ってみましょう」
「それもいいかもな」
ならこれから先の約束をして、エンリョなく楽しませてもらいましょう。
「でも、その前に今の時間よ」
せっかく肩の力を抜くのなら、徹底的にこのデートを楽しみたいとワタシは手を差し出す。
「ワタシを誘ったのだからちゃんとエスコートなさい」
「仰せのままに、お嬢さま」
ユウスケにしては珍しくオーバーなアクションで一礼し手を取ってくれる。
こんなやり取りも楽しくて、ワタシたちは笑い合った。
「ねぇ、ユウスケ。ここにペンギンはいるの?」
「いるようだ。昼頃屋外ステージでペンギンショーもやるらしいな」
「それは是非行きましょう! ワタシエサをあげてみたいわ」
「顔バレされても知らんぞ」
「平気よ。今のワタシは撫子学園に通う普通の女子高生、カナン・カートレットだもの」
料理を忘れるなんて考えもしなかったけど……悪くないわね。
残念ながらペンギンにエサはあげられなかったけど、水族館の隅から隅までワタシたちは満喫した。
普通の高校生として、普通のデートは楽しくて。写真もたくさんとって、売店も覗いて、とにかくたくさん遊んだ。
ちょっとはしゃぎすぎてユウスケに呆れられたけど、まあ仕方ないじゃない。
アナタと普通の高校生として、普通のデートをするのなんてきっとこれが最初で最後なんだから……ね。
ちなみに――
ミンナにもお土産に可愛い魚のグッズをたくさん買って帰ったけど……言うまでもなくワタシたちが魚市場ではなく、水族館で普通のデートをしたことにあの三人のご機嫌取りには効果もなく。
今度は自分たちも連れて行けとユウスケに詰め寄ってたのは仕方ない。
特にソフィがむくれちゃって大掃除で大変な目に合ったけど……まあいいわ。
それも許せるくらい楽しい時間をワタシは過ごしたのだから。
カナンは告白してからもの凄くヒロインしてます……振られてますけどね。
明日は秋、お楽しみに!
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!




