ツイオクタマゴ
明けましておめでとうございます!
オモイデレシピも本年一発目の更新、アクセスありがとうございます!
目を開けた十郎太は自宅の座敷にいた。
小さなテーブルには日本酒の一升瓶が二本、そして世界一の料理人が作ったつまみが入っていたであろう空の小鉢やお皿。
ただ向かいに喜三郎の姿はなく一人で。
実のところレシピノキオクを使用する場に居合わせたことはあれど、自分が使われたことの無い十郎太は勝手が分からず周囲を見渡すばかり。
まずこれはいつの記憶なのか。
喜三郎とは良くここで酒を飲んでいたので見当もつかない。
なにより自分はこれからどうすればいいのかも分からないが、座敷の障子が開かれた瞬間、十郎太は息を呑む。
「待たせたのう」
両手に小ぶりの丼を持ち、行儀悪く足で障子を開ける喜三郎が姿を現したからだ。
「喜三郎……お前さん、なのか」
「なに言っとんじゃ老いぼれジジィ? ワシがワシ以外の誰に見えるよ」
三年前死別した親友と、三年ぶりの再会を果たした十郎太が感動に打ち震えるが、そんな気持ちなど知ったことかと喜三郎は首を傾げ向かいに腰を下ろす。
この淡泊な反応は当然。
ここは夢幻の世界、過去の記憶。
自分にとっては懐かしくとも、喜三郎からすれば日常の一コマに過ぎない。
「それとも酔いが回ってしもうたか。まあ老いぼれじゃから仕方もない」
「……やかましいわ。お前さんこそ老いぼれじゃろうて」
ならば多くは語らないと十郎太は喜三郎の差し出す丼を受け取る。
勝手が分からないだけに、下手な言葉を口にしてはこの世界が霧散する恐れがあった。
まだ何も聞いていないのだ。
目の前にいる憎たらしい親友の伝言を。
心の言葉を。
「違いないわ。さて、食うか。いただきます」
「じゃな。いただきます」
手を合わす喜三郎に習い、十郎太も手を合わせて食前の儀式を口にする。
そして共にかき込む卵かけご飯の味は懐かしく、温かな味。
「美味い。やはり最後はこいつでないとのう」
「ああ……美味いのう」
「しかし……さすがワシ、卵かけご飯をここまで美味くするとは。世界一の料理人だけはある」
「テメェで言っとりゃ世話なしよ」
なにより共に笑い合う時間は、もう二度と味わえないと思っていただけに格別で。
「……なあ、喜三郎」
「なんじゃ?」
これだけでも充分満足なのに、自然と口が開いていた。
「お前さんは……いつも酒のシメにこいつを作るが、いつもどのような心を込めている」
それは日常すぎた故に気にも留めなかった疑問。
いつからか覚えていないが、なぜか喜三郎は二人で酒を飲む時だけ卵かけご飯を用意してくれていた。
日常すぎて聞かなかったが、もう日常ではないこの瞬間が最後のチャンス。
果たして親友はいったいどのような心で、この料理を作っていたのかを知りたかった。
「急に何を言いだしたかと思えば……やはり酔いがまわっとるのか」
「かもしれん」
嘲笑する喜三郎に十郎太は自虐で返す。
「この料理は……ワシらの思い出」
そう呟く喜三郎は丼を置き、半分減っている一升瓶を手にしてグラスへ酒を注ぐ。
「覚えておるか? ワシが初めてお前さんに振る舞った日のことを」
「……そうじゃったな。お前さんの料理を初めてワシが食したのが、こいつじゃった」
問いかけられて十郎太も思い出す。
元々喜三郎は四季美島の住民ではなかった。
一三の時、本土から越してきたのだ。
対し自分は既に四季美島の住民で。
まだ当時は観光名所として栄えていない、この一帯を仕切る家系の息子だった。
それから出会いを果たし、こうして老いて尚酒を飲み交わす仲となった切っ掛けが卵かけご飯。
当時から非凡な才を秘めていた喜三郎が、ただの卵かけご飯を驚くほど美味い料理として振る舞ってくれたことで、自分が興味を示したのだ。
「つまり、卵かけご飯はワシらにとって最も長き付き合いの料理」
二人の始まりの料理――だからと喜三郎が語る。
「ワシらは飽きることなくこうして共に時間を過ごしておる。こうして酒を飲み交わす腐れ縁が続いておる」
語りながら十郎太のグラスにも酒を注ぐ。
「思い出とは上書きされるのではなく、積み重ねることでぶっとい絆となる心の繋がり。ならばこいつが相応しいと思わんか?」
「……たしかに」
互いに忙しい身分となってからは二人で過ごす時間が減っていた。それでも都合を見つけては酒を交わし、二人で語り合う時間は続いていた。
思い出は上書きではなく積み重ねるモノ。
だから共に酒を飲み、語り合い、最後に卵かけご飯を食べた思い出を積み重ねることで自分たちの絆は太くなったのだろう。
「ん? ちょい待てい」
そう納得しかけてグラスを合わせた十郎太は感づいた。
「ワシはどのような心を込めておるかを聞いたぞ」
今のはシメに卵かけご飯を用意する理由であって肝心な部分は触れてもいない。
「はぁ……少しは空気を読め老いぼれ。せっかく良き話ではぐらかしたというのに」
やはり意図的に逸らしていたらしく喜三郎は盛大なため息。
「感謝じゃよ」
グイッと酒を呷り、やがて観念したように喜三郎が答えた。
「料理と向き合う際、ワシは常に感謝の心を忘れん。ワシの料理を食ってくれること、美味いと喜んでくれること、笑ってくれることと、まあ様々か」
「なるほど……心の料理人らしき理念か」
ようやく知れた本心に十郎太も納得してグラスを口に運ぶ。
「そう、感謝はワシの理念よ。店へ来る客へは数多ある食事処の中、日々平穏に訪れてくれる事への感謝」
「……喜三郎?」
だが、独り言のように喜三郎が続けるので手を止め視線を向ける。
「盟友に振る舞う料理にはワシの盟友となった事への感謝。イチ子にはワシの伴侶となった事への感謝」
しかし喜三郎は上を向いたままで、どのような表情をしているかは見えなかった。
「バカ弟子には……そうじゃな。ワシの長き料理人生で、成長を見守る楽しさを唯一教えてくれたことへの感謝か」
「…………」
「十郎太よ……お前さんはこいつにワシがどのような心を込めておるか聞いたな」
「ああ……聞いた」
十郎太が頷くと、喜三郎は視線をゆっくり下ろしていく。
「そんなものはただ一つ」
見えた表情は酒のせいか、それとも別の感情によってか朱に染まっていて。
「生涯唯一のダチ公と、今も酒を飲み交わせる事への感謝……他にないわ」
それは半世紀以上も共に過ごしてきた中で、今さらな本心。
しかし今さら過ぎて、互いに一度も口にする事がなかった相手への本心。
故に不意を突かれて呼吸をも忘れてしまう十郎太を喜三郎は真っ直ぐ見据えた。
「憎まれっ子世にはばかる。テメェは長生きするじゃろうて」
紡ぐ言葉は皮肉めいたもので、なのに深き思いが込められていて。
「ならばワシに変わって、バカ弟子の成長を見届けてくれ」
喜三郎は大切な忘れ形見を託してくる。
「テメェ以外にこのような頼みはできんからのう」
最後まで成長を見届けたいはずなのに、それが出来ないから。なら他に託せるのは自分以外にいないからと。
屈託のない笑みで。
「見届けて、どれほどの成長を遂げたか教えてくれ――」
あの世で酒を飲み交わしながらな
瞬間、世界がオレンジの光と共に弾けた。
十郎太を特別なお客さまとして迎えて、喜三郎との追憶を見せたことで優介が何を求めているのかをお楽しみに。
またオモイデレシピは残り僅かとなりますが、最後まで楽しんで頂き、最後まで優介らの時間を見届けて頂ければ思います。
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!




