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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ17 ツイオクタマゴ
305/365

ヤサシイリョウリニン

アクセスありがとうございます!



「――はい、どうぞ」


 居間では人数分の湯飲みを用意して着席するイチ子と、ちゃぶ台を挟んで座る恋、愛、ソフィ。

 師弟水入らずで過ごして欲しくて自然とここへ移動していた。

 ゆっくりとお茶を飲むイチ子に対し三人は湯飲みに手を伸ばさず顔を伏せたままで。


「これでようやく……終わったねぇ」


「「…………」」


 しかしイチ子から漏れる安堵の息に愛とソフィは顔を上げた。


「ふふふ。何がかなって、気になってる顔だねぇ」

「あ……いえ」

「その……何と言えばいいか……」


 イチ子の指摘に愛は再び視線を落とし、ソフィは一度言葉を詰まらせ


「……やはり、喜三郎さまは優介さんの師匠さまなんだなと……思いまして」

「どうして、そう思うんだい?」

「回りくどさと言いますか……捻くれていて真っ直ぐと言いますか……自身を投げ出す優しさと言いますか……」


 言葉が上手く纏まらず、気持ちを落ち着かせるためにお茶で喉を潤すと複雑な笑みを浮かべた。


「こう言っては何ですが、私は優介さんの涙に……安心しました」


 これはソフィの素直な感想だ。

 以前優介本人がカナンに手を伸ばしたように。

 今日この時、喜三郎が手を差しのばさなければ優介はいつか、自分の知らない時に一人で泣いていたかもしれない。

 一人で寂しさを、悔しさを抱えていたかもしれない。

 だから安心したのだろう。

 イチ子が指摘したように、ずっと重圧を背負っていた優介から良い意味で力が抜けたから。


「不謹慎なことを……ですが、私も似たような気持ちです」


 ソフィの感想に一息吐き、愛も頷く。

 一度も弱音を吐かず、前を見て、微塵の弱さも見せなかった優介が初めて見せた涙。

 この三年間我慢し続けた寂しさを訴えているようで、胸が締め付けられる思いだった。

 愛しい人の流す涙がこれほど辛い気持ちにさせるのかと実感した。

 なのに……嬉しかった。

 初めて見せてくれた一面は、ずっと心に潜んでいた痼りが剥がれていくようで。

 そう思えたのはきっと、あの涙にただ寂しさだけが感じ取れたのではなく、優介自身がこれまでの努力を受け入れたように、自分を認めたように見えたから。


「……だから、終わったのですね。優介さまがこれまで抱えていた辛さ、寂しさ、不安の全てをお爺さまが抱き留めることで」


 これまで優介の口にした言葉を全て心に留めている愛は納得する。

 強すぎるが故に優介は周囲を不安にさせまいと弱音を口にしなかった。

 どれだけ自分たちが求めても、罪深いほどの優しさで拒んでいた。

 でも死人はなにも言わない、なにも聞かない。


 そしてなにも感じない。


 だから喜三郎には言えたのだ。

 最も尊敬する師匠に強がりは必要なく、もう死んでいるから遠慮も要らないと。


「師匠として、弟子のためにしてあげられる最後の教えとして」


 ソフィもまた同じ結論。

 自分は泣かないと優介は言っていた。

 捻くれているからとも。

 あの言葉は、もう泣く場所を亡くしているからとの真意が込められていた。

 どこまでも意地っ張りで、どこまでも強情で……そしてどこまでも貫き通す人だ。


 しかし――


「実は少しだけ違うんだけどね」


「「……は?」」


 その返しにキョトンとなる愛とソフィに対し、イチ子はのほほんとお茶を飲み襖の方へと目を向けた。


「今回の一件は師弟関係なく、お爺さんの……ううん、お爺さんとお婆ちゃんの意地みたいなものかな」

「お爺さまとお婆さまの……」

「意地……ですか?」

「これは独りになった優ちゃんを十郎太さんが連れてきた時の話なんだけどね。十郎太さんは日々平穏で優ちゃんの心を癒やしてもらおうとしたんだよ……結局、できなかったんだけどね」


 そして視線を戻し懐かしむように語っていく。


「お爺さんもお婆ちゃんも優ちゃんの心が読み取れなかった。こんなことは初めてでねぇ、辛い事や悲しい事、後悔した者には必ず強い感情が生まれるのにね。どれも負の感情ばかりだけど」


 それは想定外なモノで二人は目を見開いてしまう。


「なのに……優ちゃんの心は全く読めなかった。心が停止してたんだよ。無慈悲なご両親を恨みたくない一身で、裏切った者ですら恨む事なく自身の心を犠牲にできる優ちゃんの危うい優しさに、お爺さんは恐怖すら覚えたらしいね」


 そもそも優介の心が停止していたという事実さえ知らない。

 ここに居る恋とソフィは優介本人に、愛は好子にと当時の出来事を人伝に聞いただけ。

 故に両親に捨てられた優介の心を癒やしたのは喜三郎のココロノレシピ、またはイチ子を含めた二人の温かさだと思っていた。

 しかしイチ子の言葉には何も出来なかった歯がゆさが込められている。


「いったいどのようにして優介さんの心は癒やされたのですか? その……停止した心を、どのように動かせたのでしょうか」


 自分の知らない大好きな人の過去に何があったのか?

 思わず身を乗り出すソフィにイチ子はクスクスと笑った。


「考ちゃんの、とっても身勝手な期待」


 聞き慣れぬ呼び名に一瞬戸惑うも、その功労者の顔が自然と脳裏に浮かぶ。

 同時に優介が唯一親友と称する彼ならばと納得する中、イチ子が当時を思い返し語ってくれる。

 心の停止した優介を心配し訪ねていた孝太は喜三郎に煽られ、ようやく親友と向き合った。

 ただその向き合い方は、優しくするでもなく、叱るでもなく、ひたすらに自分の正直な心をぶつけただけ。

 店内にまで聞こえる大声で、一緒にバカしたいからさっさと吹っ切れて相手をしろと。

 何とも孝太らしい、バカ正直な本音だった。

 しかしその身勝手な主張が優介の心を動かしたのは確か。

 どのような理由かは分からないが、その直後に優介は初めて感情を露わにする行動を起こしたからだ。


「考ちゃんにはとっても感謝してるけど……お爺さんにとっても、お婆ちゃんにとっても、優ちゃんは大切な家族でありお客さまでもあった。だからお客さまに満足してもらえないままなのは悔しくてねぇ」

「……まさか、先ほどの終わったとの意味は」


 言わんとしている意図を汲み取るソフィに、イチ子はとても満足げな笑顔を浮かべた。


「ずっと肩に力が入っていた優ちゃんも自分の為に涙を流したことで、ようやく肩の力を抜いて優しさを自分にも向けることができる。とっても身勝手な話だけど、これでお爺さんとお婆ちゃんも安心してお見送りができるかな」


 つまりこの場の意味は、その真意はただ一つ。

 喜三郎とイチ子、先代の日々平穏に心の傷を持って訪れた優介に満足してもらいたい。

 自分たちの最後のお客さまを笑顔で見送りたいという拘りからで。

 生前に叶わなかった場をこうした形で設け。


 今度こそ笑顔で自分たちの日々平穏を終えようとした二人の意地。


 正直呆れてしまうが、だからこそ尊敬してしまう。

 死してなお、お客さまの笑顔に拘り、どのような形でも叶えてしまう二人の意地に。

 なにより死してなお、最後まで優介の心を育もうとした二人の親心に。


「だからね、これからも優ちゃんと仲良くしてあげてね」


 そしてもう共に歩むことが出来ない自分に代わり、これからを共に生きる者たちへとイチ子は頭を下げた。


「なんて、お婆ちゃんが言うまでもないかな」

「いえ……そのお言葉、感謝いたします。お婆さま、本当にありがとうございました」


 死してなお優介を思い続けてくれたことに愛もまた頭を下げる。


「お二人のお陰で、少しは優介さんも素直になるかと思います。それに、恋さんにも感謝しなければなりませんね」

「あたし? なんで?」


 不意にソフィから言葉をかけられ、これまで一人お茶を啜っていた恋は目を丸くする。


「あの時、恋さんが止めてくれなければ、せっかくの場を壊していたかもしれませんし」

「……ですね。気に入りませんが、あなたのお陰で私たちはお爺さまとお婆さまの日々平穏に横やりを入れずにすみました」


 不承不承に愛も同意するように、恋が制さなければ二人は喜三郎へ詰め寄り抗議していた。

 もしあの時、割り込んでいたら優介は素直な心を見せなかったかもしれない。

 涙を流さなかったかもしれない。

 なぜなら喜三郎とは違い愛とソフィは生きている。

 これからも優介と同じ時間を共有する。そんな二人を心配させまいと踏みとどまれる人だ。

 あれは優介の視界に喜三郎しか写らなかったからこその結末。


「あなたはよく我慢できましたね。今回ばかりは褒めてあげましょう」


 自分も同じ気持ちのハズなのによく踏ん張れたと珍しく愛が称賛するも


「まあね。なんせあたしは冷血で薄情者だから」

「せっかく褒めてあげたのに……随分と根に持っていますね」


 遺言の話をした際、自分が口にした皮肉を恋が平然と返すので愛はため息一つ。


「あたしが実感してるだけ。ていうか、あんたに褒められると気持ち悪いんだけど」


 だがいつものやり取りをした恋はどこか自虐的な笑みを浮かべていて。


「あたしが我慢できたのはあたしの自業自得。ユースケが苦しんでる時、あたしはソフィさんに任せて知らぬふり」

「それは……」

「ココロノレシピの後遺症もそう、あたしは愛と違って能力を持ってないから同じ苦しみを味わったことがない。だからあんた達ほど頭に血が上らなかった。ま、あんた達よりはユースケとお爺ちゃんのやり取りを見てきたから、もしかして何かあるのかなって感じられたのかもだけど」

「……羨ましいのか自慢なのかどちらですか」


 余りな自虐にソフィは言葉に迷い、愛は呆れるばかり。

 確かに今回の後遺症について恋はソフィほど優介が苦しむ姿を見ていない。

 愛のように能力を受け継いでいないのでその重みを知らない。

 しかし逃げていても、知らなくても、自分の出来ることを模索して力を貸してくれた。

 ソフィが好子に打ちのめされた時は活を入れてくれて。

 愛が能力により自分の心が分からなくなった時は道しるべになってくれた。

 そして先ほども。

 恋はここ一番になると誰よりも優介を含めた大切な誰かを良き方向へ導き続けているのだ。

 愛も、ソフィも、悔しいが認めるしかないほどに。


「それにさ、ユースケが泣いたことも二人は素直に安心して、喜んでたけど……あたしはどこまでも自分勝手で」


 なのに恋は分かっていない。


「……お爺ちゃんにしか出来ないことでも、悔しいなって。泣く場所になってあげられることにじゃなくて、ユースケの不安や悲しみ、辛さを吹き飛ばして一緒に笑ってあげられなかった……情けないあたしにね」


 こんな状況でなお、そのような心のあり方でいられることがどれほど凄いのか。


「身勝手……いいじゃないか」


 恋の思いを聞き入れイチ子が呟く。


「みんなはどうしてお爺さんが優ちゃんを弟子にしたか、知ってるかな?」


 そして何の関係もない話題を切り出し、三人の視線が一斉に向けられる。

 頑なに弟子を取ろうとしなかった伝説の奇才、上條喜三郎が心変わりをして鷲沢優介を弟子にした理由。

 優介はただの勘違いと言っていたが、真相は誰も知らない。

 もしかしてイチ子は知っているのか。

 そして語ってくれるのか。

 いったいどんな理由があるのかと耳を澄ませて待っていると――


「お爺さんはね、優ちゃんの作った料理が食べたかったんだよ」


「「「…………」」」


 聞こえた内容に我が耳を疑った。

「でも優ちゃんは料理の経験がなかった。作ろうとも考えてなかった。なら料理を教えないと、切っ掛けがないと作ってくれない。だから弟子として育てようと考えた。優ちゃんが興味を持ってくれたからよかったけど、ほんに、身勝手な理由だねぇ」


 ジュダインがカルロスの才能を見出したような。

 アリスがカナンに夢を見させてもらったような。

 深い理由でもない。


 喜三郎が優介の料理を食べてみたいから料理を教えた。


 カルロスやカナンはまだ自分から望んで料理の道を歩み始めているが、優介は喜三郎の願望に付き合わされて、後に歩む決意をしたに過ぎない。

 それは何とも身勝手な理由だ。

 ただ、おかしいとは思わない。

 むしろ喜三郎の願望に、身勝手な気持ちに共感できる。

 なぜならあの味を知っているからで。


「そっか……お爺ちゃんだもんね。身勝手でも仕方ないよ」


 やはり恋が悔しげな笑みを浮かべて、愛やソフィを代表するように口を開く。


「心の料理に拘るお爺ちゃんだもん。世界一優しい料理を食べれる可能性があるなら、何がなんでも食べてみたくもなる」

「身勝手、だけどねぇ」


 納得してくれたことにイチ子も微笑みを返し


「きっとお爺さんは優ちゃんに言わないから。代わりにあなた達の心に留めてほしいって、お婆ちゃんの勝手なお願い」


 やはり身勝手なことを言う。


「優ちゃんを弟子にしたのは、お爺さんが世界一優しい味が知りたくて」


 この理由は優介に意識させてはいけない。

 なにより本人がお約束で否定して終わってしまうだろうから。


「できればたくさんの人に味わってもらいたいって、一人の料理人として身勝手に願っちゃったからなんだよ」


 これから先、優介と共に歩む自分たちに夫の願いが叶うかどうかを見届けて欲しいと。

 これからも優介と一緒に居て欲しいとのイチ子の身勝手な願い。

 でもそれはとても素敵な身勝手で、なにより恋が、愛が、ソフィが求める未来でもあり。


「だから改めて、優ちゃんのこと見ていてあげてね」


「「「もちろんです!」」」


 迷うことなく受け入れた。


 そして奇跡の時間は終わりを迎える。


「そろそろ帰るぞ」


 しんみりとした空気も関係なく、面倒気な優介の声によって。




みなさまにお願いと感謝を。

少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!

また感想もぜひ!

作者のテンションがめちゃ上がります!

読んでいただき、ありがとうございました!

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