オツカレサン
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「いい夢は見られたか」
夢幻の世界が消え、現実世界で優介が問いかける。
「……どうじゃろうな。むしろこっぱづかしい夢だった気がする」
「そうか」
俯いたまま苦笑する十郎太に優介も苦笑で返し一升瓶を手に取った。
「ならそのこっぱづかしい夢の話を聞かせてくれ」
そしてグラスに酒を注ぎ、十郎太の前へ。
「一年半後にでもな」
「……優坊?」
「こっぱづかしいなら白面じゃ話せねぇだろ」
顔を上げた十郎太へ優介は優しい瞳を向けて
「なら酒の席で聞くさ。勝手に逝っちまった師に代わり、俺がな」
もう実現しない楽しい時間の代わりとなる時間を約束してくれた。
一年半後には優介も二十歳になる。
そうすれば自分と酒を飲み交わしてくれると。
「だから、何がなんでもくたばるんじゃねぇぞ」
「ああ……約束じゃ」
ならば叶えたい。
優介と酒を飲みながら語る楽しき時間を。
そしてあの世で喜三郎との約束を果たし、ついでに自慢してやる。
お前さんの愛弟子と飲む酒はとても美味かったと、勝手に逝ったから知らん味じゃろうと。
ざまあみろと、指をさして笑ってやる。
「楽しみにしておるぞ……優坊」
新たな楽しみを与えてくれたことに感謝を述べる十郎太に対し
「その日までに優坊は止めろよ」
ため息を吐き背を向け、居間へと入ってしまう。
「なに言ってんだか。二年と四ヶ月の間違いだっての」
「いいえ。二年の間違いです」
「一年半であってるわ」
同時に恋、愛、カナンがそれぞれ主張する。どの期日も自分が二十歳を迎える日で。
「あたしとも一緒に飲もうね? お酌してあげるから」
「その時は夢の話だけでなく、お爺さまやお婆さまの思い出話を聞かせて下さい」
「楽しみにしてなさい。ワタシが最高のおつまみを作ってあげるから」
そして口々に約束を取り付ける。
自分たちとも楽しい思い出を積み重ねていこうと。
「もちろんじゃ。めんこいどころばかりで楽しみも倍増よ」
賑やかな時間を想像してつい笑ってしまう十郎太へ、おずおずとソフィが手を上げた。
「私は……その、もう資格はありますが、せっかくなのでみなさんと一緒にということで……どうでしょう?」
「ソフィちゃんも加わってくれるのなら断る理由もなしじゃ」
「それまでに最悪な酒癖少しは直してよ」
「また優介さまにご迷惑をかける発情うさぎさんになられても困りますし」
「ワタシも恥ずかしいんだけど」
「…………頑張ります」
前科があるだけに酷い言われようでも反論できず肩を落とすソフィを連れ立って、三人もまた居間へ。
「やはり考えつくハズがありません」
カウンター席に一人残された荒川は囁くように深く息を吐く。
なぜ同席を求めたのか。
なぜ今日なのか。
なぜ歩いてこなければならなかったのか。
全てが終わり、ようやく理解できたと十郎太の向かいの席へ移動した荒川はグラスにお酒を注いでいく。
あの世界で親友と過ごした時間と、これから先に待つ楽しい時間を約束した後に一人酒とは酷なもの。
だから今はまだ資格のない優介の代わりとして、自分にこの席に座って欲しい。こんな心優しい真意など、優介以外の誰が考えつこうか。
十郎太へ届けてくれた亡き親友の思いだけでなく、更に先を見通した気遣いを無碍にしまいと荒川はグラスを手に微笑みかける。
「せっかくのご厚意です。身体を温めて帰りましょう」
「……じゃな」
十郎太もまた理解してグラスを手に。
カチンと合わせて二人は一口ほど飲み、染み渡る温かさに身を委ねた。
酒は百薬の長というが今ほど実感したことはない。
それほどこの一口分は美味しくて。
「荒川よ……今のうちに吐き出しておきたい愚痴があるんじゃが、聞いてくれぬか」
「なんなりと」
「ワシは心のどこかで長生きはするモノではないと思うておった」
珍しい十郎太の弱音を荒川は静かに耳を傾ける。
「どれほどの良き新たな縁があろうと、やはり寂しいモノは寂しくてなぁ」
それは当然の弱音。
十郎太ほどの年齢になれば多くの別れを経験する。
長い人生で培った絆、気心の知れた友、実際荒川の知る限りでも十郎太の旧友はほとんど亡くなっている。
例えそれ以上の出会いがあろうと、長い歳月を得た繋がりとの別れは辛く寂しい。
特に喜三郎との別れはより堪えただろう。
生涯唯一の友の代わりなど誰も務まらない、心に空いた虚しさは埋められるものではない。
「しかし思い知らされたわ。生きることとは学ぶこと、とな。まさかこの歳にもなって、十代の若者に学ぶとは思いもよらなんだ」
「はい」
「これではどちらが見守られとるか、分かったものではない。こっぱづかしくて仕方なしよ」
面子が立たぬとやけ酒を呷るように十郎太はグラスの中身を一気に飲み干した。
それでも深く息を吐いた表情はどこか清々しく。
「なぁ……荒川」
頬を伝う涙も寂しさや悲しさを感じない、幸せそうな輝きが帯びていて。
「……長生きは、するもんじゃ」
「はい……先生」
頷き、荒川は空いたグラスへお酒を注いだ。
◇
「お疲れさん」
「……お疲れさん、じゃねぇ」
自室に戻った優介は、一人くつろぐ孝太の出迎えに肩を落とす。
「なに勝手に部屋入ってんだ」
「まーまー。俺とお前の仲で堅いこと言うな」
「どんな仲だ」
批判を流し勝手に持ち出したらしい急須で孝太は茶を淹れて座る優介に湯飲みを渡す。
「……冷めている上に渋い」
「お前が待たせたからだろ」
「誰も待っていろなんざ言ってねぇ。つーかテメェいつの間に消えやがった」
「料理運んですぐにだけど」
つまり孝太は幻想世界の出来事を知らない。
あの場所に優介がいつもの面子を残していたのは見定めさせるため。
十郎太に恩があるなら、十郎太と喜三郎のやり取りからどう返せるかを考えて好きにしろと。
だから恋も、愛も、ソフィも、カナンも自分で考え約束した。
十郎太の虚しさを、たくさんの楽しい思い出で埋め尽くしたいと。
だからこそ孝太は知らないままという選択をしたのだが。
「なるほど。バカなりの孫心か」
「バカは余計だけど、まあな」
言わずとも真意を察してくれる親友に孝太は苦笑で返す。
孝太にとって十郎太は強く頼もしい祖父だ。なら弱い一面を見るかもしれない場に居合わせない方がいい。
その方が十郎太も気兼ねなく心をさらけ出せるのではないかとの孫心。
「ついでに興味本意からお前の話でも聞こうと。どうだったよ」
「カナンにも言ったが、土産話はしねぇぞ。そんなに興味があるなら他の連中にでも聞いてこい」
「……それやったら俺、吊されるな」
喜三郎の言伝を十郎太へ届けるのを優先したので遺言の話は後日となり、カナンも素直に聞き入れて今ごろ関係ない話で恋や愛、ソフィと共に楽しく女子会していたりする。
そんな中に混ざれば間違いなく叩き出されると孝太は項垂れる。
「とにかく、ようやくデカいカリを返せて一息付けるんだよ。今くらいはゆっくり休ませろ」
もちろん知ったことではないと優介は息を吐く。
家族に見捨てられた自分に手を伸ばし、温かく迎えてくれた。喜三郎とイチ子に出会わせてくれた。
こうして今を生きているのは十郎太のお陰。
優介にとって十郎太への恩は最も大きく、必ず返さなければならなかった。
まあ喜三郎の言伝はあくまでついで、本当に返すのは一年半後になるが、それでも見通しがついたのは確か。
故に落ち着きたい気持ちはわかる――が、親友の微妙な変化に孝太は気づいた。
「お前……柔らかくなってね?」
「あん?」
「なんつーか……尖ってない? いや、張り詰めてない……か? とにかく妙に緩くなってね?」
「……どうだろうな。ま、たまには力を抜くのもいいだろ」
ただどう変化したまでは説明できないようで言い淀む孝太に優介は苦笑。
奇妙な変化に、しかし孝太は追求することなく笑顔で湯飲みを掲げ
「んじゃ、ひとまずお疲れさん」
「ああ」
優介も笑顔で、その労いを素直に受けるよう湯飲みを合わせた。
喜三郎から弱さを教わり、十郎太への恩返しのめども付き優介もようやく肩の力が抜けていますね。
まさにお疲れさま、の気分でした。
そして次回エピローグです。
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!




