ミライヘノ
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「……本当に、あなたと言う人はいつも急ですね」
居間から店内へと移動しつつソフィがぼやく。
突然優介が襖を開けて帰ると言い出したのだ。
死人と触れ合える奇跡の時間、もう少し感傷に浸ってもいいのに用が済んだら長居は無用とどこまでもぶれないのだから無理もない。
「ただでさえ贅沢な時間を過ごしてんだから文句言うな」
「ですが――」
「なにより、これ以上過去に甘えるわけにもいかねぇよ」
「……ですね」
ため息混じりに苦笑する優介にソフィも納得するしかない。
優しい思い出は心地良いもの。
しかし浸りすぎると大切なものを見失ってしまうように、これは奇跡の時間――喜三郎とイチ子は故人で自分たちはまだ生きている。
「日々平穏を継いだ私たちが、先代の手を煩わせるわけにもいきません」
これから先の未来を歩く者達が、いつまでも先人の優しさに頼ってはいけない。
愛も理解している故に素直に従う。
「そう言うことだ」
「ところでさ、帰るって言っても……というかこの世界? からどうやって抜けられるの?」
もちろん恋も不満はないので素朴な疑問を口にする。
レシピノキオクで見せている幻想世界は他者の干渉や能力を使用する愛の意思などで霧散するが、喜三郎とイチ子を呼び出したこの状況はどうすれば終わるのか。
この状況を生み出したソフィに目配せすれば
「……お店を出れば、でしょうか」
「お店を出る?」
「はい。喜三郎さまとイチ子さまの心がもっとも呼び出しやすい日々平穏に私たちが居るので……つまり心から離れる、とでも言いましょうか」
何となくな口調なのはまだ能力を受け継いで間もないので仕方ないとしても、恋は納得できた。
イチ子に聞いた遺言の真意、優介を先代日々平穏最後のお客さまとして招いたのなら、その抜け出し方も当然。
最後は笑ってごちそうさまと後にするお客さまを笑顔で見送る、日々平穏はそう言うお店なのだ。
ならばと恋はカウンター席の前に立つ喜三郎とイチ子と向かい合う。
「あたしは温かい心の料理でお客さまを笑顔にするお爺ちゃんが大好き」
まず喜三郎に向けて微笑みかける。
「あたしはいつでも笑顔でお客さまの心を温かくするお婆ちゃんが大好き」
そしてイチ子へもやっぱり微笑みかけて
「あたしはお客さまを幸せな笑顔にするお爺ちゃんとお婆ちゃんの日々平穏が大好き。だから楽しみに見てて。あたしたちの日々平穏も絶対、絶対に大好きだって思ってもらえる場所にするから」
二人に向けて、自分の誇れる精一杯の笑顔で宣言した。
これは恋にとってのケジメ。
三年前、泣いてばかりな自分は二人を不安にさせたまま見送った。
だから今は笑顔で見送られる。
成長した自分にできる唯一の孝行として。
「……ワシも元気な恋ちゃんが大好きじゃ」
恋の心意気を読み取り喜三郎も負けじと笑って
「楽しみにしておるよ。恋ちゃんの目指す日々平穏をな!」
「うん!」
右手を掲げる喜三郎とハイタッチを交わした。
「恋ちゃん。笑う門には福来たる、覚えてるかな?」
続いてイチ子が恋の肩に手を乗せた。
「この言葉の意味を、今一度考えてみること」
「? それって……」
「師匠からお弟子さんへの最後の教え。なんてねぇ」
キョトンとする恋に向けるイチ子の微笑みは、ずっと憧れている優しい笑顔で。
同時に少しだけ照れて口にした言葉に、自然と恋の片方の世界が滲んでしまう。
「わかりました……お師匠さん。なんてね」
それでもグッと堪えて
「お爺ちゃん、お婆ちゃん。たくさん……たくさん素敵な思い出をありがとう。いってきます!」
「うむ」
「頑張るんだよ」
最後まで笑顔を絶やさず手を振り見送る喜三郎とイチ子へ背を向けて店内を後にした。
日々平穏は訪れるお客さまと従業員が家族のような時間を過ごせるお店。
なら自分も家族として喜三郎とイチ子に見送って欲しい。
故に『ごちそうさま』ではなく『いってきます』だ。
「相変わらず……忙しない犬だこと」
そんな恋に対し愛はため息一つ。
しかし表情は穏やかで。
これが最後の触れ合いなのに先陣を切ってお別れが出来る恋を相棒として誇らしく。
だとすれば次は自分の番。
愛が動けば恋が動き、恋が動けば愛が動く――これは恋愛コンビとして過ごした二人のお約束だ。
故に愛も喜三郎とイチ子の前へ。
「お爺さま……私も料理を始めました」
ただ同じ事はしない。
楽しく向き合うのが恋なら落ち着いて向き合うのが自分。
「まだ心の料理が何なのか分からない未熟者ですが、いつかきっと答えを見つけます。期待していて下さい」
「ならば期待しておる。愛ちゃん、料理を大いに楽しめ!」
「はい」
頭を撫でつつ送られる力強いエールに愛は頷いた。
「お婆さま、私にレシピノキオクを継承して頂き、ありがとうございました」
続いてイチ子に深く頭を下げた。
愛にとってイチ子から受け継いだ能力は始まり。
親元を離れて四季美島へ渡り、たくさんの出会い。
島のみんな、学友、日々平穏を訪れるお客さま。
笑い合える友人が出来た。
心を許せる親友が出来た。
尊敬できるライバルが出来た。
生涯相容れない相棒が出来た。
そして……愛する人が出来た。
人との出会いだけではない。
生涯を賭して極めたい料理と出会えた。
出生の秘密を知り、もう一人の父と母の名と出会えた。
抱えきれないほどのたくさん、出会いという宝物。
その全てはイチ子からの贈り物。
「お陰で私はとてもとても大切な出会い、成長、なにより心を手に入れることが出来ました。本当に……ありがとうございます」
だからもう一度、感謝を込めて深く深く。
「……愛ちゃんの心は、愛ちゃんのモノ」
ふと、下げた頭を優しく撫でる感触。
「お婆ちゃんの身勝手で、不安にさせちゃってごめんね」
その謝罪に愛は顔を上げ――
「知っています」
優介と自分、二人の能力の惹かれ合う性質。
悩んだ。
苦しんだ。
一度は絶望した。
しかし切っ掛けでしなかく、愛したのは、成長したのは自分の意思。
だから気にしないでと、大丈夫だよと。
過去、お見舞いに来る度にイチ子がしてくれていたように、安心させる笑みで応えた。
「ありがとね」
その気持ちが伝わったようにイチ子も笑う。
自分の大好きな、素敵な笑顔で。
ならばと愛は一歩下がり喜三郎とイチ子に改めて向き直る。
「お爺さまとお婆さまが誇れる孫娘となれるよう、私はこれからも精進いたします。では……いって参ります」
「頑張るんじゃぞ」
「元気でね」
そして喜三郎とイチ子の笑顔に見送られるまま、背を向け店内を後に。
「……お二人の気持ちも分かりますが、少しは私の気持ちも察して欲しかったです」
恋に続いて愛も淡い輝きへと消えて、ソフィはただ苦笑。
分かっている。
なぜ恋が一人で挨拶をして、なぜ愛が素直に後を継いだのか。
最後の最後は喜三郎とイチ子、そして優介と水入らずにしてあげたい。
もちろんその気遣いには同意できる……が、なぜこの順番なのか。
ただでさえ場違いな自分が日々平穏を継ぐ三人の間に割って入る。
せめて先陣を切らせてほしかった。
「今さらなに遠慮してんだ」
躊躇するソフィは不意に背中を押されて振り返る。
視界には優介の面倒気な表情。
でも嘘のつけない瞳は優しくて。
「それとも他人事か? なら俺たちは自惚れを反省しないとな」
紡ぐ言葉は捻くれていても、認めてくれた。以前、両親との再会で恋と愛を認めたように。
日々平穏関係なく、優介にとって自分も家族だと。
遠慮する必要もないだろうと。
「……ええ。反省してください」
伝わる気持ちに、優しさに、ソフィは肩の力を抜いて。
「そういった言葉は、もっとストレートな言葉で口にする方が女性は嬉しいんですよ」
「善処しよう」
「する気がなさそうですね……まあいいです」
畏まることなく、自然な自分で喜三郎とイチ子に向き合った。
「やはり……喜三郎さまは優介さんの師匠さまでした」
「ほう、その心は?」
唐突な感想に首を傾げる喜三郎へソフィは微笑みながら
「やることが回りくどく、訳がわからず、周囲を振り回す。そのくせ自分の考えは全く悟らせないわがまま放題」
「……やっぱりワシ、ソフィちゃんに嫌われたかのう」
「でも……最後は心を幸せに導く素敵な師匠さまです」
余りな物言いに肩を落とす喜三郎へソフィは笑顔で手を差し出した。
「短い時間でしたが一生忘れません。こうして出会えたこと、感謝します」
「どういたしまして、でいいかのう。こちらこそバカ弟子が世話になった、感謝する」
その手を握り替えし喜三郎も笑顔を浮かべ
「と、そうじゃそうじゃ。ソフィちゃんはリスの娘のお姉さんじゃったな」
「リス? 娘? あの……」
お返しと言わんばかりの唐突な切り出しに戸惑うソフィだったが、その愛称を思い出す。
リスとは喜三郎の盟友アリス・レインバッハ、その娘とは最後の弟子であるカナンのことで。
「こうして会えたのも何かの縁、リスの娘に言伝を頼めるかのう」
「カナンに、ですか? それは構いませんが……なんでしょう」
「なに、生前リスが期待しておったのを思い出してな。カナンちゃんが目指す笑顔を生み出す料理人、その最初の客になれたこと誇りに思う……と」
懐かしむ喜三郎にソフィは目を見開き
「師として、また母として、期待しておったとな」
「お心遣い……ありがとうございます。必ず、伝えます」
カナンへの素敵なお土産を持たせてくれたことをソフィは心から感謝した。
「イチ子さま。恋さんや愛さん……島のみなさんが慕う理由がとてもわかりました。私も尊敬してやみません」
続いてイチ子へと向き直り、一礼する。
「色々なお話をして頂き、ありがとうございました。イチ子さまとの出会いもまた、生涯の宝物です」
「こちらこそ。優ちゃんの傍にソフィちゃんみたいな良い子がいてくれて感謝してるよ」
そして差し出す手を、イチ子もそっと握り返す。
「ただ……あの子達の気持ちを知ってるだけに、複雑な感じになっちゃいそうだねぇ」
「? それはどういう……」
しみじみとした呟きにソフィが首を傾げるもイチ子はにっこりと笑った。
「さて、どういうことかねぇ」
「……隠し事は日々平穏の伝統でしょうか」
何でも許せてしまう不思議な笑顔に追求を止めて、ソフィも微笑み返すのみで。
「喜三郎さまとイチ子さまの残された素敵な場所を守っていけるよう、これからも微力ながら支えさせて頂きます。それでは、いってきます」
「よろしく、じゃ」
「ありがとね」
喜三郎とイチ子の笑顔に見送られ、ソフィもまた店内を後にする。
「みんな、良い子ばかりじゃな」
「本当に。ありがたいですねぇ」
恋、愛、ソフィが消えた淡い輝きを見詰め喜三郎とイチ子は改めて感謝の気持ちでいっぱいだ。
性格も良さも全く違うそれぞれが、しかし同じ気持ちで共に歩んでくれる。
なんと嬉しいことか。
対し優介と言えば、三人が気を遣ってくれた水入らずの時間を感慨深く思う――わけもなく。
「ずいぶんと世話をかけたな」
生前の頃と変わらない平然とした態度で喜三郎とイチ子と向き合った。
「あの世でも仲良くしろよ」
「言われるまでもないわバカ弟子が」
そのらしさに喜三郎も鼻で笑い
「優ちゃん、あの子達のこと大切にするんだよ」
「言われるまでもない」
イチ子の忠告にも苦笑で返しあっさりと背を向けた。
優介にとって大切な二人との最後の時間だが、大切な三人を待たせている。
ならこの去り際は当然と喜三郎とイチ子も理解していた。
しかし――
「バカ弟子よ。これがワシからの最後の教えじゃ」
「…………」
後ろから聞こえた声に足を止め――生涯の師から、弟子に向けて最後の教えが心に刻まれた。
だがそれはイチ子に忠告されたような、言われるまでもない教えで。
だから答えるまでもなく、ゆっくりと振り返って。
「いってこい」
「いってらっしゃい」
ブイサインを向ける喜三郎と小さく手を振るイチ子の笑顔に見送られ
「いってくるさ」
伝えきれないたくさんの感謝を心に秘めた、とても優しい笑顔を浮かべて。
未来へと歩み始めた。
◇
足の速い冬の日が西の地に沈んでしばらく。
薄暗い日々平穏の前で変わらず孝太とカナンは無言のまま星空を見上げていた。
いつ帰ってくるか分からないが、夜の寒さも気にならないほど待っていたい気持ちで。
「…………」
「…………」
が、ふと背後に感じた温かさに二人はもたれていた背を離し
「終わったか」
「みたいね」
同時に灯る店内の光に顔を見合わせ、逸る気持ちを抑えつつ孝太は戸を開けた。
「コータにカナンさん?」
「そのような所で何をしているのです?」
「まさか待っていたんですか?」
カウンター席の前で現れた二人に恋、愛、ソフィが口々に問いかける中――一人気にする様子もなくほくそ笑む優介に向けて。
「お疲れさん」
「おかえりなさい」
孝太とカナンは苦笑で出迎えた。
ああ……ただいま
◇
伝説と可能性の邂逅は終わりを迎え。
現在から未来へと続く道をまた歩み始める。
ただ今は、今だけは余韻に浸ってもいいだろう。
それだけの時間を、距離を、脇目も振らず走り続けていたのだから。
「さて、さっさとカリを返しておくか」
「「……は?」」
などと浸っていたのは孝太とカナンだけで、するべきはずの優介はなぜか制服のネクタイを緩めてやる気を出していた。
「さすがに面倒だと無視するわけにもいかんからな。なにより、これ以上放置しておくのも性に合わん」
「「「「「……誰に?」」」」」
ため息交じりに呟く優介に向けて、更に恋、愛、ソフィまでも首を傾げてしまうので取りあえず。
なぜ一緒にいたハズの三人まで知らないんだと孝太は心の中でツッコミを入れていた。
空気を読まないのが優介さんです(笑)。
そして次回更新からある意味第三部メインの内容、お楽しみに!
みなさまにお願いと感謝を。
少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!
また感想もぜひ!
作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!




